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北城市地区予選 準備編
第37走 50m走
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5月7日(月)
今日の3、4時限目は、インハイ予選に向けての壮行会※が体育館で行われた。
陸上部に限らず各運動部が体育館に集結した景色は中々に壮観だ。
ちなみに過去に壮行会を経験している2・3年生にとっては、各部活の主将が壇上の上で話し、最後には校長の長い話を聞くだけの退屈な時間だ。
だが新1年生にとっては、色んな部活のユニフォームが一度に見れる、中々に珍しい時間ではあった。
ちなみに陸上部のユニフォームはかなりの薄着になってしまうので、部員は上下陸上部専用のジャージを着ている。
そして1年生はまだジャージが届いていないので、各々の練習着を着て参加するという統一感のない形式だ。
だがコレもある意味で伝統にはなっている。
「みなさんの活躍を心から期待していますよ!」
校長の激励が体育館に響いていた。
————————
そんな壮行会も無事終了し、今は5時限目の体育の時間だ。
1学年につき6クラスもあるキタ高では、3クラス合同で体育が行われる。
そして今日は多くの運動部が待ち侘びた”50mタイム走”が行われるので、男子達はいつになくテンションが上がっていた。
しかし文化部に交じって1人浮かない顔をしている”珍しい運動部員”もいた。
「マジでダルい。ダルすぎる」
そうブツブツと呟いているのは紛れもない早馬結城だ。
もちろん中学時代であれば、50m走で
1番になる事は息をするより簡単だった。
だが今は全く状況が違う。
そう、”陸上部のくせに大して速くない”と言われる事がイヤだったのだ。
もちろん自意識過剰ではあるのだが、気付けばそんな被害妄想が結城の頭の中には広がっていた。
それに比べて別のクラスの翔は、体操服を肩までまくり”絶対1番になる!”と息巻いている。
【よーーい……ドン!!】
そして翔は言葉に恥じぬ6秒14の好タイムを叩き出し、もちろんこれは3クラスの中でダントツで最速だった。
ちなみに2番手は野球部の坂本という男で”6秒35”と、これまた好タイムだった。
そして結城はと言うと……。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息の上がる彼に告げられたタイムは7秒05だ。
以前※部活中に計った時よりコンマ2秒早くなってはいたが、もちろん周りの視線が翔から離れる程のタイムではなかった。
◇
そんなチヤホヤされている翔をよそに、結城は”まあこんなもんか”と自分を納得させながら立ち尽くしていた。
すると、ある生徒が突然結城に話しかける。
「やっぱ陸部は早いなー。郡山凄いよホント」
その男は、先ほど翔に次ぐタイムを記録した坂本真義だった。
実は結城と坂本は同じクラスなのだが、入学してからここまで、ほとんど話した事はなかった。
ましてやこのように2人きりで話すのは初めての事である。
「でも早馬君もやっぱフォーム綺麗だね。さすがだよ」
そう言って坂本は腕を組み直す。
だが結城の方はというと、突然話しかけられた事の方に驚いていた。
最初は”タイムが遅い”とバカにでもされるのかと身構えたのだが、どうやら坂本は本当に普通の会話がしたい様子だったからである。
そして結城は、驚いている事を悟られぬよう平然と答えた。
「フォーム良くても、あんなタイムじゃ意味ないって、ハハ」
「そうかな?でもまぁ、中学の君と比べたら仕方ないかもね」
「…………!」
とうとう結城は、驚きを隠す事を出来なくなっていた。
陸上部ではない人間が自分の中学時代を知っていたのだ、無理はない。
「坂本君って……同じ中学だっけ?」
そんな結城の質問に対し、坂本は一瞬疑問の表情を浮かべる。
だがスグにハッとし、何かに気付いたようだ。
「ああ、ゴメン!中学は違うけど、実は俺中学の時は陸上部だったんだよ。俺も短距離やってたからさ、早馬君の事は親父が買ってくる雑誌とかに載ってたし、良く知ってたんだよ」
「なるほど、そういう事ね。ビックリした~」
納得のいく理由が聞けた結城は、少しだけ安堵の表情を浮かべる。
だがこの安堵の正体は、結城自身にも詳しくは分からない。
ただこの出来事が入学直後であれば、きっと坂本とは距離を置いていたという事だけは分かっていた。
「親父さん、陸上好きなの?陸上の雑誌買ってくるって、相当だよね」
とりあえず結城は、会話が途切れないように坂本へ質問を投げかけた。
だが今度は、何故か坂本の様子が変わり始める。
「好き、だとは思う。昔から陸上やってたし」
「へー、そうなんだ。種目は?」
「……100m」
”坂本”という苗字と”100m走"。
この掛け合わせで脳内に浮かぶのは、”坂本真司”という数年前の100m日本記録保持者の名前だ。
ベストタイム10.00という当時のアジア記録を残した超人は、結城の年齢でもギリギリ知っているトップスプリンターである。
「まさか元日本記録保持者の坂本真司だったりして、ハハハ!」
すると結城は完全な冗談のつもりで、坂本の方を見て言っていた。
だが坂本は、その言葉に何も返さない。
ただただ”この話をしなければかった”という後悔が滲み出る表情で地面を見つめている。
そして結城は一言だけ呟いた。
「……え、マジで?」
————————
※壮行会・・・試合に臨む人たちを激励する為の会
