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針仕事
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旅が終わりに近付いた、各地の問屋や、屋敷の離れを泊まり歩いた、静は部屋に入ると、十造にぴたりと付いて離れなかった、夜は激しく十造を求め、寝かせなかった
十造は、静のやりたい様にやらせた、それも今日の昼までだった
「静殿、そろそろ、化粧や着替えの時刻ではないか
そのままで、良いのか」
「はい、このままで宜しいかと」
「馬鹿な、頼むから着替えて、化粧をしてくれい
刻限が近づいておるわ」
静が、真剣な顔で
「十造様、静の最後の願い、そのまま静を抱きしめてください」
十造の胸に顔を埋め、泣きながら、話しだした
「何故でございますか、出合ってからずうっと助けていただき、私の我が儘に文句も言わず、面倒を見ていただき、そして、そして、こんなに好きなのに、毎晩の様に愛していただき、幸せを与えていただき、そのただなかに、別れて、合うても居ない人と一緒になれと、静は、犬や猫でしょうか、何故一緒に暮らせと、何故戻って来いと言ってはくれませぬか、こんな事になるなら、こんな悲しみがあると知っていたのなら、こんなにつらいのならば、あの時静は、兄と一緒に死んでしまえばよかったのです
ウウーおーおーうっ、ウウーウウー、十造様の馬鹿、馬鹿、馬鹿、こんなに好きなのに、本当に好きなのに、ウウー、ウー」
両手の拳を何度も十造の胸にうち当てた
十造は静をしっかり受け止め落ち着くのを待って口を重ねた、十造の胸元は、静の涙で濡れていた
長い口づけが静を元に戻した
「それでは、静は、着替えて参ります」
暫くの後に、迎えの輿が到着して、静の出を待っていた
綺麗に身繕いした静が現れ
「十造、介添えを」
「ははー」
無表情の静が、輿に乗る介添えを十造に命じた
片手を差し出した十造の手に、静が手を添える、輿に乗る前に静が、きつく十造の手を握った
二人の別れは、これで、あっけなく終わったのだ
十造は、輿を見送りもせずに荷物をまとめて帰路についた
何もかもが灰色に見えた。
あの日あの時、別の道を通っていれば、こんな事には、
、、十造も静と同じ思いなのだ
帰り道はもう話し相手も居ない、なあに、家にすぐ帰りつくってものよ、そう自分に言い聞かせた
どうやって帰って来たのかわからない、気が付いたら家の戸を開けていた
帰りがけ、酒だけはたっぷりと買って来た
囲炉裏に火をくべようと、屈み込む側に、女文字の書状があった
『十造様
実は、この度の輿入れは、静は、ずいぶんと前から存じておりました
ただ戦が総てを変えてしまいました
皮肉なもので、その戦がなければ静は、十造様に巡り会えなかったのです
沢山ひどい目に合うたのに、思い出されるのは、十造様との楽しい思い出ばかり
心配はいりませぬ、静は強く生きて参ります
何故ならば、私は、かっこうですから
静』
酒を飲みながら十造は、口を開けば、かっこう、かっこうと言うてからに、今度は文までか
その意味するところなど、考える心の余裕などある筈も無かった
酒を飲んで静の事を忘れようとしたが、他の事は忘れて静の事だけが浮かんで来る
山の中の一軒家、十造は泣いた、大きな声をだして、静の名を呼んだ
「十造殿、入ります、何とこれは、十造殿、十造殿、しっかりして下さい、十造殿
うっ、酒臭い、どれほど飲めばこの様な、、、」
十造は、いつのまにか、囲炉裏に胡座をかいて、寝てしまっていた
「お、三郎いかがいたした」
「はあ、父に言われて、仕事の話を、しかし、この荒みようでは、埒があきませぬな、後日改めて」
「待て待て、仕事の話しなら受けた、引き受けるぞ」
「なんですかな、その投げ槍な、何も言わぬうちから、引き受けるとは」
「おう、今ならば、肥汲みでも喜んで引き受ける所存じゃ、可哀想だから、仕事の内容位聞いてやる、申してみよ」
三郎は、十造が静を失った事に気が付いた
かなり重傷だのう、果たして仕事の話しなど聞いてくれるかのう、第一、未だ酔うておられる、ぐらぐらと揺れておる
「三郎、早よう話さんか」
やれやれ
「この近辺も織田と六角の争いが激しさを増しております
六角は圧倒的な織田を、不意打ちや待ち伏せで攻撃し、ある程度の成果をあげております
そして、今、六角は石部の城に籠り指示を発しております
正直、織田は京への道が安泰ならば、六角は後回しにしたいのですが、千種街道近辺に出没しておるそうな、調べたところ、南近江、正雲寺を根城とする六角の手先がおりました、この寺の始末をつけるのが此度の仕事です」
「わかった、良いだろう、受けたぞ、誰と一緒か、二人ともか」
「いえ、今回は四郎も私も、摂津の本願寺方面に行く仕事があります
しかし、末の兄弟が組ますゆえ」
「なに四郎が末ではなく、まだ下がおったのか、それは初耳」
「はい、楓と申します」
「なにぃ、女子の様な名前じゃの、さては藤六殿、女子が欲しくて、その様な名を」
「いえ、女子でございます、しかも、殺し、特に手の届く範囲では、父も男兄弟皆敵いませぬ」
