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〈二〉数時間前にあった出来事

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「なんで、会社を辞めさせてまでぼくを呼び戻したんだよ。店を立て直すためじゃないの! 社長が仕事をせずに一日中酒ばかり飲んでいて、会社が良くなるわけがないだろうが!」

 卸売業者や、道の駅等にお菓子を納品して戻り、店の裏の駐車場に、車を止めたところだった。そこで、別の車の中に隠れるように入ってゴソゴソしている父親の姿が目に入った。ぼくは、その車のドアを開け、中にいた父親に向かって、大声で怒鳴った。

 車のハンドルは、ハンドルロックで固定しており、運転できないようになっている。父親に飲酒運転をされてはたまらないと思ったぼくが、カー用品店で購入し、勝手に運転できないようにハンドルにはめているのだ。

「かいしゃがどうしたらよくなるか、かんがえているんら……」

 いくつか缶ビールの入った、レジ袋を隠すようにしながら、父親はろれつが回らない話し方でそう繰り返した。

 これまでも何度となく、このようなやり取りを繰り返してきた。この日は朝から、遅れた支払いの催促が取引先からあった。会社に問題が起きたとき謝るのはいつもぼくだ。社長である父親は逃げ回って何もしない。

「昼間から酒を飲みながらか! いい加減にしろよ!」

 ぼくは、父親の胸倉を左手で掴み、運転席から引っ張り出し、立ち上がらせた。ぼくは右手の拳に力を込めた。思いっきり殴ろうと父親の顔をにらみ付けた瞬間、力が抜けた。

 焦点の合わないうつろな目でボォーっと立っている父親。赤ら顔で口を半開きにして酒臭い息を吐きながら、力無げに立っている。髪はほとんど抜け落ち、頭皮を白い産毛が覆っている程度にしかもう髪の毛は残っていない。

「うぅっ……、わぁーー!」

 ぼくは、怒りをどこにもぶつける事ができず、大きな声で叫び声を上げた。ぼくは父親をつかんでいた手を離した。その途端、ドスンと音を立てて父親は尻餅をついた。

「うぅぅ……」

 父親のうめき声が聞こえた。

「ウワーーッ! オーッ、オッ……」

 ぼくは、号泣しながら家に戻り、自分の部屋に入った。その日は仕事に戻らず食事も取らず、大きな声を上げて泣いた。涙がとめどなく流れ続けた。

 今まで読んできた多くの本に親孝行の大切さが書かれてあった。ぼくは、「親孝行をしなければいけない」というこだわりにより、やむにやまれず帰ってきた。それなのに……。

 どれくらいの時間、泣き続けただろう。ぼくは泣き疲れ、パジャマに着替え、布団に横になった。
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