学園BLゲームの主人公に転生したけど友情エンドを目指したい

ひなた

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第三話 初めてのセーブ

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 誰もいない裏庭は内緒話にちょうどいい。あのベンチの場所は教えてないから、言いふらさないというオリヴァー先生との約束はギリギリ守れているだろう。たぶん。

「落ち着いた?」
「はい、なんとか」
 転生者の男の子が恥ずかしそうにハンカチで顔を隠す。

「あの、いきなり泣いちゃってごめんなさい。僕はカイ・クロフォードといって、伯爵家の次男です」
「カイ君かぁ、よろしく!」
 俺が笑いかけると、彼も控えめな笑顔で返してくれた。

「さっそくですが、キースさん」
「キースでいいよ」
「あ、はい。あの、あなたはこの世界についてどこまで知ってますか?」
 どこまでって言われてもなぁ。

「ここが異世界の王国ってことはなんとなくわかった。地毛がピンクってすごいよね」
「あぁ、だからかぁー!」
 カイ君が頭を抱え、ふわふわの髪が揺れる。

「時間がないので単刀直入に言います。ここはBLゲームの世界であなたは主人公です」
「俺主人公なんだ! なんか嬉しい! で、それがループとなんか関係あるの?」
「順を追って説明します」

 さっきからカイ君の顔が暗い。俺はループから抜け出せるかもしれないという事実に浮かれてるのに、そんな単純な話ではないのか。

「このゲームは王立学院を舞台に三年間で攻略対象キャラとの絆を深め、エンディングを目指さなくてはなりません」
「それは絶対目指さないといけないやつ?」
「はい。そうしないと世界は永遠に同じ時間をループします。あなたも体験したでしょう?」

 勢いよく首を縦に振る。もう二度と体験したくないくらいには辛い時間だった。

「そもそも、なんでループしてるの?」
「それは仕様と言いますか……このゲームは三年間がいくつかの期間、フェーズに分かれているんです」
「そうなんだ」
「ええ。そして、進行状況をセーブできるのは、そのフェーズが終了した時のみです」
「えーっと、つまり?」

 頭がパンクしそうだ。こんなことになるならBLゲームというやつをやっておけばよかった。
 あれ? 今さらだけどBLってことは男と恋愛するってこと?

「フェーズの終了条件を満たさない限りセーブされず、フェーズの初日に戻されてしまいます。場合によっては何十回も繰り返すことに……」
「条件をクリアしないと永遠にリトライするってこと?! クソゲーじゃん!」
「実際、売上も悲惨なものでした。発売から半年後に会社が倒産するレベルです」

 やばすぎるって。俺こんなゲームの主人公になっちゃったのか。誰に文句を言えばいいんだ。開発者か?

「カイ君はゲームのキャラ?」
「はい。僕はいわゆるサポートキャラというやつで、主人公であるあなたを支援する役割があります。だから僕もループに巻き込まれたのかもしれません」
「うわ、本当ごめん!」
「謝らなくてもいいです。悪気があったわけでもないでしょうし」
「ありがとう。それで? 入学式に出るのがフェーズ終了の条件?」
「おそらく」
「おそらく?」

 俺が首を傾げると、カイ君が俺の肩を掴んで揺らす。一瞬開いた糸目から焦った瞳が見えた。

「これオープニングフェーズですよ! 普通こんなところで詰むことないんですって! 僕はこれから失敗したら巻き戻されるリアルゲームを超初心者と攻略していくわけですよ!? もうプレッシャーでさっきから胃が痛いんです!」
「あの、不甲斐ない主人公で、はい、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 カイ君の目が据わっている。かける言葉が見当たらず、俺は揺さぶられながらしばらく謝罪を繰り返していた。



「すみません。取り乱してしまって」
「いや、いいよ。気にしないで。お互い頑張ろう」
「はい。ありがとうございます」
 二人で顔を見合わせて笑っていると、チャイムが鳴った。

