Bグループの少年

櫻井春輝

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第三章 Bグループの少年と藤本家

第二十五話 ご都合主義

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「――だからポーカーとかカードゲームしてる時なんかは聞こえない振りするのが大変でさ」
「はっは、そんなんだとゲームにならねえじゃねえか」
 扉を開けると、そんな楽しそうな声が聞こえてくる。
「お待たせしましたー……」
香が恵梨花と一緒にトイレから戻ると、淳也と亮が和やかに向かい合って談笑していた。
「ああ、おかえり。じゃあ、もう出ようか、亮」
「そうだな、淳也」
 そしていつの間にか二人して、名前で呼び合うほどに仲良くなっている。
 恵梨花など目を丸くして「まあ、珍しい……」などと言っている。
「もう出る、でいいよな、恵梨花?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
 亮に頷く恵梨花の隣で、同じように問われていた香も淳也に頷く。
「はい、構いません」
「よし、じゃあ、各自忘れ物ないよう気をつけてね」
 淳也がそう言って、亮と共に席から立ち、個室から出ようと足を向ける。
「ちょ、ちょっと、亮くん! スーツの入った紙袋忘れてるよ!!」
「ん? ああ、ありがとよ」
「もう、こんな立派なスーツ忘れちゃダメじゃない」
「まあ……スーツの割に動きやすいことは認めるが……」
「だけじゃなく、すごく亮くんに似合ってるでしょ!」
「……そんなにか?」
「何言ってんの!? すごくよく似合って格好良いじゃない!? ユキ姉だって言ってたし、朝のバイクとスーツの亮くんの写真送ってから、スマホ越しでもわかるほどユキ姉、興奮して絶賛してたし!」
「え、ユキに送ったのかよ……」
 隙あらばと言わんばかりにイチャつき始める二人を背に、香は淳也と共に店の入り口へ向かう。
(でも確かに恵梨花の彼、スーツ似合ってたな……ふ、ふふん。男ぶりなら淳也さんだって負けてないし! スーツだって似合うはず……そういや、淳也さんのスーツ姿って見たことないな……)
 大学生がスーツを着る機会は特殊な場合を除けば入学式、卒業式の他には就職活動の時ぐらいだろう。大学一年の淳也だと、もう滅多にスーツを着る機会はないはずだ。
 そのことを残念に思って香が思わずため息を吐いていると、少し考え事をしていた風な淳也が言った。
「……香、今度この店でディナー食べに来ようか。夜景見たいって言ってたよね?」
 驚き目を見開いて、香は顔を上げる。
「え!? 本当で――!? いえ、でも、ディナーだと高いんじゃないんですか? いいですよ、そんな」
「うん。確かに高いよ。でも払えないほどじゃないから大丈夫だよ。たまに行くぐらいなら、俺のバイトの稼ぎでも十分だから」
「え、で、でも、そんな――」
「来月は香の誕生日じゃないか、その時にご馳走させてもらいたいな」
「え――誕生日に……!? い、いいんですか……?」
 そういう名目なら遠慮しない方がいいかと、香が窺い直すと淳也はニコリと頷いた。
「ああ。その時はそうだね……スーツなんか着てエスコートさせてもらおうかな」
「スーツ!? 本当ですか!? じゃあ、是非!!」
 なんてタイムリーな。淳也のスーツ姿を見たいと思っていたら、早々とその機会が訪れそうなことがわかって、香は歓喜する。
「うん、じゃあ、楽しにみしててね」
「はい――!」
 元気よく返事をすると、淳也は微笑ましいように香へ頷いた。
(ふっふーん、どうよ、恵梨花! 淳也さんのこの気配りというか大人っぽさというか!! なんか変わってるみたいだけど、高校生の彼だと、なかなかこうはいかないでしょ!?)
 得意げになった香がチラッと後ろへ目向けると、顔を俯かせながら口に手を当て肩を震わせている亮と、その亮に向かって、恵梨花が窘めるような目を向けているのが見えた。
(……? なんだろ、もしかして食べすぎて苦しいのかな?)
 心配になって声をかけてみる。
「どうしたの、大丈夫? お腹の調子悪くなったのなら休んでいく?」
「ふっ、くっ……だ、大丈夫だ――!」
「香、大丈夫だから。亮くんのお腹が調子悪くなるなんて、夏に雪が降るのと同じぐらいの可能性だから」
 つまり有り得ないと言っている恵梨花に、香は戸惑った。
「そ、そう――?」
「香、二人もそう言ってることだし、大丈夫だよ」
「ですかね――?」
「うん、大丈夫だから」
 淳也に断言するように言われて、香は納得することにした。
「……こいつは大変だな……」
「ダメだからね、亮くん」
「……わかってるって……」
 疲れたような声が後ろから聞こえてきて、何が大変なのかと香が首を傾げていると、淳也が微笑みながら振り返る。
「……亮?」
「……ああ、わかってる」
 それだけ言葉を交わして、淳也は前へ視線を戻した。
(……何か通じ合ってるような……何にだろ? それにしても本当に仲良くなった感じね、淳也さんと恵梨花の彼)
 再び首を傾げた香は、淳也から微笑みを向けられて思わずニコリと微笑み返した。
(ま、いっかー)
 そうこうしている内に、店の入り口脇に立つ小川が見えてきた。
「――お会計で、よろしかったでしょうか?」
「ええ。俺たちと――後ろの二人は別々で」
 一番年上だからと、その上、学生でもある淳也がここで全員分を支払うのはおかしいことから自然な流れと言えるだろう。亮の顔を立てる意味でも間違ってない。
 なるほどと思いながら香は、ハンドバッグから財布を取り出す。
「かしこまりました――千円になります」
 後ろの二人をチラッと見てから小川が告げてきた精算額に、淳也がピクッと体を揺らす。
「……一人、千円ですか?」
「いえ、お一人様五百円のお二人様で千円になります」
「やっす……」
 食事の量、質を思い返した香が思わず呟くと、相槌を打った淳也が怪訝に言った。
