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第九話

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 私は男性を知らない。そもそも、城にいたときだって遠目に騎士を見るくらいで、ろくに会話もしたことがない。修道院でだって、私は修道女だから男性のほうが気を遣ってあまり積極的に話しかけようとしなかった。男だろうが女だろうが人間と接することのない辺境の修道院で、私は老修道女ヨルギアとともに十年間を過ごした。

 そんな私でも、ポリーナの発言が無礼にすぎることは分かる。ポリーナが私を陥れ、笑いものにし、弄ぶためにそのようなことをしているのだろうと理解している。

 だけど、こればかりは看過できない。ポリーナはやりすぎた。人生も何もかもどうでもいいはずの私の心に、仄暗くも激しい怒りの火を灯すほどに、言葉がすぎたのだ。

 私は、自分の口から吐かれた言葉が、想像以上に冷たく感じられた。

「ポリーナ様」
「何?」
「私を罵られることはけっこうです。聞き流しましょう」
「罵るだなんて、人聞きの悪い」
「ですけども。アサナシオス王子殿下を貶すということなら、私はこれを断じて許容することはできません」

 ポリーナの顔色が変わった。いかに貴族の箱入り娘とはいえ、ステュクス王国の強大さは知っているし、王子のはるか高き尊き身分を重んじない、と公言することの無謀さを理解しているはずだ。

 しかし何より、妻が何の瑕疵もない夫を擁護しない、ということはあり得ないのだと、彼女は知らなかったらしい。

 ポリーナは明らかに目を泳がせていた。それでも過ぎた言葉はやめない。

「あ、あら、会ったこともない殿方を、いたく庇うものですわね」
「たとえ面識がなくとも、アサナシオス王子殿下は私の夫となる方です。ならば、私は夫の名誉を守らねばなりません。そして、貴族の淑女たるあなたが、男女の仲や営みについて開け広げに語ることは、あまりにも軽薄で淫ら。ウラノス公の娘として、恥ずかしくはございませんか?」

 一つ一つ、静かにナイフで斬り込まれるかのように、私の言葉がポリーナのプライドを傷つけていったのだろう。

 後ろのメイドが顔を真っ青に、そしてポリーナは反対に顔を真っ赤にしている。何を言っても反論しないおもちゃに、よりによって自らの貴族の子女としての体面をあげつらって思いっきり言い返され、ポリーナは瞬間的に怒りが頂点に達したのだろう。

 ついに、ポリーナは私の頬へ、平手打ちを食らわせた。唾が飛び散るほどに、喚く。

「黙りなさい、手違いで生まれた娘のくせして! お父様は取り入ろうとするあなたの母に誑かされ、間違いを犯してしまったのですわ! ふん、結局あなたが生まれたところで、歓心を買うこともできずに無駄死にしたようですけれど!」

 私は頬を押さえることもせず、真正面からポリーナを睨みつけた。不思議と、心は平静で、こう認識していた。

 目の前の女は私と私の母と私の夫の名誉を傷つけんとする者であり、私はこれに対抗せねばならない、と。

 つまりは、ポリーナは私の敵だった。

 私は心を落ち着けて、生まれて初めて啖呵を切る。

「何が無駄かは、これからあかしてみせましょうか」

 メイドたちがポリーナの腕を掴み、後ろに下がらせようとしている。

 ポリーナは捨て台詞よろしく、叫びながら去っていく。

「できるものならやってみなさいな! ああ忌々しい、気分の悪い娘! さっさとどこへなりとも行ってしまいなさい!」

 自分から会いにきたのだろうに。

 私はそんな言葉を飲み込み、一礼をして顔を背けた。
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