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リル・クーロのホワイト&ホワイト

7話

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 翌朝、おれはいつもより身体の重さを感じながら目を覚ました。
目に入るのはリル・クーロの宿屋の天井。
もう朝の明るい光が部屋に差し込んでいるのに、意識がなかなかはっきりしない。
まだ眠いが、朝だ、起きよう、と身体に力を込めるが、身体が重い。
まさかまた体調崩したか?
少しヒヤッとして一気に意識がはっきりした。
そしておれは重さの正体に気付いて叫びそうになった。
ケイジュが、おれの身体を抱き枕にしていた。
腕はおれの胸と肩に巻き付いて、足もおれの腰に乗っけている。
そりゃあ重く感じるはずだ。
しかも、おれもケイジュも全裸だった。
なんでこんなことに、などと言うつもりはない。
ちゃんと覚えている。
おれとケイジュは、昨夜……。
少し思い出しただけで身体がカッと熱くなって背中が汗ばんでくる。
昨日のケイジュはすごかった。
告白したときの熱烈な言葉、その後のキス、その後にしたことも覚えてはいるけど信じられない。
けど、同時に、現実だと思い知らせてやる、と言ったケイジュの顔も思い出しておれは認めるしかなかった。
これは現実だ。
おれにとって都合が良すぎるし、夢みたいに幸せだし、展開も早すぎてついていけないけど、事実、ケイジュは全裸で隣に寝ている。
おれはケイジュの下敷きになって感覚のない手を引っ張り出し、なんとか脱出を試みた。
そっとケイジュの腕の中から抜け出してそのまま服を着てしまうつもりだったのだが、ケイジュは寝返りを打つとしぱしぱとまばたきをしつつおれを見た。
ぼんやりとしたケイジュの表情に柔らかい微笑みが浮かぶ。

「おはよう、セオドア」

起き抜けの掠れた甘い声で、ケイジュが言う。
おれもここまで来て逃げるわけにはいかず、諦めて笑い返した。

「おはよう」

ケイジュはおれの肩に回した腕にぎゅっと力を込めて、それからおれを解放した。
そしてとろんと甘い表情のまま起き上がり、おれを見下ろす。

「身体の調子はどうだ?」

ケイジュの指先はおれの頬を撫で、右耳の青石にそっと触れる。
おれは痺れた手を布団から出して握ったり閉じたりする。
体は重いが筋肉痛みたいなものだし、手の感覚は戻りつつある。
問題ない。
あるとすれば、おれがまだこの恋人同士の空気に慣れていないことだけだ。

「へ、平気だ。なんか、照れるけど」

おれが素直に白状すると、ケイジュは朝の清い光を背中に背負って苦笑する。
背景は爽やかなのに、裸体とうっとりした眼差しのせいで酷く官能的だ。

「昨夜は無理をさせて悪かった。吸精したせいで、歯止めが効かなくなっていた。次は気を付けよう」

おれは恥ずかしい記憶の中から、ケイジュの瞳の色の変化のことを思い出す。
あの紫色は、淫魔にはよくあることなんだろうか。

「いや、その、大丈夫だ。というか、おれも分かってて止めなかったんだし、ご、合意の上だろ。それより、昨日の吸精は、何か特別だったのか?」

おれは興奮し過ぎていて朧げにしか覚えていないが、吸精される感覚はいつもと変わりなかったように思う。
急に眠くなったり、目眩がすることもなかった。
なのに、ケイジュだけがいつもと違った様子だったので、少し不安だった。

「……特別……といえばそうだが……おれは変わったことはしていない。ただ、セオドアの精気がいつもより濃厚に感じられたから、その影響を受けたのだろうと思う」

おれはこっ恥ずかしくて目をそらす。
いつもより格段に興奮していたし、恋心が強くなっていたので、精気の味?みたいなものも変わっていたようだ。

「そ、そうか……あの時、ケイジュの目の色が変化して、紫っぽくなってたから気になったんだ。ケイジュは、体調に変化はないか?」

森の魔女からお墨付きをもらったとはいえ、インゲルの福音のことが頭を過ぎらなかったわけではない。
ケイジュは意外そうに目を丸めて、自分の身体を見下ろす。

「……体調は、セオドアと出会ってからずっと上り調子だ。今までは体調を崩すギリギリまで吸精をしなかったが、ここ最近はずっとこまめに精気をもらっているし、昨日の吸精でまた一段階魔力が増えたような気がする」

