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CASE 03:同窓会の残り火 長谷川 亜希(44)仮名
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長谷川亜希(44)にとって、25年ぶりの同窓会は、色褪せた日常に差し込んだ一筋の光だった。市役所勤めで真面目すぎる夫・和馬(46)との会話は、息子の拓海(15)の進路や家計のことばかり。女として見られている実感など、もう何年もなかった。そんな会場で再会したのが、かつての初恋の相手、成瀬(44)だった。
「亜希、あの頃よりもずっと綺麗になったね」
洗練されたスーツを着こなし、都会でIT会社を経営しているという成瀬の言葉に、亜希の頬は少女のように染まった。和馬には「旧友と女子会がある」と嘘を重ね、成瀬と都内の高級ホテルで密会を繰り返すようになった。彼と過ごす時間は、若かったあの頃の自分を取り戻す聖域だった。和馬が必死に働いて稼いでくる生活費から、少しずつ贅沢な服や化粧品を買い、亜希は偽りの華やかさに溺れていった。
しかし、蜜月は長くは続かなかった。ある夜、成瀬は沈痛な面持ちで切り出した。「新しい事業の融資を受けるのに、どうしても信頼できる保証人が必要なんだ。亜希、君しか頼れる人がいない。一緒になるためのステップなんだ」
愛されていると盲信していた亜希は、彼との未来を買うつもりで、迷わずに実印を押した。数百万円という数字の重みを、その時の彼女は「愛の証」だと履き違えていたのだ。
その一ヶ月後、成瀬は煙のように消えた。電話は繋がらず、会社があったはずの住所には、縁もゆかりもない古いビルが建っているだけだった。呆然とする亜希の元に届いたのは、消費者金融からの執拗な督促状だった。利息を含めて800万円。専業主婦の彼女に払える額ではなかった。
やがて事態は最悪の形で露呈した。自宅に届いた督促状を、たまたま早く帰宅した和馬が見つけてしまったのだ。問い詰められた亜希は、泣きながら成瀬との不倫と借金のことを白状した。和馬は怒鳴ることもせず、ただ、信じられないものを見るような目で亜希を見つめ、深いため息をついた。
「僕が拓海の学費のために、どれだけ切り詰めて貯金してきたか、君は知っていたはずだ」
その言葉が、どんな罵倒よりも重く亜希にのしかかった。高校1年生の拓海も、リビングでの両親の修羅場を、冷え切った目で見ていた。一番尊敬していた母が、昔の男に騙されて家族の金をドブに捨てた。その事実は、多感な少年の心を粉々に砕いた。
結局、二人は離婚した。家を売り払い、和馬がコツコツと貯めていた貯金も借金の返済に消えた。和馬は拓海を連れて去り、亜希は一人、実家の古いアパートへと戻った。
今、亜希は借金を返すために夜遅くまでパートを掛け持ちしている。鏡に映るのは、美しかった「初恋の君」に愛された女ではなく、疲れ果て、すべてを失った初老の女性だ。拓海からは一度も連絡はない。
あの日、同窓会に行かなければ。あの時、成瀬の言葉を疑っていれば。
残り火のように温かかった思い出は、今や亜希の人生のすべてを焼き尽くす、忌まわしい火種でしかなかった。
「亜希、あの頃よりもずっと綺麗になったね」
洗練されたスーツを着こなし、都会でIT会社を経営しているという成瀬の言葉に、亜希の頬は少女のように染まった。和馬には「旧友と女子会がある」と嘘を重ね、成瀬と都内の高級ホテルで密会を繰り返すようになった。彼と過ごす時間は、若かったあの頃の自分を取り戻す聖域だった。和馬が必死に働いて稼いでくる生活費から、少しずつ贅沢な服や化粧品を買い、亜希は偽りの華やかさに溺れていった。
しかし、蜜月は長くは続かなかった。ある夜、成瀬は沈痛な面持ちで切り出した。「新しい事業の融資を受けるのに、どうしても信頼できる保証人が必要なんだ。亜希、君しか頼れる人がいない。一緒になるためのステップなんだ」
愛されていると盲信していた亜希は、彼との未来を買うつもりで、迷わずに実印を押した。数百万円という数字の重みを、その時の彼女は「愛の証」だと履き違えていたのだ。
その一ヶ月後、成瀬は煙のように消えた。電話は繋がらず、会社があったはずの住所には、縁もゆかりもない古いビルが建っているだけだった。呆然とする亜希の元に届いたのは、消費者金融からの執拗な督促状だった。利息を含めて800万円。専業主婦の彼女に払える額ではなかった。
やがて事態は最悪の形で露呈した。自宅に届いた督促状を、たまたま早く帰宅した和馬が見つけてしまったのだ。問い詰められた亜希は、泣きながら成瀬との不倫と借金のことを白状した。和馬は怒鳴ることもせず、ただ、信じられないものを見るような目で亜希を見つめ、深いため息をついた。
「僕が拓海の学費のために、どれだけ切り詰めて貯金してきたか、君は知っていたはずだ」
その言葉が、どんな罵倒よりも重く亜希にのしかかった。高校1年生の拓海も、リビングでの両親の修羅場を、冷え切った目で見ていた。一番尊敬していた母が、昔の男に騙されて家族の金をドブに捨てた。その事実は、多感な少年の心を粉々に砕いた。
結局、二人は離婚した。家を売り払い、和馬がコツコツと貯めていた貯金も借金の返済に消えた。和馬は拓海を連れて去り、亜希は一人、実家の古いアパートへと戻った。
今、亜希は借金を返すために夜遅くまでパートを掛け持ちしている。鏡に映るのは、美しかった「初恋の君」に愛された女ではなく、疲れ果て、すべてを失った初老の女性だ。拓海からは一度も連絡はない。
あの日、同窓会に行かなければ。あの時、成瀬の言葉を疑っていれば。
残り火のように温かかった思い出は、今や亜希の人生のすべてを焼き尽くす、忌まわしい火種でしかなかった。
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