「ものすごい傑物だの、しかし、儂は、火薬を扱うのだぞ、女子の吹き飛ぶところは見たくはないわ」
三郎は、ニヤニヤしながら
「しかし、十造殿はこの仕事受けたとおっしゃいましたな、すでに三回程」
「えーい、嵌められたわ、よかろう、しかし一度、正雲寺の様子を知りたい、顔合わせついでに観音寺の市で待ち合わせじゃ
だめそうならば儂一人の仕事でどうかの」
「承知しました、では楓に、音も無く、十造殿の背後を取り、首すじに小枝を当てよ、と言うて置きましょう」
「その楓には、儂は、」
「おっと、お待ちください、十造殿の事は、何も伝え無くとも、捜し出しましょう」
「何、人混みの中で儂を見つけしかも、背後を取ると言うのか」
「いえ、首筋に小枝もです」
十造は薬屋の格好をして、観音寺の市に来ていた、ここも信長が市を開放して賑わいを見せていた
人混みの中で視線は何も感じない、ぶらぶらと適当に歩きまわるが、もう市の外れまで来ていた、引き換えそうと舞われ右をした瞬間、首筋に何かが触った
振り返ると、まだ若い娘が旅装束で立っていた、無表情に頭を下げた
十造は、呆気に取られ声も出せない、余りにも見事な手並み、しかも、人混みではなく、空いている場所で、、、
「お前が楓か、見事な手並み、儂は命びろいしたわ」
ん、反応がない、どうしたのだろう、機嫌でも損ねたか
楓が自分の耳を指差し、手を振った
そうか、そういう事か、耳が悪いのだな
成る程、しかし儂でなくとも、忍の背後を簡単に取れるとは、恐ろしい手練、確かに藤六殿も敵うまい
殺そうと狙った相手は、簡単に餌食になろう
さらにも増して、気配を絶つ忍び足の見事さ、恐れいった
さて、十造は困った、かなりの使い手と組むのは良いとして、意思をいかに伝えるか
まあ良いわ、腹ごしらえしてから、正雲寺付近の偵察といくか
背中を指でつつかれる、振り返ると今度は、楓が飯を食べる仕草をした、そして、自分を指差し、握り飯を作る動きをしてから、手のひらを十造に差し出した
「おー、成る程のう、解る、わかるぞ、楓、握り飯を作ったのだな、それを儂にもくれるとな
先ほどの川辺に腰掛け、馳走になるぞ」
楓が頷いた
「そうか、お前は、口の動きで大体の言葉が解るのだな」
楓がまた頷いた
二人で川辺に腰掛け握り飯を食べる
身振り手振りで、旨いだの、お前が作ったのかだの聞いてみる
答えは、頷くだけの簡素なものだった
十造は、棒切れで地面に、正雲寺偵察と書いて見せた
楓は頷き、十造に竹の水筒を手渡した
これは、はて
「お前、もしや、いやそんな馬鹿なことが有るものか」
握り飯を食べ終えて、正雲寺へと向かう
十造と楓は正雲寺が見えて来ると、道を逸れて寺を一周する事にした、先ず正門を観察した、五、六人の足軽装束が門番に付いていた、特に緊張感が感じられぬところを観ると、ここへの襲撃はされたことが無いのだろう
楓が、肩をつつく、手で円を描いて、自分を指差した
十造は頷き、楓に寺を一周させる役を任せた
上手く行けば中へ潜入できるかも知れぬ、爆薬は既に薬箱に入れてある
段取り良ければ、今夜にでも片付けようわい
流石に暇そうに見えても、正門は人の出入りがあった
皆何らかの戦仕立てである
砦代わりなのは間違い無いであろう
一回りにしては、楓が遅い様な気がする
はて、どうしたものか、しかし、見つけられたのなら、今頃大騒ぎであろう、何か重大な物を見つけたのなら、検分しているであろうし
まあ、待つのが策よ
お、帰って来よったわ
「無事であったか、少し案じておったわ」
楓が無言で懐から、紙を取り出し十造に渡した
「げっ、こ、これは、この寺の絵図面ではないか、その女の旅支度のまま、忍び込んだと言うのか」
言葉が無かった、様子見だけに来たつもりが、その目的の殆んどを終ってしまった
面白い、全てが常識はずれ、十造の上をいっていた
二人は一旦、その場を離れ安全な場所へと移動した
十造は暫く考えた、そして策が決まった
楓が本堂に、火炎爆薬を仕掛け火災を起こさせる、十造はその間、囮として寺のあちらこちらで騒ぎを起こす、終わったならば、ここへ戻って来る
楓が地面に夜と書いた、十造は、首を振り、今と書いた
楓は無表情に頷く
必要な爆薬と、導火線の扱い方を教え、再び寺へと向かう
十造はこの緊張感の無さなら、夜を待つ必要が無い事、そして何より、楓の能力ならば簡単な仕事に思えた
「よし、楓行け」
楓の肩をポンと叩き二人は動きだす
昼日中に、この目で楓の動きを見たかったのだ
楓は緊張の姿を見せるでもなく、すたすたと門の裏木戸を開けて中へ入って行った
恐ろしい奴よ、感心している場合ではないわ、儂も働かねばのう
十造は外から塀に向かって、手製の爆薬を投げつけた
爆発音が発し、わらわらと兵達が出てきた
小走りに移動しながら、二発目で、寺の塀の内部からものすごい火炎とともに煙があがった
「やれやれ、本物だわ」
今度は、正門からわらわらと我先に、逃げ出す者でごったがえして来る
中へ入ろうと門を潜ると、楓が肩を叩いて来た
「お前にかかると、朝飯前の仕事だの」
楓は理解できなかったのか、小首を傾げた
