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4、居場所
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戦いが終わった朝、宿舎の周囲にはまだ戦いの余韻が残っていた。
崩れかけた塀には修復の手が入り、折れた剣や散乱した盾は一か所に積み上げられている。
だが――血の匂いの奥に、確かな安堵の空気が流れ始めていた。
「……よく、持ちこたえたな」
壁際で包帯を巻かれていた老騎士が、空を見上げながら小さく呟いた。
噂は一夜にして街全体に広がった。
“第五王女は本当に存在した”“ナラージェの騎士団が守り抜いた”――。
その声は恐れだけでなく、希望の色も帯びていた。
壊れた壁は布で覆われている。
それでも、朝日が差し込むと、子どもたちの笑い声が響いた。
「サラおねえちゃん! 見て!」
ヒナは肩に包帯を巻いた騎士の膝にちょこんと座り、テルは真剣な顔で木の棒を持っている。
ヒナがぱっと手を振る。
「テルおにいちゃんがね、サラおねえちゃんの魔法の真似して光を出す練習してるの!」
「ち、違うってば!」
テルは慌てて立ち上がり、耳まで真っ赤にしながら木の棒を振った。
「ただの遊びだよ。でも……あの時のサラおねえちゃん、本当にかっこよかった」
その言葉に、周囲の騎士たちが一瞬静かになり、すぐに笑い声が広がった。
「確かにな。光に包まれたあの姿……忘れられん」
「俺たちのサラさんは、ただ守られるだけじゃないってことだな」
私は照れくさく笑いながらも、胸の奥がじんと熱くなった。
「サラおねえちゃんも一緒に遊ぼ!」
ヒナが私の手を引く。
宿舎に漂っていた緊張は、子どもたちの笑い声に少しずつ溶かされていった。
破壊された壁や焦げた木材も、彼らの無邪気な声に包まれると、まるで遠い出来事のように思える。
戦後の片付けがひと段落した頃、宿舎の広間に騎士たちが集まっていた。
壁には松明が揺れ、鎧のきしむ音が低く響く。
その中心に立たされた私は、自然と背筋が強ばった。
「……ソシリス王国第五王女、サラーシャ殿」
白髪混じりの副隊長が、静かに名を呼ぶ。
その響きに、広間の空気が一層重くなる。
「我らは、あなたを守り抜くと決めた。あなたが王女である以上、ナラージェもソシリスの標的になる」
その問いに、私は小さく息を吸い込んだ。
「……私はもう、王女ではありません」
自分でも驚くほど、声ははっきりとしていた。
「私は“サラ”として、この街で生きたい。皆と一緒に」
一瞬の沈黙。
騎士たちの視線が一斉に私へ集まる。
戸惑いと葛藤、そして何かを試すような光。
だが、その中から力強い声が響いた。
「いいじゃないか。俺たちは“サラさん”を守ってきたんだ。王女だのなんだのは後からついてきただけだ」
「そうだ。あの夜、子どもたちを庇い、俺たちを励ましてくれたのは“王女”じゃない。“サラ”だった」
「姫であろうがなかろうが関係ない。俺たちが誓ったのは、この人を守ることだ」
次々と声が上がり、重かった空気がほぐれていく。
笑い混じりに「桶割りするヒナちゃんのお世話もやってもらわないとな」などと冗談まで飛び出し、広間に小さな笑いが広がった。
私はその光景に胸が熱くなり、思わず目頭を押さえた。
(ありがとう……本当に。私を“サラ”として見てくれる……)
その時、前に進み出たカイルが静かに言った。
「皆、肝に銘じろ。彼女は王女でもある。だが俺たちが守るのは“サラ”だ。それを忘れるな」
力強い言葉に、騎士たちが一斉に剣を掲げた。
「応!」
石造りの広間に響いたその声は、どんな誓約よりも確かな絆を刻んでいた。
大広間に集められた騎士たちの前に、私は立っていた。
「――これで、ソシリス兵の脅威はひとまず退けられた」
隊長格の騎士が重々しく告げる。
「姫君……いや、サラさん。あなたを匿ってきたことに危険はあったが、結果として我らは一丸となれた。今や街の人々も、あなたを“サラ”として迎えようとしている」
胸がきゅっと縮んだ。
「……それは……私がもうここに留まらなくてもいい、ということですか」
騎士は静かに頷いた。
「そうだ。あなたも、子どもたちも、もうここに縛られる必要はない」
ざわめきが広がる中、別の年長の騎士が笑みを浮かべる。
