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はじまる冬

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 もちろん一睡もできませんでした。

 ごぉごぉとだんだん唸っていく雪の音を聞きながら、チーかまの時折漏らすきゅぅんという寝言を聞き、オードちゃんの健やかなすぅすぅという寝息を聞いて、僕は一晩を過ごしました。

 これ以上の天国と地獄はあるのだろうかと何度思ったかわかりません。
 大雪さえ来なければこの状況にはならなかったのにと思うのに、オードちゃんの柔らかな身体がもぞりと動く度に大雪ありがとうと思ってしまったのです。

 いくら身動きをしてもオードちゃんは絶対に手を離さなくて。
 本当に寂しがり屋なんだなと改めて思いました。

 けれども、僕は一睡もできていないのです。
 眠い頭が、よく働いてくれません。

 そんな中、目を覚ましたオードちゃんと目があいます。

「おはよぉ」
 トロンとした目をしたままの第一声。
「おはよう」
 僕は一睡もしてませんけど。

そうして起き出したオードちゃんはんーっと伸びをすると、そのまま着替え始めようとするのですぐさま壁際を向いてそれをやり過ごします。
 しゅるっしゅっという布擦れを聞きながら、どうにか一晩をやり過ごした自分を褒め称え、これが今日の夜も続くのかという思いと共に気持ちが膨らむような凹むような気分になりました。

「よく眠れたぁ。うーん、やっぱり外はすごいねぇ。今日は家から出ちゃだめだよ、ノルズくん。……ノルズくん?」

 己との葛藤に打ち勝った僕は、そのまま気付けば意識を失っていました。
 無理。眠い。無理。


「おはよう。ノルズくんてば結構こういう日はお寝坊さんなんだね」
 三時間後、ようやく一度目を覚ました僕にオードちゃんはテーブルで雑誌を読みながらそう声をかけてくる。
 君のせいだよとは言えず、ごめんねとだけ返して着替えを行った。
「朝ごはん、どうする? ノルズくんが起きてからと思って私もまだなんだけど……」
「ああ、じゃあ一緒に食べようか。昨日作っておいた温泉卵もあるよ」
 そういうと目を輝かせるオードちゃんと一緒に朝ごはんを食べ、ごおぉごぉと唸る音を聞きながらの遅めの朝食。
 チーかまは一人で先にごはんを貰っていたらしいんだけれども、僕も! といわんばかりに足元にまとわりついてくる。
「チーかま、めっ」
 そういうとくぅんと言いながらテーブルの端からじっと僕らの食事風景を眺め、なにか悪いことをしているような気になりつつ朝食を終えた。

 すると、また眠気が襲ってくる。
 眠い。とにかく眠い。
「ノルズくん、眠いの?」
「うん、ちょっと眠いかな……」
「体調が悪い?」
「そう言うわけじゃなくて……」
 一睡もしてないからですとは言いづらくて、言葉を濁す。
 そうすると隣に座ったオードちゃんが、ぽんぽんと膝を叩く。
「ここで寝ていいよ?」
 試練である。
 しかし、眠気に負けてそこに横になれば、オードちゃんのいい香りとももの柔らかさが伝わってくる。
 一緒にベッドで寝ていた時よりもずっと天国で、僕はそのまま眠りに入った。

「ノルズくん、起きてー」
 その声に目を覚ませば、目の前にオードちゃんの顔があって。
 ああ、夢かと思ってそのまま口づければ、ビクンという反応が返ってきた。
 あれ? と思っていると、自分が膝枕で寝ていたことを思い出す。
「あ、ごめん。寝ぼけて……」
「ど、どんな夢見てたの……?」
「いや、目が覚めたらオードちゃんがいる事自体が夢かなって思って……」
「そ、そうなんだ……。それにしても、よく寝るね。いつもの疲れが出てるのかな?」
「……そうかもしれないね」
 寝てないからとはやはり言いにくい。
「昼食、どうする? 簡単なものでいいなら勝手に作っちゃうけど」
「え、いいの?」
「もちろん。お昼のお弁当の代わりだね」
「じゃあお願いしちゃおうかな」
「りょーかい!」

 そう言ってご飯を作り始める姿を眺めながら、結婚したらこんな感じなのかなぁとぼんやりと思う。
 朝一緒に起きて、仕事をして、お昼も一緒に食べて、仕事をまたして、夕飯を食べて……。
 それは一体どんなに幸せな日々なんだろうか。
 ただこうやって一緒にいるだけで幸せなんだから、もっと幸せに違いないとそう思う。
 明日からはまた一人なんだなと思うと、何かすごく寂しくなって。
 調理中だとわかっているのに、後ろから抱きついてしまった。
「なぁに? 寂しくなった?」
「うん」
「……妙に素直だね、ノルズくん」
 冗談だったのにと小さく呟くオードちゃんの耳は真っ赤に染まっていて、とても可愛いと思う。
 ぎゅうっと抱きしめる力を強めれば、わわっと慌てる声が聞こえた。
「危ないからあっち言ってて! ステイ!」
「僕は犬? でも、はーい」

 幸せって、こんな風に落ちているんだって。
 オードちゃんと一緒にいると、すごくそう思うよ。
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