「一人、確か千五百では……?」
「はい――ですが、今日はお一人様五百円頂戴させていただきます。これ以上は受け取れません」
 少し考えた淳也は後ろをチラッと見てから「なるほど」と呟いて、苦笑した。
「では、これで――ご馳走さまでした」
 掲示された通りの額を淳也は財布から出して、小川は一礼して受け取る。
「あ、ご、ご馳走さまでした! とっても美味しかったです――!」
 未だに支払額が信じられずに呆然としていた香はハッとして心からの言葉を述べると、小川は柔和に微笑んだ。
「ありがとうございます、またのお越しをお待ちしております」
 定型文句を言っただけのようには思えない言葉に、香は淳也と共に会釈して背を向ける。
「淳也さん、これ――」
 香は財布からちょうどあった五百円を差し出すと、苦笑して首を横に振った。
「はは。聞いてただろ? 本来の一人分の額よりずっと安く済んだこともあるし、俺に出させてよ」
「ええと――はい、ありがとうございます。ご馳走さまでした」
 今までと同じく、これ以上言っても受け取らないだろう淳也に香は硬貨を引っ込めた。
「うん」
 満足そうに微笑む淳也に、香も微笑み返すと、後ろから予想したような声が聞こえてきた。
「……安くねえか? いや、安過ぎやしねえか?」
「オーナーから命じられまして、これ以上は受け取れません」
「……そういうことかい。ったく、どいつもこいつも――ほら、これで」
「? ありがとうございます――ところで、桜木様」
「なんだ?」
「もう少ししたらオーナーが到着するので、出来たら是非挨拶をと承っておりますが――」
「そうか、ならさっさと行かねえとな」
 小川の言葉にもギョッとしたが、嫌そうに顔を顰めた亮にも香は驚いた。
(オーナーって……淳也さんが言ってた超お金持ちの人よね――!? そんな人から挨拶望まれるなんて……それを断る彼も彼よ……本当に何者なのよ……さっきも恵梨花、肝心なところははぐらかすだけで答えてくれなかったし……)
 この店では脳内彼氏合戦をストップしてる香がここで思考を止めると、残念そうに小川がため息を吐いた。
「……左様でございますか」
「急いでるとでも言っといてくれ」
「……かしこまりました。またのお越しをお待ちしております」
「悪いな――行こうぜ、恵梨花」
「あ、うん。亮くん、これ――」
 見ると、恵梨花も五百円を出しているが、亮は受け取ろうとしない。
「さっきも言ったが、俺に出させてくれって」
「でも――」
「てか、恵梨花、もう俺と一緒にいる時は財布もってこないぐらいでちょうどいいぞ」
「流石にそれは……もう――じゃあ、ご馳走さまでした」
「おう――ははっ、いつもと逆だな」
「何が?」
「いや、いつもは俺が恵梨花とお母さんに『ご馳走さま』って言ってるしな」
「ああ……ふふっ、確かにそうね」
「だろ?」
 盛大に太っ腹なことを言っている亮であるが、どうもそれ相応の理由があるようだ。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
 淳也の呼びかけに、四人はひとまずはとエレベーターへ向かう。
「ねえ、話聞いてた感じ、桜木くんって、ちょくちょく恵梨花の家に行ってるの?」
 気になった香が聞いてみると、亮と恵梨花は逡巡することなく頷いた。
「ああ、そうだな」
「最近になってだけどね」
「それで――よくご飯食べてる感じなの?」
 更に香が尋ねると、亮はどう答えたものかというように首を捻った。
「よく――ってか、もう殆ど毎日だな」
 そんな回答に、ギョッとして振り返ったのは香だけでなく淳也もだ。
「え、毎日――!?」
「あ、毎日なのは朝だけだよ。夜は偶に、ね」
 朝食を毎日いただく関係とは昵懇にも程があるだろう。香は淳也と一緒に唖然とする。
「ああ、でも土日以外だけどな」
 付け足すように亮が言うと、恵梨花も同じ調子で言った。
「お母さんは土日も来て欲しいっていつも言ってるけどね」
「土日は流石になー……バイトや道場もあるしな」
「それはわかるけど、やっぱり出来たら来て欲しいなー、て言うのは私もお母さんと同じ意見かな。見てないところで、栄養偏った食事食べてるんだろうなーって思うし」
「そう言ってもな……」
 難しいと言いたげな顔をする亮と、当たり前のように話していた恵梨花を見るに、誇張でもなんでもないようだ。
(え、桜木くんって、すごい量食べるけど、あれを毎日、人の――彼女の家でだなんて……!? あ、でも――)
「一つ聞きたいんだけど、亮って朝は少食だったりする?」
 香が疑問に思いついたばかりのことを淳也が聞いた。
「いえ、そんなことありませんよ。私も初めはもしかしたら、そうなのかもって思ってたんですけど、実際見たら全然そんなことありませんでした」
 苦笑混じりに恵梨花が答えて、淳也の頬が引き攣った。
「そ、そう――なのに、藤本さんのお母さんは土日も来て欲しいって言うんだ……?」
「ええ、そうですね……言ってるのはお母さんだけじゃないですけど」
「へ、へえ……でも、なるほど……」
 とにかく、亮が頻繁に藤本家で食事の世話を受けてることがわかった。ならば、亮が恵梨花に外で奢ろうとするのも自然の成り行きかと、香も淳也と一緒に納得した。
 だが、それならと香は気になることがあった。
「ね、ねえ、気になってたんだけど、恵梨花のお兄さんは!? そんなに恵梨花の彼氏が家に頻繁に行って大丈夫なの!?」
 ずっと気になっていたことを聞くと、恵梨花と亮は揃って疲れたような笑みを浮かべた。
「ああ、うん、まあ、お兄ちゃんは確かに初めて亮くんと会った時は、まあ――うん、まあ……」
「ああ、初めて会った時は、まあ……うん、まあ……」
 二人して同じように濁す辺り、やはり色々あったようだ。
 これ以上は聞かない方がいいようだと、流石の香でも察せた。
「そ、そう……桜木くん――頑張ったんだね」
「わかってくれるか」
 思いのほか、真剣な顔で言われて香は頬を引き攣らせながら頷いたのであった。