「サラさん、これからはあなた自身の生活を取り戻すといい。店に戻れば、人々は喜んで迎えるだろう」
ヒナがぱっと顔を輝かせ、テルもほっとしたように肩を下ろした。
私は二人の手をぎゅっと握りしめる。
「あなたはもう、ここで守られるだけの存在ではない」
「我らにとっては仲間であり……この国の友だ」
その言葉が胸に響き、目頭が熱くなった。
(……そうだ。私は王女ではなく、“サラ”としてここにいたんだ)
私は深く頭を下げた。
「これまで守ってくださって……本当にありがとうございました。これからは、“サラ”としてこの街で生きます」
柔らかな空気が流れ、鎧のきしむ音と共に、誇りある騎士たちの笑顔が広がった。
――こうして私は、騎士団を出て、再び街へ戻ることになった。
ハビエルが捕らえられ、ソシリスの兵の影も消えたことで、騎士団は少しずつ日常を取り戻しつつあった。
「……ありがとうございます。お世話になりました」
私は騎士たちに深く頭を下げる。
「礼を言うのは俺たちの方だ」
デールさんが、くったくのない笑みを浮かべた。
「姫――いや、サラさんのおかげで楽しい毎日だったよ」
口に出してそう告げられると、胸の奥に少し温かいものが広がった。
私はヒナとテル、そしてコリスとカイルに付き添われて、再び街に戻った。
木の扉を押し開けると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。
焙じられた茶葉の匂い、パンの甘い香り――それは「サラのお店」の匂いだった。
懐かしい光景に胸が締め付けられたけれど、同時に「帰ってきた」という安堵が押し寄せる。
「わぁ……戻ってきた!」
ヒナが真っ先に駆け込み、カウンターの椅子によじ登る。
テルは窓を開け放ち、差し込む光に目を細めた。
私は一歩足を踏み入れ、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……帰ってきた。本当に)
私が戸棚を拭いていると、外から賑やかな声がした。
戸口を開けると、近所の人々が次々と集まってくる。
外からは足音がして、次々と人々が顔をのぞかせる。
「サラさん、無事でよかった!」
「またあの紅茶が飲めるんだね!」
「子どもたちも元気そうで安心したよ」
笑顔と声が次々に広がり、狭い店内が一気に明るくなる。
パン屋のおかみさんが籠いっぱいの小麦を差し出し、魚屋のおじさんは塩漬けの魚を置いていく。
「再開祝いだ!」「困ったら言えよ!」
その言葉に、胸が熱くなり、思わず深く頭を下げた。
「ありがとうございます……。また、皆さんに来てもらえるように頑張ります」
コリスは壁に立って腕を組み、わずかに頬を緩めていた。
カイルさんは窓際に立ち、静かに人々の声を聞いている。
その眼差しは穏やかで、どこか誇らしげだった。
春の風が街路樹を揺らし、花びらが通りを舞っていた。
店の看板を掲げ直し、朝の準備をしていると、次々と子どもたちの声が飛び込んでくる。
「サラおねえちゃん! パン焼けた?」
「今日はあんこのほうがいい!」
「運ぶの手伝うよ!」
ヒナもテルも、店の隅で一緒に皿を並べたり、布をたたんだりしている。
自分から「手伝う」と言ってくれるのが誇らしかった。
(……あの夜を越えて、みんな少しずつ強くなってるんだ)
市場に出れば、街の人々が笑顔で声をかけてくれる。
「サラおねえちゃん、今日は野菜が安いよ!」
「またあのスープ、食べたいな」
誰も「王女」とは呼ばない。
この街の人々にとって、私はただの「サラ」で――それが何よりの救いだった。
店に戻り、仕込みの合間に外を見れば、見回りでやってきた騎士団の若者が子どもたちと木剣を振って遊んでくれている。
時折、笑い声が重なり、店の中にまで響いてきた。
穏やかな日常。
かつては夢のようだった時間が、今では当たり前のように流れている。
(でも、それは当たり前じゃない。みんなが戦って、守ってくれたから……)
私は手を胸に当て、静かに誓った。
「これからは、私も守る。子どもたちを、この街を、そして――」
窓の外で、ふとカイルさんの姿が目に入る。
彼は剣の柄に手をかけ、街を見回していた。
警戒の眼差しの奥に、どこか安らぎを感じさせる柔らかさも見える。
その背中を見つめるだけで、胸の奥が熱くなった。