寺は見事に焼け堕ちた、後は帰るだけの二人である
「待て、貴様達見ない顔だな、ここで何をしておるのだ」
三人組の鎧侍だ、警戒線を敷いたのだろう、恐らく不幸な目に会うだろう
「はい、薬の商いで、そしたらお寺があのように」
「ふん、ここは伊賀にも、甲賀にも近い、まあ、良いわそこの女に聞いて見るとしよう」
鎧武者二人が楓を押さえて藪の中へ引き込んで行った
十造は思わず舌打ちした、これでは、楓の技が見えないではないか
「お前、その落ち着きようは、やはり、寺の火事と関係があるな」
そう言いながら、武士は刀を抜いた、そして、十造と対峙したとたん、崩れ落ちた
楓が武士の後ろに無表情で立っていた
と、言うことは、、、十造が草藪を覗くと、先ほど楓を引き込んだ二人は死んでいた
武士二人を、声もあげさせず、瞬時に殺るとは、しかも、出血がない、よくよく見ると、一人は耳の穴、もう一人は、心の臓から少し、そして、最後の一人はおそらく、、、やはり首の後ろ、盆の窪を一突き
十造は楓に何かを突く動作をしてみた
楓が、右手を軽く振ると、袖のしたから、畳針を長くしたような道具が現れた、手のひら側には握りが付いて、五寸釘を細長くしたような形をしている
「ほーぅ、これをのう」
十造は思わず唸った、格闘の心得がある者ならば、相手の急所を狙うのが理想、だからと言って、動く相手に一撃で狙ったそこに、この様な細長い物を刺せるとは、例え急所ではなくとも、動く的に対して、狙った点に一分の隙も無く当てる、とても、人の技ではない
楓はおそらく二十才前、どのような修練をすれば、この様な技術が身に付くのか
まあ良い、今日は久々に勉強したわい、楓のお陰で忍としての目が醒めた
まだ日が高いし、帰ろうではないか
二人、気を弛めたその時だった、一瞬風を感じたその時には、楓は男の腕で羽交い締めにされていた
「よお親方、二人とも、この辺りじゃ見ねえ顔だな
先ずこいつに、右手の仕込みを捨てさせな
あんたは、背負子を外せ、ゆっくりとな」
身振りで楓に、右手の仕込みを外すように伝える
「なんだあ、こいつ聾か、片端じゃねえか」
十造は、こいつに強い殺意を覚えた
楓は、仕込みの針を落とすと、絞められたまま、右手で十造に手前に来いと、手首をくいくいと上げ下げした、その目はじっと十造を見ていた、十造は男の方へゆっくり進んだ、楓はじっと十造の目を見つめ続けている
「おい、そこまぅっ」
何の事はない、楓の左手にも、針を仕込んでいたのだ、ただ相手の顔の急所を正確に知るために、十造の目に映る相手を冷静に確認して仕留めた
しかも、目の玉を突いて脳に達するように
男の手からすり抜けた楓は、男の衣服で針を拭った、そして初めて声のような、ため息のような声を発した
「ほーっ」
死んだ男の腕には、クナイ(長い手裏剣)が刺さっていたのだ
楓はそのクナイも抜いて拭った、そして十造に向かって、クナイを返しながら、自分の右手で左の二の腕をポンポンと叩いた
十造は苦笑いを浮かべながら
「お前程の腕前ではないわ」
実際十造の攻撃だと、もう一度何らかの、手を打たねば仕止めにならない
楓は一撃で、相手を絶命させた
忍は捕らえられると、過酷な攻めが待っている、ましてや、くノ一ならば、筆舌に尽くしがたい、辱しめの後に嬲り殺しが関の山なのだ
藤六殿は何故この様な恐るべき事を、自分の娘に教え込んだのか
十造は、死臭や火薬の臭いで状況を予測した時に、静が言った言葉を思いだした
「悲しい能力でございますね、十造様」
ああ、そのとおりよ静、今ならばあの時のお前の言葉の意味が良く解るぞ
楓が首を傾げて、立っていた
「おお、すまん、考えておった、さあ、帰ろうぞ」
甲賀と伊賀の分かれ道で、楓はペコリと頭を下げて帰って行った
明くる朝
「どうしたというのだ、三郎、少し時間が早かろうに」
「はあ、飛んで来ました、二人の仕事に驚いて」
「そうか、儂はあやつの仕事に驚いたわ
今まで会うた、忍の中でも五本の指よ」
「はあ、解ります、しかし、父も言うておりました楓をどう使うたのであろうと」
「簡単な事よ、儂が手子にまわるのよ
後は、楓に任せて放っておいただけよ」
「はあ、これは気が付かなんだ、流石に十造殿ですな」
「ふん、で次の仕事はなんだ三郎
又、伊賀や甲賀に、顔の知られていない儂らがえらばれたのかな」
「違います、それは偶然にございます、堪忍してくださいませ」
十造は、三郎に酒を注ぎながら話を始めた
「のう、三郎、楓の話しになると、途端に返事が重くなるの」
「はあ、何と言うか、何処かで心配なのでしょうな、本人は、兄達が出来るのならば、自分にもと、思うておるのが解るのですが、やはり、一番後ろに置いときたいものでございます」
「解るぞ、どうしても、忍としては見れないのだろう
幼い時からの、一番下の妹でしかないのだ
藤六殿はもっとだの、たった一人の女子」
「おまけに母者がおりまする、楓に対しては、どうしても、、、ちゃんと生んであげられなかったと悔いが有るようで
やはり、どんなに腕をあげようと、家族にとっては、楓は妹の楓なのです、もしもがあったらなら、と思うと、自分の責任で、死んだほうが楽でありましょう」