「私ここ、けっこう久しぶりかも」
「そうなのか?」
「うん。梓と咲と何回か行ったけど、それっきりだから」
「ああ、俺と付き合ってからは、ってことか……」
「あ、亮くん、責めてる訳じゃないからね?」
「ああ、わかってるよ」
「うん。亮くんは? よく来るの、ここ?」
「俺か、バイト後の飲み会――飯食った後に、ボウリングしに来ることがたまにあるな」
「そう言えばそんなこと言ってたね……」
 レストランのあったビルを出た四人が向かったのは、入れば遊ぶものには困らないと評判の、スポーツ、アミューズメント、カラオケ、ボウリング、何でもござれのラウンドテンである。
 入場してから懐かしんでいた恵梨花と亮が話したところで、淳也が二人へ振り返った。
「さて――じゃあ、どこから遊ぶ?」
「俺はここは、ボウリングとカラオケ以外は碌にやったことねえしな……試す意味で何でもいいぜ」
「私も何でもいいかな」
 亮と恵梨花のお任せという一番困る回答を受けた淳也は苦笑して、香を見た。
「私も何でもいいですけど――どうせなら順に色々やってみませんか?」
「そうだな――じゃあ、それでいいか。亮達もそれでいい?」
「いいぜ」
「はい」
 こうして四人は、すぐ目の前にあったということで、ゲームセンター風なアミューズメントの並んだ場所へ向かったのである。