春の風が店先を撫でていく。
その風に乗せるように、私は小さく呟いた。
「――さあ、明日もがんばろう」
崩れかけた塀には修復の手が入り、折れた剣や散乱した盾は一か所に積み上げられている。
だが――血の匂いの奥に、確かな安堵の空気が流れ始めていた。
「……よく、持ちこたえたな」
壁際で包帯を巻かれていた老騎士が、空を見上げながら小さく呟いた。
噂は一夜にして街全体に広がった。
“第五王女は本当に存在した”“ナラージェの騎士団が守り抜いた”――。
その声は恐れだけでなく、希望の色も帯びていた。
壊れた壁は布で覆われている。
それでも、朝日が差し込むと、子どもたちの笑い声が響いた。
「サラおねえちゃん! 見て!」
ヒナは肩に包帯を巻いた騎士の膝にちょこんと座り、テルは真剣な顔で木の棒を持っている。
ヒナがぱっと手を振る。
「テルおにいちゃんがね、サラおねえちゃんの魔法の真似して光を出す練習してるの!」
「ち、違うってば!」
テルは慌てて立ち上がり、耳まで真っ赤にしながら木の棒を振った。
「ただの遊びだよ。でも……あの時のサラおねえちゃん、本当にかっこよかった」
その言葉に、周囲の騎士たちが一瞬静かになり、すぐに笑い声が広がった。
「確かにな。光に包まれたあの姿……忘れられん」
「俺たちのサラさんは、ただ守られるだけじゃないってことだな」
私は照れくさく笑いながらも、胸の奥がじんと熱くなった。
「サラおねえちゃんも一緒に遊ぼ!」
ヒナが私の手を引く。
宿舎に漂っていた緊張は、子どもたちの笑い声に少しずつ溶かされていった。
破壊された壁や焦げた木材も、彼らの無邪気な声に包まれると、まるで遠い出来事のように思える。
戦後の片付けがひと段落した頃、宿舎の広間に騎士たちが集まっていた。
壁には松明が揺れ、鎧のきしむ音が低く響く。
その中心に立たされた私は、自然と背筋が強ばった。
「……ソシリス王国第五王女、サラーシャ殿」
白髪混じりの副隊長が、静かに名を呼ぶ。
その響きに、広間の空気が一層重くなる。
「我らは、あなたを守り抜くと決めた。あなたが王女である以上、ナラージェもソシリスの標的になる」
その問いに、私は小さく息を吸い込んだ。
「……私はもう、王女ではありません」
自分でも驚くほど、声ははっきりとしていた。
「私は“サラ”として、この街で生きたい。皆と一緒に」
一瞬の沈黙。
騎士たちの視線が一斉に私へ集まる。
戸惑いと葛藤、そして何かを試すような光。
だが、その中から力強い声が響いた。
「いいじゃないか。俺たちは“サラさん”を守ってきたんだ。王女だのなんだのは後からついてきただけだ」
「そうだ。あの夜、子どもたちを庇い、俺たちを励ましてくれたのは“王女”じゃない。“サラ”だった」
「姫であろうがなかろうが関係ない。俺たちが誓ったのは、この人を守ることだ」
次々と声が上がり、重かった空気がほぐれていく。
笑い混じりに「桶割りするヒナちゃんのお世話もやってもらわないとな」などと冗談まで飛び出し、広間に小さな笑いが広がった。
私はその光景に胸が熱くなり、思わず目頭を押さえた。
(ありがとう……本当に。私を“サラ”として見てくれる……)
その時、前に進み出たカイルが静かに言った。
「皆、肝に銘じろ。彼女は王女でもある。だが俺たちが守るのは“サラ”だ。それを忘れるな」
力強い言葉に、騎士たちが一斉に剣を掲げた。
「応!」
石造りの広間に響いたその声は、どんな誓約よりも確かな絆を刻んでいた。
大広間に集められた騎士たちの前に、私は立っていた。
「――これで、ソシリス兵の脅威はひとまず退けられた」
隊長格の騎士が重々しく告げる。
「姫君……いや、サラさん。あなたを匿ってきたことに危険はあったが、結果として我らは一丸となれた。今や街の人々も、あなたを“サラ”として迎えようとしている」
胸がきゅっと縮んだ。
「……それは……私がもうここに留まらなくてもいい、ということですか」
騎士は静かに頷いた。
「そうだ。あなたも、子どもたちも、もうここに縛られる必要はない」
ざわめきが広がる中、別の年長の騎士が笑みを浮かべる。
「サラさん、これからはあなた自身の生活を取り戻すといい。店に戻れば、人々は喜んで迎えるだろう」
ヒナがぱっと顔を輝かせ、テルもほっとしたように肩を下ろした。
私は二人の手をぎゅっと握りしめる。
