【完結】ハッタツ戦記 -ぼくらは、異世界転生しなくても常に戦場の中-

笠井小太郎

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〈七〉土蔵喫茶きゅうべえでの出来事

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 土蔵喫茶きゅうべえは、ゆずやの近くにある。ゆずやの隣が呉服屋で、その隣が土蔵喫茶きゅうべえだ。2軒隣とはいえ、すぐに着かない。土蔵喫茶きゅうべえが入っている蔵は、とても大きい。赤橋に有る他の店、3軒分くらいの大きさだ。

「こんにちは。おっちゃん、食べに来たよ!」

「おお、よく来たね」

「おっちゃん、柚餅子ユベシの切れ端持ってきたよ。一緒に食べよ」

「おお、ありがとう。ゆずやの柚餅子ユベシは日本一のおいしさだ。俺、大好きだよ。早速いただこう。うん! 柚子の良い香りだ!」

 川井のおっちゃんは、柚餅子ユベシを嬉しそうに食べた。

 おっちゃんは、アイスコーヒーを入れてくれた。ぼくは、ガムシロップとミルクを入れてかき混ぜたアイスコーヒーをストローで飲んだ。

「おまちどうさま。ミルク金時ができたよ」

「わぁ、おいしそう! いただきます!」

 川井のおっちゃんが、作ってくれたミルク金時には、いつものようにぼた餅くらいの粒あんが乗せられ、それが漬かるくらい、たっぷりの練乳がどろっと掛けられていた。

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 川井のおっちゃんは、ニコニコしながら、夢中でミルク金時を食べるぼくを見ていた。

「ねぇ、おっちゃんの御先祖様が、赤橋を作ったときの話を聞かせて」

 この赤橋の町並みは、川井のおっちゃんの御先祖様が作ったそうだ。ぼくは、この昔話が好きで、よくおっちゃんにせがんで聞かせてもらっていた。

「俺の先祖は、川井久兵衛という名前で、ベンガラという色粉を作って売っていたんだ」

「落ち着いたきれいな色だよね!」

「おう、良い色だよな。昔、この辺りは、銅山の採掘で栄えていたんだけどな、明治時代の始め頃に、山から銅が取れなくなってしまったんだよ。それで、銅山で働いていたみんなは仕事が無くなってしまった。そのような時に、たまたま久兵衛が、銅山から取れる鉱物から、ローハという名前の、ベンガラの原料を作り出すことに成功したんだよ」

「おっちゃんの御先祖様、すごいよね!」

「ありがとう。それで、ベンガラを作って売り始めたんだけどさ、最初は知名度が無くて、売れなくてね……。そこで、評判を上げようと、大金をはたいて、店の前の小川に、ベンガラで塗った美しい橋をかけたんだ」

「それが、あの赤橋なんだよね!」

「そうそう! できたばかりの、赤橋は、とても美しいあかがね色で、ベンガラという色粉の評判が人の口から口へ伝わっていったんだ」

「そういうのを口コミって言うんだよね!」

「そうそう! 口コミ! 話題になって当時の新聞にも載ったそうだよ。それでな、久兵衛は、店の屋号を『赤橋屋』にして、ベンガラを全国に売り込み始めた。そしたら、どんどん赤橋屋のベンガラが、売れ始めたんだって」

「へぇー、すごいね!」

 ぼくは、目を丸くして、驚いた。

「ベンガラが売れて、赤橋屋の経営に余裕が出てきたところで、赤橋屋の周り一帯を、ベンガラを使った建物でいっぱいにしようと久兵衛は思った。この地区全体を、ベンガラを使った建物の展示場にしようと思いついたんだよ。それで、手始めに、赤橋屋の壁をベンガラを混ぜたしっくいで塗り直し、格子等の木材も全て、ベンガラを使って塗った」

「そのときに、ゆずやもベンガラで塗ったんだよね」

「そうだよ。健ちゃんのひいひいおじいちゃんが、久兵衛の提案に一番に協力してくれたそうだよ」

「それで、この地区全部があかがね色になったんだよね」

「そうなんだよ。この地区全部を展示場にする久兵衛の作戦は、大当たりし、赤橋屋のベンガラの評判は高まった。その後は、生産が追い付かないくらいにベンガラが売れるようになったそうだよ」

「何度聞いても良い話だね」

 ぼくは、身近な人の御先祖様が、危機的状況を乗り越えた話を聞き、とても感動した。

「俺が、子供の頃に、酸化鉄から、ベンガラを安く作れるようになったんで、赤橋屋で、ベンガラを製造することは止め、店は廃業しちゃったけど、このベンガラで塗られた町並みは、これからも残って行ってほしいな」

 ぼくの御先祖様が営む菓子処ゆずやも、赤橋屋が廃業するまでこの地区で順調に売上げを伸ばし続け、多くの財産を蓄えたようだ。

 川井のおっちゃんは、温かいお茶をぼくに差し出してくれた。土蔵喫茶きゅうべえのミルク金時は、量が多いので、全部食べると、口の中がまひしたようになる。そのため、温かいお茶は欠かせない。

「ごちそうさまでした。今日もミルク金時、おいしかった! 川井のおっちゃんが作るミルク金時、大きな粒あんと、たっぷりの練乳が、最高! これを食べると、本当に幸せな気持ちになるよ。久兵衛さんの昔話もまた聞かせてね。ありがとう」

「また、遊びにおいで」

 ぼくは、お茶を全部飲み終え、手を合わせたあと、川井のおっちゃんにお礼を言った。
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