原っぱの中で

紫奈

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 それから君とは会っていない。
受験勉強に追われ、しばらく君のことを忘れていた。ただひたすら勉強する、学校にも行かず予備校に籠る日々が続いた。



私はセンター試験に失敗した。選択科目を間違えるというなんとも間抜けなミスをした。にもかかわらずそれほどの衝撃はなかった。他人事のようにあっさり受け入れる自分に気づき、嫌気がさした。
人事のように、遠回りして自分を分析する、少しでも感情的な部分がなくなるように、好きな人に嫌われないように、自分を見放さないように。



入試と入試の間に挟まる数日の余裕に私は心をやられた。不安、焦り、ストレス、さまざまな感情がうごめく脳内を大丈夫の文字で埋め尽くした。だが私の脳は大丈夫を大丈夫だと認識しない。寧ろ逆なのだ。

夜中、私は眠れなかった。上手く感情をコントロールできない自分にイライラした。目を瞑りながら真っ暗闇をただ眺めていた。
そんな時、ふと君の声が聞きたい、と思った。気がつけば私は携帯に手を伸ばし、君に'おきてる?'と連絡していた。すぐに'おきてるよ'と返事が来て、続けて着信音が私の耳に流れてきた。

君は'どうしたの'と優しく問い、私が無言でいると'今日は何してたの?'と話題を振ってくれた。久しぶりに聞く君の声は驚くくらい簡単に浸透した。なんでもない話をする中で私は自分の呼吸が整っていくことに気づいた。
君は私の欲しい言葉をくれる。逆を言えば、無駄な言葉を寄越さない。私が望む、無意識に手を伸ばしてくれる。君は'大丈夫?'という言葉を使わない。そんな君がすごく好きだった。

電話をしているのに、相手がそこにいるのかどうか不安になることがある。馬鹿げた話だが、私はその度に相手の名前を呼んでしまう。そんな気持ちを汲み取るかのように、君は何度も'いるよ'と返してくれる。'ん'と応える声にひたすら安心感を与えられる。

人の声を聞きながら眠るというのは、私にとって珍しいことだ。誰かと電話しながら寝付けるのは、相手が寝た後の方が圧倒的に多い。君は例外なのだ。

君の声が私を揺すぶる、優しく、弱く、あたたかく寄り添う。そんな夜が好きだった。いつまでも続けばいいのに、と思った。
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