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第十九話
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一時間後、王城の廊下を歩いていたタドリーニ侯爵家嫡男ベネデットの前に、一人の貴族令嬢が現れた。
大きな扇子で顔を隠し、物陰からそっと手紙を差し出している。ベネデットは周囲を見回し、自分以外の誰かがいないことを確認してから、顔の見えない貴族令嬢へ近づく。
大きな扇子の向こうから、儚げな声が聞こえてくる。
「ベネデット様、こちらをお受け取りになって」
間違いなく自分への誘いだ、と状況を飲み込んだベネデットは、疑問と警戒心はありつつも、どうしてもその誘いに乗らずにはいられない。なぜなら、ベネデットは貴族の一員で、貴族令嬢のお誘いを断るような無粋な男であってはならない、と躾けられているからだ。普段は冷静なベネデットでも、誰も見ていない場所、見知らぬ顔を隠した令嬢の頼みとあっては、無碍にはできない。
ベネデットは手紙を受け取り、なんの変哲もない封書の裏表を眺めて、こう尋ねた。
「君は?」
「私はただの使いですの、さるお方からベネデット様にお手紙を渡してほしいと頼まれて」
なるほど、とベネデットは内心まんざらでもなく、気分がよかった。
なにせ、ベネデットは婚約破棄したばかりで、すみやかに次の婚約相手を探さなくてはならない。その間、なぜか婚約者がいない男、として好奇と侮りの視線に晒される。そんな屈辱的な期間は短いほうがいい、だから言い寄ってくる女性がいればまずはどんな女性か、と興味を持っておきたい。
「君、これは」
ベネデットが手紙の主について、顔を隠した貴族令嬢に尋ねようとしたとき——すでに彼女は姿を消していた。王城の廊下の影に隠れたのか、あるいは秘密の通路を通って、どこかの部屋に逃げ去って。
何にしても、普通とは違って俄然興味が湧く。手紙の主、女性の誘い。ベネデットは自分の胸が高鳴っていることを自覚する。
そこへ、ベネデットの友人が顔を見せた。ベネデットは咄嗟に、手紙を後ろ手に隠す。
「どうした? ベネデット」
「い、いや、なんでもない」
「ふぅん。まあいい、タドリーニ侯爵に頼まれた仕事はあと何が残っている?」
ベネデットは王城に来た名目から、少しばかり目を逸らした。
この手紙があるのだから、特に大した用事もなく王城で暇な貴族令嬢を見つけて品定めして、あるいは知り合ってみて、と面倒臭い婚約者探しは一旦中止したい。
「ああ、そうだな……忘れ物をした、取りに行ってくるから待っていてくれ」
そう言って、ベネデットは近くの休憩室へと引き返す。
手紙を読みたい。どんなことが書いてあるのか。
ベネデットは手紙への期待を膨らませていた。
大きな扇子で顔を隠し、物陰からそっと手紙を差し出している。ベネデットは周囲を見回し、自分以外の誰かがいないことを確認してから、顔の見えない貴族令嬢へ近づく。
大きな扇子の向こうから、儚げな声が聞こえてくる。
「ベネデット様、こちらをお受け取りになって」
間違いなく自分への誘いだ、と状況を飲み込んだベネデットは、疑問と警戒心はありつつも、どうしてもその誘いに乗らずにはいられない。なぜなら、ベネデットは貴族の一員で、貴族令嬢のお誘いを断るような無粋な男であってはならない、と躾けられているからだ。普段は冷静なベネデットでも、誰も見ていない場所、見知らぬ顔を隠した令嬢の頼みとあっては、無碍にはできない。
ベネデットは手紙を受け取り、なんの変哲もない封書の裏表を眺めて、こう尋ねた。
「君は?」
「私はただの使いですの、さるお方からベネデット様にお手紙を渡してほしいと頼まれて」
なるほど、とベネデットは内心まんざらでもなく、気分がよかった。
なにせ、ベネデットは婚約破棄したばかりで、すみやかに次の婚約相手を探さなくてはならない。その間、なぜか婚約者がいない男、として好奇と侮りの視線に晒される。そんな屈辱的な期間は短いほうがいい、だから言い寄ってくる女性がいればまずはどんな女性か、と興味を持っておきたい。
「君、これは」
ベネデットが手紙の主について、顔を隠した貴族令嬢に尋ねようとしたとき——すでに彼女は姿を消していた。王城の廊下の影に隠れたのか、あるいは秘密の通路を通って、どこかの部屋に逃げ去って。
何にしても、普通とは違って俄然興味が湧く。手紙の主、女性の誘い。ベネデットは自分の胸が高鳴っていることを自覚する。
そこへ、ベネデットの友人が顔を見せた。ベネデットは咄嗟に、手紙を後ろ手に隠す。
「どうした? ベネデット」
「い、いや、なんでもない」
「ふぅん。まあいい、タドリーニ侯爵に頼まれた仕事はあと何が残っている?」
ベネデットは王城に来た名目から、少しばかり目を逸らした。
この手紙があるのだから、特に大した用事もなく王城で暇な貴族令嬢を見つけて品定めして、あるいは知り合ってみて、と面倒臭い婚約者探しは一旦中止したい。
「ああ、そうだな……忘れ物をした、取りに行ってくるから待っていてくれ」
そう言って、ベネデットは近くの休憩室へと引き返す。
手紙を読みたい。どんなことが書いてあるのか。
ベネデットは手紙への期待を膨らませていた。
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