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〈九〉気持ちを切り替えて、お菓子の製造へ
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ゆずやの朝は早い。毎朝5時には、お菓子作りが始まる。ぼくは朝早く起きて工場へ行き、真っ白な調理着と衛生帽をロッカーから取り出して着込んだ。工場の出入り口で長靴に履き替え、扉を開けた。
「健太、おはよう。もう大丈夫?」
心配そうな声で、もう工場へ来ていた母がぼくに声をかけてくれた。
「お母さん、おはよう。気持ちを切り替えたからもう大丈夫だよ。」
ぼくは母にそう言った。昔は従業員さんが何人もいたが、経営不振により辞めていった。今は母とタミさんとぼくでお菓子の製造をするようになった。
工場には、たくさんの機械が並ぶ。餅や団子の生地をついたり、こねたりするための電動のきねと臼。餅米を蒸すせいろう。団子の中にあんこを包むための包あん機。餅米や小豆等を水で研ぐ機械。工場の中に所狭しと並んでいる。
父親は、先祖が残してくれた財産を担保に銀行からどんどんお金を借り、過剰な投資をしてきた。それにより、原料の支払いだけではなく機械のリース料やもろもろの負債の返済がゆずやに重くのしかかってきた。
病院で診断されたことはないが、父親もきっと発達障害なのだろう。周りが必死に止めても、自分が決めたことを強引に実行しようとする。
父親は先祖代々の財産を食いつぶし、借金を膨らませた。だが、ぼくはそのお金で大きくなり私立大学まで卒業させてもらったので、一方的に責めることはできない。
赤橋周辺は少子高齢化のために人口が徐々に減少しており、ゆずやの売上げは年々下がる一方だった。父親は、支払いや返済のやりくりのストレスを紛らわそうと、昼間から酒を飲むようになり、酒が手放せない体になったようだ。
父親は支払いの催促の電話に出るのが嫌で、今日もゆずやに来ていない。
ぼくがゆずやに戻るまでの間に、アルコール依存症の治療のために母が父親を入院させたこともあったが、お金のやりくりのストレスから退院後またお酒を飲み始めたのだそうだ。
「売上げを増やしてお金が回るようにしないと、いくら病院に入院してもお父さんのアルコール依存症は治らない。何とか売上げを上げなきゃな」
ぼくはつぶやきながら、米の粉に柚子を加工してマーマレード状にしておいた物を加え、せいろうに入れて重ねた。バルブを緩めると、ボイラーから管を伝って蒸気が吹き出してきた。水蒸気は、せいろうを通り抜け、モクモクと勢いよく立ち上り始めた。
「おはようございます。今日は、寒いねぇ」
タミさんは、いつも8時に出勤してくる。バットに流し込んで冷ました柚餅子を四角く切り、砂糖にまぶして袋詰めする作業にタミさんは加わった。
「今日も、タミさん歩いて来たの」
「そうよ。寒くなっても、健康のために歩くのは続けるわよ」
タミさんは、以前は車で通勤していたが、ぽちゃぽちゃとふくよかな体型を改善しようと、今年から、2本のポールを両手に持ってリズミカルに地面を突きながら、歩いて通勤していた。ノルディックウォーキングというそうだ。
「普通に歩くより、運動の効果があるのよ」
タミさんはそう言っていた。タミさんはぼくが通った中学校の辺りに住んでいるので、歩いて通えない距離ではなかった。
「よしっ、できた。それじゃあ、健太は配達、タミちゃんは事務をよろしくね」
「はい!」
母がぼくとタミさんにテキパキと指示を出し、朝のお菓子の製造は一段落した。
直売所に納品して回って店に戻ったら、母が柚子を加工していた。地元の農家さんが、収獲した柚子を持ってきたのだ。この柚子の皮を傷まないうちに、マーマレード状に加工し、袋に詰めた後、加熱殺菌し冷凍保存しておく。そうすることで、米の粉と年中混ぜ合わせて柚餅子を作ることができるのだ。
