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3、織田信長
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しおりを挟むそして、明くる日の朝。
町並みを抜け、真人と鉄は屋敷へと歩いていた。
弥吉と吉助の寝顔を見てから出てきたばかりだ。ぐっすり眠っていた二人を起こすのは忍びなく、代わりに短い置き手紙を残してきた。
置き手紙なら、宿のお兄さんかご夫婦に頼めば読んでくれるはず。
それも踏まえて子供達をよろしくという内容も入れておいた。
もちろん、俺はこの時代の文字なんて書けないので全て鉄にお任せである。
澄み渡る青空が恨めしいほどにまぶしい。
真人の心はそれとは真逆で、胃の奥が重たく沈んでいた。
門に近付くにつれ、訝しげに見てくる門番の視線からフイッと顔を逸らした。
風呂敷を抱えた男と、武器も持たぬ無骨な男が並んで歩くのだから当然だろう。
真人の荷物はパンパンに膨れた風呂敷。中身は、チャーハンを売って稼いだ、なけなし金で買い揃えた品々だ。
清潔な布、傷口を洗うための酒、乾燥させた茎のような非常食。……どれもこの時代では貴重だ。
建前では「話し合い」だが、もし決裂すれば戦になる。命を落とすかもしれないのに、鉄ときたら竹筒一本ぶら下げているだけだ。
いや、絶対おかしいのはあっちだ。
以前、弓で撃たれた経験をしてから、真人は用心深くならざるを得なかった。
何ヶ月もこの時代で過ごしているが、命の危険が常に身近な感覚は慣れることはない。
門番の眠そうな顔に釣られて、大きなあくびが出る。
すぐ近くでは鎧の擦れる音、兵の話し声が風に混ざって聞こえてきた。
「ふんすっ!」
気合を入れて背筋を伸ばし、名前を伝えると門が開き始める。
徐々に見えてきた光景に二人揃って声を上げた。
「おおぅ」
「すっげえ……」
ぱちぱちと目を瞬き、あくびで緩みっぱなしだった口から感嘆の声が漏れた。
朝の光を鎧に反射させ、見事な隊列を組んでいた。
「なんかこう、ビシッと並んでるだけで迫力あるな」
「ああ。……だが、あいつはいないのか?」
「え、あいつ?」
「昨日俺たちに話しかけてきた大柄の武将だ。柴田、とか言ってた」
鉄の言葉に、そういえば……と辺りを見回す。
てっきり既にここに居ると思っていたのに、真人達と整列した兵以外の人影はない。
きょろきょろと首を回していると、兵の一人がおずおずと口を開いた。
「あのぅ、柴田様なら、ついさっきお帰りになりまして……。お二人が来たら、すぐ出発せよと」
「え、そんな軽い感じでいいんだ?」
「あほ、違うだろ」
チッと舌打ちをして、苦々しい顔をする。
「兵の管理から話の行方まで、全部俺たちの責任ってことだ。士気が下がろうが、何が起ころうが関係ねぇ。……相変わらずの捨て駒扱いだ」
そのとき、小姓が現れた。
「もう準備はできています。お二人の乗る馬もこちらに」
奥を指すと、二頭の馬が繋がれている。すぐ出立できるように、すべて準備されていた。
つまり、出発の合図を出すのも俺たちの役目だ。
残っているのは、これから共に行く人達への挨拶だけ。
馬の状態を確認している鉄を呼び、無理やり皆の前に引っ張り出してきた。
「えーっと、俺が田辺真人で、こっちが南部鉄です。これから村へ向かいます。できるだけ穏便に解決できるよう頑張りましょう!」」
「……一応、俺たちが指揮を取るが、何か不満がある奴は今のうちに言え。話し合いが基本だ。無駄に血を流すな。それだけだ」
それだけ言うと鉄はさっさと馬に跨がってしまった。
話す内容が違いすぎてちょっと恥ずかしい。え、挨拶ってこういうのなの?
初めて会ったんだしよろしくお願いしますって言うんじゃなかったのか?
今は鉄が抜けて俺一人に注目が集まっている。
顔が赤くなるのを誤魔化すために「では進軍開始!」とだけ叫んで慌てて馬によじ登った。
日が高くなり、昼を越えて、やがて傾き始めた。
そして何度か休憩を挟み、かなりの距離を進んできた。
明日には目的地に着くだろうとは鉄の予想だ。
今、真人は小川のほとりにいる。
冷たい水でお尻を冷やしながら。
そう、馬に揺られ続けた結果、久しぶりにお尻がヒリヒリしているのだ。
最初は我慢していたが、途中から呻き声が止まらなくなり、見かねた鉄が「今日はここで野宿だ」と提案してくれた。
他の人達は食事や話に花を咲かせているのではないだろうか。
ぬるくなってきた布をまた水に浸し、服の上から患部に当てる。
一見漏らしたように思われるかもしれないが、大丈夫。
ずらしていた鎧を元の位置に戻せば、水で濡らした場所も隠れると言う寸法だ。
本当はもう少し進みたかったが、明日には着くと言うし言葉に甘えさせてもらい、人気のないこの場所へ駆け込んできたってわけだ。
でも痛みは大分取れたような気がする。
お腹も減っていることだしそろそろ合流しようと立ち上がった。
顔を洗い、布はもう一度川に浸して巻きつける。
じめっとしていた暑さが、布に吸い込まれるような感覚が気持ちよくてその場で深呼吸をする。
軽く肩を回して人が集まっているところへ戻ると、兵の一人が話しかけてきた。
「あのー、村に着いたら儂等は一旦解散ってことでいいんですかい?」
「はい?」
突然の問いかけに首をかしげる。
声をかけてきたのは、四十代半ばくらいの兵士だった。
「話し合いの場に儂らがいたって何もできんし、帰るときに声をかけてくれれば戻るつもりです」
「いやいや、帰るって……どこに?」
「そりゃ、村にですよ。久しぶりに家族に会いたいしのう」
「…………家族?」
「ええ。皆そう思ってるはずですわ」
意味がわからなくて、再度聞き返す。
他の兵も俺達の会話に耳を傾けている様子が伝わってくる。
嫌な予感が走る。
「ちょ、ちょっと待って。皆さんは、話し合いが決裂した時のための兵、なんですよね?」
「いやぁ、俺たちゃ仲介役って聞いてましたけど? 柴田様が『村の出身者の方が話が通りやすい』って言ってましたわ」
「そ、そんな……」
俺が呆気にとられている間にも、兵たちは勝手に盛り上がっていく。
「久しぶりの里帰りだなぁ!」
「戦なんかしねぇよ。嫁と子供に顔見せるだけだ!」
だよなぁ!と兵達は盛り上がっている。
がははははと呑気に響く笑い声をよそに、俺の脳は一時停止をした。
――まさか、全員、故郷に帰る人たち?
信長の声が脳裏に蘇る。
“使えるものは全て使う”――そういうことか。
血の気が引いていくのが自分でもわかる。
脳裏に、あの豪快に笑う勝家の顔が浮かんだ。
戦の心配こそなくなったが、それ以上に恐ろしい事実がひとつ。
――味方が、ほぼいない。
俺は息を呑み、藁にもすがる思いで叫んだ。
「鉄ぅぅぅぅぅぅっ!! なんとかしてぇぇぇぇぇ!!」
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