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第七話
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思わず上げた悲鳴に、ブランシュは急いで咳払いをして誤魔化す。貴族令嬢としてあるまじき振る舞いだ。
そんなブランシュをからかうように、老人は恭しく一礼をする。
「おお、生きのいい悲鳴です。こちらはガレンド・アンティーク・ショップとなります、私は支配人のバストルです」
「え、ええ、存じているわ。ガレンド貿易の、骨董品を扱う部門よね」
「はい、そのとおり。何かお探しで? 北は都市国家ニュクサブルクの古代金細工から南はアルバラフィ王国の生贄人形まで、はたまた東南のユーシーズ王朝の呪術道具もございますよ」
まったく興味のない考古学や骨董品の話をされても、ブランシュの耳には入らない。ブランシュは当初の目的を思い出し、支配人バストルへ食い気味に尋ねる。
「封魔道具はないかしら?」
すると、バストルは若干眉を上げて、驚いたふうな表情を見せた。
「ございますが、いささか値段が張りますよ」
「かまわないわ! お父様が出してくれます! 私、トリベール侯爵家のブランシュよ」
「ほほう、トリベール侯爵家が封魔道具を欲するとは」
バストルは何やら含んだ物言いをしたが、すぐにブランシュを店の奥へと誘った。どうやら、売らないというわけではないらしい。
「こちらへ」
不気味だったが、ブランシュはバストルの後を追う。螺旋階段を上がるのかと思いきや、バストルは下っていき、途中で火の灯った蝋燭が二本立つ燭台を持っていく。壁紙も薄汚れていておどろおどろしい雰囲気に二の足を踏みたくなるが、ブランシュはぐっと我慢した。
螺旋階段を下り、狭い廊下を歩きながら、バストルはブランシュの求めている品がどういうものか、説明する。
「封魔道具というのは、魔法の使い手を否定する道具です。古来、王たちは戴冠式や宣誓式などで魔法の関与を避けるために封魔道具を求めました。昔は今よりも魔法の種類が多く、洗脳や遠隔操作の魔法の使い手もいたそうです。もっとも、現代に至るまでにそうした危険な魔法の使い手たちの血筋はほとんど絶えてしまいました。宗教的な迫害、冤罪による一族誅殺、あるいは戦争を仕掛ける口実にされて……そのような悲劇を避けるためにも、自身が魔法の使い手であることを隠す道具は必要不可欠だったのです」
その歴史のことなら、ブランシュも知っている。コシェ王国は珍しい魔法の使い手が多く、古い貴族を遡ればわんさかと見たこともない魔法が出てくるものだ。ただ、そうした貴族たちは様々な事情で衰退し、他の貴族の家に吸収されていき、珍しい魔法の使い手の血筋は時代が新しくなるにつれて明らかに減っていった。炎魔法や水魔法などごく日常的な魔法の使い手はコシェ王国の平民にも多くいるが、さすがに魅了魔法ほど珍しい魔法の使い手はもう他国には存在しない。そういう希少価値は貴族の家柄を高く見積もらせるもので、実際政治的な価値も多大にあるとブランシュは聞いている。もっとも、今のところまったく実感するようなことはないが。
だから、今の時代となっては封魔道具は必要とされていない。封じるべき魔法の使い手がいないのだから、封魔道具は必要ない。そのはずだ。儀式で形式的に必要とされるなら分かるが、実用することなどまずない。骨董品としてこの店で扱われているのは、そういうことだろう——とブランシュは思った。
そんなブランシュをからかうように、老人は恭しく一礼をする。
「おお、生きのいい悲鳴です。こちらはガレンド・アンティーク・ショップとなります、私は支配人のバストルです」
「え、ええ、存じているわ。ガレンド貿易の、骨董品を扱う部門よね」
「はい、そのとおり。何かお探しで? 北は都市国家ニュクサブルクの古代金細工から南はアルバラフィ王国の生贄人形まで、はたまた東南のユーシーズ王朝の呪術道具もございますよ」
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「封魔道具はないかしら?」
すると、バストルは若干眉を上げて、驚いたふうな表情を見せた。
「ございますが、いささか値段が張りますよ」
「かまわないわ! お父様が出してくれます! 私、トリベール侯爵家のブランシュよ」
「ほほう、トリベール侯爵家が封魔道具を欲するとは」
バストルは何やら含んだ物言いをしたが、すぐにブランシュを店の奥へと誘った。どうやら、売らないというわけではないらしい。
「こちらへ」
不気味だったが、ブランシュはバストルの後を追う。螺旋階段を上がるのかと思いきや、バストルは下っていき、途中で火の灯った蝋燭が二本立つ燭台を持っていく。壁紙も薄汚れていておどろおどろしい雰囲気に二の足を踏みたくなるが、ブランシュはぐっと我慢した。
螺旋階段を下り、狭い廊下を歩きながら、バストルはブランシュの求めている品がどういうものか、説明する。
「封魔道具というのは、魔法の使い手を否定する道具です。古来、王たちは戴冠式や宣誓式などで魔法の関与を避けるために封魔道具を求めました。昔は今よりも魔法の種類が多く、洗脳や遠隔操作の魔法の使い手もいたそうです。もっとも、現代に至るまでにそうした危険な魔法の使い手たちの血筋はほとんど絶えてしまいました。宗教的な迫害、冤罪による一族誅殺、あるいは戦争を仕掛ける口実にされて……そのような悲劇を避けるためにも、自身が魔法の使い手であることを隠す道具は必要不可欠だったのです」
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