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復興編

なんちゃって女神の告白

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「正直に言えば、少しだけショック……ではあります……」
「っ……?!」

 天馬の口から漏れたのは、そんな言葉だった。
 シャーロットは顔を真っ青にして、唇をぎゅっと噛む。自分で握り締めた腕には力が入り過ぎて、白い肌にあとが残るほどだ。
 瞳からはうるうると涙が溢れ、嗚咽が漏れ始める。

「あ、……ふぇ……ぁぁっ……!」
「って、シャーロットさん?!」
「ご、ごめんなさい……わたくし……テルマさんを不快にさせておいて……こんな……うぇ……えぐ、ふぇぇ~~……っ」
「そ、その、えとえと……」

 涙腺に必死になって抗うも、シャーロットの瞳からは止めどなく雫が溢れてくる。
 そんな少女を前に、天馬はおろおろと腕を前に出して狼狽えてしまう。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 しかもしきりに謝罪を繰り返すシャーロット。
 それでいてぼろぼろと泣いてしまっているのだから、天馬の罪悪感が半端ではないことになっていた。

「(ど、どうしよう……泣かせちゃった……こんなときって、どうするのが正解なんだ?!)」

 天馬も頭の中がパニック状態で、あたふたと取り乱す。
 
 ただ、ずっと冷たい川に半身を浸けていたためか、

「へくちっ……うぅ」

 くしゃみが出てしまった。

「あ、あう……」

 と、シャーロットも天馬がくしゃみをしたことに気付いた。
 滲む視界で、鼻をすする天馬に目を向ければ、小さく震えていた。

「テ、テルマさん……寒いんですの……?」
「ずずっ……少しだけ……はは、シャーロットさんを泣かせたバチが当たっちゃいましたね……」

 女神がバチ当たりとはまた妙なことを口走る天馬である。
 もっとも、いくら体を冷やそうが、天馬がそれで健康を損なうことはない。
 そもそも天馬は【不老不死】と【不死身】のスキルを持っているため、病気とは無縁なのだ。

「な、何を仰って……なんでテルマさんに、バチが当たるなどということがあるのですか……」
「いえ、シャーロットさん。わたしも、もう少し言葉を選ぶべきでした……ですが、あなたは嘘偽りなく気持ちを打ち明けてくれたのに、こちらが嘘を吐く事はできません。ショックだと思ったのは、本当ですから……でも、それはシャーロットさんを泣かせてしまった言い訳にできません。本当に、ごめんなさい」
「いいえっ、何故テルマさんが謝るのですか?! 悪いのはわたくしで、貴女には何の落ち度もありません!」

 顔を歪めながら、少し怒ったように訴えるシャーロット。
 だが、天馬はそれはどこか違うのではないかと、彼女の話を聞いていて思った。

「シャーロットさん、あなたは何も悪くありません。わたしを怖いと思うのは、むしろ当然です。ですから、そんな風に自分を責めて、泣く必要はないんです」
「え……?」

 そう。当然……
 いくら天馬の外見がひとと同じで、むやみやたらに力を振りかざす性格でなかったとしても、他者との力の差は圧倒的なのだ。個人の力では、間違いなく天馬に敵わない。
 故に、自分達と違う……異質な力を持った天馬という存在に、恐怖という感情を抱くのは、仕方がないと言えるだろう。

「……少し、わたしの昔話をしてあげます」

 天馬はシャーロットと一緒に川から上がり、手ごろな岩に二人で腰掛けて、おもむろに語り始めた。

「昔、わたしがまだ、ここよりも多くのひとが住む場所にいた時……わたしはずっと、怖がられていました……」

 強面というだけで、人々から恐れられ、距離を取られた過去。
 どれだけ親しくなる為の努力をしても、報われなかった過去。
 直接的に排斥されることはなかったが、孤独を味わった過去。

 前世の地球での話を、天馬はどこか遠い異国の話として聞かせる。 
 自分が元は男であったことや、不慮の事故でこの世界に転生したことなどは話せなかったが。
 それ以外のことは、包み隠さずに語って聞かせた。

「どんなにわたしがみんなと仲良くなろうと頑張っても、周りは逃げて行ってしまう……もちろん彼らに悪意はなく、純粋な恐怖によって、わたしから距離を取った……だから、わたしは誰のことも責められない……でも、辛かった……」

