農場経営?そんなことより僕は恋が仕事です!

ただのひと

文字の大きさ
29 / 80
はじまりの夏

29

しおりを挟む
 キョウちゃんに連れられてやってきた海岸で、僕はただぼーっとお立ち尽くしていた。

 連れてきた本人であるキョウちゃんは漁師の人となにか話があるらしく、僕のことは放りっぱなしである。
 ぼんやりと青い海を眺めていると、桟橋が目に入る。
 そこには見覚えのある影があって、僕は思わず目を見開いた。
 あの影は、オードちゃんだ。

「気になる?」
「え?」
 後ろからかかった声は、いつのまに戻ってきたのか、キョウちゃんの声だった。
「めったに海に来ないオードはね、この日になると午前中はぼーっとああしてあそこに座ってるのよ。……気になる?」
「そりゃ、気になるけど……」

「教えてあげようか?」
 その言葉に思わず後ろを振り返る。
 キョウちゃんは酷く真面目な顔をしていて、僕に問う。
「オードがあそこにいる理由。私が教えてあげようか?」
 それに僕はごくりとつばを飲み込んで、教えてと言いかけて、やめた。
「止めておく」
「なんで?」
 なんでって?
 だって、なにか酷く重要なことな気がするから。
 前にグロウも、本人から聞けって、そう言ってた気がする。
「聞くなら、本人から聞かなきゃ」
 それになにより、僕がオードちゃんの口から聞きたかったんだと思う。

「……だからノルズはいいんだよなぁ」
 それを聞いたキョウちゃんは俯いて、何事かを呟く。
「え?」
 小さすぎて聞こえなかったその声が聞き取れなくて聞き返せば、キョウちゃんは首を振った。
「んーん。なんでもない。ほら、聞きたいならいかなきゃ。私は用事が終わったからもう行くねー! じゃあねん!」
 そう言い置くと、キョウちゃんはそのまま走り去ってしまって。

 海を眺めるオードちゃんと、それを眺める僕だけが海岸に残された。

 聞きたい、と思う。
 だから足を一歩、前に出して。
 桟橋の方へと歩いていって、オードちゃんの後ろに立った。
「海、綺麗だね」
「……ぇ?」
 声をかけられるとは思っていなかったのか、オードちゃんの表情はぼんやりとしていて。
 あの山から降りてきた日の時のような表情を、もっと酷くしたような表情で。
 教えてくれないかもしれない。
 きっと、教えてと言って教えてくれるようなことでもない気もする。
 けれど、僕が聞きたいから。

 オードちゃんの横まで行くと、その横に陣取って座り込む。
 それをぼんやりと見ていたオードちゃんは、特に何も言わずにまた海の向こう側へと視線を戻した。

「潮風、気持ちいいね」
「うん」
「ここ、海の底まで見えるんだね。すどく、綺麗だ」
「うん」
 そうして、沈黙。
 僕はゆらゆらと揺れる海面を見ていた。
 じっと、ただそれだけを見てオードちゃんの気配を感じていた。
「……聞かないの?」
 先に口を開いたのは、オードちゃんの方。
「聞いてほしいなら」
 それに応えるのは、僕の静かな声だ。
「聞きたくないの?」
「聞かせてくれるなら」
「……私のこと、最低だって思うかもしれないよ?」
「オードちゃんのことなら、そんな風に思わないよ」
 そうして、また沈黙が落ちて。
 ゆらゆらと揺れる水面お向革に、赤や緑の海藻が見えた。
 本当に、綺麗な海だとそう思う。

「……私のお母さん、あの海の向こうに居るんだ」
「うん」
「もう、戻ってこないんだ」
「うん」
「あのお父さんが、泣いて、泣いて。驚くほど泣いて、私にごめんなって言ったの。お母さんは、もともと向こうの人だから。この町が合わなかったんだって、そう言って」
「……うん」
「だからね、私は恋なんてしないんだって思ったの。こんなに辛い思いをするのなら、この町に来る人にもこの町にいる人にも。だって、いつか出ていってしまうかもしれない。いつか、お父さん達みたいな別れが来るのかもしれないから」
「うん」
 これが、オードちゃんがヒロインじゃなかった理由だったんだ。
 そう思うと、すごく腑に落ちた気がする。
 とってもいい子で、なんで嫁に出来ないのかっていうバグだなんて言われていたのに、それでも結婚できなかった子。
 こんな理由があるのなら、きっと恋はできなかったんだろう。
「よく、恋は落ちるものっていうじゃない?」
「うん」
「あれ、最近少しわかる気がしてきたの」
「うん……うん!?」
「私、気になる人ができたみたい」
「え。えぇええ!」
 待って、まさかの恋愛相談!?
 やめてください、死んでしまいます。
 僕、君のことが大好きなんです。そんな人から恋愛相談とかされたら、僕はどうしていいのかわからないというか死んでしまいますぅ!!!
「その人ね、すごく優しい人で」
「ま、まって」
「毎日一生懸命働いてて、私も見ててすごいなぁって」
「ま、待って! ストップ! これ以上はキョウちゃんに相談したほうがいいよ!」
「え」
「ぼ、僕恋愛経験とか皆無だから! それにそういうのは女の子同士でしたほうが良いと思うから!」
「……ぷっ」
「ふぇ?」
 必死に言い訳を並べていると、オードちゃんは急に笑いだして。
 ひとしきり笑った後、僕の身体にポスンと身体を預けてくる。
「じゃあ、相談は別の人にする」
「ぜ、是非お願いします……」
 その気になる人ってのが誰なのか非常に気になるけど、聞く勇気はないので。
「ノルズくんってさ」
「うん?」
「どーんかん」
 そう言ってくすくすと笑われる意味がわからなくて、混乱していると、よいしょと言ってオードちゃんは立ち上がる。
 そうして僕の方に手を差し出して、
「さ、そろそろ時間だよ!」
 そう言って笑った顔は、とっても眩しかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

処理中です...