「おー! すごい学校っぽい。懐かしい」
「え、嘘! 今何時だ」
 カイ君の腕時計がちらりと見えた。八時五十五分か。この世界は前世と同じ時間、同じ暦みたいですごい助かる。

「まずいです! 走りますよ、キース」
 カイ君に手を取られ、そのまま手を繋いだ状態で裏庭を爆走する。
「キースって、カイ君がキースって呼んでくれた」
「今それどころじゃないです! あと五分で入学式が始まります!」
「やば! 急がないと!」

 二人で荒い息を繰り返しながら会場を目指す。学院が広すぎて建物は見えてるのに全然辿りつかない。
 キース君が特別貧弱なのか、スピードを上げたくても身体がついてこない。

「大丈夫ですか?」
「なんとか」
 息を整えてもう一度走り出そうとした時、九時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「そんな……もうだめだ」
 カイ君がへなへなとその場にしゃがみ込む。俺もループの恐怖を思い出し身震いした。

 カイ君は青い顔で頭を抱えている。話していないだけで、きっと彼にも巻き戻りたくない事情があるのだろう。俺がメイソン君と仲良くなった世界を守りたいように。

「諦めるな!」
「でも……」
「まだ巻き戻ってない! 入学式に出ることだけが条件じゃないかもしれない!」

 カイ君の手を取って走り出す。正直、体力の限界だ。それでも気力を振り絞って会場を目指す。

「鞄は僕が持ちます。キースは走ることに集中してください」
「カイ君、ありがとう!」
「カイでいいです。あと少しですから、頑張りましょう」
「うん!」

 めっちゃ嬉しい。懐かない猫が心を開いてくれたみたいな。入学式が終わったら気が済むまで呼ぶことにしよう。


「あそこです!」
「よし、着いた!」
 扉に手をかけたら鍵がかかっていた。中から音楽が聞こえる。入学式はすでに始まっているみたいだ。
「他の出入り口を探しましょう」
「了解」
 建物回って別の入り口を探す。すると、裏口近くの壁にもたれかかっている人を見つけた。

「オリヴァー先生!」
「お前、帰ったはずじゃ」
 驚いた顔のオリヴァー先生に向かって頭を下げる。
「お願いします。会場入れてください!」
「いや、早く医者に診てもらえよ。記憶喪失なんだろ?」
「え? 記憶喪失?」
 そういえばカイにそのこと話してなかった。でも今は説明する時間がない。

「どうしても入学式に参加したいんです」
「入学式なんてそんな大したもんでも」
「初めが肝心って言うじゃないですか!」
「遅刻した時点でだめだろ」
 すごい真っ直ぐな正論で返された。これだから大人ってやつは。

「キース。僕はもういいですから」
 カイが弱々しく俺の服の裾を引っ張る。まだだ。何か手があるはず——

「そもそも、先生何でここにいるんですか?」
「そりゃー、あれだ。見回りってやつだ」
 嘘だね。警備員っぽい人が巡回してたし、他に教師らしき人もいない。

「これは完全に俺の推測なんですけど、先生休憩しすぎて遅刻したんじゃないですか?」
 俺は心優しい善良な学生なのであえて「煙草」という単語は出さない。事情を知らないカイが隣にいるからね。

「そ、そそそんなわけないだろ」
 わかりやすっ。これは勝ったな。
「そこで先生に提案です。ここに走りすぎて酸欠でふらふらの学生がいます」
「なおさら医務室いけよ」
「今そういうのいいから。それで、優しい先生は俺たちを連れて堂々と会場に入るんです。そして会場にいる他の先生に『体調不良から回復した学生が入学式に参加したいと言ってきた』と言えばいいんです」
「いや、でもな……」
「お願いします! 一生のお願い!」

