国を捨てて自由を掴む 🌿〜王家脱出、ブックカフェ行き〜☕️

神谷アキ

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3、真実

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「……サラ。いや、サラーシャ王女」
フードを被った男、ハビエルの瞳が、ぎらりと光る。
「お前は俺の婚約者だ。勝手に逃げ出して、こんな下賤な街で……遊びの真似事をして」

「婚約者……?」コリスが目を細める。
「そうだ。ソシリス王国が正式に定めた縁談だ。王妃様のご意向もある。サラーシャは本来、俺の妻となるべき存在なんだ」

「やめて!」
思わず叫んでいた。喉が震える。
「私は……私はもうサラーシャじゃない! あなたの妻でも、誰かの駒でもない! 私は“サラ”なの!」

「戯言を」
ハビエルの剣が、鋭くコリスを狙う。
「その男に庇われて何になる。お前は俺のものだ。王女としての義務を果たしてもらう!」

火花が散る。コリスは全身でサラを背にかばい、必死に刃を受け止める。
「サラはお前のものじゃない!」
「黙れ、無名の騎士風情が!」

互いの剣が重なり合い、押し合う。金属の悲鳴が夜の街に響く。
サラの胸は早鐘のように打ち、足がすくんで動けない。
ただひとつ、頭の奥で声が響く。

(私は……あの城には帰らない。誰の婚約者でもない。“サラ”として、生きるんだ!)


「ぐっ……!」
コリスの腕に力がこもる。だがハビエルの剣は容赦なく食い込み、刃と刃が噛み合ったまま押し込まれていく。

「見ろサラ! この男では俺には勝てない!」
「……っ!」

心臓を握りつぶされるような恐怖。それでもサラは声を振り絞った。
「私は帰らない! あなたのものになんて、ならない!」

その瞬間――

「何事だ!」
鋭い声が響いた。通りの角から数人の騎士が駆け込んできた。
駆け込んできた騎士たちの剣が一斉に抜かれる。

「……ちっ」

ハビエルが忌々しげに舌打ちした。
フードを深くかぶり直し、周囲を一瞥する。
剣を下げたように見せかけて、背後の馬車へと後退していく。

「待て!」
コリスが追いすがろうとしたが、サラの前に立ち塞がる兵士が制止する。
「事情はあとで聞かせてもらう」

「おい、そっちのフードの男を――!」
振り返ったときには、すでに馬車は走り出していた。

蹄の音が遠ざかり、夜の闇に吸い込まれていく。

「……逃げられたか」
コリスの握る剣が、悔しげに震えた。

サラは膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
エイミーは壁に寄りかかったまま、蒼白な顔で震えていた。



「皆、宿舎まで来てもらう。事情を聞かせてほしい」
その声にエイミーも私も静かに頷いた。
エイミーは力なく項垂れ、騎士に両腕を取られる。その姿は、裏切りよりも胸を痛めた。



騎士団の宿舎。
真新しい木の香りが残る広い談話室で、私たちはそれぞれ椅子に座らされた。
呼ばれてやってきたテルとヒナは怯えて私の腕にしがみつき、コリスは入口付近で警戒を解かずに立っている。

向かいの席に座らされたエイミーは、何度も唇を噛んでいた。
「……ごめんなさい」
掠れた声が、静かな部屋に落ちる。

「エイミー。どうして……?」
問いかけると、彼女はうつむいたまま震え声で答えた。

エイミーは顔を上げた。涙に濡れた瞳が、必死に私を見つめる。
「フードの男が“婚約者”なんて言ったとき、私だって怪しいと思った。あんなの、本気で信じてたわけじゃない」

「じゃあ、なぜ……」

「……見てしまったのよ。コリスが、あなたに気持ちを伝えるところを」
その声は震えていた。

「ずっと……ずっと彼が好きだった。だから……耐えられなかったの。あの人の隣に立つのが自分じゃないなんて。あなたを連れ出せば、全部……なかったことになる気がしたの」

私は息を呑んだ。
あの夜の言葉が、あの真剣な眼差しが、エイミーの目にも届いてしまっていたのだ。

「……エイミー」

「ごめんなさい……! 裏切るつもりなんて、最初はなかったの。ただ、どうしても……心が抑えられなかった……」
エイミーは嗚咽を堪えきれず、机に顔を伏せた。

沈黙が落ちる。
テルとヒナが不安げに私の腕にしがみついてくる。
騎士が小さく息を吐き、彼女を見つめた。


「あなたにはしばらく騎士団の元にいてもらう。保護している人物を怪しい男に接触させた以上、もう誰かを危険に巻き込ませないために」

エイミーは涙に濡れた顔を上げ、何も言わずに頷いた。

扉が開き、騎士たちが彼女を連れていく。
去り際の背中は小さく、痛々しかった。



騎士団の宿舎に夜が更ける。
窓の外で風が鳴り、蝋燭の炎が細く揺れていた。

コリスが部屋に入ってくる。険しい顔をしたまま、扉を閉めた。
「……話してくれ」

「え?」

「さっきの男が言ったことだ。『サラーシャ王女』……そして『婚約者』。あいつの戯言とは思えない」
低い声には、確信が滲んでいた。

胸の奥がきゅっと縮む。逃げたい思いと、もう逃げられない現実がせめぎ合う。
けれど私は、唇を震わせながらも言葉を吐き出した。

「……そうよ。私は……ソシリス王国の第五王女、サラーシャ」

沈黙が落ちた。
コリスの瞳が揺れる。その驚きは一瞬で、すぐに鋭い光へと変わった。

「っ!……そうか」
彼は深く息を吐き、額に手を当てる。
「『消えた第五王女』――噂は耳にしていた。ソシリス王国では、その行方を探していると」

その言葉に、背筋が冷たくなる。
ハビエルの執念、エイミーの手引き、王妃派の影――すべてが一本の線で繋がった気がした。

「……私、もうただのサラでいたい。だけど、あの人たちは絶対に諦めない」

コリスは真剣な眼差しで私を見つめる。
「ならば、守るまでだ。王女だろうと、サラだろうと、俺にとっては同じだ」

胸が熱くなる。涙がにじみ、視界が滲んだ。
それでも私は、はっきりと頷いた。

「ありがとう……コリス」

蝋燭の炎が揺れ、長い影を壁に映した。
その影は、これから待ち受ける脅威の大きさを示しているようで、思わず身震いした。
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