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第七話
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私はヴィンチェンツォの顔を見ていられず、頭を下げて思いつくかぎり非礼を詫びます。
「ご気分を害しまして大変申し訳なく存じますしかし私めにはできることはまったくと言っていいほど何もなくて」
まずいです、また言い訳になってきています。私は他の言うべきことを探しますが、咄嗟には思い浮かびません。
しかし、ヴィンチェンツォは冷静でした。
「いや、気分は害していない。それだけ必死だったのだろうし、お前の家族や領民を思う気持ちはよく伝わった。そこまで真摯に助けを求められたなら、それに報いるは高貴な者の務めと言うべきだろう」
さも当然、と言わんばかりに、ヴィンチェンツォは語ります。
私は困惑しました。タドリーニ侯爵家のベネデットは、そんなこと言わなかった。ベネデットはもしや高貴ではない? などと思考がぐるぐる迷走しはじめたところで、私は下手な考えを打ち切ります。
とにかく、ヴィンチェンツォは私の家族と領民たちを助けてくれるのです。色々と理由はあれども、兵を出して戦うことさえ厭わない姿勢は、他の誰も真似できないことでしょう。現金だし贔屓目かもしれませんが、私にとってはヴィンチェンツォのその姿勢はとても好ましくて、背後から後光が差して見えます。
一方で、ヴィンチェンツォはこうも言いました。
「だが、俺は王侯貴族の間では『野蛮人』と名の通っている男だ。まあ、間違ってはいない。腐ったこの国の中でレーリチ公爵家の突出した権力を確立するために、俺はレーリチ公爵家の関わる軍事の一切を担当しているのだから」
私は即答します。
「いえそれはまったくかまいませんし、隙を見せると攻め込まれるご時世ですから、武力はあるに越したことはないと思います。我が家も欲しかったです」
「……そうか、婚約指輪よりも?」
「婚約指輪で領地が守れるなら価値はあったかもしれませんが、特にそういうことはなかったので」
「まあそうだな。タドリーニ侯爵家は守るどころか、お前を婚約破棄して追い出したわけだしな」
ふむ、とヴィンチェンツォの緑の目が私をじっと見て——あれ、ヴィンチェンツォの右目は緑ですが、左目は茶色ですね。オッドアイというやつです、初めて見ました。興味深くてまじまじと見つめていたら、ヴィンチェンツォが実に不機嫌そうに文句を言います。
「物珍しいか」
「あ、申し訳ございません、両目の色が異なる方は見たことがなかったもので」
「正直だな。まあいい、面白がられるのは慣れている」
「はっ、またまた申し訳ございませんご気分を害して」
「害していない。落ち着け、ステイ」
手のひらを向けられて、私は浮ついた心と腰を踏み台に押し付けます。全然落ち着いていませんが、落ち着いているように装うのです。
ヴィンチェンツォははあ、とため息を吐いて、少々いらつき気味に——私に、ではなくここにはいないどこかの誰かに、でしょう——ちょっと離れた本棚へ目をやって話を続けます。
「とにかく、その俺と結婚したい女というのは……よほどの変人か、何か企みのある人間だ。たとえばスカヴィーノ侯爵家のアナトリアなど、俺にしつこく付きまとっている」
あなたと結婚したい女性、いるじゃないですか。私はそう言いたいのを我慢します。
しかし、スカヴィーノ侯爵家、その名はよく知られています。西に大きな領地を持つ家で、いくつも貿易商会を持ち、著名な芸術家たちのパトロンとなっていて王都や領地でしょっちゅう大規模な展覧会を開いていると耳にします。羨ましいかぎりです。
そのスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアでさえ、ヴィンチェンツォのお眼鏡にはかなっておらず、むしろ嫌がられているわけです。どういうわけか、それを私が尋ねるのは気が引けますが、ヴィンチェンツォから愚痴ってもらえるなら喜んで拝聴する次第です。
「馬鹿な女だ。おかげでやってくる縁談をことごとく断って、二十歳にもなるのに婚約者の一人もいない」
「あの、なぜそのアナトリア様は、ヴィンチェンツォ様にそこまで執着なさっているのですか?」
「さあな、大昔に転びそうになったのを助けただけでずっと粘着されている。俺はあんな強欲な女は嫌いだ、吐き気がする」
