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第2話:掌握される食卓
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仕事が終わって帰宅した中村洋平(24)が、愛車を団地の駐車場へと走らせると、地方の古い団地特有の、数台分設けられた来客用スペースに、見慣れた翔吾の車が堂々と停まっていた。
本来は一時的な訪問者のための場所だ。だが、当初は「たまに寄る」程度だったはずの翔吾(21)は、今や仕事が終わると真っ直ぐこの団地へ向かい、週の半分以上をここで過ごしている。その駐車位置は、もはや彼がこの家に「定着」したことを無言で誇示しているようだった。
玄関を開けると、もはや聞き慣れてしまった声が響く。上がりかまちには、あの日と同じように端正に揃えられた翔吾のスニーカーがあった。
「あ、洋平、お帰りなさい。今、翔吾君が夕飯の仕上げをしてくれてるのよ」
リビングへ入ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
エプロンをつけた翔吾がキッチンに立ち、手際よくフライパンを振っている。母・美鈴(50)はその横で、まるでお手伝いをする子供のように楽しげに野菜を洗っていた。
「先輩、お疲れ様です。すぐできるんで、着替えてきちゃってください」
翔吾の言葉は丁寧だが、その立ち居振る舞いには、この家の台所を掌握している主(あるじ)の余裕があった。かつては美鈴が聖域として守っていたはずの場所を、彼は事もなげに領土にしている。
食卓につくと、さらに洋平の心はかき乱された。
「おい、美鈴。そっちの皿、もっとこっちに置けよ。あと、麦茶切れてるぞ」
「あ、ごめんなさい。今すぐ持ってくるわね」
翔吾のぶっきらぼうな物言いに、美鈴は嫌な顔一つせず、むしろ嬉々として立ち上がろうとする。すると翔吾は、当然のように美鈴の頭に手を置き、子供をあやすように優しく、けれど支配的にポンポンと叩いた。
「あー、いいよ。座ってろ。俺がやるから」
「……っ、もう。翔吾君ったら……」
50歳の母が、息子の親友だった21歳の若者に頭を撫でられ、頬を林檎のように赤く染めて身をよじらせる。その仕草は、洋平が今まで一度も見たことのない、甘えるような「女」の顔だった。洋平が知っている、息子たちのために背筋を伸ばしてきた凛とした母の姿はそこにはなく、ただ一人の男に心酔する無防備な女性がいた。
「……柳田君。母さんも仕事で疲れてるんだから、そんなに……」
洋平が堪り兼ねて口を出すと、美鈴がそれを手で制した。
「いいのよ、洋平。私がやりたくてやってるんだから。翔吾君はね、私を甘やかしてくれるだけじゃなくて、こうしてちゃんと『一人の女』として向き合ってくれるの。……ね?」
美鈴が翔吾の太い腕にそっと手を添える。翔吾はそれを当然のように受け入れ、洋平を真っ直ぐに見据えて微笑んだ。
「悪いっすね、先輩。俺、美鈴さんと出会えて幸せですよ。俺みたいな若造を、こんなに大切にしてくれるんだから。……俺もつい、甘えちゃうんですよね」
そう言って、翔吾はわざとらしく美鈴の腰を引き寄せた。実の息子の目の前で、彼女が自分の所有物であることを誇示するように。
美鈴は洋平と目が合うと、一瞬だけ母親としての羞恥を見せたが、すぐに翔吾の体温に溶けるようにして、うっとりと瞳を細めた。
洋平は、喉の奥まで出かかった怒りを、冷めかけた味噌汁と一緒に飲み込んだ。自分が守ってきたはずの静かな日常は、翔吾という毒によって、内側からドロドロに溶かされ始めていた。
本来は一時的な訪問者のための場所だ。だが、当初は「たまに寄る」程度だったはずの翔吾(21)は、今や仕事が終わると真っ直ぐこの団地へ向かい、週の半分以上をここで過ごしている。その駐車位置は、もはや彼がこの家に「定着」したことを無言で誇示しているようだった。
玄関を開けると、もはや聞き慣れてしまった声が響く。上がりかまちには、あの日と同じように端正に揃えられた翔吾のスニーカーがあった。
「あ、洋平、お帰りなさい。今、翔吾君が夕飯の仕上げをしてくれてるのよ」
リビングへ入ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
エプロンをつけた翔吾がキッチンに立ち、手際よくフライパンを振っている。母・美鈴(50)はその横で、まるでお手伝いをする子供のように楽しげに野菜を洗っていた。
「先輩、お疲れ様です。すぐできるんで、着替えてきちゃってください」
翔吾の言葉は丁寧だが、その立ち居振る舞いには、この家の台所を掌握している主(あるじ)の余裕があった。かつては美鈴が聖域として守っていたはずの場所を、彼は事もなげに領土にしている。
食卓につくと、さらに洋平の心はかき乱された。
「おい、美鈴。そっちの皿、もっとこっちに置けよ。あと、麦茶切れてるぞ」
「あ、ごめんなさい。今すぐ持ってくるわね」
翔吾のぶっきらぼうな物言いに、美鈴は嫌な顔一つせず、むしろ嬉々として立ち上がろうとする。すると翔吾は、当然のように美鈴の頭に手を置き、子供をあやすように優しく、けれど支配的にポンポンと叩いた。
「あー、いいよ。座ってろ。俺がやるから」
「……っ、もう。翔吾君ったら……」
50歳の母が、息子の親友だった21歳の若者に頭を撫でられ、頬を林檎のように赤く染めて身をよじらせる。その仕草は、洋平が今まで一度も見たことのない、甘えるような「女」の顔だった。洋平が知っている、息子たちのために背筋を伸ばしてきた凛とした母の姿はそこにはなく、ただ一人の男に心酔する無防備な女性がいた。
「……柳田君。母さんも仕事で疲れてるんだから、そんなに……」
洋平が堪り兼ねて口を出すと、美鈴がそれを手で制した。
「いいのよ、洋平。私がやりたくてやってるんだから。翔吾君はね、私を甘やかしてくれるだけじゃなくて、こうしてちゃんと『一人の女』として向き合ってくれるの。……ね?」
美鈴が翔吾の太い腕にそっと手を添える。翔吾はそれを当然のように受け入れ、洋平を真っ直ぐに見据えて微笑んだ。
「悪いっすね、先輩。俺、美鈴さんと出会えて幸せですよ。俺みたいな若造を、こんなに大切にしてくれるんだから。……俺もつい、甘えちゃうんですよね」
そう言って、翔吾はわざとらしく美鈴の腰を引き寄せた。実の息子の目の前で、彼女が自分の所有物であることを誇示するように。
美鈴は洋平と目が合うと、一瞬だけ母親としての羞恥を見せたが、すぐに翔吾の体温に溶けるようにして、うっとりと瞳を細めた。
洋平は、喉の奥まで出かかった怒りを、冷めかけた味噌汁と一緒に飲み込んだ。自分が守ってきたはずの静かな日常は、翔吾という毒によって、内側からドロドロに溶かされ始めていた。
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