聖女の妹、『灰色女』の私

ルーシャオ

文字の大きさ
9 / 22

第九話

しおりを挟む
 真新しいベッドで眠る前のぼんやりとしたわずかな時間、私は昔のことを思い出していた。

 初めて私が自分のことを『灰色女グレイッシュ』だと自覚したのは、王都の著名な仕立て屋に出向いたときだった。

 当時はまだ幼く、妹もようやく歩き出したくらいの年齢だった。

 両親の目の前で公爵家令嬢を差別するような人間こそいなかったが、仕立て屋から帰る途中、玄関と馬車の間の道路で妹がぐずりはじめ、足止めを食らっていたとき。

「うわ、『灰色女グレイッシュ』だ」

 そんな声が聞こえ、私は声のしたほうへと振り向いた。

 もうよく覚えていないが、私と同年代くらいの何人かの子どもが、私を指差してそう言った。私が振り向くと、途端に彼らは逃げ出した。実際には、使用人や御者が追い払ったらしい。

 私は、妹の手を引いて馬車に乗り込んだ。そして、両親に尋ねた。

「『灰色女グレイッシュ』とは、何でしょう?」

 このころから、両親の愛は私から離れていっていたような気がする。黄金に輝く髪の妹アリシアが生まれてからそちらへと興味が移ってしまい、私にはだんだんと見向きもしなくなっていった。

 しかし、このころはまだ何とか、両親は私に同情してか、話くらいはしてくれていた。

「気にすることはない。お前の髪の色を揶揄しただけだ」
「ええ、気にしないで。大丈夫よ」

 両親を困らせまいと、私はそれ以上突っ込んで尋ねなかった。

 やがて、私は成長とともに『灰色女グレイッシュ』という言葉の意味を知っていくが、同時に妹アリシアは聖女として期待され、輝かしい人生を約束されたためか、可愛げのないわがままを発揮していくことになる。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 私が『灰色女グレイッシュ』だから。そうでしょう?

 まるで先祖の罪科の証のごとく、灰色の髪の『灰色女グレイッシュ』として、私は年を経るごとに嫌われ、家族からも見捨てられていったのだった。







 翌朝、起き出した私はぼんやりと状況を思い出して、声に出した。

「そうだわ。ここは、シェプハー家のお屋敷……アイメル様と結婚したのよ、私」

 確かめるように、何度も噛み締めるように、私は自分を取り巻く環境が変わった嬉しさに、つい微笑んでしまっていた。

 私はベッドを整え、昨夜のうちにトランクから出しておいた衣服の中から長袖のベロアワンピースを選び、急いで身につける。念のため、頭髪を隠すスカーフをかぶっておいた。

 ひとまず動きやすいストラップ付きのミュールを履いて、小さめのドレッサーの三面鏡で身だしなみを確認する。問題ないはずだが、何度か微調整して、ようやく部屋を出た。

 起きたら食堂へ、とニコに聞いていたため、一階に下りてエントランス横にある食堂を目指す。シェプハー家の屋敷には高さのある天井や吹き抜けといった洒落た構造こそないが、階段は手に吸い付くような滑らかな手すりと一段一段が踏みやすい高さを備えており、各部屋の扉もどれほど高価な蝶番を使っているのかと思うほど開きやすい。

 そういった使いやすい細部にこだわるあたり、シェプハー家やアイメル様の気質なのかもしれない。そんなことを思いながら、私は昨日も使った食堂へと足を踏み入れる。

 ふと気付けば、食堂には先客がいた。

 黒髪に白髪混じりの、痩せ気味の女性だ。歳は四十を超えたくらいだろうか、それでも清楚な美しさを保っている——彼女が化粧なしでも顔の造形が整っていることを見て取れた。ただ、顔色はあまりよくないし、服装は綿の簡素な寝間着のままだ。

 おそらく、アイメル様の母上だろう。テーブルに置かれたオートミールの鍋から顔を上げた痩せ気味の女性は、私に気付いて微笑んだ。

「あら、お嬢さん、ひょっとしてアイメルの……」

 少し弾んだ声色を向けられ、私は挨拶する。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、奥様。昨夜、まいりました」
「いいのよ、気にしないで。私も寝てばかりだったから、やっと起きてお料理ができるようになったの」

 痩せ気味の女性——アイメル様の母上であり、私の義母となるこの屋敷の『奥様』——は、人のいい笑顔で私を迎えてくれた。

 どうやら、オートミールの鍋は、彼女が作ったものらしい。私にも深皿に取り分けてくれた。

 誰かと朝食をともにするのは、久しぶりだ。

 痩せ気味の女性は私を隣の席に招き、たくさんおしゃべりをしてくれた。

「申し訳ないわね、こんなに慌ただしいときで。アイメルが副団長になったから、親族のみんながこの家を建ててくれたのよ。前は狭いところに住んでいて使用人なんていなかったし、厨房にいる料理人さんも本当は庭師で来てくれた人なのよ。広い家だから、私だけでは手が回らないでしょう? メイドさんを雇わなきゃいけないかしらね、って言っていたところなの」

 この新しいシェプハー家の屋敷は、本当にまだ必要な使用人を雇っていないようだ。ただ、雇うにもそれなりに時間はかかる。

 それまで、私は微力ながら協力しようと決めた。

「わ、私でよければ、喜んで。あまり器用ではありませんが、お手伝いいたします」
「あら、そう? ありがとう。あなたはいいところのお嬢さんだろうし、無理はしないでね」

 ——

 何となく、痩せ気味の女性は誤解しているような気がした。

 しかし、なごやかな雰囲気を壊したくなくて、私はそのまま話を合わせることにした。

 その結果、私は朝食後に人生で初めて、フリルエプロンを身につけたのだ。

 よくメイドが身につけている典型的なエプロンで、素材的にはベロアワンピースと合う。すっかりメイドとなった私は、痩せ気味の女性の誤解の正体を突き止めていたが、これはこれでいいかもしれない、とわざわざ持ってきてもらったふわふわ新品のエプロンに見惚れていた。

 ニコが起きてこなかったら、私たちの間にある誤解はしばらく解かれないままだっただろう。

「おはよう、母さん……って、あれ、何で姉さんがエプロンを!?」

 痩せ気味の女性はやはりアイメル様の母上——つまり私のお義母様で、「えっ」とつぶやいて私のほうを見た。

「姉さん? ……え?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。 理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。 ……正直、めんどくさい。 政略、責任、義務、期待。 それらすべてから解放された彼女は、 聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。 毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。 何もしない、何も背負わない、静かな日常。 ところが―― 彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、 一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが 異様なほど平和になっていく。 祈らない。 詠唱しない。 癒やさない。 それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。 「何もしない」ことを選んだ元聖女と、 彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。 これは、 誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、 いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)
恋愛
エレナは一度死に戻り、二度目の人生を生きることになった。 一度目は親友のマリアンヌにあらゆるものを奪われ、はめられた人生。 今回は関わらずにいこうと、マリアンヌとの初めての顔合わせで倒れたのを機に病弱と偽り王都から身を遠ざけることにする。 人生二度目だから自身が快適に過ごすために、マリアンヌと距離を取りながらあちこちに顔を出していたら、なぜかマリアンヌの取り巻き男性、死に戻り前は髪色で呼んでいた五人、特に黒いのがしつこっ、……男たちが懐いてきて。 一度目の人生は何が起っていたのか。 今度こそ平穏にいきたいエレナだがいつの間にか渦中に巻き込まれ――。

処理中です...