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第3話:静寂のカフェと、射抜く瞳
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待ち合わせに指定されたのは、加恋の住む街から電車で30分ほど離れた、古い雑居ビルの2階にあるカフェだった。
看板も出ていないその店は、知る人ぞ知る隠れ家のような場所で、使い込まれた革張りのソファと、琥珀色のランプが独特の静寂を保っている。
加恋は約束の15分前に到着した。
今日の彼女は、晴人とメッセージで話した「一番好きな色」である、深いネイビーのシルクブラウスを選んでいた。32歳という年齢に相応しい落ち着きと、ほんの少しの華やかさ。窓ガラスに映る自分の姿を何度も確認し、乱れてもいない髪を指先で整える。
(落ち着いて、加恋。ただ、お喋りするだけじゃない)
自分に言い聞かせても、掌は汗ばみ、心臓の鼓動は早鐘を打っている。
10分、5分……。
階段を上ってくる、規則正しい足音が聞こえた。
カフェの重厚な木製のドアがゆっくりと開き、一人の青年が入ってくる。
「……加恋さん?」
その声を聞いた瞬間、加恋は息をすることを忘れた。
そこに立っていたのは、画面越しに想像していたよりもずっと線の細い、けれど確かな存在感を放つ青年だった。
白いシャツに黒のスラックス。飾り気のない服装が、彼の端正な顔立ちをより際立たせている。何より、その瞳だ。二十歳(はたち)の大学生だという彼の瞳は、驚くほど澄んでいて、同時にすべてを見透かしてしまいそうな深みを持っていた。
「晴人、くん?」
「はい。……やっと会えましたね」
晴人は照れくさそうに、けれど真っ直ぐに加恋を見つめて微笑んだ。
彼が向かいの席に座ると、二人の間に漂っていた空気の密度が、一気に増したような気がした。
「実物は、写真よりもずっと素敵です。なんだか、光が透けているみたいだ」
晴人の言葉は、お世辞というにはあまりにも真実味を帯びていた。
加恋は戸惑いながらも、運ばれてきたコーヒーを一口飲み、喉の渇きを潤した。
「私の方こそ……。晴人くん、メッセージでも大人びていると思っていたけれど、実際に会うと、なんだか不思議な雰囲気ね。本当に、二十歳(はたち)なの?」
加恋の何気ない問いに、晴人の眉が微かに動いた。
ほんの一瞬、彼の瞳の奥に、言いようのない影が走ったのを加恋は見逃さなかった。けれど、彼はすぐに穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「よく言われます。同世代と話すより、加恋さんのように自分の言葉を持っている人と話す方が、僕にとっては自然なんです」
会話が始まれば、メッセージの時と同じように言葉が溢れ出した。
最近読んだ本の一節、心に残っている映画のワンシーン、そして、日常の中に隠れている小さな美しさについて。
晴人の語彙は豊かで、その思考は鋭い。彼は加恋が何気なく口にした「孤独」という言葉を、丁寧に拾い上げ、柔らかい言葉の布で包んでくれた。
二時間という時間は、瞬く間に過ぎていった。
店を出る頃には、加恋の心の中にあった防波堤は、跡形もなく崩れ去っていた。
「加恋さん、次は……いつ会えますか?」
駅へ向かう道すがら、晴人が立ち止まって尋ねた。
夕暮れ時の街灯が、彼の横顔をオレンジ色に染めている。その視線があまりにも真剣で、加恋は自分の足元が浮き上がるような感覚に陥った。
「……また、すぐにでも」
加恋の答えを聞いた瞬間、晴人は子供のように無邪気な笑顔を見せた。
その笑顔があまりにも眩しくて、加恋は彼が「未成年である」という可能性など、一ミリも疑うことはなかった。
この時、二人の間に流れていたのは、間違いなく「純愛」の予感だった。
