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北城市地区予選 1年生編
第53走 形状記憶関係
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100mの招集は第1組から第6組、そして第7組から第12組と、前・後半に分かれている。
キタ高でいうと、翔は前半、結城と隼人は後半の招集だ。
翔は一足先に”ほな”と言い残し招集場所へと向かい、約15分前にサブトラックを出ていった。
しばらくすると結城達も時間が近づいてきたので、サブトラックから出発するのだった。
隼人と翔は緊張を感じさせない様子だったが、結城はハッキリと緊張を感じ始めている。
次第に表情も固くなり、手も冷たくなっているのがその証拠だ。
————————
そんな招集はメインスタンドの真下にある雨天練習場で行われる。
雨天練習場はその名の通り、雨天時でも練習できるよう、室内にメイントラックと同じタータンゴムが敷き詰められている場所である。
だが学生の大会などでは、ほぼ招集を行う場所としてしか使われない。
そして決められた時間内に招集場所に来なかった選手は、問答無用で失格となるのが全ての陸上大会のルールなのだ。
「ちょっと忘れ物したから、先雨天行っといてくれるか?」
すると招集時間にまだ余裕のあった隼人は、一旦メインスタンドの陣地に戻ると結城に伝えていた。
なので結城は言われた通り1人で雨天練習場へと向かう。
彼にとっての緑山記念は、中学時代には何度も走った競技場だ。
なので久しぶりに通路を通っている時は少し懐かしさも感じていた。
(この匂い、通路、色々と思い出すな……なつかし)
結城はそんな通路を抜け、雨天練習場の真横にある更衣室に入った。
ここではジャージの下をユニフォームへと着替え、召集確認の際にすぐユニフォームのチェックを受けられるように準備するのだ。
だが既に更衣室の中は男子100mの選手で一杯になっていた。
1次予選前は1番人が多いので仕方無いのだが、これが2次予選になってくると一気に人数は絞られていく。
とりあえず結城は、更衣室の端っこにある木のベンチに一人分のスペースを見つけ、そこにサッとカバンを置いた。
そしてカバンの中からキタ高の白いユニフォームを取り出し、今着ているジャージを手際よく脱ごうとした。
—————だがその時だった。
「…………早馬?」
隣に座っていた選手が、突然結城の苗字を口にしたのだ。
そしてそれは、結城にとって何度も聞いたことのある声だった。
高校に入ってから、いや、それよりもっと前に聞いていた声だ。
「今江?」
今江 薫。
それは結城の中学時代の同級生であり、最も話す機会が多かった友人でもある。
だが今の2人の間には、言語化するにはあまりにも複雑な空気が漂っていた。
すると無理をしながらも、今江と呼ばれた男が結城に語りかける。
「も、戻ったんだな。安心した」
「あぁ、一応な……」
実を言うとこの2人、結城が中学2年生の夏に陸上部を辞めて以降、まともに話した事が無かった。
だが結城の頭に残り続ける”高校でも陸上しろよ!”※という言葉は、卒業式の際に今江が結城に贈った言葉でもある。
それだけ結城にとって印象に残る人物でもあったのだ。
だがそんな今江は、少し申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。
「中学の時は、力になれなくてごめんな。俺がもっと飯島※に強く言えるだけの勇気があったら……。それに辞めた後も気の利いた事言えなくて、悪かった」
結城が何も言わずとも、今江は突然”謝罪の言葉”を並べていた。
おそらく元顧問の飯島に対する無力さと、結城に対する罪悪感がずっと今江を苦しめていたのだろう。
結城も、今江がそれぐらい優しく責任感の強い人間だという事は知っていた。
だからこそ久しぶりの再会にも関わらず、いきなり謝罪から入ったのだともスグに悟っていた。
「気にしてねーよ。少なくともお前の事を恨んだりしてないし。あれは、俺が飯島に何も言わなかったのがダメだったんだよ。だから気にすんなって。今は楽しくやれてるし」
「そっか……それは良かったよ、うん……」
今江は地面を見つめたまま、小刻みにうなずいている。
それ以上言葉を交わさずとも、2人の気持ちは充分に通じ合ったのだ。
そして結城は再びジャージに手をかけ、ユニフォームへと着替え始める。
その顔は少しスッキリとしているように見えた。
————————
「そういやさ、早馬と同じ組にウチの2年の先輩がいるんだよ。たしか隣のレーン。一応10秒台のエースだから、いい勝負できると思うよ」
今江はリュックを肩にかけながら言っていた。
「いやいや、俺陸上再開したばっかりだから遅いぞ?まだリハビリみたいなもんだから」
苦笑いで結城も答えている。
「そりゃそうか!てことは、今なら俺も早馬に勝てるかも!」
「それはないな~、絶対」
気付けばお互いが笑顔で話していた。
男は昔の関係性にスグ戻れる生き物なのだ。
少し話せば気まずさなどは消え去り、中学時代からの友人同士へと戻っていたようだ。
すると同じ時、用を終えた隼人が更衣室に入ってきた。
最初は結城を見つけたのでそこに行こうとしたが、恐らく同級生であろう選手と楽しそうに話しているのが見えたようだ。
(あれは……邪魔しない方がよさそうだな)
入ってきた時は”結城の緊張をほぐそう”と思っていた隼人だった。
だが結城の表情を見て”大丈夫”と感じとり、別の知り合いがいる所へ行くのだった。
