再び交わる僕らの思い

ほっとけぇき

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第二章

苦悩の中で ≪光希視点≫

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 ≪光希視点≫
 「菱谷くん。……よかった、意識が戻ったようだね。」
 「だ、れ……?」
 「一応、君の主治医ですよ。」

 しばらくして、医者と数名の看護師が僕の病室へとやってきた。彼らは全員安堵の表情を浮かべている。特に医者は、ほっと胸を撫でおろす。初めて会ったはずなのに嫌な感じはしなかった。

 その後、昏睡状態から回復したということで、体の検査を行ったりしていたのだが、どうにもおかしいらしい。

 普通、昏睡状態になって1か月以上経過してから回復すると、意識障害や神経障害が残るのだという。もちろん、残らない人もいる。でも、この件でおかしいところはそこではない。

 「う~ん……やっぱり、んだよなぁ。まぁ、君は若いし、だからかな?」

 昏睡状態から回復してからすぐというには元気、らしい。起きたときに体がすごく重たいということ以外は特に異常が感じられなかった。それが普通ではないらしい。

 目覚めてから2日後、体を大きく動かすのはまだ難しいが、だんだん起き上がれるようになったので、軽いリハビリを始めた。利き手の右手は折れていないようなので箸を使って手が痺れるというよりも、力加減がうまくいかないようで、箸で豆を弾き飛ばしてしまう。

 「……また、弾き飛ばしてしまった。」
 「菱谷さん、箸を掴めているだけでも十分ですよ。むしろ、今力が籠められるのはすごいことですよ。」
 「そ、そうですか。」
 「でも、今日はここまでにしておきますか。」
 「え?まだ、大丈夫ですよ。」
 「そうですか?でも、なんだか疲れてそうだったので、ここまでにした方がいいと思いましたが。それに、大前提まだ目覚めてから1か月もたっていないんですよ。急ぐ必要はありません。ゆっくり治していきましょう。」

 そんなに疲れていそうな顔だっただろうか?感情が分かりにくいとは言われるが、そんなにわかりやすいのか。看護師さんはすごい。

 そんなことを思う一方で、忘れかけていた途方もない焦りを思い出した。そうだ、リハビリや検査にばかり意識が行ってしまったせいで、忘れていた。

 僕は強くならないと、こんなところでもたもたしている場合じゃない。今、こうしている間にも、みんなに置いて行かれる。怖い、嫌だ、考えたくない。

 体が十分に動かないし、筋肉も落ちている。考えればすぐにも分かることだ。前の自分よりも随分と弱くなっている。何もできなくなっている。

 彼らは前に進んでいる、己の強さを持って。でも、僕はどうなんだろう。何もない、力だってせせらぎ頼りだった。

 彼らは、こんな自分に呆れるだろう。考えていたら涙が止まらない。ふと、顔を上げると窓の外の夕暮れのオレンジの光が綺麗に輝いていて、酷く目に焼き付く。

 「僕はこれから、どうすればいいのだろう。……一人ぼっちはもう嫌だ。……嫌だ、嫌なんだ」

 僕が一人俯きながらそう言うと、誰かに抱きしめられたような気がした。どこか、懐かしくて悲しい、そんな気分になる。そして、そのまま力が抜ける。その時、聞こえた気がしたんだ。