「柚子の良い香りがするね」
「私は、一日中、柚子の前にいるから、鼻がおかしくなってきたよ」
母は笑いながら答えた。ぼくも、この日の作業を終える頃には、鼻がおかしくなってきた。
「健太、おはよう。もう大丈夫?」
心配そうな声で、もう工場へ来ていた母がぼくに声をかけてくれた。
「お母さん、おはよう。気持ちを切り替えたからもう大丈夫だよ。」
ぼくは母にそう言った。昔は従業員さんが何人もいたが、経営不振により辞めていった。今は母とタミさんとぼくでお菓子の製造をするようになった。
工場には、たくさんの機械が並ぶ。餅や団子の生地をついたり、こねたりするための電動のきねと臼。餅米を蒸すせいろう。団子の中にあんこを包むための包あん機。餅米や小豆等を水で研ぐ機械。工場の中に所狭しと並んでいる。
父親は、先祖が残してくれた財産を担保に銀行からどんどんお金を借り、過剰な投資をしてきた。それにより、原料の支払いだけではなく機械のリース料やもろもろの負債の返済がゆずやに重くのしかかってきた。
病院で診断されたことはないが、父親もきっと発達障害なのだろう。周りが必死に止めても、自分が決めたことを強引に実行しようとする。
父親は先祖代々の財産を食いつぶし、借金を膨らませた。だが、ぼくはそのお金で大きくなり私立大学まで卒業させてもらったので、一方的に責めることはできない。
赤橋周辺は少子高齢化のために人口が徐々に減少しており、ゆずやの売上げは年々下がる一方だった。父親は、支払いや返済のやりくりのストレスを紛らわそうと、昼間から酒を飲むようになり、酒が手放せない体になったようだ。
父親は支払いの催促の電話に出るのが嫌で、今日もゆずやに来ていない。
ぼくがゆずやに戻るまでの間に、アルコール依存症の治療のために母が父親を入院させたこともあったが、お金のやりくりのストレスから退院後またお酒を飲み始めたのだそうだ。
「売上げを増やしてお金が回るようにしないと、いくら病院に入院してもお父さんのアルコール依存症は治らない。何とか売上げを上げなきゃな」
ぼくはつぶやきながら、米の粉に柚子を加工してマーマレード状にしておいた物を加え、せいろうに入れて重ねた。バルブを緩めると、ボイラーから管を伝って蒸気が吹き出してきた。水蒸気は、せいろうを通り抜け、モクモクと勢いよく立ち上り始めた。
「おはようございます。今日は、寒いねぇ」
タミさんは、いつも8時に出勤してくる。バットに流し込んで冷ました柚餅子を四角く切り、砂糖にまぶして袋詰めする作業にタミさんは加わった。
「今日も、タミさん歩いて来たの」
「そうよ。寒くなっても、健康のために歩くのは続けるわよ」
タミさんは、以前は車で通勤していたが、ぽちゃぽちゃとふくよかな体型を改善しようと、今年から、2本のポールを両手に持ってリズミカルに地面を突きながら、歩いて通勤していた。ノルディックウォーキングというそうだ。
「普通に歩くより、運動の効果があるのよ」
タミさんはそう言っていた。タミさんはぼくが通った中学校の辺りに住んでいるので、歩いて通えない距離ではなかった。
「よしっ、できた。それじゃあ、健太は配達、タミちゃんは事務をよろしくね」
「はい!」
母がぼくとタミさんにテキパキと指示を出し、朝のお菓子の製造は一段落した。
直売所に納品して回って店に戻ったら、母が柚子を加工していた。地元の農家さんが、収獲した柚子を持ってきたのだ。この柚子の皮を傷まないうちに、マーマレード状に加工し、袋に詰めた後、加熱殺菌し冷凍保存しておく。そうすることで、米の粉と年中混ぜ合わせて柚餅子を作ることができるのだ。
「柚子の良い香りがするね」
「私は、一日中、柚子の前にいるから、鼻がおかしくなってきたよ」
母は笑いながら答えた。ぼくも、この日の作業を終える頃には、鼻がおかしくなってきた。
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