還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase

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第二章:新しい朝

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和子が健太の小さなマンションに荷物を移してから、半年が経った。六畳一間の部屋は、彼女のわずかな所持品で少しずつ息づいていた。窓辺には観葉植物が置かれ、冷蔵庫には二人分の食材が整然と並ぶ。還暦を過ぎての同棲生活——そんな言葉に、かつての和子なら驚きあきれただろう。今の彼女は、朝、健太の腕の中で目覚めることが、何よりの幸せだった。

頭の片隅には、いつか終わりが来るかもしれないという覚悟が、かすかに灯っていた。三十四歳の差。健太が四十代、五十代の脂の乗りきった時期に、彼女は七十代、八十代の老いの中にいる。いつか彼が同じ年頃の女性に心惹かれる日が来るかもしれない。その時は潔く身を引き、宮城の実家に戻ろう。そう決めていた。

だが、健太の態度は変わらなかった。朝、出勤前には必ず「行ってきます」と彼女の頬にキスをし、帰宅すれば「ただいま」と抱きしめた。仕事の疲れていても、彼は和子の話に耳を傾け、週末には二人でスーパーへ買い物に出かけ、彼が得意の韓国料理を作ってくれた。そんなささやかな日常の積み重ねが、和子の不安を少しずつ溶かしていった。

「今を楽しもう」  
和子は心に呟いた。過去に縛られず、未来を恐れず、ただこの瞬間の温もりを慈しもう。還暦を過ぎて掴んだこの恋は、期限付きの贈り物だと思えばいい。そう開き直ると、肩の力がふっと抜けた。

ある夜のことであった。営みを終え、ベッドで互いの体温を感じながらくつろいでいると、健太が静かに口を開いた。

「和子さん」

その声には、いつもとは違う真剣な響きがあった。

「ええ?」

「結婚してください」

一瞬、時間が止まったような気がした。和子の心臓が高鳴り、耳元で血液が流れる音が聞こえるようだった。プロポーズ——そんな言葉が、六十一歳の自分に投げかけられるとは。

「健太さん…」

「僕、本気です。ずっと考えてきました。和子さんと籍を入れて、家族になりたい」

「和子さん、一緒になろう」

彼の瞳は揺るぎない決意に満ちていた。暗がりの中でも、その真摯な眼差しはしっかりと和子を捉えている。

ときめきが胸の中を駆け巡った。少女のように頬が熱くなるのを感じた。同時に、現実的な思考が頭をもたげる。三十四歳の年齢差。健太が二十七歳、自分は六十一歳。もし自分が資産家なら、経済的な面で健太にもメリットがあると言えるかもしれない。対等な立場を築けるかもしれない。だが、彼女はごく普通の専業主婦だった。退職金とわずかな貯蓄、そして夫からの好意でいただいた慰謝料が少しばかりあるに過ぎない。

「でも…私、健太さんに何もあげられるものがない。むしろ、年を取っていくばかりで、これから先、健太さんの足手まといになるだけだと思うの」

「そんなことないよ」  
健太は和子の手を握り、そっと指を絡めた。  
「和子がいてくれるだけで、僕は幸せなんだ。年齢なんて関係ない。僕が愛しているのは、今ここにいる和子さんそのものだよ」

「でも…十年後、二十年後…」

「十年後も、僕は和子を愛していると思う。その時々の和子を、ずっと愛し続けられる自信がある」

彼の言葉は、迷いのない確信に満ちていた。和子の目から涙がこぼれ、枕を濡らした。長い人生で、これほどまでに自分そのものを受け入れられ、愛されていると感じたことはなかった。

「…うん」  
かすれた声で、和子は答えた。  
「私も…健太さんと家族になりたい」

次の週末、健太は実家の両親に和子を紹介した。田舎の静かな家で、初めて対面する健太の両親——和子は彼らより年上だった。緊張で足が震えるのを感じながら、和子は丁寧にお辞儀をした。

「お父さん、お母さん、こちらが和子さんです」

健太の紹介に、両親は一瞬目を見開いた。驚いたのは当然だろう。しかし、その表情はすぐに柔らかくなった。

「はじめまして」  
父親がゆっくりと口を開いた。  
「健太からは話を聞いていました。…ずいぶんお若く見えますね」

「和子さん、どうぞお上がりください」  
母親は温かい笑顔で招き入れた。

茶の間でお茶を飲みながら、和子は自分の経歴や、かつての結婚生活、そして健太との出会いを正直に話した。罪悪感と後ろめたさを隠さず、等身大の自分を見せた。

「…こんな私で申し訳ありません」

話し終えた時、和子は深々と頭を下げた。

しばしの沈黙が流れた。和子は覚悟を決めた。反対されるだろう。当然だ。

しかし、父親が口にした言葉は予想外だった。

「和子さん、うちの息子をよろしくお願いします」

「えっ?」

「健太がここまで真剣になるのは初めて見ました」  
母親が続けた。  
「この子、高校の時から恋愛には淡白でね。『好きになるなら、一生ものの人を』って言ってたんですよ」

健太が照れくさそうにうつむいた。

「年齢のことは確かに気になりました」  
父親は真剣な面持ちで言った。  
「でも、和子さんが健太を幸せにできるなら、それでいい。私たちは反対しません」

涙が溢れ止まらなかった。和子は何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返した。

式は挙げず、籍だけ入れることにした。二人にとって大切なのは、形ではなく中身だった。ただ、記念に写真だけは撮影した。白いブラウスに淡いスカートの和子、紺のスーツに身を包んだ健太。写真館で、カメラマンが「お二人、近づいてください」と言うと、健太は和子の肩をそっと抱き寄せた。フラッシュが光る瞬間、和子はこれまでの人生で最も幸せな笑顔を浮かべていた。

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