22 / 25
第1章 聖女を巡る策謀
第9話 闇の審問
しおりを挟む
王都の大聖堂に、冷たい鐘の音が鳴り響いた。
灰色の雲に覆われた空の下、民衆が押し寄せ、誰もが噂していた。
――“聖女セシリア・アルディナの奇跡は偽りだった”と。
祭壇の前に立つセシリアは、白い法衣に身を包んでいたが、その布地は昨日までのように清らかな光を宿してはいなかった。
彼女の周囲を、裁定官、神官、そして廷臣たちが取り囲む。
その中央に、玉座のような高壇から王太子アルベルトが冷ややかに見下ろしていた。
隣には、優美な微笑を浮かべたルシアの姿。
聖堂の空気は張り詰め、誰もが息を呑む。
「セシリア・アルディナ。そなたが行った“癒しの奇跡”が虚偽であったとの告発が上がっている。癒されたと称した兵は翌朝、命を落とした――この事実、間違いないな?」
王太子の声は、厳粛さを装いながらも冷たく響いた。
セシリアは震える唇で答えた。
「……私は、偽りを為してなどおりません。確かに、あの方は癒えました。私の祈りが届いたのを、この目で――」
「では、なぜ死んだ?」
その問いは、刃のように鋭かった。
セシリアは言葉を詰まらせる。
何を言っても、すでに信じてもらえない。
それは、広間に並ぶ者たちの目が語っていた。
ルシアが静かに一歩進み出る。
「殿下。証拠は十分にございます。セシリア様は“奇跡を演出”するため、神の名を騙り、回復したかのように見せかけたのです。ですが実際には、癒しは起きておりませんでした――それこそが、兵の死の原因です」
その声には涙のような震えすら混じっていた。
完璧に仕組まれた芝居だった。
群衆の中からざわめきが起こる。
「まさか……偽りの聖女だったのか……」
「神の恩寵を穢すとは……なんということだ」
その囁きは瞬く間に波紋のように広がり、セシリアを包囲していく。
レオンハルトが一歩前に出た。
「殿下! お待ちください! セシリア様がそんなことを――」
「沈黙せよ、レオンハルト!」
アルベルトの声が鋭く響いた。
「今は個人の意見を言う場ではない」
レオンハルトは歯を食いしばり、言葉を飲み込んだ。
その目には怒りと無力の光が宿る。
セシリアは、祈るように両手を胸の前で組んだ。
けれど、神の名を呼ぼうとした唇は震え、声にならない。
(神よ……どうか、この闇の中で、私が私の心だけは見失わぬように……)
長い沈黙ののち、アルベルトが宣告を下した。
「セシリア・アルディナ。そなたの行いは神への冒涜であり、民を欺く罪にあたる。ゆえに、“聖女”の称号を正式に剥奪し、裁判を行う。裁判が行われるまでは、牢から出すな」
その瞬間、聖堂の扉が開かれ、冷たい風が吹き込んだ。
その風に、セシリアの法衣の裾がはためき、白が灰に染まるように揺らめく。
誰も、セシリアに手を差し伸べる者はいなかった。
レオンハルトがただ一人、静かに頭を垂れた。
それは忠誠でも、同情でもない――ただ「人」としての祈りだった。
鐘が鳴る。
“聖女の終焉”を告げる音が、王都の隅々にまで響いた。
セシリア・アルディナは、もはや神に選ばれし者ではない。
そう刻まれたその日、王都の空は、一層暗く沈んでいった。
灰色の雲に覆われた空の下、民衆が押し寄せ、誰もが噂していた。
――“聖女セシリア・アルディナの奇跡は偽りだった”と。
祭壇の前に立つセシリアは、白い法衣に身を包んでいたが、その布地は昨日までのように清らかな光を宿してはいなかった。
彼女の周囲を、裁定官、神官、そして廷臣たちが取り囲む。
その中央に、玉座のような高壇から王太子アルベルトが冷ややかに見下ろしていた。
隣には、優美な微笑を浮かべたルシアの姿。
聖堂の空気は張り詰め、誰もが息を呑む。
「セシリア・アルディナ。そなたが行った“癒しの奇跡”が虚偽であったとの告発が上がっている。癒されたと称した兵は翌朝、命を落とした――この事実、間違いないな?」
王太子の声は、厳粛さを装いながらも冷たく響いた。
セシリアは震える唇で答えた。
「……私は、偽りを為してなどおりません。確かに、あの方は癒えました。私の祈りが届いたのを、この目で――」
「では、なぜ死んだ?」
その問いは、刃のように鋭かった。
セシリアは言葉を詰まらせる。
