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北城市地区予選 1年生編

第62走 安定感

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 隼人は胸に手を当て、静かに目をつぶった。



 スタンドに居る渚も”フライングだけはするな”と心の中で念じている。
 隼人のメンタルが周りのイメージ程強くない事を知っている渚は、それだけが心配だったのだ。
 言い方を変えれば”スタートさえ切れれば必ず勝つ”という信頼の表れでもある。

 だが渚と同様に、スタンドから熱い視線で隼人を見つめる男がもう1人いた。
 その男は短髪のツーブロックで、髪色は金色に輝いている。

 そしてスタンド中段の通路に立ちながら、彼はボソッと呟いた。

「隼人さん……!」

 男は手すりを強く強く握っている。

————————

 トラックでは【On Your Marks】の声と共に隼人が目を開き、スタブロへ脚をセットし始めた。
 同じ11組には、二木山高校の4継アンカー・今田もいる。

【Set】

 そして一瞬の静寂を置き、ピストルの号砲で第11組が……

【パァアアン!!】

 スタートした!

 幸い渚の不安は当たらず、隼人はフライングをしなかった。
 だがそれと引き換えに少しスタートの反応は遅れていた。
 その証拠に、10m地点では既に先頭から30㎝ほど差をつけられていたのだ。

 だが隼人は冷静だった。

 いつものキレイなフォームを崩す事無く、一気にグンッと加速していく。
 30mでは先頭にならび、50m地点では完全に先頭に立った。

 さらにそこからスピードを落とすことなく、美しく安定したフォームでタータンを駆け抜けていく。
 結果的には、2着に3mほどの差をつけてフィニッシュしているのだった。

 最初のスタートミスに焦る事なく、しっかりと自分の走りを貫いた隼人の完全勝利だ。

 そして10.83(+1.0)の好タイムがタイマーに表示される。
 今日の大会の中では、タケ二の竹安が記録した10.77(+0.8)に次ぐ2番目の好記録だ。
 このタイムなら、県予選どころか近畿予選でも良い勝負ができる。

 そのタイムを見て渚は少し胸をなでおろし、金髪の男も少しだけ口角を上げるのだった。

————————

「「いやいや……市予選の1次で10秒台とか、早すぎだろキャプテン!?」」

 結城達は口を揃えて叫んでいた。
 走り終えた隼人も、余裕の表情を浮かべながらスタンド下へと歩いて来る。

「キャプテンお疲れさんでした!」

「おぉ!お前ら、そんな所居たのか」

「はい、こっから見てました」

「いや~、スタートミスった!慎重になりすぎた」

 隼人は苦笑いを浮かべながら反省を口にする。
 だがさすがは3年生、スグに切り替えていた。

「ま、さっさと着替えて2次に備えよう。ミスは修正すればいいだけの話だ」

「ホンマっすね。早馬も進むかもしれへんしな」

「いや~、俺は無いだろ。1着とメッチャ差あったかんな?」

 結城達3人は、そんな会話をかわしながらスタート地点へと戻り始める。
 そして康太は補助員なので、その場で3人を見送るのだった。

————————

「女子の100mはスタンドで見たいな。急いでサブトラックでジョグだけしようか」

「「はい!」」

 レース直後の隼人は、2人をサブトラックへ誘っていた。
 そして言葉通り、3人は着替えたままの流れでサブへ向かい、軽いジョグだけをして体のケアを行ったのだ。

 既に100mの2次予選がスタートするまで2時間を切っていたので、身体のスイッチを切らない程度のダウンが大切となる。
 なので程々に血流を良くして、疲労物質をためないように出来る”軽いジョグ”が最も効果的と隼人は考えているのだ。

 そしてそんなダウンを終えた3人は競技場にサッサと戻り、メインスタンドへと脚を運ぶ。
 するとトラックでは既に、女子100mの第1組がスタートした直後だった。

「ギリギリ間に合ったか」

 トラックの様子を見た隼人が呟く。
 だがそれと同時に、自分達の立つスタンド中央の通路に、同じく立ったままトラックを見つめる一二三がいる事にも気付いた。

「……あれ、一二三さん?ここで見てたんですね」

「おっ佐々木君じゃん!ていうかキタ高100m代表、勢ぞろいかよ!」

 一二三は相変わらずの明るいテンションだ。

「とりあえず、ここ邪魔になるからイス座ろっか」



 後ろの空いている席に座った4人は、気付けば100m感想会を始めていた。

「にしても佐々木(隼人)君は安定してたね!スタート遅れてたけど、よく焦らず巻き返したよ」

「ありがとうごさます!でもちょっと慎重になりすぎました」

「でも後半しっかり伸びるから、2次も同じように走ればいいよ!大丈夫大丈夫!」

「はい!自信になります!」

「あと~、こ、こた、こや、、、ゴメン!名前何だっけ?」

郡山こおりやまっすよ!」

「あ~ゴメンゴメン!郡山君だったアハハハ!えっとね~、郡山君はアップでも感じたけど力みすぎ!隣と接戦になってリキむのは分かるけど、あんな鬼みたいな顔で走らなくても!」

「そんな顔……してませんって!」

「してたって!ラスト10mぐらいはアゴ上がりまくりだし。ああいう時こそ佐々木君みたいに自分の一番キレイなフォームで走れるようにならんと!そしたらコンスタントに10秒台を出せるようになる!」

「まぁ……肝に銘じときます」

 そして最後に一二三は、結城の”不気味な走り”にも言及した。

「そんで早馬君は……何というか、意味不明なレースだったわね。あんなレース展開見たことないって話よ」

 そう言って一二三は顔をしかめた。
 隣で聞いていた翔も深くうなずいている。

 ちなみに隼人は真後ろからレースを見ていたので、どのような展開だったのかはイマイチ分かってはいない。

「……まぁ、レース中に色々あったんすよ。色々すぎて今は話せないっすけど」

「何それ!?気になる!」

 一二三は今日一番の声量で驚きを示した。
 もちろん”何が起こった”のかスグに聞きたかったのだが、ここは一二三も大人だ。
 無理に聞き出そうとはしなかった。

「じゃあ……今度時間ある時にでも聞かせてよ!まだ2次予選もあるんだし、時間は有効活用しないと!」

「いやいや、さすがに2次は進めないっすよ。俺の組、1着以外はそんな早く無かったみたいだし」

「確定するまでは、まだ分からないわよ!?それが選手権。もしかしたら他の組で失格者※もいるかもしれないしさ!」

 そして最後に一二三が言い残す。

「早馬君もまだ可能性はあるんだし、こんなオバさんと話してるヒマないわよ!3人とも気を抜かず、2次でもカマしてやりなさい!!」

「そうっすね」「そうですね!」「せやな!」

 そう言って3人は同時に返事をする。
 そして座席からサッと立ち上がり、一二三へ軽く頭を下げてからキタ高の陣地へと戻っていくのだった。

 何かに引っかかる一二三を残して……。


「うーーん……1人ぐらい”オバさんじゃないですよ!”って言ってくれても良かったのになぁ~……。肌のケア、変えるか……」

 一二三は右の頬に手を当てながら、少しだけ落ち込んでいるのだった。。。


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※失格者・・・フライング以外にも、レース中にレーン(走路)を大きくはみ出たと判断された場合や、手を当てて他の選手の妨害を行ったと判断された場合などは失格となる。ただしケースとしては稀。
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