サボり部員で何が悪い

白鷺人和

文字の大きさ
上 下
1 / 18

一話

しおりを挟む
スパイのように目を光らせ、僕は窓の外の駐車場を監視していた。
遊んでいる皆の声をBGMに、スパイ映画さながらの緊張感で鋭い視線を送る。
二階にあるこの武道館の窓からは駐車場の全体が見渡せるため、万に一つも見逃さない。
もちろん俺はスパイなどではなく、木島亮太という名のただの中学生だ。
しかし、今日はある使命のために、俺はスパイ顔負けの集中力で、駐車場を監視しているのだ。
窓から姿が見えないように柱に背をつけて監視していると、その瞬間は訪れた。
駐車場の一番端、何時もと変わらぬ位置に、ピンクの軽が姿を現した。
ナンバープレートには、福岡そ 19-99と刻まれている。間違いない、ターゲットの車だ。日本史の偉人は忘れても、このナンバーだけは忘れない。
俺は窓を閉じ、遊んでいる皆の方を向いて叫んだ。
「コーチが来たぞ!」
その一言で、床で課題を解いていた者も、バク転や側転をして体操選手ごっこしていたものもピタリと動きを止めた。
そして、今までサボっていたとは思えない程の手際で、マットや課題を片付けていく。
俺も片付けに加わり、せっせと準備を済ませていく。
片付けに加わることで、証拠隠滅はもちろん、汗をかいて、真面目にやっていたという演出効果を加えるのだ。
片付けを終え、帯を締め、軍隊さながらに規律正しく並んだ。
部員3人が横並びになり、前に向かい合う形で部長が立つ。
先程まで体操遊びをしていたとは思えない程真剣な目付きで、部長が僕らを見ていると、武道館の扉がガララと音を立て、ターゲットが姿を現した。
「あっ、先生!オス!」
部長が、今先生が来たことに気づいたかのように挨拶をし、駆け足でコーチに歩み寄った。
「どこまでやった」
コーチが嗄れた声で尋ねた。
腰には既にキッチリと黒帯を締めている。
「柔軟と、基本まではやりました、今から型をしようと考えているのですがよろしいでしょうか」
息をするように、部長が嘘を並べた。
基本はやったって何のこと言ってんだよ、バク転してただけだろ。
毎度のことながら、この報告の時間は真顔を保つのに皆必死である。
部長の言葉に、コーチは無言で頷いた。
「オス」
空手部っぽく謝意を述べ、部長はまた駆け足で僕らの前に戻ってきた。
「よし、じゃあ型いくぞ!まずは猿臂から」
部長の合図で、僕らは構えをとり、型を始める準備を始めた。その眼差しは、強豪校もビックリの鋭さである。
「始め!」
そうして、コーチ監視のもと、綾西中学空手部の練習が始まった。
真面目な、真剣なフリで練習は進み、あっという間に終了の時間となった。
コーチはチラリと時計を見やると、部長に手で合図を送った。
部長は待ってましたと言わんばかりに、今日一の声で叫んだ。
「止め!」
練習試合をしていた僕らはピタリと動きを止め、二時間の部活動後とは思えない軽快な足取りで、開始時と同じ陣形に並んだ。
「先生」
部長の言葉を合図に、部長と先生が入れ替わり、コーチが僕らと向かい合わせに立った。部長はコーチの後ろに控えている。
「総括としては、二年は型の覚えが悪い、順番を覚えているだけで正確さが足りない、三年は二年にたいして指導をしている時間が少ない、もっとコミュニケーションをとっていけ」
コーチの話を聞いている間、僕らは先生に鋭い視線を向け、集中していた。
これは真面目なフリのためではなく、後の部長を視界に入れないためである。
部長はコーチが僕らの方を向いているのを良いことに、えげつないほどの変顔を披露していた。
「「はい!」」
コーチの言葉に対し、ハキハキとした返事を返す。
「礼!」
部長の合図で、僕らは深く頭を下げた。
「解散」
短いコーチの言葉で今日の練習が終わり、先生は足早に帰っていった。
その後ろを、見送りのために部長が追う。
完全に姿が見えなくなった。
「「終わった~」」
ヘニャヘニャした間抜けなハモリが武道館に木霊する。
部室に入り、まだ一時間も身に付けていない帯をほどき、なれた動きで道着を脱いだ。
入部して半年たった道着は、さぼりまくっているせいか帯と同様に真っ白だ。
「スッキリするー」
皆藤翔真がボディーシートで全身を拭きながら言った。俺と同じ一年だが、この空手部の数少ない経験者で、足元にはその証拠に黒帯と汚れた道着が乱雑に脱ぎ捨てられていた。
「俺にもくれよ、今日忘れちまってさ」
「やだよ、汗くさいまま帰れや」
「早くくれよ、減るもんじゃ無いだろ」
「減るだろ」
ぼやきながら、皆藤は箱ごとボディーシートをパスした。
俺はそれを受け取り、遠慮無く数枚抜き取って、全身を拭いた。
汗が纏わりつく不快感が拭き取られ、ミント風味の清涼感が全身を包む。
ボディーシートを皆藤に帰し、制服に着替えた。
道義を乱暴に通学鞄に詰め込み、帰る準備を整える。
「くっさ!」
いつの間にか戻ってきていた部長が悲痛な叫びをあげた。
その後ろには、俺と同級生で、皆藤と同じく経験者である佐東省吾が立っていた。
「部長だって臭いですよ、鍵閉めたいんで早く帰る準備してください、佐東も早くしてー」
「え、あ、うん」
俺の催促に佐東は煮え切らない返事で返した。
何だろう、ウンコガマンしてんのかな。
その後部長と佐東の準備をまって、部室を閉めた。鍵を部長に預け、俺ら二年生組は先に帰路についた。
いつも通り、くだらないノリを交わしながら帰って行ったのだが、佐東のテンションだけが異様に低い。
先程の部室での態度といい、なにかおかしいと感じた俺は聞いてみた。
「佐東、今日どうしたと、何か調子おかしくない?」
「あー確かに、なんかノリ悪いよな今日」
俺の疑問に、皆藤も同意した。
「え、あーいや、ちょっとな」
またしても佐東は、煮え切らない返事で返した。
「ふーん、まぁいいけど」
これ以上詮索するのも空気が悪くなると感じた俺と皆藤は身を引いた。
その後は何事もなく別れ、家に帰りついた。
家に着き、用意されていた夕食を食べ、お風呂に入り、サボることによって得た程好い疲労のなかで、俺は眠りについた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,773pt お気に入り:3,387

おばけブタのアート

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:0

閲覧数の確認

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:5

テンキーの子(仮)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

悪役令嬢はぼっちになりたい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:340

この秘密を花の名前で呼んだなら

BL / 連載中 24h.ポイント:583pt お気に入り:1

0と1の感情

SF / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1

お飾りの側妃となりまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:222

悪役令嬢をヒロインから守りたい!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:3,670

悪役令嬢、推しを生かすために転生したようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:178

処理中です...