何を言っても、すでに信じてもらえない。
それは、広間に並ぶ者たちの目が語っていた。
ルシアが静かに一歩進み出る。
「殿下。証拠は十分にございます。セシリア様は“奇跡を演出”するため、神の名を騙り、回復したかのように見せかけたのです。ですが実際には、癒しは起きておりませんでした――それこそが、兵の死の原因です」
その声には涙のような震えすら混じっていた。
完璧に仕組まれた芝居だった。
群衆の中からざわめきが起こる。
「まさか……偽りの聖女だったのか……」
「神の恩寵を穢すとは……なんということだ」
その囁きは瞬く間に波紋のように広がり、セシリアを包囲していく。
レオンハルトが一歩前に出た。
「殿下! お待ちください! セシリア様がそんなことを――」
「沈黙せよ、レオンハルト!」
アルベルトの声が鋭く響いた。
「今は個人の意見を言う場ではない」
レオンハルトは歯を食いしばり、言葉を飲み込んだ。
その目には怒りと無力の光が宿る。
セシリアは、祈るように両手を胸の前で組んだ。
けれど、神の名を呼ぼうとした唇は震え、声にならない。
(神よ……どうか、この闇の中で、私が私の心だけは見失わぬように……)
長い沈黙ののち、アルベルトが宣告を下した。
「セシリア・アルディナ。そなたの行いは神への冒涜であり、民を欺く罪にあたる。ゆえに、“聖女”の称号を正式に剥奪し、裁判を行う。裁判が行われるまでは、牢から出すな」
その瞬間、聖堂の扉が開かれ、冷たい風が吹き込んだ。
その風に、セシリアの法衣の裾がはためき、白が灰に染まるように揺らめく。
誰も、セシリアに手を差し伸べる者はいなかった。
レオンハルトがただ一人、静かに頭を垂れた。
それは忠誠でも、同情でもない――ただ「人」としての祈りだった。
鐘が鳴る。
“聖女の終焉”を告げる音が、王都の隅々にまで響いた。
セシリア・アルディナは、もはや神に選ばれし者ではない。
そう刻まれたその日、王都の空は、一層暗く沈んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
姉の忘れ形見を育てたいだけなのに、公爵閣下の執着が重いんですが!?~まっすぐ突き進み系令嬢の公爵家再建計画
及川えり
ファンタジー
突然届いた双子の姉からの手紙。
【これをあなたが読んでいるころにはわたしはもう死んでいることでしょう。わたしのことは探さないでね。双子を引き取ってもらえないかしら?】
姉の遺言通り双子を育てようと姉の嫁ぎ先へと突入する。
双子を顧みなかったという元夫のウィルバート公爵に何とか双子を引き取れるよう掛け合うが、話の流れからそのまま公爵家に滞在して双子を育てる羽目に。
だが、この公爵家、何かおかしい?
異常に気付いたハンナは公爵家に巣くう膿をとりのぞくべく、奮闘しはじめる。
一方ハンナを最初は適当にあしらっていたウィルバートだったが、ハンナの魅力に気付き始め……。
ハンナ・キャロライン・バーディナ 22歳
バーディナ伯爵家令嬢
✖️
ウィルバート・アドルファス・キングスフォード 26歳
キングスフォード公爵
ブックマーク登録、いいね❤️、エール📣たくさんいただきありがとうございます。
とても励みになります。
感想もいただけたら嬉しいです。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした
暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。
役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。
だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。
倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。
やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。
一方、病の裏で糸を引いていたのは………。
“無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる