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北城市地区予選 1年生編

第63走 意外な交友関係

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 2年マネージャーの高橋沙織たかはしさおりは、早朝に吉田先生が車で持ってきたウォータージャグの中身に水を入れながら、100m1次予選を終えた男子3人に声をかけていた。

「お疲れ様っす佐々木先輩。かえでさんが撮った100mの動画、個人LINEに送っときましたんで」

「おお、ありがとう。で、その楓はどこ行ったの?」

「コンビニに氷買いに行ってますね」

「そっか、ありがとう!そういや早馬と郡山のレースは撮ったのかな?」

「あー、そういや楓さん全員撮ってましたね。2人も動画欲しい?」

 すると沙織はダルそうにしながら、隼人の後ろにいる2人に視線をやった。
 そして2人も元気に答える。

「欲しいです」
「もちろん俺も!」

「そ。ならグループから友達登録して送っとくわ」

「「ありがとうございます!」」

 2人は口を揃えてお礼を言う。
 それに対し沙織は、”おーす”とだけ返事をしていた。

 このように、いつも気だるそうにしている沙織だが、実は部員の誰にも言っていない秘密を隠している。
 だがそれが明らかになるのは、また先の話だ。

————————

「じゃあ最前席に行くか」

 隼人はスタンドの最前席に結城と翔を誘っていた。
 現在スタンド上段の陣地に居るのは、荷物番をしているマネージャー3人と隼人達3人のみだ。
 ここに楓が帰ってくれば、マネージャーは4人となる。

 では他の部員達はどこにいるのかというと、陣地から見て真下にあるスタンド最前列に座り、キタ高の選手たちを応援しているのだ。
 現在行われている女子100mでも、2組後には木本由佳が走る。

「急げ急げ!」

 その場所に向かう為に結城と翔は、隼人の背中に付いていっていた。
 大きな競技場なので、長い階段の上り下りにも体力を使う、お年寄りにはかなり厳しい設計だ。

 すると3人はスタンド中間の通路に差し掛かった、その時だった。

「隼人さん!!」

 男の声が突然響く。
 3人が声の聞こえた方を見ると、そこには160㎝後半ほどの金髪の男が立っていた。
 服装はスキニージーンズにピチピチの白いTシャツを着ている。

 その姿はまさに……

(ヤ、ヤンキーだ……!)

 結城はスグに直感でそう感じていた。
 だが”そんな男と隼人が知り合いなのか?”という疑問で、頭の中はスグに塗り替えられる。

 だがそんな事など知らず、金髪の男は続けた。

「お久しぶりっす隼人さん!」

 そう言って男は、見た目に反してキチっと頭を下げた。
 すると隼人も、彼に対して親しげに言葉をかける。

「えぇ!?リューじゃん!久しぶり!!」

 そして隼人は”リュー”と呼んだ金髪男に近づき、そのまま頭をクシャっと雑に握った。

「ちょ!キレイにセットしたんすから、やめてくださいよ!」

「金髪にしやがってコノヤロー!随分楽しそうじゃないか!」

「んな事無いですって!」

 どうやら2人はかなり親密な関係のようだ。
 だが普段の真面目な隼人からは想像もできない交友関係に、結城と翔はかなり驚いている様子である。
 しかしそんな2人には気付く事なく、隼人は続けた。

「でも何で来たんだ?日程調べたのか?」

「いや、よっちゃんが電話くれて。今日見に来たら?って誘われたんすよ」

「吉田先生、ちゃんと覚えててくれたんだな……。よかったな!」

「はいっ!」

 この会話を聞いていた結城は、さらなる衝撃に襲われる。

(今このヤンキー、吉田先生を”よっちゃん”て呼んだのか!?)