「ふー、ちょっと疲れたね」
 恵梨花が缶ジュースを一口飲んでから言うと、亮は首を捻った。
「……そうか?」
「……体力お化けの亮くんに言った私が間違いでした――はい」
「ん」
 恵梨花が飲んでいた缶ジュースを渡すと、亮は躊躇することなくそれを傾けた。
 そんな二人の様子から、キスは何度かしてるようだと、彼女にしては珍しく間違ってない推測をして、香はベンチに座って休んでいた。
 室内なのでエアコンがきいて涼しいが、何かしら遊び続けると流石に汗を掻くし、恵梨花の言う通り疲れもする。
(……確かに、碌に汗掻いてないように見えるわね……恵梨花の言った通りすごく体力ありそう)
 そんなことをボンヤリ考えていると、淳也が買ってきたばかりの缶ジュースを渡してきた。
「はい、香」
「あ、ありがとうございます」
 既に開封もしてくれていたそれを、香はすぐさま口をつけた。
「――ふうーっ」
 ゴクゴクと飲んで人心地のついた香は、そうやって一息吐いた。
「あ、淳也さん、どうぞ」
 恵梨花と同じく、一人で一本もいらない香も、淳也と半分こである。
「ああ、ありがとう」
 受け取った淳也もゴクゴクと缶ジュースを傾ける。
(ふふん……私達もキスぐらいしてるし! それもフレンチでなくてディープの――)
「ゴホッゴホッ――」
 缶ジュースを飲んでいた淳也が突然、むせ始めた。
「え、淳也さん大丈夫ですか――!?」
 香は慌ててハンカチを出して、淳也の口周りを拭いてやる。
「ゲホッ――ああ、うん、ありがとう、香」
「いえ、別に――?」
 少し照れたように頬が赤くなっている淳也に、どうしてだろうと香は首を傾げた。
「あー……淳也、次は何する?」
 何故かぎこちなく、それでいて少し照れた様子の亮が、こちらと目を合わさずに聞いてきた。しかも淳也と同じく、ジュースを零したのか口の周りを恵梨花に拭かれている。その恵梨花も何故か頬を染めて、こちらと目を合わせまいとしているのか俯きがちだ。
「ああ、うん、そうだね。何しようか――」
 これまた何故か淳也が目を逸らしながら答えている。
「ボウリングはそっちのペアにボロ負けしたしね――また何か勝負したいとこだね」
「だから左手でやろうかって言ったのに」
「流石にそれはハンデが強すぎるよ――って言いたいとこだけど、それでいい勝負だったのかもしれないところが、また……」
 苦笑しながら淳也はため息を吐いた。
(確かにボウリングはボロ負けだったな……)
 香はさっき終わったボウリングのことを残念に思った。
 あまり遊び慣れてないような――実際、アミューズメントをした時は遊び慣れていなかった亮だったが、ボウリングは上手かった。
 綺麗なフォームで、ちょっと信じられないぐらいの豪速球を投げて、ピンが全部立っている時は、当たり前のようにストライクをとっていたのだ。
 ペアが交互に投げるというルールが無ければ、恐らく亮の一人勝ちだっただろうと断言できるほどだ。
(アミューズメントの方では、淳也さんの方が上手いのもあったけど……)
 やはり事あるごとに淳也と亮を見比べていた香は、楽しんだゲームで勝手に勝敗をつけていた。
(数では、淳也さんの方が勝ってたと思うけど――)
 インパクトあるものでは亮が淳也に優っていたように香は思った。ボウリング然り、エアホッケー然り。
(大体、桜木くんのあの反射神経って反則じゃない!? 何よ、淳也さんがどこに打っても普通に対処してたし……! 手の動きなんて、まるで瞬間移動してるみたいだったし!)
「ああ、あれは反則的だったよな……」
 不意に淳也からそんな、相槌を打つような声が聞こえて、香はハッとした。
「え――!?」
「ん?――あ」
 しまったと言わんばかりの顔をする淳也に、香は目を見開いた。
「え、淳也さん、もしかして――」
「ああ、いや、香――」
「また、私の頭の中を読んだんですか? もう――! やめてくださいよ! そんなの頻繁にされたら私隠し事出来なくなるじゃないですか――!? あ、そう言ったからって別に隠し事してる訳じゃないですよ!?」
 相思相愛だからこそ為せるかもしれない事とは言え、そんなしょっちゅう頭の中を読まれたら堪らないとばかりに香が抗議すると、淳也はホッと安堵の息を吐いた。
「ああ、うん。大丈夫だから、香が俺に隠し事をしてるなんて――そんなの思ったことないから」
 真に迫ったような言い方に、香は戸惑いながら頷いた。
「そ、そうですか、そう思ってもらえて嬉しいです――えへへっ」
 最後に照れながら笑うと、淳也は「うんうん」と頷いた。
「そうだよ――…………そもそも隠しようが無いじゃないか」
 後半ボソッと呟くように言っていたので、何を言ったのか香には聞こえなかった。
「え、すみません。何て言いました?」
「ん? ああ、ごめん。ただの独り言だから。香に言った訳じゃないから」
「? そうですか……」
「うん」
 頷いて微笑まれ、香もニコリと返した。
「――っく、くく……」
 噴き出すのを我慢するような声が聞こえて、そちらに目をやると亮がどこか別の方向を見ながら口に手を当て、肩を震わせていた。
「……どうしたの? 何かあった?」
「な、何でもないよ! ちょっと、あっちの方で、変な転び方してる人を亮くんがたまたま見ちゃって!――もう、ダメよ、亮くん、そんな笑っちゃ!」
 恵梨花が慌てたように言ってから、亮を窘めている。
「ふーん? そんなに変な転び方だったの?」
「あ、あはは――そこまでじゃないと思うんだけど、亮くんにはちょっとツボだったみたいで」
「ああ、あるある」
 香が笑って言うと、淳也が亮に目を向けた。
「亮――ちょっと、トイレ行ってきたらどうだ? 少し顔洗ってくるといい」
「そ――そう、させてもらう……くくっ――」
 相変わらず噴き出し気味の亮がトイレへ向かうと、淳也が恵梨花と同じタイミングでホッと安堵の息を吐いた。
「さて、次は何しようか……?」
「アミューズメントとボウリングとやったから……後はスポーツとカラオケ――あ、ビリヤードやダーツなんかも残ってますね」
 淳也の呼びかけるような問いかけに答えると、恵梨花が「んー」と悩むような声を出した。
「どうしたの、恵梨花?」
「うん。えーっと、今三時過ぎたとこなんだよね」
「そうだけど?」
「うん、だからきっと亮くんが――」
 恵梨花がそう言いかけたところで、その亮が戻ってきて――
「――なあ、腹減らね? あっちのフードコートで何か食わねえか?」
 その亮の言葉が頭に浸透したところで、香と潤也は揃って愕然とする。
「え……?」
「亮……今、何て……?」
「だからフードコートで何か食おうって」
「――いや、その前」
「……腹減った、ってのか?」
「嘘だろ……」
 淳也が呟くように言うのに合わせて香もコクコクと頷いていると、恵梨花が「あはは……」と苦笑している。
「やっぱり、亮くんお腹空いちゃったかー……」
「そりゃあな、体力的に大したことないとは言え、そこそこ動いたしな」
「……亮くん、動いてなくてもお腹空いてるような……ううん、いつものことか……」
 諦めたような恵梨花に、淳也と香は未だ唖然としたままである。
(え、ええー……あ、あれだけ食べてお腹空くって……信じられない、どんな体してんのよ……)
 そういう訳でひとまずフードコートに行くことになった四人である。



