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セオドアの勝負飯
7話
しおりを挟む「……ならば、その件はミンシェン伯爵とセオドアに任せる。それ以降の動きについて話そう」
親父は話を続けた。
「……年末の議会は灰月の25日、セロニカで行われる。
リューエル公爵がハカイムを離れるその日に、作戦を実行するのが良いだろう。大鐘の結界の中に入れるのは公爵家の直系だけだ。ランバルトには幼い息子と娘しか居ない。となると、セロニカでランバルトが議会に参加している間に福音を復活させるとは考えにくい。
ただし、セロニカも福音復活に賛成している。セロニカの転移装置を使い、すぐさまハカイムに戻ってくることも考えられる。だから、この作戦は時間との勝負になる。
……ヴィンセント、まずは婚前旅行の体でオクタロアルに渡り、東島の貴族と接触して情報を集めろ。オクタロアルの貴族を反対派に引き入れることができればなお良い。その後、灰月の20日から25日の間はハカイムに滞在しておけ。お前がリューエル公爵の注意を引きつけておくのだ。アルビエフ伯爵と共に、結婚のために聖殻教の祝福を受けに来たとでも言えば、ハカイムの連中も追い返すことはできないだろう」
「……はい、父上」
ヴィンセントは胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「ハッダード侯爵、貴公にはセオドアの移動を補佐してもらいたい。セオドアが独自に開発した魔導具、自動二輪車は馬よりも速く移動できるが、雪道を走ることができない。雪上でも素早く移動できるよう改造できれば、作戦の安全性も上がる。作戦実行時にも、ドルンゾーシェの石人部隊の力を借してくれ。彼らには武器などの物資の運搬を頼みたい。また、潜入が難しい場合、ハカイム城の一部の壁を爆破することも考えている。火薬の取り扱いに長けた者を数人寄越してほしい」
親父が次に指示を飛ばしたのはハッダード侯爵だ。
まさか、こんな形で自動二輪車を改造する話が進むとは思っていなかった。
コルドにはまだ何も伝えていないが、良いんだろうか。
おれが不安と共にハッダード侯爵を見ると、彼は安心しろとでも言いたげに深く頷いた。
「ああ、任せてほしい。ここに居るウルダンは、ドルンゾーシェの職人たちを束ねる長だ。それに見合った知識と技術を持っている。その自動二輪車を開発した石人とも、この後交渉しよう。石人部隊は既に編成を終えている。皆、武器の扱いにも火薬の扱いにも精通した者ばかりだ。いつでも出立できるよう、準備を整えておく」
隻眼の石人は表情をピクリとも動かさなかったが、おれをちらりとだけ見て少し顎を引いてみせた。
コルドはドルンゾーシェの職人たちと気が合わなくてフォリオにやって来たという話だったけど、うまくやれるだろうか。
だが、そこで躓くわけにもいかないので、この話は多少強引でも進めるしかない、か。
「パラディオ伯爵には、船を手配してもらいたい。今回の年末議会では何が起こるかわからない。ランバルトは信心深く真面目な男だが、それゆえに思い込みも激しく、極端な行動に出ることもある。我々西島の議長が福音に反対を表明し、彼が我々を神の敵だと認識したら……武力で解決しようとする可能性もある。
その場合は、我々は速やかにセロニカを脱出し、生き延びなければならない。そのための船だ。ユパ・ココで最も速い船を用意し、セロニカに向かわせてくれ。
それから、オクタロアル行きの客船も用意してほしい。その客船でヴィンセントやアルビエフ伯爵、セオドアや工作員など、作戦に必要な人員を一気にオクタロアルに送り込みたい。東島の連中に怪しまれないよう、一般の客に紛れ込ませてな」
「……ふむ、なるほど……客船の方はちょうど良いのがあるが……速い船か……とりあえず今ある船で何とかするしかないか……了解した。選りすぐりの船をいくつか用意しよう」
「任せたぞ。客船の用意ができるのはいつ頃になる?」
ネレウスは早速隣のヤトと顔を突き合わせ何やら小声で相談したあと、はっきりと告げた。
「灰月の10日までにはフォリオの港に到着させる」
「ならば、オクタロアルヘの出港は灰月11日としよう。ヴィンセント、アルビエフ伯爵、それで構わないな?」
「ええ。こんなに刺激的な婚前旅行ができるなんて、とても楽しみですわ!」
アルビエフ伯爵は笑顔に少しだけ挑戦的な色を滲ませている。
ヴィンセントはそんな婚約者を呆れたような顔で見つつも、口元は少し緩んでいた。
幼い頃から色々と制約の多い人生を送ってきたヴィンセントにとって、彼女の奔放な力強さが眩しく感じられるのかもしれない。