————————
※高校でも陸上しろよ・・・「第一走」冒頭参照
キタ高でいうと、翔は前半、結城と隼人は後半の招集だ。
翔は一足先に”ほな”と言い残し招集場所へと向かい、約15分前にサブトラックを出ていった。
しばらくすると結城達も時間が近づいてきたので、サブトラックから出発するのだった。
隼人と翔は緊張を感じさせない様子だったが、結城はハッキリと緊張を感じ始めている。
次第に表情も固くなり、手も冷たくなっているのがその証拠だ。
————————
そんな招集はメインスタンドの真下にある雨天練習場で行われる。
雨天練習場はその名の通り、雨天時でも練習できるよう、室内にメイントラックと同じタータンゴムが敷き詰められている場所である。
だが学生の大会などでは、ほぼ招集を行う場所としてしか使われない。
そして決められた時間内に招集場所に来なかった選手は、問答無用で失格となるのが全ての陸上大会のルールなのだ。
「ちょっと忘れ物したから、先雨天行っといてくれるか?」
すると招集時間にまだ余裕のあった隼人は、一旦メインスタンドの陣地に戻ると結城に伝えていた。
なので結城は言われた通り1人で雨天練習場へと向かう。
彼にとっての緑山記念は、中学時代には何度も走った競技場だ。
なので久しぶりに通路を通っている時は少し懐かしさも感じていた。
(この匂い、通路、色々と思い出すな……なつかし)
結城はそんな通路を抜け、雨天練習場の真横にある更衣室に入った。
ここではジャージの下をユニフォームへと着替え、召集確認の際にすぐユニフォームのチェックを受けられるように準備するのだ。
だが既に更衣室の中は男子100mの選手で一杯になっていた。
1次予選前は1番人が多いので仕方無いのだが、これが2次予選になってくると一気に人数は絞られていく。
とりあえず結城は、更衣室の端っこにある木のベンチに一人分のスペースを見つけ、そこにサッとカバンを置いた。
そしてカバンの中からキタ高の白いユニフォームを取り出し、今着ているジャージを手際よく脱ごうとした。
—————だがその時だった。
「…………早馬?」
隣に座っていた選手が、突然結城の苗字を口にしたのだ。
そしてそれは、結城にとって何度も聞いたことのある声だった。
高校に入ってから、いや、それよりもっと前に聞いていた声だ。
「今江?」
今江 薫。
それは結城の中学時代の同級生であり、最も話す機会が多かった友人でもある。
だが今の2人の間には、言語化するにはあまりにも複雑な空気が漂っていた。
すると無理をしながらも、今江と呼ばれた男が結城に語りかける。
「も、戻ったんだな。安心した」
「あぁ、一応な……」
実を言うとこの2人、結城が中学2年生の夏に陸上部を辞めて以降、まともに話した事が無かった。
だが結城の頭に残り続ける”高校でも陸上しろよ!”※という言葉は、卒業式の際に今江が結城に贈った言葉でもある。
それだけ結城にとって印象に残る人物でもあったのだ。
だがそんな今江は、少し申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。
「中学の時は、力になれなくてごめんな。俺がもっと飯島※に強く言えるだけの勇気があったら……。それに辞めた後も気の利いた事言えなくて、悪かった」
結城が何も言わずとも、今江は突然”謝罪の言葉”を並べていた。
おそらく元顧問の飯島に対する無力さと、結城に対する罪悪感がずっと今江を苦しめていたのだろう。
結城も、今江がそれぐらい優しく責任感の強い人間だという事は知っていた。
だからこそ久しぶりの再会にも関わらず、いきなり謝罪から入ったのだともスグに悟っていた。
「気にしてねーよ。少なくともお前の事を恨んだりしてないし。あれは、俺が飯島に何も言わなかったのがダメだったんだよ。だから気にすんなって。今は楽しくやれてるし」
「そっか……それは良かったよ、うん……」
今江は地面を見つめたまま、小刻みにうなずいている。
それ以上言葉を交わさずとも、2人の気持ちは充分に通じ合ったのだ。
そして結城は再びジャージに手をかけ、ユニフォームへと着替え始める。
その顔は少しスッキリとしているように見えた。
————————
「そういやさ、早馬と同じ組にウチの2年の先輩がいるんだよ。たしか隣のレーン。一応10秒台のエースだから、いい勝負できると思うよ」
今江はリュックを肩にかけながら言っていた。
「いやいや、俺陸上再開したばっかりだから遅いぞ?まだリハビリみたいなもんだから」
苦笑いで結城も答えている。
「そりゃそうか!てことは、今なら俺も早馬に勝てるかも!」
「それはないな~、絶対」
気付けばお互いが笑顔で話していた。
男は昔の関係性にスグ戻れる生き物なのだ。
少し話せば気まずさなどは消え去り、中学時代からの友人同士へと戻っていたようだ。
すると同じ時、用を終えた隼人が更衣室に入ってきた。
最初は結城を見つけたのでそこに行こうとしたが、恐らく同級生であろう選手と楽しそうに話しているのが見えたようだ。
(あれは……邪魔しない方がよさそうだな)
入ってきた時は”結城の緊張をほぐそう”と思っていた隼人だった。
だが結城の表情を見て”大丈夫”と感じとり、別の知り合いがいる所へ行くのだった。
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※高校でも陸上しろよ・・・「第一走」冒頭参照
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