「他の誰かと組むにしても、楓を、知ろうとしてくれる方でなくては、楓の技量を知る前に、言葉も通じぬ、くノ一の出来損ないと弾かれるのが、おちでしょう」
三郎の酒が進む、この様な話を、他人にはしたくはないだろうに
「父が言うてました、楓を使いこなせるのは、恐らく十造殿位のものよと」
「それが上手くいかぬ場合は、どうするのだ」
「何を申します、あんなに上手く行けば、三郎、四郎は、お呼びではないでしょうに
それに、あれほど楓を自由に使えるのは、十造殿だけです」
「こいつめ、何時の間にやら、軍師のような口を叩きおる
偉くなりおって
楓を使うて成敗してくれようか」
「お止めください、万が一にも助かりませぬ
あやつは、錐で菜種や胡麻を突けるのですぞ」
三郎は、最後に上機嫌で帰って行った、帰り間際に
「十造殿、組み合わせは、当分かわりませぬぞ」
「わかっておったわ、儂が未だ楓と組む気があるかどうか、確めて来いと、何処かの親父どのが、言うておったのであろう
何年の付き合いぞ」
「私は又、畿内へ向かいます、そのうち四郎が、顔を出す筈です、それでは」
その四日後
「今度は四郎か、忙しい兄弟よ、何の仕事だ」
「たまに顔を出さねば、十造殿は生きておるのか、死んでおるのか、解りませぬからな」
「ぬかせ、とっとと、要件を言わぬか、飲まさんぞ」
「今日は、駄目なんです、このまま、北近江を探りに行きます」
「そうか、浅井は今や反信長の急先鋒、警備が厳しいだろうに」
「まあでも、様子を見るだけですので、織田方は、朝倉よりも、浅井の動きを警戒しているようです
父は、そりゃあ、あの織田信長が、妹を嫁に遣って、同盟を結ぶ相手よ、手強いに決まっておろうと」
「フム、藤六殿の言う通りだ」
「あ、申し訳ない、要件を伝えねば」
「実は、西近江におきましては、朝倉、浅井が出張っており、比叡山とも良好な関係です、宇佐山城から北の琵琶湖沿いには、織田の勢力が及びません、一度で良いから、補給やらなんやらを邪魔して、脅威を与えて欲しいのだそうです」
「わかったわ、これから、出ようわい」
「えー、それでですね、えー、実は、その」
「わかっておったわ、何処で楓と待ち合わせじゃ、早う申さぬか」
片手を振り上げ、言いにくそうにしている、四郎を打つ真似をする
「わかりました、言います、言います、ここへ明日寄越します
私からも、宜しくお願い申しあげます」
三郎、四郎は妹の事になると真剣だわい
翌朝、何やら家の外が騒がしい、いつもより鳥が囀ずり、まるで十造の家が、鳥の群れに囲まれた様な賑わいだ
別にここは山の中だし、鳥等鳴いて当たり前なのだが、様子位は見て見ようと、戸を開け、通じはしない文句を言って見る
「えーい、朝からピーピーピーピーと、お前達は
一体何事か」
十造は動きが止まった、楓が鳥に囲まれていた、楽しそうにしている、十造は、初めて楓の笑顔を見た、その光景に見とれて立ち竦んでしまった
自然のままの美しい姿だ、楓が差し出す手に、小鳥が引っ切り無しにやって来て、戯れている
楓が片腕を大きく回して鳥達を帰した、十造が出て来たのを知っていたのだ
暫し、楓に見とれていた十造も、我に帰り手招きで中へと促した、楓は無表情に頭を下げて、家の中へ入って来た
初めて入る建物は、どんなに襤褸でも珍しいものだ
楓は旅支度をしている十造を待つ間に、家の中を遠慮無く見回って、興味があるものは手に取って見ていた
そうしながら、薬品の棚の前で動かなくなる、薬や薬草が入っている、瓶や壺に書いてある、名前と中身を見比べて、いちいち確めている
十造はそんな楓の様子を見ながら、旅の備えをしていた、棚には、毒薬や火薬の原料等が無造作に置かれており、臭いを嗅ぐのに、鼻から吸い込んでも、危険な物もある
十造は、誰も使わない、無味無臭の粉を使う、食当りの粉だった、紅天狗茸を主原料に人糞の粉やらを混ぜた強力な薬である
金ヶ崎の時に朝倉方を弱らせた薬だった
十造と楓の二人は、家を出て二日目には、早くも大阪を遠くに過ぎ、琵琶湖沿いを北上していた、堅田もとうに過ぎ比良の山の中に入り込む
十造は少し考えを纏めるために、楓と共に休んでいた
不思議な事に楓が座ると何処からか、小鳥が寄って来た、あの無表情の楓が笑みを浮かべて、手に乗せる
十造は、そんな様子を見ながら考えていた
成る程この辺りは、織田と浅井・朝倉がせめぎ合うてからに、危なくて山賊の類いもおらぬと見える
さて比叡山と浅井・朝倉は人以外に何を遣り取りしておるのか、金、武器、食糧、それらは西国からも来るであろう、遮断したところで無駄、ならば坊主か、何処にでもおるな、信長が何処かを攻めると必ず、一揆やら何やら呼応する、それには連絡がいる、連絡、はて、誰からの、首謀者からの、首謀者は、比叡山か、いや、ならば信長が潰しにかかる、そうすると呼応して、、んんん、琵琶湖をぐるりと回って布令を出す、誰もが言うことを聞く、信長が敵、毛利か武田、上杉、いや遠い、近くに、そう京におる、成る程、このじめじめしたやり口は、恐らくあのお方
「成る程、ふに堕ちる、確めてやろうぞ」
いきなり元気を出した十造に、楓に集まっていた鳥が驚いて逃げ出した