魔力って増えるものなのか?
生まれたときに魔力量は決まっていて変わらないものだと思っていた。
おれが黙って考えていると、ケイジュはおれが熱で倒れていたときの事を話してくれた。
あの魔法で作った小屋は、今までの魔力量では作りきれないと思っていたらしい。
しかし、実際には作ることができた。
今まで精気が常に足りない状態で生きていた身体にようやく淫魔として普通通りの精気が満たされたことで、本来の力を取り戻せているようだ、とのこと。
相手が性的に興奮していてなおかつ快楽を得ている状態での精気は、淫魔にとっては栄養たっぷりなご馳走みたいなもので、それも昨日摂取したから絶好調らしい。
また、吸精中に瞳の色が変わることは、たまにだがあることらしく、心配することはないと言われる。
ケイジュは淡々と説明してくれたが、おれの気持ちや状態が筒抜けだったことも分かって気恥ずかしい。
まぁ、でも、ケイジュの調子が良いことはおれも嬉しい。
おれはゆっくり起き上がる。

「ケイジュが満足なら、おれも満足だ。……そろそろ服着ようぜ」

おれはベッドから這い出そうと足を動かしたのだが、ケイジュがめちゃくちゃ残念そうに眉を下げたので、おれは勇気を出す。
ぐっと首を伸ばしてケイジュの唇にキスをした。
顔を離すと、ケイジュは驚いた顔で固まっている。

「……まだ、ちょっと落ち着かないけど……好きだ、ケイジュ。今日からは、仕事の相棒兼、恋人として、よろしく頼むな」

おれはそれだけなんとか言って、脱ぎ散らかしていた服を拾い集める。
取り敢えず火照った顔を冷やしたかったので、洗面台使うぞ、と言い残してそそくさと部屋を横切った。

 顔を洗い、服を着ると、昨日の夜からずっと夢心地だった頭にも冷静さが戻ってくる。
あれだけ動揺して恥ずかしいことを言って恥ずかしいこともしたので、今更照れても仕方ない。
朝の様子を見るに、ケイジュもおれに幻滅したわけではなさそうなので、腹を括って恋人関係を楽しもう。
とはいえ、まだしばらくはこそばゆいだろうけど、それも恋が成就したからこそだ。
おれは一人で鏡に向き合い、ニヤける口元を手のひらで揉んだ。
順番は前後したけど、今日一日はデートということにして街歩きを楽しもう。
おれは念入りにくせ毛を撫で付けると洗面所を出た。
ケイジュもすでに服を着て、いつもどおりの凛々しい立ち姿でおれが出てくるのを待っていた。
けど、表情だけは嬉しそうに緩んだまま、おれと入れ違いに洗面所に入っていく。
すれ違いざまに、ケイジュはおれの頬にキスをしていった。
おれは一人で頬を抑えて、せっかく冷ました顔がまた熱くなって小さくため息をついた。
やっぱり慣れるしかない。
身支度を終えたおれたちは、まずどこに行くか話しながら部屋を出た。

 おれたちは朝食と観光を兼ねて商店街をぶらつくことにした。
屋台でチーズがたっぷりかかったパンにや食べたことない在来生物の肉の串焼きなど、朝からがっつり食べた。
昨夜運動したからか、めちゃくちゃ腹が減っていたのだ。
けど、散々飲み食いした後でちょっと後悔する。
そういえば、昨日腰回りをケイジュに触られて恥ずかしかったんだった。
風邪で寝込んで少し痩せてから、その分を取り戻そうともりもり食べていたので、今はおれの腹回りにちょっとだけ余分な肉がついている。
だらしなく太ってるわけじゃないけど、ケイジュの身体を見たあとじゃ自分の身体が怠けているように見える。
また帰り道に自然と引き締まってくと思うけど、おれは太りやすいし、気にした方がいいだろうか。
おれはクレープの屋台に引き寄せられつつあった足を強引に向きを変える。
けど、隣でその様子を見ていたのか、ケイジュに袖を引っ張られた。

「セオドア、買わないのか?」

「う、その、流石に食べ過ぎかな、と」

ケイジュはフードを被ったままちょっと俯いた。
顔は見えないのに、しょんぼりしている。

「……あのクレープ、ホワイトプディングにも使っていたルクトゥスとやらが入っているらしいぞ」

「えっ、あ!ほんとだ……」

おれが看板を慌てて見ると、ルクトゥス入りのモチモチ食感!と煽り文句が書いてあった。
おれは食欲と好奇心に負けて、クレープの屋台に歩み寄る。
食べた分、消費すればいいんだ。
結局トッピングまで追加したおれは、しっとりとしたクレープ生地をかじる。
確かにモチモチだ。
中に入っているクリームとカリカリしたナッツとの相性が素晴らしい。
ケイジュはおれが食べる様子を嬉しそうに見守っていた。
なんか、おれに食べさせるのを楽しんでる気がする。
クソ、おれがデブになったらケイジュのせいだ。

