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第五話
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手に持ったティーカップをトレイへ置いて、ヴィンチェンツォと呼ばれた金髪の青年は私へ確認を取りました。
「タドリーニ侯爵の発言は、事実だな?」
「は、はい。国王陛下は、ペトリ辺境伯家の放棄を決定されたと、国王陛下に関わることで嘘を吐くとは思えません」
「ならば、あそこは今、無主の地というわけだ」
え、と私は声がポロリと漏れました。
無主の地、つまり——カレンド王国としてはもはやペトリ辺境伯領ではなく、外交上書類上にもまだ侵攻してきているウェンダロスの土地でもなく、確かに誰がその土地を統べるかは確定していませんね?
「ならばだ、飛び地とはなるが、勝ち取ってレーリチ公爵領に編入してもかまわない、国王とて邪魔をする理由はない。そういうことだが、ペトリ辺境伯家はどう考える?」
そんなことは考えるまでもありません、私は即答しました。
「それでもいいと思います。ウェンダロスに取られ、永久に土地を失い、民が虐げられるよりは、まだ」
先祖伝来の土地を失うことは、生活基盤を失うことです。それはそれでつらいのですが、何よりも命が大事です。助からなければ、未来はないのです。その未来を何とか守ってほしい、そのためならペトリ辺境伯家がなくなっても——うん、かまわないでしょう。
私の答えに満足したのか、ヴィンチェンツォは立ち上がり、両手を打ちます。
「よし、分かった。父上、出兵いたします。王宮の些事はお任せいたします」
ぽかーんとしている私を置いて、ヴィンチェンツォはさっさと客間から出ていってしまいました。
レーリチ公爵は、私の肩にぽんと手を置きます。
「よかったな、ユリア嬢。私の四男ヴィンチェンツォは戦い好きでな、私に似ずとても野心家だ。レーリチ公爵家の発展を願う心は純粋なのだが、まあそれゆえに必ずウェンダロスの蛮族どもを追い払ってくるだろう。いやしかし、おかげで縁談も来ない野蛮人扱いで」
ははあ、レーリチ公爵家の四男、ヴィンチェンツォ。言われてみれば、何となくレーリチ公爵に雰囲気が似ているかもしれません。
でも、これでペトリ辺境伯領は、助かった?
もう私はすることはない?
いや、まだだ。まだ、私には利用価値がある。
ジンジャーティーを飲み干したレーリチ公爵へ、私は自分を売り込みます。
「で、でしたら、ヴィンチェンツォ様のお相手に、私などいかがでしょう! あの、ペトリ辺境伯領が正式にレーリチ公爵領となるまで、婚約していれば」
私の青い目と、レーリチ公爵の緑の目がじっと見つめ合うこと、数秒。
そうして、レーリチ公爵は納得していました。
「なるほど。それなら国王も確かに文句は言えまい。エンツォに旧ペトリ辺境伯領を継ぐ理由が生まれるのだからな」
「はい。編入が終わって、父と兄たちが同意して土地を去るまででいいのです。何も、正式に婚姻をだなんて思っていません。私は少しでも、レーリチ公爵家に対価を払わなくてはなりませんが、恥ずかしながら他に何も持っておりません。せめてもの私の利用価値はそのくらいでしょう。なのでぜひ、使っていただければ」
そうなのです。実際に婚姻までは行かなくても、今、ペトリ辺境伯領をレーリチ公爵領にするために婚約を結んでおく、というのは一つの手です。もし首尾よくウェンダロスを追い払い、ペトリ辺境伯領を回復したとしても、カレンド王国としてはその土地を別の貴族の家に委任する、ということは十分に考えられます。戦いもしなかった貴族の家がやってきて、それまでともに暮らしてきたペトリ辺境伯家に成り代わって統治をするなど、地元の民は誰も認めはしませんし、新たな災難となりかねません。それを避けるために、わざわざ一緒に戦ってくれたレーリチ公爵家の後ろ盾があるぞ、レーリチ公爵家がこの土地を欲しがっているんだぞ、とペトリ辺境伯家としても主張しておかなければなりません。
あとは、頃合いを見て正式にレーリチ公爵領とすればいいだけです。こういうことには筋を通さないと、後々厄介ですからね。
うむうむ、とレーリチ公爵は満足そうです。
「ユリア嬢、それはいい提案だ。だが、一つこちらも提案がある」
「えっ!? は、はい、何でしょうか?」
私はもう一度、レーリチ公爵にぽんと肩を叩かれました。
「エンツォを落としてくれ。つまり、君との結婚へ何とか漕ぎ着けてほしい」
何言ってるのこの人。
私の顔には、きっとそう書いていたことでしょう。
レーリチ公爵はすっかり、息子のために妻となる女性を確保するぞ、という父親の顔をしていました。これは逃げられそうにありません、肩の手に力がこもっています。
「え、ええと……わ、私でよければ、喜んで!」
こうして、いい縁談なのか何なのかよく分からない、私とヴィンチェンツォの婚約がスタートしたのです。
目指せ、結婚。ヴィンチェンツォを説得するのだ。フレーフレー、私。
ああ、ジンジャーティーの底に溜まったはちみつが甘くて美味しい。
「タドリーニ侯爵の発言は、事実だな?」
「は、はい。国王陛下は、ペトリ辺境伯家の放棄を決定されたと、国王陛下に関わることで嘘を吐くとは思えません」
「ならば、あそこは今、無主の地というわけだ」
え、と私は声がポロリと漏れました。
無主の地、つまり——カレンド王国としてはもはやペトリ辺境伯領ではなく、外交上書類上にもまだ侵攻してきているウェンダロスの土地でもなく、確かに誰がその土地を統べるかは確定していませんね?
