Sprint・High！（スプリント・ハイ！）

北城市地区予選 準備編

第42走 ムードメーカー

　市予選まで残り2日。

◇

　結城は3年生で4×100m（4継）のエース、山口渚やまぐちなぎさに”ある誘い”を受けていた。
　それは”学校終わりに緑山記念陸上競技場に行く事”である。

　緑山記念といえば、前回の北城市記録会が行われた競技場でもあり、兵庫県のインハイ市予選・県予選も行われる場所だ。

　そもそもなぜ緑山記念に行くのか？
　理由としては、渚が”新しいスパイクを試合前にもう一度確認したい”という事だった。

　渚は北城市記録会直前に新しいスパイクを購入し、記録会で早速履いていた。
　だが足に馴染んだ感覚がまだ薄かったようで、最終確認としてもう1度オールウェザートラックで走りたかったようなのだ。
　なので練習が最も早く終わる今日に合わせ、緑山記念に行く計画を立てていた。

　もちろん最初は渚も、親友の佐々木隼人を誘う予定だった。
　だがどうやら1年の早馬結城が北城市記録会の翌日に”新しいスパイクを買った”というウワサを聞いた渚は、結局結城を誘っていたのだ。

「早馬、スパイク買ったんだろ？まだ走った事ないなら、一緒に行くか？」

「え、いいんすか？行きます行きます！」

　事実、結城自身も公式戦でいきなり新しいスパイクを履く事は、今までの人生では無かった。
　なので不安は感じていた所でやって来た誘いだったので、2つ返事で承諾していたのだ。

　これまで渚と話した時間は限りなく少なかったが、不安を抱えて試合に臨むよりはマシとも思えた末の行動だったようだ。

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　緑山記念までは電車で45分程かかる。

　渚という男は一見恐そうに見られがちだが、中身はとても明るく、頭のキレも良い。
　それこそ部内では、ムードメーカーの役割を果たしていると言っても過言では無かった。
　バカな事もよく言っているが、勉強は毎回学年トップ20に入るほどに優秀であり、特に数学が得意科目である。

　そんな渚と共に結城は、緑山記念に着くまでずっと会話をしていた。
　渚はスマホゲームをしながらではあったが、その間にも会話が途切れる事はなかったのだ。

　結城も渚には”スグ心を開きたくなるような何か”を感じていたので、終始楽しい時間ではあった。
　同じ3年の隼人も優しいが、どこか”完璧すぎるが故に話しかけづらい一面”も1年生からすれば感じる。
　渚自身も、その隼人に対して思う所はあるようで……

「隼人は真面目過ぎるからな、勉強もクソ出来るし。けどメンタルは弱いし、機嫌悪いとスグ無口になる。だから俺らの代はある意味隼人を支えながら強くなってきた世代なんだよ。まあ、そのおかげで団結力は付いたけどな。
　けど、あいつがいなかったら今の俺ら、いや今の陸上部は無かったかもしれない。あいつには感謝してもしきれないんだよ、今の3年と2年は」

　と、渚はスマホの画面から目を離す事なく言っていた。
　結城も”一体過去に何があったのか”と気にはなったが、そこで深く聞く事は出来なかった。

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　こうして色々な話をしている内に緑山記念に着いた2人は、1階にある自販機で”2時間500円”の入場券を買い、受付の女性に手渡した。
　緑山記念は、大型イベント以外の時は有料で一般開放されているのだ。

　トラックに入っていくと、照明に照らされた数人の人影が見える。
　100ｍのスタート地点に大学生が2人と、第1コーナー辺りに高校生の4人組が居るようだ。

「あれ高校生ですかね」

　結城は渚に問いかける。
　渚も”そう見えるな”と言いながら、荷物をトラック横にある通路に置き、アップの準備を始めていた。
　とりあえず学校の練習で体は温まっているので、軽くトラックを2周だけする事にした。

【タッタッタ……】

　2人はジョグ※で高校生らしき4人組に近付いて行く。
　先ほどは暗くてよく見えなかったが、ハッキリと顔も見える距離まで来ていた。

　そこで見えたのは、4人の脱ぎ捨てていたジャージに書かれた”二木山ふたきやま高校”という文字。
　するとその文字を見た渚の表情が変わった事に結城は気付く。

「……二木山？って強いんですか？」

　結城は4人には聞こえないように、小さな声で問いかける。
　すると渚は走りながら答えた。

「二木山は……リレーの強豪校だ。リレー、特に4継だけは毎年県の3位以内には入るぐらいのな」

　キタ高の4継アンカーであり、4継にただならぬ情熱を持つ渚の目は静かに燃え始めていた。


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※4継・・・・4×100mリレーの略称
※ジョグ・・・ジョギング