「ふーん、スポーツ系にカラオケ、ビリヤードとダーツか……」
 亮がホットドッグを大口で齧って、それを飲むようにスルスルと口の中へ入れていった。
「亮くん、何かしたいのある?」
「したい、ってかカラオケ行ったばかりだよな?」
「そうだね」
「だから、それ以外か……?」
 言いながら亮が手を伸ばすと、テーブルの上に並んでいた唐揚げやフライドポテトが見る見る間に無くなっていく。
「……亮くん、ちゃんと噛みなさい」
 香と淳也も思っていたであろうことを、恵梨花が言った。
「噛んでる噛んでる」
(嘘だ!!)
 香は内心で思いっきり突っ込んだ。
 横で淳也が恵梨花に同意するように頷いている。
「はあ……じゃあ、カラオケ以外?」
 何回も言ってきて、それでも聞かない息子を見る母のような顔をする恵梨花。
「そうだな――そっちは? 何かしたいのねえのか?」
 亮に目を向けられた淳也は少し考えて言った。
「ダーツはそれほど興味無いんだよね……となるとスポーツ系か、ビリヤードかな……」
「私もそれのどっちかかな……」
 相槌を打ちながら香は、施設紹介している張り紙――その中の『テニス』と書いてあるところを見て、ピンと閃いた。
(そうだ、テニス――! 高校の時にテニス部のキャプテンやってた淳也さんなら、確実に勝てる! 圧倒的に勝てる――!! 今日の負けた部分の印象を取り返す以上にインパクトもある!! これよ――これだわ――!!)
 香が拳を握ってガッツポーズをとっている間、淳也と亮がアイコンタクトをしているように目で会話をしていた。
 それがチラッと見えた香が首を傾げていると、淳也が提案するように亮へ言った。
「あー、そうだな……なあ、亮、俺高校の時にテニスやってたんだよね」
「ヘー、ソウナノカ」
「うん。久しぶりにちょっとやってみたくなってさ。付き合ってくれないかな……?」
「シカタネエナ……カマワネエゼ」
 二人がそう話しているのを香は驚きながら見守っていた。
(なんてことかしら! こんな都合のいい展開になるなんて……これが神の思し召しというのかしら!? そう、神様も淳也さんの勝利を――引いては私の応援をしてくれてるのね……!)
 そんなことを考えていると、亮が何かに耐えるように神妙で、それでいて複雑そうに眉を曲げ、そして口に手を当てて俯いた。気のせいか、肩が小刻みに震えているように見える。隣では恵梨花が何を見ているのか、後ろを振り返っている。こちらも肩が震えているように見える。
「……どうしたの、二人共?」
 聞いてみると、二人が答える前に淳也が割って入った。
「ねえ、香、ちょっとカウンターの方へ行って、コートの空きがあるか確認してもらっていいかな?」
「あ、わかりました! 任せてください、行ってきますね!」
 タタタッと香はカウンターへと駆けていく。
「…………も、もう、いいよな?」
「ああ、いいよ」
「ぶはっ――くくっ――はあっはっはっはっ…………はあー……こいつはキツいぜ……」
「亮くん、あとちょっとだから! 頑張って――!」
「いや、そうは言うがな……俺だけだよな? アレに慣れてないのって……」
「あ、確かにそうなるのか……」
「そっか、亮くんだけ……確かに初見であの内容の独り言は……香……やっぱりまだ直ってなかったなんて、あの癖……」
「いや、本当……後どれだけ耐えねえといけねえんだ、これ……もう言ってやれよ、思考が口から漏れてるって……」
「そんなとんでもない――」
「ダメよ、そんなの――」
「あれこそが香なんだから」
 香を良く知る淳也と恵梨花の声が綺麗に重なった。
「ハモるなよ……」
 げんなりと亮は言ったのであった。