「おお、済まぬ楓、出かけるぞ」
十造達は、一山越えて朽ち木街道に出た、何の事はない、静と逃げてきた道を、今度は楓と遡っているのだ
このまま行けば、当然あの山賊達がいる筈だ
朽ち木街道を横切り、川の近くまで辿り着くと、奴らの根城が、そのまま残っていた
山賊の頭目、頭鬼牙蛇の住まいもそのままだ
楓を見張りに立て、家の中を覗く、山賊なだけあって昼間は寝ているようだ
手下達の寝ぐらも、ひっそりとしている
「よお、牙蛇の親分元気かい、儂よ、覚えておるかな」
寝ている牙蛇を棒で突く
「げっ、で、出やがなったな
何しにまた来たのだ」
「おう、儲け話を持って来てやったわ
まあ、儂の話を聞かぬか」
話は終わった、牙蛇の住まいを出ると、楓が居ない
川原の方を見ると人だかりが出来ていた、その中心に小鳥が輪を描くように飛んでいる、輪の中に楓がいた
集まった皆に、鳥を見せている
良く見ると、集まったもの達は、足や腕が無かったり片目だったり、男も女も五体満足な者がいなかった
牙蛇も外に出ていた
「あいつらは、あちこちの戦から逃げてきた、どこにも行く宛のない者達よ、何処かで百姓をするにも、手足が無い、俺達山賊のおこぼれがなきゃ直ぐに烏の餌食よ、誰にも看取られず、誰にも、助けられもせずにな、珍しいではないか俺達以外の者に近寄るなんて、それに、皆穏やかな顔をしておる」
十造は手を振って楓に合図して呼び戻した
楓の行動は慈愛に満ちてみえる、だが、何処か悲しさがある
少なくとも十造には、そうみえてしまう
十造は、静のやりたい様にやらせた、それも今日の昼までだった
「静殿、そろそろ、化粧や着替えの時刻ではないか
そのままで、良いのか」
「はい、このままで宜しいかと」
「馬鹿な、頼むから着替えて、化粧をしてくれい
刻限が近づいておるわ」
静が、真剣な顔で
「十造様、静の最後の願い、そのまま静を抱きしめてください」
十造の胸に顔を埋め、泣きながら、話しだした
「何故でございますか、出合ってからずうっと助けていただき、私の我が儘に文句も言わず、面倒を見ていただき、そして、そして、こんなに好きなのに、毎晩の様に愛していただき、幸せを与えていただき、そのただなかに、別れて、合うても居ない人と一緒になれと、静は、犬や猫でしょうか、何故一緒に暮らせと、何故戻って来いと言ってはくれませぬか、こんな事になるなら、こんな悲しみがあると知っていたのなら、こんなにつらいのならば、あの時静は、兄と一緒に死んでしまえばよかったのです
ウウーおーおーうっ、ウウーウウー、十造様の馬鹿、馬鹿、馬鹿、こんなに好きなのに、本当に好きなのに、ウウー、ウー」
両手の拳を何度も十造の胸にうち当てた
十造は静をしっかり受け止め落ち着くのを待って口を重ねた、十造の胸元は、静の涙で濡れていた
長い口づけが静を元に戻した
「それでは、静は、着替えて参ります」
暫くの後に、迎えの輿が到着して、静の出を待っていた
綺麗に身繕いした静が現れ
「十造、介添えを」
「ははー」
無表情の静が、輿に乗る介添えを十造に命じた
片手を差し出した十造の手に、静が手を添える、輿に乗る前に静が、きつく十造の手を握った
二人の別れは、これで、あっけなく終わったのだ
十造は、輿を見送りもせずに荷物をまとめて帰路についた
何もかもが灰色に見えた。
あの日あの時、別の道を通っていれば、こんな事には、
、、十造も静と同じ思いなのだ
帰り道はもう話し相手も居ない、なあに、家にすぐ帰りつくってものよ、そう自分に言い聞かせた
どうやって帰って来たのかわからない、気が付いたら家の戸を開けていた
帰りがけ、酒だけはたっぷりと買って来た
囲炉裏に火をくべようと、屈み込む側に、女文字の書状があった
『十造様
実は、この度の輿入れは、静は、ずいぶんと前から存じておりました
ただ戦が総てを変えてしまいました
皮肉なもので、その戦がなければ静は、十造様に巡り会えなかったのです
沢山ひどい目に合うたのに、思い出されるのは、十造様との楽しい思い出ばかり
心配はいりませぬ、静は強く生きて参ります
何故ならば、私は、かっこうですから
静』
酒を飲みながら十造は、口を開けば、かっこう、かっこうと言うてからに、今度は文までか
その意味するところなど、考える心の余裕などある筈も無かった
酒を飲んで静の事を忘れようとしたが、他の事は忘れて静の事だけが浮かんで来る
山の中の一軒家、十造は泣いた、大きな声をだして、静の名を呼んだ
「十造殿、入ります、何とこれは、十造殿、十造殿、しっかりして下さい、十造殿
うっ、酒臭い、どれほど飲めばこの様な、、、」
十造は、いつのまにか、囲炉裏に胡座をかいて、寝てしまっていた
「お、三郎いかがいたした」
「はあ、父に言われて、仕事の話を、しかし、この荒みようでは、埒があきませぬな、後日改めて」
「待て待て、仕事の話しなら受けた、引き受けるぞ」
「なんですかな、その投げ槍な、何も言わぬうちから、引き受けるとは」
「おう、今ならば、肥汲みでも喜んで引き受ける所存じゃ、可哀想だから、仕事の内容位聞いてやる、申してみよ」
