農場経営?そんなことより僕は恋が仕事です!

ただのひと

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はじまりの夏

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 ダンスパーティまであと一週間という所まで来ていた。

 あいにく今日の天気は雨で、オードとの二人きりでの逢瀬は今日は中止である。
 ダンスパーティーのくだりの翌日、少し複雑そうな顔をして温泉卵を受け取ったオードちゃんの顔が頭に焼き付いて離れない。
 もしかして少しは嫉妬してくれたのかな? なんてくだらない妄想をしては否定して、妄想をしては否定をしてを何度も繰り返す毎日を僕は過ごしていた。

「さて、と」

 泥だらけになりながら登った山の中腹で、僕は変わらず温泉卵を作っていた。
 今日も納品と一緒に渡すつもりだったので、少しいつもよりは早い時間。
 もちろんそこには誰もいなくて、ここにいるのは僕ただ一人だ。

「大変な思いさせてゴメンな、リニカ」
 そういうとブルルルと体を震わせて、そんなことはないよと言ってくれている気がした。

 リニカが牧場に来て三週間。
 牧草も育ち始め、そろそろ牛でも……という所まで来ていた。
 牧場の方は本当にいたって順調で、逆に怖いくらいだ。

 あとはあのボロ屋である自宅を綺麗にして、完成。
 どうやらそちらもグロウがどうにかしてくれるらしく、最近では町にある図書館で勉強するためにに毎日通っている。……ついでに、そこに恋人がいるらしいので、逢瀬も楽しんでいるのだろう。

「さて、じゃあ行こうか!」
 そう言ってリニカに跨ると、酒場を目指して走り出す。
 今日の納品物はいつもの卵だけ。
 テッドさんの見ていないうちにいつ温泉卵を渡そうかと思うとワクワクして胸が高鳴る。
 オードちゃん、どんな反応をしてくれるかな?
 ありがとうって、喜んでくれると良いんだけど。

 そんな事を考えているうちに目的地に辿り着いて、僕はリニカを降りてなれた手付きで扉を開ける。

「こんにちはー!」
 そう声をかけながら雨合羽を脱ぐと、タオルを持ったオードちゃんが飛んできた。
「ノルズくん!? え、こんな雨の中走ってきたの? こんなに泥だらけになって!」
「うわわ! 大丈夫、自分で拭けるから!」
 ゴシゴシと顔と頭をタオルで拭おうとするオードちゃんの手からタオルを受け取って、自分の顔をこする。うん、確かに泥だらけで申し訳なくなるくらいだった。
「お、来たなノルズの坊主。どれ、今日の卵はどうだ?」
「あ。はい! これが今日の分になります!」
 そうしてやってきたテッドさんに卵を渡して、納品書を書いてもらう。
 その間にひらめいたことがあって、オードちゃんに話しかけた。
「オードちゃんオードちゃん。ちょっとグロウの部屋って開けられるかな? ちょっと渡したいものがあって」
「グロウの部屋? いいけど、許可はもらってるの?」
「いつでも勝手に入っていいって言われてるから」
「そうなの?じゃあ……」
 そう言って奥の部屋に入っていくと、オードちゃんはマスターキーらしきものを持って戻ってきた。
「テッドさん。ちょっと僕、グロウから忘れ物を取ってきてくれって言われたので取ってきます」
「おう。その間にこっちの処理は終わらせておくから気にせんで行って来い」
「じゃあ」
 テッドさんに断りを入れて、オードちゃんを先導にしてグロウの部屋まで辿り着く。
 ガチャリという音を開けて開いたグロウの部屋にオードちゃんも招いて、ふたりがは言ったところで扉を締めた。

「グロウのやつ……部屋の掃除は毎日してるのにまたこんなに汚して……」
「あはは……あいつ、昔から片付けは苦手な方だったから……」
 フォローを一応入れるも、散らかった寝間着や本は隠しようもなく。
 ごめんグロウと心の中で誤りながら、今日の本題を切り出した。
「あのね、オードちゃん。オードちゃんに今日は渡したいものがあって来たんだ。おかげで泥だらけになちゃって……タオル、ごめんね?」
「タオルの一枚や二枚いいよ。あんなの雑巾にしたら良いだけだし。それにしても、渡したいものって? 私、何か忘れ物したっけ?」
「いや、忘れ物じゃなくて……その、これ……」
 そう言って大事にしまっておいた温泉卵を取り出すと、オードちゃんの手の中にそっと手渡す。
 それをみたオードちゃんは目をまんまるにして、温泉卵を見たり僕の顔を見たりを何度か繰り返した。
「え、これ……? それに、あったかい……?」
「ああああ! ごめん、それは僕の体温のせいもあるんだろうけれど! でもそれ、できたてだから! 今日の朝、山まで登って作ってきたんだ。晴れた日だけって約束だったけど、毎日こういうのってあると嬉しいかなって思って」
「……朝? こんな雨の中?」
「うん。といっても、そんなにどしゃぶりじゃなかったからね。泥は馬で行ったせいだし、そんなに気にしないで。でもこれで守れたかな? 二人の約束」
「…………」
「オードちゃん?」
「……え? あ、いや! び、びっくりしちゃって! だってまさかこんな日にまで約束の温泉卵を持ってきてくれると思わないし、思ってなかったし! そ、それに別に特別な約束でも何でもないのに、そんなに必死に守ってくれなくたって――」
「ぼ、僕にとっては特別な約束だったから!」
「――っ!」
「オードちゃんと初めてした、大切な約束だったから。そ、その。どうしても守りたくて……! ご、ごめん。迷惑だったかな……」
「め、迷惑だなんて! そんな……嬉しくて……」
「え、えぇ!?」
 オードちゃんはなんでか、その一言の後に泣き出してしまって。
 僕はどうしていいかわからないでオロオロするばかりで、手をあたふたと動かして。
 はっと気づいてハンカチを差し出せば、それを受け取ってくれるオードちゃん。
「すっごく、嬉しくって」
 涙を拭って笑って、それでもまだ涙を流し続ける彼女のことをどうして良いのかわからなくて。
 けれども、とっても綺麗だなって、そう思った。
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