 しっかり食べ歩きして、商店街をひやかしたあとは、自動二輪車をケイジュが運転する練習をすることにした。
流石に街中ではできないので、自動二輪車を押して郊外に向かう。
殻壁を出てからすぐの、平坦で走りやすそうな草原まで移動した。
しばらくは早歩きぐらいの速度で走らせて、おれが隣を歩く。
ケイジュは熱心におれに質問しつつ、運転技術をみるみる向上させた。
1時間もすれば、おれが後ろに乗った状態で運転できるようになった。
最初はおれがケイジュの運転に合わせてエンジンの出力を上げたり下げたりしていたが、ある程度慣れてくると、ケイジュの方がおれに合わせてくれるようになった。
エンジンの音や振動の大きさでアクセルの開け具合を変え、人馬一体となって草原を駆ける。
おれの意志がケイジュに乗り移ったかのように、思った通りに加速し、減速し、方向転換する。
上達していくのが楽しくて、おれたちは日が傾き始めるまで夢中で自動二輪車で走り続けた。

「何年か練習しないと無理だと思ってたんだけど、意外とすぐに乗れるようになったな!」

「ああ……楽しくて時間があっという間に過ぎてしまった……」

ケイジュはホクホク顔で自動二輪車を押している。
夕方に差し掛かったリル・クーロの街中は、昨日と同じように慌しい。
店じまいをする前に売りつくしてしまおうと屋台の主人たちが熱心に呼び込みをしている。
けど、たくさん遊んで大満足なおれたちは気にせず通り抜ける。
今日は本当に楽しかった。
ケイジュはバランス感覚も優れていて身体能力も高いので、最初から乗るのが上手だったけど、こんなにすぐに乗りこなすようになるとは思っていなかった。
感心しながら横顔を見ていると、ケイジュがちょっと申し訳なさそうにこちらを見た。

「疲れてないか?休憩もなしに運転させ続けてしまった。魔力は足りてるか?」

「大丈夫だ。魔力は……若干心細いかもしれないな。ここまで来るまでに結構精霊術を使ってしまったから、帰りはあまり余裕がないかもしれない。ま、足りなくなったらその辺の魔術師に金払って魔力を充填してもらうから問題ないさ」

「おれの魔力で良ければ充填しようか?セオドアのおかげでかなり魔力量が増えているんだ。このあとはギルドに寄るだけだろう?多少魔力が減っていても一晩寝れば回復するし……」

おれはその有り難い申し出に笑顔で頷いた。

「助かる。魔力の充填って結構金取られるから、ちょっと困ってたんだ。寝る前に頼む」

「ああ……おれの魔力で自動二輪車が動くなら、光栄だ」

ケイジュはうっとりしながら自動二輪車のハンドルを撫でる。
たった一日でこんなに運転が上手くなったのは、ケイジュに情熱があったからだろう。
フォリオからずっとおれの後ろに乗って運転の様子を観察していたみたいだし、操作を覚えるのも早かった。
明日出発してしばらく街道を南下するから、その時に早速運転を任せてみようか、と考えつつおれたちは冒険者ギルドに向かった。

 夕方の冒険者ギルドは、今日一日の報酬を受け取るために人が多く詰めかけるので混雑している。
みんな暗くなる前にさっさと金を受け取って遊びに行きたいと鬼気迫る勢いだ。
特に急ぎの用もないおれたちはのんびり最後尾で待って、ようやくフォリオ行きの荷物を預かることができた。
数は少ないが、手紙の返事や小包がいくつかある。
それでもフォリオまで運ぶとなると結構な料金になるので、今回の仕事はなかなか儲かった。
ケイジュに報酬を支払って、もろもろの経費を引いても手元には結構残る。
今回は自動二輪車が故障したり傷がついたりもしなかったので、修理代も必要ない。
フォリオに帰り着いたら、また1週間くらい休暇をとってもいいな。
ケイジュがこれからも仕事を一緒に続けてくれるなら、一緒に住んだり、してくれるだろうか。
流石にまだ言い出す勇気はなかったけど、おれは想像してにやけていた。






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