 そう。

 天馬にとって、『怖がられる』ということは、小さくないトラウマなのだ。

「でも、この世界に来て、はじめてわたしは受け入れられた……とても、とても嬉しかった……ですが……」

 天馬は、言葉を途切れさせ、シャーロットに向かって首を動かす。
 すると、涙の跡が残る表情を向けられる。
 突然天馬の昔話を聞かせられて、どこか困惑した様子だ。

「シャーロットさん、あなたはわたしのことが、怖くても好きだと言ってくれましたね?」

 シャーロットは一つ頷き、天馬はそっと微笑む。
 しかし、次の瞬間には眉を八の字に下げて、表情が曇る。

「もし、その感情が、『無理やり』わたしが思い込ませたものだったとしたら、どう思いますか?」
「え……?」

 正確には、そう思われるように誘導した、が正しい表現である。

 天馬の保有する【女神スキル】に、【慈愛】というものがある。
 それは他者に慈しみの心を持って接することができるようになるスキルであり、同時に他者からの好意も得やすくなるという特性を持っている。
 それは暗に、好意を引き出しやすくさせる能力だとも取れるわけだ。

「もし、わたしが皆さんの好意を、わたしの都合で抱かせたのだとしたら、そんなわたしを、シャーロットさん達は好きなままでいてくれますか?」
「な、何を言っているのですか、テルマさん? なぜ急にそんなことを……」
「先程、言っていましたね。『不思議な力を持っているわたしが怖いと……皆に好かれ過ぎているわたしのことが怖い』と……」
「……」

 シャーロットは天馬の言葉に、小さく俯く。

「当然です。力はもちろん、そして出会って間もないわたしが、ひとからあまりにも好意的に受け入れられすぎているのは、怖いに決まっています……だって、『誰もわたしの言葉に反発』するひとがいなかったんですから」
「っ」

 見抜かれた、と思った。
 シャーロットは自分が天馬に抱いていた恐怖という感情が、最初にどこから来たのか。
 それを、はっきりと指摘された気分だった。

 だが、シャーロットの動揺に構わず、気付かず、天馬は先を続ける。

「だから、シャーロットさんが私に感じた違和感があるとすれば、それは正しい認識です。わたしが他者から頂いている好意は、わたしが強引に引き出したものです。わたしには、それができる力がある。だからそこ、シャーロットさんの反応は正しい。ああ……わたしは怖がられて当然です。嫌われたって文句は言えません……だって、最低じゃないですか……ひとの心に干渉するなんて……」
「テ、テルマさん……?」

 徐々に、天馬の言葉はシャーロットを慰めようとする意思からずれだして、本音を暴露することへとシフトし始めた。

 自分の過去を語っていたその口は、自身の最も知られたくない部分を暴露するものへと変貌していた。

「(ああ……何を口走っているんだろう……今は、シャーロットさんの告白を受け止めなくちゃいけないときなのに……)」

 しかし、溢れ出した言葉を塞き止めることができない。
 まるでシャーロットの告白に感化されたように、今度は天馬が告白をし始めたのだ。

「以前、盗賊達がわたしを『醜い』と評したことがありましたが、あれは正しい……皆さんはわたしを綺麗だとか、美人だと言ってくれましたが、中身は醜悪で度し難い……自分のために他人の心を操作して、受け入れて貰った気になっているなんて、滑稽ですよ……」
「テルマさん、もうお止めになって……」
「汚いんです。醜いんです。卑劣なんです……でも、でも、それでもわたしは誰かと一緒にいたい……共にいたいと望んでしまう……ああ、醜悪の極みです……シャーロットさんはわたしを好きだと、慕っていると言ってくれたのに、その感情すらわたしが作ったまやかしかもしれない。本当は……本当は……!」
「もういいですわ!!」
「っ……」
「もう、いいです、わ……」

 声に湿りを感じさせて、シャーロットが天馬の正面に立つ。

「疑問が、解消できましたわ……みながあまりにもテルマさんを好意的に受け止めている理由も……わたくしの気持ちが、どこから来たのかも……これは、テルマさんによって、引き出された気持ちだったんですね……」
「……」

