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♯2
一日の終わりと、彼女の温もり
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彼がまだ幼かったころの話をしよう。
海斗は、竜胆悠斗と、その妻である竜胆明海との間に産まれた子供である。
兄弟はおらず、彼は一人息子として大事に育てられてきた。
彼は非常に頭がよく活発で、なにより聡明だった。
幼いにも拘らず、感情の機微に敏感で、物事の本質を見抜く能力に長けていた。
中学校に上がってからも、彼は己の力を遺憾なく発揮した。
学校のテストは常に上位。学級委員長としての彼の手腕は教師たちも舌を巻くほどである。クラスの統制を取りまとめるリーダーとしての存在感は、圧倒的だった。
誰もが尻込みするようなことを率先として行い、成し遂げ、子供ながらに実績を積み上げていった。
もちろんそんな彼を敵視するものもいたが、海斗はその洞察力と観察眼を持ってして、相手の弱点を突き、説き伏せ――黙らせた。
彼は、クラスという小さな箱庭の王者として君臨していたのだ。
それは誇りであり、同い年の彼らよりも自分は優れた存在なのだと、子供ながらに自負していた。
しかし、そんな彼を両親は心配した。いつかこの子は、自分の能力を見誤り、何か大きな過ちを犯してしまいはしないかと。
その予感は、最悪の形で現実となってしまう。
事が起きた原因はとても些細なものだった。
特別なにかがあったわけではない。それはとてもありふれた、なんでもないことのはずだった。
しかし、彼が中学二年生になった年の夏休み。
それは、ただただ不運だったというしかなく――
海斗は、自分の母親である明海を、
――殺してしまった。
父は、母の葬儀の席で、鬼のような形相で息子に詰め寄った。
「――なぜ、お前が生きている!
なぜ、明海が死んで、
お前一人だけが、生きている!
なぜ明海が、死ななければならなかった!
なぜだっ、なぜだなぜだっ、なぜだなぜだなぜだなぜだ――――なぜだ!
答えろっ――――“海斗”!!!」
あの時の、狂気に満ちた父の顔は忘れない。
憎悪を、殺意を、呪詛を、怨嗟を、ありとあらゆる不の感情が混ざり合った――
あの血走った瞳と憤怒の怒号を、
――彼は決して、忘れることなどできはしない。
・・・・・・・・・・
意識を失ってから、どれだけの時間が過ぎただろうか。
部屋は真っ暗。窓には遮光カーテンがしかれ、隙間からは街灯の灯りが室内に入り込んでいる。
深夜。
イズナとの一騒動から数時間後。海斗は目を覚ました。
「いつ」
途端、顔から焼け付くような痛みが走った。
「つ~~、なぜ顔がこんなにも痛いんだ?」
海斗は、イズナに蹴られたショックで、直前の記憶を喪失していた。
――なにか、とんでもないものを見てしまった気がするが、きっと気のせいだろう。そうだ、きっと気のせいだ。
気のせいだと言ったら、気のせいだ!
誰に言い訳するでもなく、胸中で叫ぶ海斗。
忘れてしまったのなら、そのほうが良かったかもしれない。もし覚えていたら、今頃、海斗は眠れぬ夜をすごす羽目になっていただろう。
「それより、俺はどうしたんだ?」
たしか、イズナとどっちがソファで寝るかで揉めて……その先が思い出せない。
結局、話し合いは収束しなかったように思える。
しかし、海斗は先ほどからずっと、柔らかい感触を全身に感じていた。
つまり、海斗は今、ベッドに寝ているということ。
――いや、なぜさっきから全身がこんなに温かいんだ?
ベッドに寝ているなら、身体が温まっているのは掛け布団を羽織っているからだろうが、頭まで温もりに包まれているのはどういうことだろうか。
眠気のせいか、頭が正常に働かない。
そして、徐々に思考がクリアになってきた瞬間だった。
海斗は、その温もりの正体に、ようやく気が付いた。
――イズナだ。
あろうことか、彼女は海斗と一緒のベッドで、彼の頭を自分の胸に抱くようにして、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。
「……おいおい」
正気じゃない。どう考えても並みの思考回路ではない。
「襲われるとは考えないのか、このバカは……」 「……すぴ~……すぴ~」
「…………………………はぁ~~~~~っ」
気持ちよさそうな寝息を立てるイズナに、呆れてため息が出てくる。
「う、う~ん」
すると、イズナの瞼がほんの少し開き、寝ぼけまなこのまま、海斗に視線を向けてきた。
瞬間、ドクンと海斗の心臓が跳ねた気がした。
「……カイト、どうしたの? 眠れない……?」
「いや、別に。というか、この状況はなんだ?」
いまだ夢うつつといった様子のイズナに、海斗は疑問を投げかけた。
まともな答えが返ってくることに期待はできないが、自分がなぜイズナと同じベットで眠っているのか、その経緯を知りたかった。
「……最初はね……ソファで寝てたんだけど……これが思ったよりも、固くて……おまけに、寒いし……」
所々で途切れながら、説明を始めたイズナ。
「結局……眠れないから……海斗となら、別に一緒に寝ても、いいかなって、思って……」
「……いやいや、待て待て」
なぜそこでそういう結論になる。
「それに――」
「?」
なおも、イズナの口は言葉をつむぎ、
「こうして、誰かと一緒にいるのは……すごく、安心するから」
まどろんだ瞳で、優しく海斗を見つめるイズナ。
「……それにね……カイト」
「な、なんだ?」
「あなたは、一人じゃないって、わかって……欲しかったの……」
イズナが、さらに強く海斗を抱きしめた。
「大丈夫、だからね。……あたしが、一緒に、いるから……」
「…………」
もう、なにも言えなくなってしまった。
「……ふふ、あった~い……最初から、こうすれば、よかった…………ね………………」
「? ……イズナ?」
「すぅ……すぅ……」
また、寝てしまったようである。
海斗の頭上から、ゆっくりとした寝息が聞こえてくる。
「まったくお前は、どこまでお人よしなんだ……」
出会ってまだ、一日も経ってはいない。そんな見ず知らずの海斗をここまで気遣い、一緒にいてくれようとするケモノ耳の少女。
他人を信用しない海斗にとって、ここまで自分の身を案じてくれる存在など、ほとんどいなかった。
眠りながらも、優しく海斗の頭を撫で続けるイズナ。
気恥ずかしくも、不思議とそれを不快には感じなかった。
「やはり、俺はどこか、おかしくなってるんだろうな……」
そっと、海斗も瞼を閉じる。
急激に襲ってきた睡魔と、イズナの温もり。その両方に身を委ねながら、ゆっくりと、眠りに落ちていく。
そうして、優しい闇に包まれながら、異世界での最初の夜は更けていった。
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