「頑張ってね、亮くん――!」
「……一応言っておくと、俺テニスやったことねえんだけど……」
「え、そうなの――!?」
「おう」
「そ、そうだったんだ……ルールは? わかる?」
「まあ、なんとなくは」
「そっか……あ、亮くん、ボールぶつけて倒したら勝ちなんてことはないからね!?」
「……やっぱりそうだよな?」
「そうに決まってるじゃない……何でそう思ったかは察しがつくけど」
 そんな会話をしている亮と恵梨花に、淳也が割って入った。
「俺も察しがついたけど――亮、その知識を得た漫画は忘れるんだ。アレはテニスに見えるけど、テニスのようなまったく別の何かだから」
「……だよな。おかしいと思ってたんだ」
 腑に落ちた様子の亮に、同じく察しがついた香もホッとした。
(危ない危ない……淳也さんにボールぶつけられまくって怪我でもしたら堪らないわ……それにしても、未経験者か……オホホホホ、間違いなく淳也さんの勝ちね、これは……! 恵梨花、淳也さんの雄姿をよく見てなさいよ!!)
 無事にテニスコートを借りれてから、女子二人共、普通のスカートという運動に適した格好でないということで恵梨花と香は互いのパートナーの応援に徹し、淳也と亮の勝負を見守るという運びとなった。
 ただテニスで遊ぶということでなく、話し合っても無いのに、その上亮は未経験者だというのに、何故か勝負という運びになったのがよくわからないが、香にとっては都合が良すぎる展開で大歓迎であった。
「じゃあ、香、審判頼めるかな?」
「はい! 任せてください!」
 中学時代に香もテニス部だったので、当然のこととして受け入れた。
「サーブはどっちからにする?」
 淳也の問いに、亮は首を傾げた。
「確か最初に打つやつだったよな……? よくわかんねえし、そっちからで」
「ははっ……オーケー。1セットマッチでいい? てか、現役退いてるからそれ以上はキツいし」
「お、おう……」
 わかってなさそうな亮に淳也は苦笑してからボソッと呟いた。
「――でないと、多分勝てないだろうし……」
「うん……?」
「いや、何でもない……それじゃあ――」
 目で促し、淳也は亮と一緒にコートへ入り、ベースラインに立つ。
「……俺はどこに立ったらいいんだ?」
 亮に聞かれて、改めて亮が素人なんだなと苦笑する。
「レシーブはネットの自分の側ならどこでもいいよ。でも、俺と同じぐらいの位置か後ろの方がやりやすいと思うよ」
 頷いた亮は淳也と対角の位置という一般的な位置に立った。
 それを見て、淳也が香と視線を合わせると、香が頷き手を上げる。
「1セットマッチ、山本サービスプレイ!」
 その宣言と共に、元テニス部キャプテンである淳也と、ど素人亮の、一見は勝負になるはずもないテニス勝負が始まったのであった。
 
