人妻の墜落 —甘い蜜に縛られた12の報い—

MisakiNonagase

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CASE 07:崩れた天秤 佐野 恵美(41)仮名

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佐野恵美(41)の不倫は、どこか「自分たちを律している」という奇妙な自負の上に成り立っていた。相手の本多(43)には妻と幼い娘がおり、恵美にも夫の慎一(45)と、高校で蓮(武田さんのご友人)や友博と同じ高校に通う息子の悠人(14)がいた。
「家庭は壊さない。これは、明日を生きるための心のサプリメント」
本多と密会するたび、二人はそんな言い訳を合言葉のように繰り返した。
​恵美は、慎一には「パートのシフトが増えた」と嘘をつき、悠人がサッカー部の練習に励んでいる間に、本多と束の間の情事を楽しんだ。慎一は職人肌で口数が少なく、恵美の変化に気づく様子もない。このまま、誰にも知られず、均衡は保たれ続けるはずだった。
​しかし、その天秤は、恵美の知らないところで既に大きく傾いていた。
​ある日曜日の午後。悠人がリビングでスマホをいじり、慎一がテレビを眺めていた、穏やかな日常がその音で切り裂かれた。執拗に鳴り響くインターホン。玄関を開けた恵美の前に立っていたのは、見覚えのない、しかし凍りつくような怒りを湛えた女性だった。本多の妻だった。
​「佐野恵美さんですね。……主人の人生を返してください」
​彼女は狂乱して怒鳴るのではなく、極めて静かに、しかし家中に響き渡る声で言った。彼女の手には、恵美と本多がホテルから出てくる生々しい写真の数々が握られていた。
「お母さん、何これ……?」
奥から出てきた悠人の顔が、写真を見た瞬間に強張った。尊敬していた母が、見知らぬ男と腕を組み、淫らな微笑みを浮かべている。その事実は、14歳の少年にとって世界が崩壊するに等しい衝撃だった。
​慎一が玄関に歩み寄り、写真をひったくるように奪い取った。無口な彼の顔が、怒りでどす黒く変色していく。
「……お前、パートだと言って、こんな汚い真似をしていたのか」
​修羅場の中、恵美は必死で本多に助けを求めようと電話をかけた。だが、繋がった先で聞こえてきたのは、かつての甘い声ではなかった。
「……悪いけど、君が誘ったってことにしたから。もう二度と俺の家庭に関わらないでくれ」
本多は、自分の身を守るために、すべての罪を恵美に着せて早々に逃げ出していたのだ。
​その日を境に、恵美の「居場所」は消滅した。
慎一からは即座に離婚を突きつけられ、本多の妻からは多額の慰謝料を請求された。何より恵美を殺したのは、悠人の沈黙だった。彼は母と一度も目を合わせることなく、必要な荷物だけをまとめて慎一の親戚の家へと去っていった。去り際に彼が残した「汚いよ」という一言が、恵美の鼓膜に一生消えない傷として刻まれた。
​家も、家族も、守りたかったはずの平穏も、すべてが砂のように指の間から零れ落ちた。
今、恵美は誰も知らない町のアパートで、一人で食事を摂っている。
テレビから流れるサッカーのニュースを見るたび、悠人の背中を思い出し、胸が締め付けられる。
「サプリメント」だと思っていたその毒薬は、恵美の人生のすべてを壊し、彼女を永遠の孤独へと追放してしまったのだ。
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