「あなたはもう、ここで守られるだけの存在ではない」
「我らにとっては仲間であり……この国の友だ」
その言葉が胸に響き、目頭が熱くなった。
(……そうだ。私は王女ではなく、“サラ”としてここにいたんだ)
私は深く頭を下げた。
「これまで守ってくださって……本当にありがとうございました。これからは、“サラ”としてこの街で生きます」
柔らかな空気が流れ、鎧のきしむ音と共に、誇りある騎士たちの笑顔が広がった。
――こうして私は、騎士団を出て、再び街へ戻ることになった。
ハビエルが捕らえられ、ソシリスの兵の影も消えたことで、騎士団は少しずつ日常を取り戻しつつあった。
「……ありがとうございます。お世話になりました」
私は騎士たちに深く頭を下げる。
「礼を言うのは俺たちの方だ」
デールさんが、くったくのない笑みを浮かべた。
「姫――いや、サラさんのおかげで楽しい毎日だったよ」
口に出してそう告げられると、胸の奥に少し温かいものが広がった。
私はヒナとテル、そしてコリスとカイルに付き添われて、再び街に戻った。
木の扉を押し開けると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。
焙じられた茶葉の匂い、パンの甘い香り――それは「サラのお店」の匂いだった。
懐かしい光景に胸が締め付けられたけれど、同時に「帰ってきた」という安堵が押し寄せる。
「わぁ……戻ってきた!」
ヒナが真っ先に駆け込み、カウンターの椅子によじ登る。
テルは窓を開け放ち、差し込む光に目を細めた。
私は一歩足を踏み入れ、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……帰ってきた。本当に)
私が戸棚を拭いていると、外から賑やかな声がした。
戸口を開けると、近所の人々が次々と集まってくる。
外からは足音がして、次々と人々が顔をのぞかせる。
「サラさん、無事でよかった!」
「またあの紅茶が飲めるんだね!」
「子どもたちも元気そうで安心したよ」
笑顔と声が次々に広がり、狭い店内が一気に明るくなる。
パン屋のおかみさんが籠いっぱいの小麦を差し出し、魚屋のおじさんは塩漬けの魚を置いていく。
「再開祝いだ!」「困ったら言えよ!」
その言葉に、胸が熱くなり、思わず深く頭を下げた。
「ありがとうございます……。また、皆さんに来てもらえるように頑張ります」
コリスは壁に立って腕を組み、わずかに頬を緩めていた。
カイルさんは窓際に立ち、静かに人々の声を聞いている。
その眼差しは穏やかで、どこか誇らしげだった。
春の風が街路樹を揺らし、花びらが通りを舞っていた。
店の看板を掲げ直し、朝の準備をしていると、次々と子どもたちの声が飛び込んでくる。
「サラおねえちゃん! パン焼けた?」
「今日はあんこのほうがいい!」
「運ぶの手伝うよ!」
ヒナもテルも、店の隅で一緒に皿を並べたり、布をたたんだりしている。
自分から「手伝う」と言ってくれるのが誇らしかった。
(……あの夜を越えて、みんな少しずつ強くなってるんだ)
市場に出れば、街の人々が笑顔で声をかけてくれる。
「サラおねえちゃん、今日は野菜が安いよ!」
「またあのスープ、食べたいな」
誰も「王女」とは呼ばない。
この街の人々にとって、私はただの「サラ」で――それが何よりの救いだった。
店に戻り、仕込みの合間に外を見れば、見回りでやってきた騎士団の若者が子どもたちと木剣を振って遊んでくれている。
時折、笑い声が重なり、店の中にまで響いてきた。
穏やかな日常。
かつては夢のようだった時間が、今では当たり前のように流れている。
(でも、それは当たり前じゃない。みんなが戦って、守ってくれたから……)
私は手を胸に当て、静かに誓った。
「これからは、私も守る。子どもたちを、この街を、そして――」
窓の外で、ふとカイルさんの姿が目に入る。
彼は剣の柄に手をかけ、街を見回していた。
警戒の眼差しの奥に、どこか安らぎを感じさせる柔らかさも見える。
その背中を見つめるだけで、胸の奥が熱くなった。
春の風が店先を撫でていく。
その風に乗せるように、私は小さく呟いた。
「――さあ、明日もがんばろう」
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