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第三十五話

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 カイルス宮殿。

 大陸北東部にあるカイルス王国が誇る豪奢な宮殿であり、数百年前に一度だけ国際舞台で華やかな円卓として使われて以降、大陸の王侯貴族たちにとって憧れの場所となっていた。カイルス王国の貴族に名を連ねれば、かのカイルス宮殿を借りて結婚式を挙げられる、と各国の夢見がちな淑女たちは虎視眈々と狙っているし、ただ国土が広いだけで大して特筆すべき産業もないカイルス王国にとっては王侯貴族の評判こそが命綱だった。貴族の系譜をカイルス王国に置いている、それだけでステータスになり、憧れの地に見合いやバカンスでやってくる貴族たちを集めて金を落とさせることができるのだから。

 年に一度の舞踏会が開かれて、ウラノス公国公女ポリーナが小国の公子や中級貴族たちにご機嫌で話しかけていたころ。

 カイルス王国の東、エラアーという土地で、エラアー公爵一家が惨殺された。

 それは反乱の嚆矢だった。カイルス王国の兵士、農民、農奴、市民、それらすべてが、王侯貴族に対し牙を剥いた。

「いつまでも貴族だからとふんぞり返ることができると思うな。今が好機だ。カイルス宮殿に大陸中の貴族たちが集まってきている今、まとめて始末できれば、貴族の支配する世界は終わる!」
「仲間を増やせ。声をかけろ。武器を取れ。貴族は皆殺しにしろ、俺たちの先祖がやられたように、広場に晒して火炙りだ!」
「やつらを捕まえて並べて、飢えて死んだ子供へ詫びさせろ。お前たちの首飾りの石やドレスのために、何人の子供が死んだかを教えてやる!」

 反乱を起こした民衆たちは、カイルス宮殿を目指す。その数は一気に膨れ上がり、一万を超える東の本隊に呼応して、速やかにカイルス宮殿周辺の都市や村落にも波及した。

 それはあまりにも早すぎた。ただの民衆たちだけでは、到底計画も実行もできないほどの規模の反乱が、たった一日で成り立とうとしている。

 だからこそ、貴族たちは反応が遅れた。社交界であり雑事から切り離されたカイルス宮殿にいたことも不幸だった。まさか、そこに農具や武器を持った民衆が襲撃してくるなど、誰も想像できていなかっただろう。この大陸中でも、それを予測できた者は——彼らの反乱の手助けをした者たちだけだ。たとえば、ステュクス王国のニキータあたりはすでに対策を講じている。反乱の規模は予想外ではあったものの、利のある有能な貴族たちに情報を流し、速やかにカイルス宮殿からの避難や不出席を勧めている。

 だが、まだカイルス宮殿には、何も知らない大勢の王侯貴族たちが、踊り明かしていた。
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