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第8章:デジタルな体温
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乾燥機の中で、風巻さんのシャツが時折ボタンを鳴らしながら回っている。
Tシャツ一枚でパイプ椅子に座る彼は、いつもの「完璧なエース」というよりも、部活帰りの青年のような、どこか幼い空気を纏っていた。
「……山﨑さん」
「はい」
「このTシャツ、いくらだった?」
唐突な質問に、僕は思わず吹き出しそうになった。
「三枚セットで二千円もしない安物ですよ。何を言ってるんですか」
「そうか。……なら、俺が五千円で買い取ってもいいかな」
風巻さんは大真面目な顔で、僕の目をじっと見つめてくる。冗談を言っているようには見えない。
「……意味がわかりません。あげるから、風邪引かないように着て帰ってください」
「ダメだ。返すと、君はすぐに洗濯してしまうだろう? ……このまま、持っていたいんだ」
その言葉に含まれた熱に、僕は息を呑んだ。
このまま持っていたい。
それは、僕の匂いが残ったままの服を、自分の家に持ち帰りたいという意味だろうか。
二十二階の住人が、地下の住人の「痕跡」を欲しがるなんて。
「……その代わり、と言ったらなんだが」
風巻さんは、雨で濡れなかった内ポケットからスマートフォンを取り出した。
画面をスワイプし、QRコードを表示させて、僕の方へ差し出す。
「お礼をしたい。……いや、お礼なんていう名目じゃなくて、単に君と連絡が取りたいんだ。地下まで来ないと話せないのは、少し……もどかしくなってきた」
もどかしい。
その率直な言葉が、僕の胸の奥を激しく揺さぶる。
僕は震える指で自分の端末を取り出し、彼のコードを読み取った。
画面に表示された『風巻 隼人』という、強そうな、けれどどこか孤独な名前。
「……追加しました」
「ありがとう。……これで、君が猫を見つけた時に、俺にも教えてもらえるな」
風巻さんは、今日一番の、柔らかい笑顔を見せた。
それは社内の誰にも見せたことのない、彼自身の本当の笑顔なのだと、僕は確信した。
ピピッ、と乾燥機の終了音が鳴る。
温まったシャツを彼に手渡すと、彼は名残惜しそうに僕のTシャツを脱ぎ、鞄の中に丁寧にしまい込んだ。
「じゃあ、また。……今度は、地下じゃない場所でも会えるといいんだが」
彼は扉を閉める間際、振り返ってそう言った。
雨上がりの夜、僕のスマートフォンが短く震える。
『家に着いたら教えて。風邪、引いてないか心配だから。 風巻』
低スペックな僕の、窓のない日常に。
消えない通知の光が、新しく灯った夜だった。
Tシャツ一枚でパイプ椅子に座る彼は、いつもの「完璧なエース」というよりも、部活帰りの青年のような、どこか幼い空気を纏っていた。
「……山﨑さん」
「はい」
「このTシャツ、いくらだった?」
唐突な質問に、僕は思わず吹き出しそうになった。
「三枚セットで二千円もしない安物ですよ。何を言ってるんですか」
「そうか。……なら、俺が五千円で買い取ってもいいかな」
風巻さんは大真面目な顔で、僕の目をじっと見つめてくる。冗談を言っているようには見えない。
「……意味がわかりません。あげるから、風邪引かないように着て帰ってください」
「ダメだ。返すと、君はすぐに洗濯してしまうだろう? ……このまま、持っていたいんだ」
その言葉に含まれた熱に、僕は息を呑んだ。
このまま持っていたい。
それは、僕の匂いが残ったままの服を、自分の家に持ち帰りたいという意味だろうか。
二十二階の住人が、地下の住人の「痕跡」を欲しがるなんて。
「……その代わり、と言ったらなんだが」
風巻さんは、雨で濡れなかった内ポケットからスマートフォンを取り出した。
画面をスワイプし、QRコードを表示させて、僕の方へ差し出す。
「お礼をしたい。……いや、お礼なんていう名目じゃなくて、単に君と連絡が取りたいんだ。地下まで来ないと話せないのは、少し……もどかしくなってきた」
もどかしい。
その率直な言葉が、僕の胸の奥を激しく揺さぶる。
僕は震える指で自分の端末を取り出し、彼のコードを読み取った。
画面に表示された『風巻 隼人』という、強そうな、けれどどこか孤独な名前。
「……追加しました」
「ありがとう。……これで、君が猫を見つけた時に、俺にも教えてもらえるな」
風巻さんは、今日一番の、柔らかい笑顔を見せた。
それは社内の誰にも見せたことのない、彼自身の本当の笑顔なのだと、僕は確信した。
ピピッ、と乾燥機の終了音が鳴る。
温まったシャツを彼に手渡すと、彼は名残惜しそうに僕のTシャツを脱ぎ、鞄の中に丁寧にしまい込んだ。
「じゃあ、また。……今度は、地下じゃない場所でも会えるといいんだが」
彼は扉を閉める間際、振り返ってそう言った。
雨上がりの夜、僕のスマートフォンが短く震える。
『家に着いたら教えて。風邪、引いてないか心配だから。 風巻』
低スペックな僕の、窓のない日常に。
消えない通知の光が、新しく灯った夜だった。
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