32歳の主婦と、大学生を装う17歳の高校生。
交わらないはずの二つの軌道が、運命という名の間違いによって、決定的に重なり合おうとしていた。
看板も出ていないその店は、知る人ぞ知る隠れ家のような場所で、使い込まれた革張りのソファと、琥珀色のランプが独特の静寂を保っている。
加恋は約束の15分前に到着した。
今日の彼女は、晴人とメッセージで話した「一番好きな色」である、深いネイビーのシルクブラウスを選んでいた。32歳という年齢に相応しい落ち着きと、ほんの少しの華やかさ。窓ガラスに映る自分の姿を何度も確認し、乱れてもいない髪を指先で整える。
(落ち着いて、加恋。ただ、お喋りするだけじゃない)
自分に言い聞かせても、掌は汗ばみ、心臓の鼓動は早鐘を打っている。
10分、5分……。
階段を上ってくる、規則正しい足音が聞こえた。
カフェの重厚な木製のドアがゆっくりと開き、一人の青年が入ってくる。
「……加恋さん?」
その声を聞いた瞬間、加恋は息をすることを忘れた。
そこに立っていたのは、画面越しに想像していたよりもずっと線の細い、けれど確かな存在感を放つ青年だった。
白いシャツに黒のスラックス。飾り気のない服装が、彼の端正な顔立ちをより際立たせている。何より、その瞳だ。二十歳(はたち)の大学生だという彼の瞳は、驚くほど澄んでいて、同時にすべてを見透かしてしまいそうな深みを持っていた。
「晴人、くん?」
「はい。……やっと会えましたね」
晴人は照れくさそうに、けれど真っ直ぐに加恋を見つめて微笑んだ。
彼が向かいの席に座ると、二人の間に漂っていた空気の密度が、一気に増したような気がした。
「実物は、写真よりもずっと素敵です。なんだか、光が透けているみたいだ」
晴人の言葉は、お世辞というにはあまりにも真実味を帯びていた。
加恋は戸惑いながらも、運ばれてきたコーヒーを一口飲み、喉の渇きを潤した。
「私の方こそ……。晴人くん、メッセージでも大人びていると思っていたけれど、実際に会うと、なんだか不思議な雰囲気ね。本当に、二十歳(はたち)なの?」
加恋の何気ない問いに、晴人の眉が微かに動いた。
ほんの一瞬、彼の瞳の奥に、言いようのない影が走ったのを加恋は見逃さなかった。けれど、彼はすぐに穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「よく言われます。同世代と話すより、加恋さんのように自分の言葉を持っている人と話す方が、僕にとっては自然なんです」
会話が始まれば、メッセージの時と同じように言葉が溢れ出した。
最近読んだ本の一節、心に残っている映画のワンシーン、そして、日常の中に隠れている小さな美しさについて。
晴人の語彙は豊かで、その思考は鋭い。彼は加恋が何気なく口にした「孤独」という言葉を、丁寧に拾い上げ、柔らかい言葉の布で包んでくれた。
二時間という時間は、瞬く間に過ぎていった。
店を出る頃には、加恋の心の中にあった防波堤は、跡形もなく崩れ去っていた。
「加恋さん、次は……いつ会えますか?」
駅へ向かう道すがら、晴人が立ち止まって尋ねた。
夕暮れ時の街灯が、彼の横顔をオレンジ色に染めている。その視線があまりにも真剣で、加恋は自分の足元が浮き上がるような感覚に陥った。
「……また、すぐにでも」
加恋の答えを聞いた瞬間、晴人は子供のように無邪気な笑顔を見せた。
その笑顔があまりにも眩しくて、加恋は彼が「未成年である」という可能性など、一ミリも疑うことはなかった。
この時、二人の間に流れていたのは、間違いなく「純愛」の予感だった。
32歳の主婦と、大学生を装う17歳の高校生。
交わらないはずの二つの軌道が、運命という名の間違いによって、決定的に重なり合おうとしていた。
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