※以前・・・「第12走 想像以上」参照
今日の3、4時限目は、インハイ予選に向けての壮行会※が体育館で行われた。
陸上部に限らず各運動部が体育館に集結した景色は中々に壮観だ。
ちなみに過去に壮行会を経験している2・3年生にとっては、各部活の主将が壇上の上で話し、最後には校長の長い話を聞くだけの退屈な時間だ。
だが新1年生にとっては、色んな部活のユニフォームが一度に見れる、中々に珍しい時間ではあった。
ちなみに陸上部のユニフォームはかなりの薄着になってしまうので、部員は上下陸上部専用のジャージを着ている。
そして1年生はまだジャージが届いていないので、各々の練習着を着て参加するという統一感のない形式だ。
だがコレもある意味で伝統にはなっている。
「みなさんの活躍を心から期待していますよ!」
校長の激励が体育館に響いていた。
————————
そんな壮行会も無事終了し、今は5時限目の体育の時間だ。
1学年につき6クラスもあるキタ高では、3クラス合同で体育が行われる。
そして今日は多くの運動部が待ち侘びた”50mタイム走”が行われるので、男子達はいつになくテンションが上がっていた。
しかし文化部に交じって1人浮かない顔をしている”珍しい運動部員”もいた。
「マジでダルい。ダルすぎる」
そうブツブツと呟いているのは紛れもない早馬結城だ。
もちろん中学時代であれば、50m走で
1番になる事は息をするより簡単だった。
だが今は全く状況が違う。
そう、”陸上部のくせに大して速くない”と言われる事がイヤだったのだ。
もちろん自意識過剰ではあるのだが、気付けばそんな被害妄想が結城の頭の中には広がっていた。
それに比べて別のクラスの翔は、体操服を肩までまくり”絶対1番になる!”と息巻いている。
【よーーい……ドン!!】
そして翔は言葉に恥じぬ6秒14の好タイムを叩き出し、もちろんこれは3クラスの中でダントツで最速だった。
ちなみに2番手は野球部の坂本という男で”6秒35”と、これまた好タイムだった。
そして結城はと言うと……。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息の上がる彼に告げられたタイムは7秒05だ。
以前※部活中に計った時よりコンマ2秒早くなってはいたが、もちろん周りの視線が翔から離れる程のタイムではなかった。
◇
そんなチヤホヤされている翔をよそに、結城は”まあこんなもんか”と自分を納得させながら立ち尽くしていた。
すると、ある生徒が突然結城に話しかける。
「やっぱ陸部は早いなー。郡山凄いよホント」
その男は、先ほど翔に次ぐタイムを記録した坂本真義だった。
実は結城と坂本は同じクラスなのだが、入学してからここまで、ほとんど話した事はなかった。
ましてやこのように2人きりで話すのは初めての事である。
「でも早馬君もやっぱフォーム綺麗だね。さすがだよ」
そう言って坂本は腕を組み直す。
だが結城の方はというと、突然話しかけられた事の方に驚いていた。
最初は”タイムが遅い”とバカにでもされるのかと身構えたのだが、どうやら坂本は本当に普通の会話がしたい様子だったからである。
そして結城は、驚いている事を悟られぬよう平然と答えた。
「フォーム良くても、あんなタイムじゃ意味ないって、ハハ」
「そうかな?でもまぁ、中学の君と比べたら仕方ないかもね」
「…………!」
とうとう結城は、驚きを隠す事を出来なくなっていた。
陸上部ではない人間が自分の中学時代を知っていたのだ、無理はない。
「坂本君って……同じ中学だっけ?」
そんな結城の質問に対し、坂本は一瞬疑問の表情を浮かべる。
だがスグにハッとし、何かに気付いたようだ。
「ああ、ゴメン!中学は違うけど、実は俺中学の時は陸上部だったんだよ。俺も短距離やってたからさ、早馬君の事は親父が買ってくる雑誌とかに載ってたし、良く知ってたんだよ」
「なるほど、そういう事ね。ビックリした~」
納得のいく理由が聞けた結城は、少しだけ安堵の表情を浮かべる。
だがこの安堵の正体は、結城自身にも詳しくは分からない。
ただこの出来事が入学直後であれば、きっと坂本とは距離を置いていたという事だけは分かっていた。
「親父さん、陸上好きなの?陸上の雑誌買ってくるって、相当だよね」
とりあえず結城は、会話が途切れないように坂本へ質問を投げかけた。
だが今度は、何故か坂本の様子が変わり始める。
「好き、だとは思う。昔から陸上やってたし」
「へー、そうなんだ。種目は?」
「……100m」
”坂本”という苗字と”100m走"。
この掛け合わせで脳内に浮かぶのは、”坂本真司”という数年前の100m日本記録保持者の名前だ。
ベストタイム10.00という当時のアジア記録を残した超人は、結城の年齢でもギリギリ知っているトップスプリンターである。
「まさか元日本記録保持者の坂本真司だったりして、ハハハ!」
すると結城は完全な冗談のつもりで、坂本の方を見て言っていた。
だが坂本は、その言葉に何も返さない。
ただただ”この話をしなければかった”という後悔が滲み出る表情で地面を見つめている。
そして結城は一言だけ呟いた。
「……え、マジで?」
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※壮行会・・・試合に臨む人たちを激励する為の会
※以前・・・「第12走 想像以上」参照
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