 天馬は、自分の胸に両腕を押し当てて、バクバクと唸る心臓を押さえつける。

「(言った……言っちゃった……もう、これで……)」

 終わり……
 皆との関係も、ここで全て終わったと、天馬はそっと目を伏せた。

「(少しの間でも、皆と一緒に笑って話をできたのは、嬉しかったな……)」

 でも、それはもうおしまい。

「貴女は、わたくし達の心を無理やり掴んだ……」

 慕ってくれているのは、力があったから……
 そうでなければ、ここまで好意を寄せられることのなかっただろう。 

 故に、いつかはこうして、糾弾される瞬間がくると分かっていた。

「もし、それが本当なら、最低ですわ……わたくしの心を、好きに弄んだということなのですから……」
「……」

 天馬は何も言い返さない。
 否、言い返すことなど端からできるわけがないのだ。
 心とは、不可侵な聖域であり、そのひとが持つ最も尊きものである。
 そこに土足で踏み込むことなど許されるはずがない。

 だからこそ、天馬は唇を震えさせて、これからシャーロットからもたらされるであろう、いかなる叱責も罵詈雑言も受け入れる覚悟であった。

「ふざけないでください……ふざけるんじゃありませんわ……」
「……っ」
「わたくしたちの心に、自分の都合で入り込んだ。貴女はそう仰いました……なら、なら……」

 シャーロットがキッと視線鋭く、顔を上げて天馬に詰め寄った。

「そんな――今にも『泣きそうなお顔』をしないでくださいませ!」

 すると、シャーロットは天馬の頬を両手で再び挟み込み、顔をずいっと近づけた。
 その距離は、鼻先がぶつかり、お互いの吐息が感じられるほどに近かった。

「望んでこのような気持ちをわたくしに植え付けたのでしたらっ、なぜそうも泣きそうなのですか?! 苦しそうなのですか?!」
「そ、それは……」

 天馬は怯みながら、シャーロットの瞳を真っ直ぐに見つめる。
 そこにいたのは、ぐちゃぐちゃに感情が入り乱れて取り乱す、一人の少女の姿であった。
 
「ああ、分かりましたわ。なんとなく分かってきましたわ。テルマさんが先日、ご自分の身を省みずに、わたくしとアリーチェさんを助けた理由も。それ以前から、積極的にご自身が苦労を引き受けていたわけが」

 それらは怒りへと収束していき、シャーロットの声が次第に大きくなっていく。

「テルマさんは、こうしてわたくしたちの心に干渉していることに、罪悪感があるのですわ。まるでそれをあがなうかのように、自分を追い詰めているんですわね……」
「っ……?!」

 まるで、天馬の心のうちを覗いたかのように、的を得た発言だった。
 そして、次第にシャーロットの表情も変化していく。

「ああ……そうですわ。テルマさんはそういう方なのですわ……バカ正直でお人好しで、どうしようもなく――愛おしいひとなのですわ……」

 瞬間、天馬の顔が柔らかい何かに包まれる。
 それは、シャーロットのむき出しの胸であった。

「そもそも、テルマさんが自分の都合のいいように、誰かの心を操ることを、よしとするはずありませんもの……ですから」

 勢いに呑まれてたままの天馬の頭を、シャーロットは抱き締めて、銀の髪を撫でる。

「嫌いになどなれません。ひとの気持ちは移ろうもの。たとえこの気持ちを抱いた切っ掛けが無理矢理でも、あなたを好きでいつづけたわたくしの気持ちは、きっと本物のはずですわ……ですからテルマさん」

 シャーロットの言葉が優しく耳に響き、天馬は動揺する。
 なぜ、自分は責められることなく、こうして慰められているのか。

 そして、次に発せられたシャーロットの言葉に、天馬は驚愕する。

「――わたくしの心を、貴女にあげますわ」

 すると、シャーロットは体をそっと離し、潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
 そしてあろうことか、そのまま彼女は天馬に自分の胸を差し出すように、突きだしてきたのだ。

「テルマさん、わたくしの胸に……心臓に、キスをしてくださいませんか?」
「え……」

 あまりにも唐突な展開に、天馬は目を見開き、声を漏らした。
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