 
 
************************************************
励みになりますので感想いただけると嬉しいです。

次回は魔王に挑む勇者!
ん? どっちが魔王なんでしょうね……?
次回の更新は数日の内に。

Bグループの少年 七巻
ですが、早いとこだともう今日から並んでたみたいです。私も驚きました(笑)
なので、せっかくだから今日の更新という訳でした。
もう買って読んでくださった方もいるようで、ありがたい限りです!
書き下ろしも面白かったようで、ホッとしております

アマゾン、他のサイトなどでも発売始まっているようなので、是非とも!
何故かアマゾンではB少だけ売り切れてるようで……
他の同日発売のアルファ作品は売っているというのに……!
思い返せば、既刊でも似たようなことがあったような気がしますので
一時的なことだと思います。すぐ発売再開されるかと……

本屋の方では早いとこで今日並んでいたことから明日から各地で並び始める
んじゃないかなと思います。興味がある方は週末のお供として是非!!

あ……書店で発見したら、Twitterの方で画像と一緒に教えてもらえたらなーと思ったり。
なにせ、私明日から旅行なもので(笑)


↓こちらの作品も是非↓

『社畜男はB人お姉さんに助けられて――』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/249048187/870310808


おまけツイートとか流してるので、興味ある方は是非↓のツイッターまで
https://twitter.com/sakuharu03
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