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はじまりの夏

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 グロウの株を爆上げした後、無事に農場に着いた。

 それからは特に変わりなく続いていく。
 まずは卵の採集をして、そのまま山へ。
 その後はいつものように温泉卵を作って、その場でオードちゃんとは別れた。
 お昼はオードちゃんが持ってきてくれたお弁当を食べて、卵を納品をして。
 ちなみに、オードちゃんの手料理に感動して泣きそうになったのは僕だけの秘密である。
 そうして、その日の収穫物を収穫すると、一日があっという間に終わる。
 心配していたぼろ家の改築作業も順調のようで、グロウから夏の終わりには終わるなと言われた。

 そんな生活が続いた一週間目の朝。
 とうとう、僕の牧場に待望の牛がやってきた。

 いつも通りグロウに連れられてやってきたその牛は、もーと鳴くと僕に擦り寄って早速挨拶をしてくれる。
「最早最速で手なずけられる姿は見飽きたわ」
 グロウはそういってあきれ返り、チーかまは嬉しそうに僕らの周りを走り回る。
「で、名前なんだけど――」
「はなちゃんだよ」
「あん?」
「この子の名前ははなちゃん。もう最初から決めてたんだ」
 グロウが変な名前をつける前に先手を取ってそう言えば、不服そうにグロウは顔をゆがめる。
「カルビとかがいいと思ったんだが……」
「この子乳牛だからね!?」
 そもそも牛に食べる部位の名前をつけないでほしい。
 かわいそうとか通り越して、すごく複雑な気持ちで毎日世話しなきゃいけなくなりそうな気分になるから!
「で、だ」
 そういってグロウは何かを取り出すと、僕に手渡してくる。
「じゃじゃーん! 自動搾乳機ー! と、瓶。まあ自動とはいえ、結局一匹一匹搾乳しなきゃいけないのには変わりないんだがな。とにかく早速使ってみろよ」
 そう言ってさっさと牧草地に牛を連れて行ったグロウは、こいこいと僕を手招きする。
 グロウのやつ、いつの間にこんなものをとおもいつつも感謝を忘れず、それを手に僕は走って、柵にぶつかってよろけてこけた。
「お、おい大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……」
「あっははー! 面白いとこ見ちゃった! いいところにきたなー、私」
 その声に驚いて牧場のほうを振り向けば、そこにはキョウちゃんが立っていて。
「キョウちゃん!? え、こんなところまでどうしたの!?」
「いやぁ、グロウのやつに今日牧場が完成するって聞いて、ちょいと遊びに、かな。看板でも書いてあげようかなって思って」
 そう言ってひょいと手に持ったペンキをこちらに見せると、キョウちゃんはこちらに近づいてくる。
「んー、牛が一匹に馬が一匹。あとついでにわんちゃんも一匹かー。まだまだ牧場って言うよりも農場っぽいけど、まあいっか。ねぇ、名前は決めてる? 今までも農場の名前は決めてなかったみたいだし、丁度いいから決めちゃおうよ」
「え、今? ここで!?」
「そそ。そして看板を書いて、ここの牧場名が完成、と。そのために今日は来たからね」
 もうこの場で決めなければいけない空気である。
 とはいえ、実はもう決めてあるんだけど……。
「えーっと……変な名前だって笑わないでくれる?」
「すっごく変な名前なら大笑いしてあげるよ?」
「俺も」
「二人そろってー! でもまあいいや。じゃあ、言うよ」
 すぅっと息を飲み込んで、今まで考えていた牧場名を二人に聞こえるようにはっきりと声を上げる。

「ルロヨシ牧場」

「…………」
「…………」

 あたりに沈黙が落ちる。
 あれ? 笑われるのは覚悟してたのに何でこの空気?

「ちょっと、何か二人とも反応してー!」
「いや……なんかどう反応していいかわからなくて? 変な名前な気もするけどなんかいい名前な気もするし……みたいな」
「俺は微妙に感動するやら情けない名前やらでちょっと混乱している」
「え!? グロウには今の牧場名の意味がわかったの!?」
「まあ……一応……説明はお前がしろよ、ノルズ」
「え、うん。もとからそのつもりだけどさ……」
 混乱する二人に混乱した僕は、たどたどしく説明をしていく。

「えっと……まずはルロってのは僕とグロウの名前から一文字ずつ取った名前で……ヨシってのは僕ら二人の合言葉みたいなもの? からとったんだ。ほかにも僕らみたいに仲良く作物も動物もできますようにって願いをこめてって……駄目?」
 そう言って二人の顔を見渡せば、二人とも苦虫をかんだような表情をしていて。

「駄目じゃないけど……微妙」

 そんな風に総評したのは、キョウちゃんであった。
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