「ならばだ、飛び地とはなるが、勝ち取ってレーリチ公爵領に編入してもかまわない、国王とて邪魔をする理由はない。そういうことだが、ペトリ辺境伯家はどう考える?」
そんなことは考えるまでもありません、私は即答しました。
「それでもいいと思います。ウェンダロスに取られ、永久に土地を失い、民が虐げられるよりは、まだ」
先祖伝来の土地を失うことは、生活基盤を失うことです。それはそれでつらいのですが、何よりも命が大事です。助からなければ、未来はないのです。その未来を何とか守ってほしい、そのためならペトリ辺境伯家がなくなっても——うん、かまわないでしょう。
私の答えに満足したのか、ヴィンチェンツォは立ち上がり、両手を打ちます。
「よし、分かった。父上、出兵いたします。王宮の些事はお任せいたします」
ぽかーんとしている私を置いて、ヴィンチェンツォはさっさと客間から出ていってしまいました。
レーリチ公爵は、私の肩にぽんと手を置きます。
「よかったな、ユリア嬢。私の四男ヴィンチェンツォは戦い好きでな、私に似ずとても野心家だ。レーリチ公爵家の発展を願う心は純粋なのだが、まあそれゆえに必ずウェンダロスの蛮族どもを追い払ってくるだろう。いやしかし、おかげで縁談も来ない野蛮人扱いで」
ははあ、レーリチ公爵家の四男、ヴィンチェンツォ。言われてみれば、何となくレーリチ公爵に雰囲気が似ているかもしれません。
でも、これでペトリ辺境伯領は、助かった?
もう私はすることはない?
いや、まだだ。まだ、私には利用価値がある。
ジンジャーティーを飲み干したレーリチ公爵へ、私は自分を売り込みます。
「で、でしたら、ヴィンチェンツォ様のお相手に、私などいかがでしょう! あの、ペトリ辺境伯領が正式にレーリチ公爵領となるまで、婚約していれば」
私の青い目と、レーリチ公爵の緑の目がじっと見つめ合うこと、数秒。
そうして、レーリチ公爵は納得していました。
「なるほど。それなら国王も確かに文句は言えまい。エンツォに旧ペトリ辺境伯領を継ぐ理由が生まれるのだからな」
「はい。編入が終わって、父と兄たちが同意して土地を去るまででいいのです。何も、正式に婚姻をだなんて思っていません。私は少しでも、レーリチ公爵家に対価を払わなくてはなりませんが、恥ずかしながら他に何も持っておりません。せめてもの私の利用価値はそのくらいでしょう。なのでぜひ、使っていただければ」
そうなのです。実際に婚姻までは行かなくても、今、ペトリ辺境伯領をレーリチ公爵領にするために婚約を結んでおく、というのは一つの手です。もし首尾よくウェンダロスを追い払い、ペトリ辺境伯領を回復したとしても、カレンド王国としてはその土地を別の貴族の家に委任する、ということは十分に考えられます。戦いもしなかった貴族の家がやってきて、それまでともに暮らしてきたペトリ辺境伯家に成り代わって統治をするなど、地元の民は誰も認めはしませんし、新たな災難となりかねません。それを避けるために、わざわざ一緒に戦ってくれたレーリチ公爵家の後ろ盾があるぞ、レーリチ公爵家がこの土地を欲しがっているんだぞ、とペトリ辺境伯家としても主張しておかなければなりません。
あとは、頃合いを見て正式にレーリチ公爵領とすればいいだけです。こういうことには筋を通さないと、後々厄介ですからね。
うむうむ、とレーリチ公爵は満足そうです。
「ユリア嬢、それはいい提案だ。だが、一つこちらも提案がある」
「えっ!? は、はい、何でしょうか?」
私はもう一度、レーリチ公爵にぽんと肩を叩かれました。
「エンツォを落としてくれ。つまり、君との結婚へ何とか漕ぎ着けてほしい」
何言ってるのこの人。
私の顔には、きっとそう書いていたことでしょう。
レーリチ公爵はすっかり、息子のために妻となる女性を確保するぞ、という父親の顔をしていました。これは逃げられそうにありません、肩の手に力がこもっています。
「え、ええと……わ、私でよければ、喜んで!」
こうして、いい縁談なのか何なのかよく分からない、私とヴィンチェンツォの婚約がスタートしたのです。
目指せ、結婚。ヴィンチェンツォを説得するのだ。フレーフレー、私。
ああ、ジンジャーティーの底に溜まったはちみつが甘くて美味しい。
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