 うん、最後は泣き落としだ。これでだめならループするから一生のお願いも使ってしまおう。

「……ったく、知らねぇぞ。何か言われたらお前らのせいだからな」
「ありがとうございます!!」
「うるさい。次はないからな。ほら」
 なぜか目線を逸らしたオリヴァー先生が、俺に手を差し出す。

「なんで手?」
「段差。酸欠なんだろ?」
「……ありがとうございます」

 なんか今、すごい大人って感じがしたな。ちょっと照れる。
 先生に手を引かれて段差を上がる。袖口からヤニの臭いがして、やっぱり吸ってたんだなとバレないようにこっそり笑った。


 裏口から会場に入り、新入生の席に案内される。事前に口裏を合わせていたからか、特に疑われることもなかった。
 感謝の意味を込めてオリヴァー先生に小さく手を振ると、軽く手を上げて返してくれた。今度改めてお礼することにしよう。

 幸運にもカイとは同じクラスのようで、隣に座ることができた。
「キース、そろそろフレデリック殿下が答辞をお読みになる時間です。あの方は攻略対象の一人ですよ」
「そうなんだ。一回目の時に挨拶したけどいい人そうだった」
「挨拶を? あの、もう少し詳しく話を――」
 カイが何か言いかけたのとほぼ同時に、殿下が登壇する旨のアナウンスが流れた。

 空気が一変するとはこのことか。会場はしんと静まり、皆の視線がステージに集中する。
 そんなものすごいプレッシャーをものともせず、殿下は涼しい顔で話し始めた。

 答辞の内容も、俺には到底考えつかない難しい単語が流れるように並んでいるのに、堅すぎてつまらないということがない。春が来ましたねってだけのことをあんな詩的に表現できるなんて、天才のそれだ。

 つまり殿下は、顔が良くて背が高くて頭が良くてカリスマがあって、もちろん権力もあるということになる。あと声もいい。


 え、無理じゃね?
 無理無理無理無理無理無理無理。俺みたいな庶民が手を出していい相手じゃない。

 確かに俺は可愛い顔をしているけど、それだけで釣り合いが取れるわけがない。


 今後の行く末を考え鬱々としていたら、いつのまにか殿下の答辞が終わっていた。鳴り止まない拍手は殿下がどれだけ会場にいる人々を感動させたのかを教えてくれる。
 俺も手を叩こうとした時、いきなり頭の中にメッセージが流れた。

 〈進行状況がセーブされました〉

 なんだこれ。無理やり脳内に言葉が叩き込まれたような気持ち悪い感覚。
 カイの表情に変化はない。これは主人公である俺だけに起こる現象ということか。

「カイ、なんかセーブされたっぽい」
「どういうことですか?」
「頭の中に〈進行状況がセーブされました〉って文字が浮かんだ」
「たしかにゲーム内でもそのメッセージでした。でもなぜこのタイミングで……」
「殿下の答辞かな? 終わってすぐにセーブされたし」
「攻略キャラの登場シーン……たしかに恋愛ゲームでは重要ですもんね」

 カイの表情がぱあっと明るくなる。
「要するにオープニングフェーズをクリアできたってことですよね」
「うん! この調子で次も頑張るからよろしく!」
「キース、声が」
「そこ! 何をしている!」
 まずい。声がデカすぎたみたいだ。

「すみません。ちょっと感極まっちゃって」
「指導室まで来なさい」
「痛い痛い! カイ、助けてー」
 がしっと腕を掴まれて連行される。カイはかわいそうなものを見る目で俺を見送った。


 結局、反省文を書かされただけで謹慎処分は免れた。しかし話の流れで記憶喪失になったことを告白する羽目になり、そこからは大騒ぎだった。
 黙っていたことを教師、医者、伯爵家の家令からものすごく怒られ、精神年齢は成人のはずなのに普通に泣いた。
 いろいろあったけど最終的にメイソン君が紅茶を淹れて優しく慰めてくれたから良しとしよう。

 こうして俺の長すぎる一日はようやく終わり、すっかり見慣れたベッドで眠りにつくのだった。
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