「それから、ミンシェン伯爵……ユリエ・ノア・スズカの説得は任せたぞ。それと、ヘレントスの傭兵隊の件はどうなっている?もし編成が間に合えば、ヴィンセントと共に客船でオクタロアルに送り込むことも可能だ」
「……んー、もう少し待っていて欲しい。ユリエ嬢を説得できれば、イルターノアの協力も得られる可能性がある。可能であれば、ヘレントスからイルターノアへ、更にそこからセロニカやハカイムへ転送装置で何人か兵を送り込めないかと考えているんだ。ヘレントスから直接ハカイムに転送するのは無理だろうけど、イルターノアを間に挟めば可能性はある。もし説得に失敗したらすっぱり諦めて、傭兵隊はオクタロアルに向かわせるよ」
「わかった。ならばもう少し待とう。だが、セオドアもヴィンセントと共に客船でオクタロアルヘ向かわせたいと考えている。灰月10日までには決着をつけてくれ」
「……了解した」
ジーニーはやや苦味の勝った笑みを浮かべて頷いた。
そうして殻都の議長たちにそれぞれの指令を与えた親父は、最後におれに視線を向けた。
「……セオドア。お前はオクタロアルに渡った後、諜報員やヴィンセントとも連携して情報を集めろ。ヴィンセントがリューエル公爵の注目を集めている間にハカイムに潜入し、25日にハカイム城のどこかに隠されている大鐘を破壊するのだ。この作戦ではお前の存在が最も重要な鍵となる。東島の連中にお前の存在が知られてはまずい。だから、お前には仮の姿を与える」
親父が目配せすると、再びエランド子爵が立ち上がり、おれに紙を手渡した。
そこにはある男の詳細な情報が姿絵と共に載っていた。
セドリック・フォスター?
「……彼、セドリック・フォスターは、エランド家の分家、フォスター男爵の次男です。セドリック・フォスターは現在ヘレントスで在来生物学者として活動していますが、純粋な人間で歳や背格好が似ていること、そしてあなたの運び屋としての偽名、セドリックと偶然にも同名だったため、身分を借りることになりました。既に本人には了承を得て、身分証も複製してあります」
エランド子爵は続けてヘレントスの学校で使われている身分証も取り出した。
セドリック・フォスターはそこで教鞭をとりながら、在来生物の研究をしているらしい。
姿絵を見るに、茶髪で優しそうな雰囲気の眼鏡をかけた男性だ。
おれは、このセドリック・フォスターとして東島に潜入するということか。
「わかった。この経歴書をよく読み込んで、矛盾がないように振る舞おう」
おれは頷き、身分証を受け取った。
セドリック・フォスターの方は暗めの茶髪だが、これぐらいなら毛染め薬を使えば偽装できるだろう。
目の色は眼鏡のおかげでわかりにくいし、服装もそれっぽいものを選べば大丈夫そうだ。
「もし憲兵に職務質問をされたら、在来生物の研究のため、ハカイムの図書館を目指していると答えればいい。連れている魔人まで身分を隠す必要はないだろう。東島にセドリック・フォスターの知人が居ないことは確認済みだ。今まで通りの態度で構わない」
親父はそこまで言ってから、険しい表情になった。
「そして……セオドア・リオ・イングラムとしてのお前は、死んだと発表する」
「……っ!」
おれは心臓を貫かれたような心地になった。
もちろん、おれの存在を徹底的に隠すためであることはわかっている。
それでも、おれが25年間名乗ってきた名前を葬るというのは、結構ショックだ。
「……インゲルの福音の件が片付いたら、死亡の知らせは嘘だったと撤回してもいい。だが、もしお前が貴族としての名前に縛られたくないというのなら、そのままにして、好きに生きるがいい……私も、お前に重い責任を負わせるのは今回で最後にしよう……」
親父は低い声で付け加えた。
もしここが静まり返った会議室でなければ、その言葉は聞き取れなかっただろう。
おれは様々な感情に襲われながら、とりあえず頷いた。
この個人的な問題については、色々終わってから考えたほうが良さそうだ。
「……考えておく……とにかく、おれはこの後森の魔女の説得に向かう。そして灰月の11日までにはフォリオに戻って、オクタロアル行きの客船に乗ればいいんだな?」
「ああ。この後ミンシェン伯爵や、ハッダード侯爵と個別に打ち合わせて話を詰めておけ、いいな」
親父はおれに念を押すと、円卓の面々を見回した。
「ひとまずこれで、各々やるべきことは理解してもらえただろう。後はそれぞれで話をまとめておいて欲しい。私はもう席を外すが、ヴァージルとアエクオルはここに残る。……頼んだぞ」
親父の言葉に、皆がそれぞれらしい表情と共に頷く。
こうして、一旦会議はお開きとなった。
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