三郎は、十造が静を失った事に気が付いた
かなり重傷だのう、果たして仕事の話しなど聞いてくれるかのう、第一、未だ酔うておられる、ぐらぐらと揺れておる
「三郎、早よう話さんか」
やれやれ
「この近辺も織田と六角の争いが激しさを増しております
六角は圧倒的な織田を、不意打ちや待ち伏せで攻撃し、ある程度の成果をあげております
そして、今、六角は石部の城に籠り指示を発しております
正直、織田は京への道が安泰ならば、六角は後回しにしたいのですが、千種街道近辺に出没しておるそうな、調べたところ、南近江、正雲寺を根城とする六角の手先がおりました、この寺の始末をつけるのが此度の仕事です」
「わかった、良いだろう、受けたぞ、誰と一緒か、二人ともか」
「いえ、今回は四郎も私も、摂津の本願寺方面に行く仕事があります
しかし、末の兄弟が組ますゆえ」
「なに四郎が末ではなく、まだ下がおったのか、それは初耳」
「はい、楓と申します」
「なにぃ、女子の様な名前じゃの、さては藤六殿、女子が欲しくて、その様な名を」
「いえ、女子でございます、しかも、殺し、特に手の届く範囲では、父も男兄弟皆敵いませぬ」
「ものすごい傑物だの、しかし、儂は、火薬を扱うのだぞ、女子の吹き飛ぶところは見たくはないわ」
三郎は、ニヤニヤしながら
「しかし、十造殿はこの仕事受けたとおっしゃいましたな、すでに三回程」
「えーい、嵌められたわ、よかろう、しかし一度、正雲寺の様子を知りたい、顔合わせついでに観音寺の市で待ち合わせじゃ
だめそうならば儂一人の仕事でどうかの」
「承知しました、では楓に、音も無く、十造殿の背後を取り、首すじに小枝を当てよ、と言うて置きましょう」
「その楓には、儂は、」
「おっと、お待ちください、十造殿の事は、何も伝え無くとも、捜し出しましょう」
「何、人混みの中で儂を見つけしかも、背後を取ると言うのか」
「いえ、首筋に小枝もです」
十造は薬屋の格好をして、観音寺の市に来ていた、ここも信長が市を開放して賑わいを見せていた
人混みの中で視線は何も感じない、ぶらぶらと適当に歩きまわるが、もう市の外れまで来ていた、引き換えそうと舞われ右をした瞬間、首筋に何かが触った
振り返ると、まだ若い娘が旅装束で立っていた、無表情に頭を下げた
十造は、呆気に取られ声も出せない、余りにも見事な手並み、しかも、人混みではなく、空いている場所で、、、
「お前が楓か、見事な手並み、儂は命びろいしたわ」
ん、反応がない、どうしたのだろう、機嫌でも損ねたか
楓が自分の耳を指差し、手を振った
そうか、そういう事か、耳が悪いのだな
成る程、しかし儂でなくとも、忍の背後を簡単に取れるとは、恐ろしい手練、確かに藤六殿も敵うまい
殺そうと狙った相手は、簡単に餌食になろう
さらにも増して、気配を絶つ忍び足の見事さ、恐れいった
さて、十造は困った、かなりの使い手と組むのは良いとして、意思をいかに伝えるか
まあ良いわ、腹ごしらえしてから、正雲寺付近の偵察といくか
背中を指でつつかれる、振り返ると今度は、楓が飯を食べる仕草をした、そして、自分を指差し、握り飯を作る動きをしてから、手のひらを十造に差し出した
「おー、成る程のう、解る、わかるぞ、楓、握り飯を作ったのだな、それを儂にもくれるとな
先ほどの川辺に腰掛け、馳走になるぞ」
楓が頷いた
「そうか、お前は、口の動きで大体の言葉が解るのだな」
楓がまた頷いた
二人で川辺に腰掛け握り飯を食べる
身振り手振りで、旨いだの、お前が作ったのかだの聞いてみる
答えは、頷くだけの簡素なものだった
十造は、棒切れで地面に、正雲寺偵察と書いて見せた
楓は頷き、十造に竹の水筒を手渡した
これは、はて
「お前、もしや、いやそんな馬鹿なことが有るものか」
握り飯を食べ終えて、正雲寺へと向かう
十造と楓は正雲寺が見えて来ると、道を逸れて寺を一周する事にした、先ず正門を観察した、五、六人の足軽装束が門番に付いていた、特に緊張感が感じられぬところを観ると、ここへの襲撃はされたことが無いのだろう
楓が、肩をつつく、手で円を描いて、自分を指差した
十造は頷き、楓に寺を一周させる役を任せた
上手く行けば中へ潜入できるかも知れぬ、爆薬は既に薬箱に入れてある
段取り良ければ、今夜にでも片付けようわい
流石に暇そうに見えても、正門は人の出入りがあった
皆何らかの戦仕立てである
砦代わりなのは間違い無いであろう
一回りにしては、楓が遅い様な気がする
はて、どうしたものか、しかし、見つけられたのなら、今頃大騒ぎであろう、何か重大な物を見つけたのなら、検分しているであろうし
まあ、待つのが策よ
お、帰って来よったわ
「無事であったか、少し案じておったわ」
楓が無言で懐から、紙を取り出し十造に渡した
「げっ、こ、これは、この寺の絵図面ではないか、その女の旅支度のまま、忍び込んだと言うのか」
言葉が無かった、様子見だけに来たつもりが、その目的の殆んどを終ってしまった
面白い、全てが常識はずれ、十造の上をいっていた
二人は一旦、その場を離れ安全な場所へと移動した
十造は暫く考えた、そして策が決まった
