窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase

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​第7章:体温の共有

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濡れたままでは、風邪を引いてしまう。
 僕の腰に額を預けたまま動かない風巻さんに、僕は戸惑いながらも声をかけた。
​「……あの、風巻さん。ひとまず、そのジャケット脱ぎませんか。乾かさないと」
「……ああ、すまない。少し、意識が遠のいていた」
​ 彼はゆっくりと顔を上げると、力なく笑ってジャケットを脱ぎ始めた。
 雨を吸った高級な生地は重く、床に滴が滴る。
​「下も……シャツが透けてますよ。中に着るもの、僕の予備のTシャツで良ければありますけど」
「いいのか? ……助かる」
​ 僕はロッカーから、いつも残業用に置いている、なんの変哲もないグレーのTシャツを取り出した。
 風巻さんは、いつもの彼なら絶対にしないような動作で、人前でシャツのボタンを外していく。
​ 露わになった彼の肩は、想像していたよりもずっと逞しく、そして、酷く冷え切っていた。
 鍛えられた胸板。けれど、そこには無数の、目に見えない「疲れ」が張り付いているようで、見てはいけないものを見ているような気分になる。
​「……山﨑さん?」
「あ、すみません。……はい、これ」
​ 慌ててTシャツを差し出すと、彼はそれを受け取り、頭から被った。
 上場企業のエースが、地下のメール室で、低スペックな僕のヨレたTシャツを着ている。
 あまりにミスマッチな光景に、胸の奥がチリチリと音を立てた。
​「……君の匂いがするな」
​ 不意に、彼が言った。
 柔軟剤の、ありふれた石鹸の匂い。
 
「……変な匂い、しますか?」
「いや。落ち着く。……これだけで、凍りついていた何かが溶けそうだ」
​ 彼は自分の腕を抱くようにして、Tシャツの感触を確かめている。
 僕は彼の濡れたシャツをハンガーにかけ、温風が出る古い乾燥機(以前、僕が私物で持ち込んだものだ)を回した。
​ 静かな地下室に、乾燥機のブーンという低い音と、雨の音だけが響く。
 
「風巻さん、背中……拭きます。自分でやるより、早いから」
​ 僕は新しいタオルを手に、彼の背後に回った。
 Tシャツの上から、広い背中をゆっくりと押さえるように拭いていく。
 タオルの上からでもわかる、彼の体温。
 
 二十二階で部下を怒鳴りつけていた時、彼はこんなに温かな「人間」であることを捨てようとしていたのだろうか。
​「……山﨑さんの手は、温かいな」
​ 風巻さんが、ぽつりと呟く。
 僕はその言葉に、なんて返せばいいかわからなくて、ただ力を込めて彼の背中を温め続けた。
 この時間が、少しでも長く続けばいいのに。
 不覚にも、そう思ってしまった。
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