 『大丈夫、君は1人なんかじゃないよ……私がいなくても君にはたくさん思ってくれる人がいるの。』

 今、一番聞きたくてしょうがなかったせせらぎの声が、確かにはっきりと。

 ――
 「よっ、光希調子はどうだ?リハビリ、上手くいってるか?」

 涼介は今日も僕のお見舞いに来る。あの日よりはましだが、なんだか疲れているように見えるのは変わらない。

 僕の友人の中でも一番お見舞いに来ているから、相当暇なのかとついつい失礼なことを考えてしまう。

 でも、彼が暇だなんてことは天と地がひっくり返ってもあり得ないはずだ。なんなら、一番いそがしいのかもしれない。

 彼は、学生陰陽師の組織である【学生大隊】で[参謀]として、大人の陰陽師たちから送られてくる戦闘指示を学生が円滑に熟せるよう作戦を立てている。

 3年前の大災害のとき、多くの陰陽師たちが犠牲になったことで人員が足りなくなり、学生も強いクルイモノと対峙せざるをえなくなった。

 いきなり強い奴と戦えと言われても無理なものなので、最初は先生たちが作戦を立てていた。

 しかし、先生たちも作戦をずっと立て続けることはできないため、学生に学生陰陽師の運営を委託するようになった。

 その時に、参謀に推薦されてから、涼介は参謀としての仕事を行っている。だから、暇ではないはずなのだ。
 
 そんな彼は僕が村にいたころからの友人である。そのため、彼のことをよく知っているのだが、彼はいろいろとすごい奴だ。

 彼はとにかく頭がいい。一回見聞きしたことは大体覚えているし、とっさの場面でも頭の回転がかなり速い。

 それに、度胸がある。村で避けられていた僕と友人になったり、勝手に悪人の子扱いされていた女の子と堂々とそばにいて守っていた。

 彼曰く、「自分たちの目でしっかりと見ようとしてねぇだけだろ、そいつらは。基本的に俺は俺が見て、考えて正しいと思ったものを信じる」らしい。

 僕は彼のような強さを持つことができない。時々、彼の強さがすごくまぶしく感じてしまう。

 だから、目覚めたときも、自分と比較してしまうのが嫌だから、少なくとも彼にだけはそばにいいてほしくなかったのだ。

 「うまく、うまくいっていると言えばいっているけど、いっていないと言えば言っていない。」
 「ふっ……ふふっ、どういうことだよ、それ。どっちなんだよ。うまくいってんのかわかんねーじゃん!」
 「だって、そうだもん。」
 「もん、ってお前なぁ……ぶふっ」

 どうやら僕の渾身のおふざけは彼に受けたようだ。彼も僕も暗い顔をしすぎなのである。少しでも笑っていた方が気を紛らわせる。

 ただでさえ、無機質で退屈な病室なのだ。表情さえも病室に合わせる必要なんてないと思う。

 僕のそんな様子に安心したのか、少し力の抜けてような笑顔を見せる。最近は見られなかった、彼らしい不敵さも含んだ笑みだ。

 「なぁ、お前、やっぱりまだきついんだろ。」
 「は?……それってどういう意味だ。別に体は力加減ができないけど、ある程度は元気だぞ。」
 「違う、……心の方だ。」

 時が止まったような気がした。先ほどまであった和気あいあいとした雰囲気は消え失せ、緊張感が走る。

 まっすぐと見つめる彼の目が僕に突き刺さる。まだ幼いところもあるが青年らしい信念のある瞳だ。この瞳を見ると、言い訳しようとも思えなくなって、俯くことしかできない。

 「お前が何に焦っているかなんて、俺には分からない。……でも、焦る必要なんかないさ。今、お前はゆっくり休めばいい。それで、元気になるのが一番だ。」
 「…………」
 「大丈夫さ、お前がいなくてもちゃんとやれるからさ。だから、信じてくれ。せせらぎさんが大変なことになって、まだ立ち直れてないんだろ?なら、今はその傷を少しでも癒すべきだ。」
 「何なんだよ、それ。」

 彼の言葉を聞いた瞬間、何かが瓦解した音がした。何が崩れてしまったのだろう。分からないけど、なにか根幹をなすものが粉々に壊れてしまったような気がする。目の前が真っ白になる。

 「ハハッ……ハハハハハ‼……ハハッ……」
 「お、おい、いきなりどうしたんだよ。」
 「あぁ、やっと理解したよ。……そうだよな、そうだったよな。……ハハッ。」

 もう、乾いた笑いしか出なかった。だって、こんな僕にはお似合いのざまだ。でも、笑いで誤魔化しきることなんかできなくて、だんだん忘れていた悲観が心にしみわたる。

 あぁ、僕は彼らと一緒にいるべきではないのか、それとも、彼らにとって守られるべき弱者となってしまったのか。あるいは、どちらもか。

 彼はどうやら混乱しているようだった。いきなり笑い出した僕をみて目を白黒させている。しばらくして、僕の背中を撫でだした。慰めるように優しく温かい手で。

 「看護師さんでも、呼んでくるか?」と、僕を気遣うような言葉を口にする。彼の生来の善性がにじみ出ているのだろう。それがなぜだか無性に腹が立った。

 「……いい。大丈夫だから。……もう今日は帰ってくれ。今日は来てくれてありがとう。あと、僕は大丈夫だから。……大丈夫、僕なら大丈夫。」
 「え、本当に大丈夫か?顔色すごいことになってるぞ。看護師さん呼んでくるからちょっと待ってろ。」
 「いいから帰ってくれ‼‼……これ以上、お前と、話していると、もっと、……もっと惨めになる。……今は、帰ってくれ。」

 口にしてから、やってしまったと思った。あぁ、なんてことをしてしまったのだろう。ただただ、彼に対する謝罪が口から漏れ続けた。

 「そう、か……なんか、ごめん。……今日は、帰るわ。大事にな。」

 彼をあんな苦しそうな顔で、こんなことを言わせるつもりは無かった。彼はそのまま背中を丸めて帰ってしまった。

 待ってと口にすれど、声は虚空に消え、掴もうとした手は宙を切った。ただただ、病室に残った虚無感がやけに重たく感じる。

 「なんて、バカなんだ。」

 もう、泣いて縋ったって遅いのに、涙が止まらない。今までの彼との時間がフラッシュバックして、余計に悲しさがこみあげてくる。

 それから、涼介は僕のお見舞いに来なくなった。
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