楓が本堂に、火炎爆薬を仕掛け火災を起こさせる、十造はその間、囮として寺のあちらこちらで騒ぎを起こす、終わったならば、ここへ戻って来る
楓が地面に夜と書いた、十造は、首を振り、今と書いた
楓は無表情に頷く
必要な爆薬と、導火線の扱い方を教え、再び寺へと向かう
十造はこの緊張感の無さなら、夜を待つ必要が無い事、そして何より、楓の能力ならば簡単な仕事に思えた
「よし、楓行け」
楓の肩をポンと叩き二人は動きだす
昼日中に、この目で楓の動きを見たかったのだ
楓は緊張の姿を見せるでもなく、すたすたと門の裏木戸を開けて中へ入って行った
恐ろしい奴よ、感心している場合ではないわ、儂も働かねばのう
十造は外から塀に向かって、手製の爆薬を投げつけた
爆発音が発し、わらわらと兵達が出てきた
小走りに移動しながら、二発目で、寺の塀の内部からものすごい火炎とともに煙があがった
「やれやれ、本物だわ」
今度は、正門からわらわらと我先に、逃げ出す者でごったがえして来る
中へ入ろうと門を潜ると、楓が肩を叩いて来た
「お前にかかると、朝飯前の仕事だの」
楓は理解できなかったのか、小首を傾げた
寺は見事に焼け堕ちた、後は帰るだけの二人である
「待て、貴様達見ない顔だな、ここで何をしておるのだ」
三人組の鎧侍だ、警戒線を敷いたのだろう、恐らく不幸な目に会うだろう
「はい、薬の商いで、そしたらお寺があのように」
「ふん、ここは伊賀にも、甲賀にも近い、まあ、良いわそこの女に聞いて見るとしよう」
鎧武者二人が楓を押さえて藪の中へ引き込んで行った
十造は思わず舌打ちした、これでは、楓の技が見えないではないか
「お前、その落ち着きようは、やはり、寺の火事と関係があるな」
そう言いながら、武士は刀を抜いた、そして、十造と対峙したとたん、崩れ落ちた
楓が武士の後ろに無表情で立っていた
と、言うことは、、、十造が草藪を覗くと、先ほど楓を引き込んだ二人は死んでいた
武士二人を、声もあげさせず、瞬時に殺るとは、しかも、出血がない、よくよく見ると、一人は耳の穴、もう一人は、心の臓から少し、そして、最後の一人はおそらく、、、やはり首の後ろ、盆の窪を一突き
十造は楓に何かを突く動作をしてみた
楓が、右手を軽く振ると、袖のしたから、畳針を長くしたような道具が現れた、手のひら側には握りが付いて、五寸釘を細長くしたような形をしている
「ほーぅ、これをのう」
十造は思わず唸った、格闘の心得がある者ならば、相手の急所を狙うのが理想、だからと言って、動く相手に一撃で狙ったそこに、この様な細長い物を刺せるとは、例え急所ではなくとも、動く的に対して、狙った点に一分の隙も無く当てる、とても、人の技ではない
楓はおそらく二十才前、どのような修練をすれば、この様な技術が身に付くのか
まあ良い、今日は久々に勉強したわい、楓のお陰で忍としての目が醒めた
まだ日が高いし、帰ろうではないか
二人、気を弛めたその時だった、一瞬風を感じたその時には、楓は男の腕で羽交い締めにされていた
「よお親方、二人とも、この辺りじゃ見ねえ顔だな
先ずこいつに、右手の仕込みを捨てさせな
あんたは、背負子を外せ、ゆっくりとな」
身振りで楓に、右手の仕込みを外すように伝える
「なんだあ、こいつ聾か、片端じゃねえか」
十造は、こいつに強い殺意を覚えた
楓は、仕込みの針を落とすと、絞められたまま、右手で十造に手前に来いと、手首をくいくいと上げ下げした、その目はじっと十造を見ていた、十造は男の方へゆっくり進んだ、楓はじっと十造の目を見つめ続けている
「おい、そこまぅっ」
何の事はない、楓の左手にも、針を仕込んでいたのだ、ただ相手の顔の急所を正確に知るために、十造の目に映る相手を冷静に確認して仕留めた
しかも、目の玉を突いて脳に達するように
男の手からすり抜けた楓は、男の衣服で針を拭った、そして初めて声のような、ため息のような声を発した
「ほーっ」
死んだ男の腕には、クナイ(長い手裏剣)が刺さっていたのだ
楓はそのクナイも抜いて拭った、そして十造に向かって、クナイを返しながら、自分の右手で左の二の腕をポンポンと叩いた
十造は苦笑いを浮かべながら
「お前程の腕前ではないわ」
実際十造の攻撃だと、もう一度何らかの、手を打たねば仕止めにならない
楓は一撃で、相手を絶命させた
忍は捕らえられると、過酷な攻めが待っている、ましてや、くノ一ならば、筆舌に尽くしがたい、辱しめの後に嬲り殺しが関の山なのだ
藤六殿は何故この様な恐るべき事を、自分の娘に教え込んだのか
十造は、死臭や火薬の臭いで状況を予測した時に、静が言った言葉を思いだした
「悲しい能力でございますね、十造様」
ああ、そのとおりよ静、今ならばあの時のお前の言葉の意味が良く解るぞ
楓が首を傾げて、立っていた
「おお、すまん、考えておった、さあ、帰ろうぞ」
甲賀と伊賀の分かれ道で、楓はペコリと頭を下げて帰って行った
明くる朝
「どうしたというのだ、三郎、少し時間が早かろうに」
「はあ、飛んで来ました、二人の仕事に驚いて」
「そうか、儂はあやつの仕事に驚いたわ
今まで会うた、忍の中でも五本の指よ」
「はあ、解ります、しかし、父も言うておりました楓をどう使うたのであろうと」