 この事実によって、結城の脳内はさらにパニックに陥る。
 するとこの状況に耐えきれなくなったのか、とうとう結城の方から質問をしていた。

「キャ、キャプテン……。この人は?」

 結城は恐る恐る問いかける。
 発言を間違えればヤンキーに怒られそうと、勝手に思い込んでいたのだ。

 すると以外にも金髪男の方から、結城と翔に対して語りかけた。

「おお、さっき走ってた2人やんか!?1年生なんやろ?中々やるじゃん!」

「え?あ、はぁ、ありがとうございます……?」

 するとここで、ようやく1年生の困った表情に気付いた隼人が、金髪男の紹介を始めた。

「あぁ、ゴメンゴメン!コイツは2年の大空龍おおぞらりゅう。一応ウチの陸上部なんだよ。色々あって今は休部中……というか停学中なんだけど……。で、でも凄く良い奴だから!ホントに!」

「い、良い奴が停学……」

 結城は言葉に詰まる。”停学中の金髪男”になんて絶対に関わらない方が良い。
 本能がそう言っているのだ。

 しかし信頼している隼人が”良い奴”と言ってしまった事で、結城達の脳内はさらに混乱している。
 だが金髪男からすれば、そんな事など関係ない。

「学校で会うのはもうちょっと先や思うけど、その時はよろしくな1年ども!」

 そう言うと大空龍は、2人に満面の笑みを見せているのだった。

————————

 龍を含めた4人は、最前席に座る仲間の所へと降りていった。
 ほとんどが補助員やウォーミングアップに出ているので、人数自体は少ない。

「よし到着。女子はどんな感じ?」

 隼人は座って早々、親友のなぎさに話しかけていた。

「おぉ、お疲れさん。風は男子の時よりは良くないから、今んとこ良いタイムは出て……はぁ!?リューじゃん!!?なんで居んの!?」

 ここでリューの存在に気付いた渚は、目を大きく見開いて驚いていた。
 その声を聞いた周りの2、3年も、何事かと驚きながら振り向く。

「お、お久しぶりっす渚さん……」

「いやマジで!元気してたか!てか何だよその髪!フ、フ……!フフ……ハハハハハハ!似合ってねぇな!!」

「ちょ、笑わんで下さいよ渚さん!!染めるのメッチャ時間かかったんすからね!?」

「いや、カッコいいって。気にすん……ブッ!!」

「待って、マジで恥ずかしなってきた。普通こんな笑われます?」

 するとそのやり取りを見た周りの2、3年も”リューの存在”に気付いたようだ。

「リュー大丈夫だって。似合ってる。悟空みたい」
「大丈夫だよ大空。遠くから見てもスグ見つけられるし便利じゃん」
「大空君、似合ってるよ……ふ、ふふ……雑魚キャラみたい……」

「みんな遠回しにイジりすぎでしょ!分かった、今日帰ったら黒に戻す!絶対に戻すからなっ!?」

 龍と2、3年の関係性の良さは、そのやり取りだけで1年生には伝わっていた。
 なにせ結城の龍に対する第一印象”ヤンキー”とは、似ても似つかないほどに楽しそうなのだ。

 結局その場にいた1年は、何も分からないまま席に座る事になっていた。

————————

 木本由佳の走る第4組がスタートの最終調整を終え、いよいよ横並びになった。

【On Your Marks】

 由佳も1年生ながら100mのメンバーに選ばれた、超実力派スプリンターである。
 既に先週の北城記録会のウワサも広まり始めていた。

【Set】

 そんな由佳の組には、昨年の兵庫県予選女子100m決勝で3位に入った中田涼菜なかたすずなもいる。
 ベストタイム的には、この2人の一騎討ちになると予想されていた。

【パァアアン!!!】

 そして予想通り、30m地点で既に2人だけが大きく抜け出していた!
 中田はさらに由佳を20cmほど離しトップに立っている。

 だがそこからフィニッシュまで由佳は中田に離される事なく付いた。
 付き続けていた。

 中田は全力ではなかったかもしれないが、昨年の県3位に離される事なく付いて行った由佳の走りは、メインスタンドで見ていた多くの選手達を驚かせた。

「凄いな木本!お前らの話題全部持っていかれるぞ!」

 渚は結城と翔に興奮気味に語りかけている。
 だが当の由佳本人は、レース後にしんどそうな様子も見せず、いつものポーカーフェイスでスパイクを脱いでいた。
 そのピンクに輝くスパイクは、太陽の光を強く反射している。

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