なるほど、スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアは、ヴィンチェンツォの好みではない、と。
「ご気分を害しまして大変申し訳なく存じますしかし私めにはできることはまったくと言っていいほど何もなくて」
まずいです、また言い訳になってきています。私は他の言うべきことを探しますが、咄嗟には思い浮かびません。
しかし、ヴィンチェンツォは冷静でした。
「いや、気分は害していない。それだけ必死だったのだろうし、お前の家族や領民を思う気持ちはよく伝わった。そこまで真摯に助けを求められたなら、それに報いるは高貴な者の務めと言うべきだろう」
さも当然、と言わんばかりに、ヴィンチェンツォは語ります。
私は困惑しました。タドリーニ侯爵家のベネデットは、そんなこと言わなかった。ベネデットはもしや高貴ではない? などと思考がぐるぐる迷走しはじめたところで、私は下手な考えを打ち切ります。
とにかく、ヴィンチェンツォは私の家族と領民たちを助けてくれるのです。色々と理由はあれども、兵を出して戦うことさえ厭わない姿勢は、他の誰も真似できないことでしょう。現金だし贔屓目かもしれませんが、私にとってはヴィンチェンツォのその姿勢はとても好ましくて、背後から後光が差して見えます。
一方で、ヴィンチェンツォはこうも言いました。
「だが、俺は王侯貴族の間では『野蛮人』と名の通っている男だ。まあ、間違ってはいない。腐ったこの国の中でレーリチ公爵家の突出した権力を確立するために、俺はレーリチ公爵家の関わる軍事の一切を担当しているのだから」
私は即答します。
「いえそれはまったくかまいませんし、隙を見せると攻め込まれるご時世ですから、武力はあるに越したことはないと思います。我が家も欲しかったです」
「……そうか、婚約指輪よりも?」
「婚約指輪で領地が守れるなら価値はあったかもしれませんが、特にそういうことはなかったので」
「まあそうだな。タドリーニ侯爵家は守るどころか、お前を婚約破棄して追い出したわけだしな」
ふむ、とヴィンチェンツォの緑の目が私をじっと見て——あれ、ヴィンチェンツォの右目は緑ですが、左目は茶色ですね。オッドアイというやつです、初めて見ました。興味深くてまじまじと見つめていたら、ヴィンチェンツォが実に不機嫌そうに文句を言います。
「物珍しいか」
「あ、申し訳ございません、両目の色が異なる方は見たことがなかったもので」
「正直だな。まあいい、面白がられるのは慣れている」
「はっ、またまた申し訳ございませんご気分を害して」
「害していない。落ち着け、ステイ」
手のひらを向けられて、私は浮ついた心と腰を踏み台に押し付けます。全然落ち着いていませんが、落ち着いているように装うのです。
ヴィンチェンツォははあ、とため息を吐いて、少々いらつき気味に——私に、ではなくここにはいないどこかの誰かに、でしょう——ちょっと離れた本棚へ目をやって話を続けます。
「とにかく、その俺と結婚したい女というのは……よほどの変人か、何か企みのある人間だ。たとえばスカヴィーノ侯爵家のアナトリアなど、俺にしつこく付きまとっている」
あなたと結婚したい女性、いるじゃないですか。私はそう言いたいのを我慢します。
しかし、スカヴィーノ侯爵家、その名はよく知られています。西に大きな領地を持つ家で、いくつも貿易商会を持ち、著名な芸術家たちのパトロンとなっていて王都や領地でしょっちゅう大規模な展覧会を開いていると耳にします。羨ましいかぎりです。
そのスカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアでさえ、ヴィンチェンツォのお眼鏡にはかなっておらず、むしろ嫌がられているわけです。どういうわけか、それを私が尋ねるのは気が引けますが、ヴィンチェンツォから愚痴ってもらえるなら喜んで拝聴する次第です。
「馬鹿な女だ。おかげでやってくる縁談をことごとく断って、二十歳にもなるのに婚約者の一人もいない」
「あの、なぜそのアナトリア様は、ヴィンチェンツォ様にそこまで執着なさっているのですか?」
「さあな、大昔に転びそうになったのを助けただけでずっと粘着されている。俺はあんな強欲な女は嫌いだ、吐き気がする」
なるほど、スカヴィーノ侯爵家令嬢アナトリアは、ヴィンチェンツォの好みではない、と。
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