「簡単な事よ、儂が手子にまわるのよ
後は、楓に任せて放っておいただけよ」
「はあ、これは気が付かなんだ、流石に十造殿ですな」
「ふん、で次の仕事はなんだ三郎
又、伊賀や甲賀に、顔の知られていない儂らがえらばれたのかな」
「違います、それは偶然にございます、堪忍してくださいませ」
十造は、三郎に酒を注ぎながら話を始めた
「のう、三郎、楓の話しになると、途端に返事が重くなるの」
「はあ、何と言うか、何処かで心配なのでしょうな、本人は、兄達が出来るのならば、自分にもと、思うておるのが解るのですが、やはり、一番後ろに置いときたいものでございます」
「解るぞ、どうしても、忍としては見れないのだろう
幼い時からの、一番下の妹でしかないのだ
藤六殿はもっとだの、たった一人の女子」
「おまけに母者がおりまする、楓に対しては、どうしても、、、ちゃんと生んであげられなかったと悔いが有るようで
やはり、どんなに腕をあげようと、家族にとっては、楓は妹の楓なのです、もしもがあったらなら、と思うと、自分の責任で、死んだほうが楽でありましょう」
「他の誰かと組むにしても、楓を、知ろうとしてくれる方でなくては、楓の技量を知る前に、言葉も通じぬ、くノ一の出来損ないと弾かれるのが、おちでしょう」
三郎の酒が進む、この様な話を、他人にはしたくはないだろうに
「父が言うてました、楓を使いこなせるのは、恐らく十造殿位のものよと」
「それが上手くいかぬ場合は、どうするのだ」
「何を申します、あんなに上手く行けば、三郎、四郎は、お呼びではないでしょうに
それに、あれほど楓を自由に使えるのは、十造殿だけです」
「こいつめ、何時の間にやら、軍師のような口を叩きおる
偉くなりおって
楓を使うて成敗してくれようか」
「お止めください、万が一にも助かりませぬ
あやつは、錐で菜種や胡麻を突けるのですぞ」
三郎は、最後に上機嫌で帰って行った、帰り間際に
「十造殿、組み合わせは、当分かわりませぬぞ」
「わかっておったわ、儂が未だ楓と組む気があるかどうか、確めて来いと、何処かの親父どのが、言うておったのであろう
何年の付き合いぞ」
「私は又、畿内へ向かいます、そのうち四郎が、顔を出す筈です、それでは」
その四日後
「今度は四郎か、忙しい兄弟よ、何の仕事だ」
「たまに顔を出さねば、十造殿は生きておるのか、死んでおるのか、解りませぬからな」
「ぬかせ、とっとと、要件を言わぬか、飲まさんぞ」
「今日は、駄目なんです、このまま、北近江を探りに行きます」
「そうか、浅井は今や反信長の急先鋒、警備が厳しいだろうに」
「まあでも、様子を見るだけですので、織田方は、朝倉よりも、浅井の動きを警戒しているようです
父は、そりゃあ、あの織田信長が、妹を嫁に遣って、同盟を結ぶ相手よ、手強いに決まっておろうと」
「フム、藤六殿の言う通りだ」
「あ、申し訳ない、要件を伝えねば」
「実は、西近江におきましては、朝倉、浅井が出張っており、比叡山とも良好な関係です、宇佐山城から北の琵琶湖沿いには、織田の勢力が及びません、一度で良いから、補給やらなんやらを邪魔して、脅威を与えて欲しいのだそうです」
「わかったわ、これから、出ようわい」
「えー、それでですね、えー、実は、その」
「わかっておったわ、何処で楓と待ち合わせじゃ、早う申さぬか」
片手を振り上げ、言いにくそうにしている、四郎を打つ真似をする
「わかりました、言います、言います、ここへ明日寄越します
私からも、宜しくお願い申しあげます」
三郎、四郎は妹の事になると真剣だわい
翌朝、何やら家の外が騒がしい、いつもより鳥が囀ずり、まるで十造の家が、鳥の群れに囲まれた様な賑わいだ
別にここは山の中だし、鳥等鳴いて当たり前なのだが、様子位は見て見ようと、戸を開け、通じはしない文句を言って見る
「えーい、朝からピーピーピーピーと、お前達は
一体何事か」
十造は動きが止まった、楓が鳥に囲まれていた、楽しそうにしている、十造は、初めて楓の笑顔を見た、その光景に見とれて立ち竦んでしまった
自然のままの美しい姿だ、楓が差し出す手に、小鳥が引っ切り無しにやって来て、戯れている
楓が片腕を大きく回して鳥達を帰した、十造が出て来たのを知っていたのだ
暫し、楓に見とれていた十造も、我に帰り手招きで中へと促した、楓は無表情に頭を下げて、家の中へ入って来た
初めて入る建物は、どんなに襤褸でも珍しいものだ
楓は旅支度をしている十造を待つ間に、家の中を遠慮無く見回って、興味があるものは手に取って見ていた
そうしながら、薬品の棚の前で動かなくなる、薬や薬草が入っている、瓶や壺に書いてある、名前と中身を見比べて、いちいち確めている
十造はそんな楓の様子を見ながら、旅の備えをしていた、棚には、毒薬や火薬の原料等が無造作に置かれており、臭いを嗅ぐのに、鼻から吸い込んでも、危険な物もある
十造は、誰も使わない、無味無臭の粉を使う、食当りの粉だった、紅天狗茸を主原料に人糞の粉やらを混ぜた強力な薬である
金ヶ崎の時に朝倉方を弱らせた薬だった
十造と楓の二人は、家を出て二日目には、早くも大阪を遠くに過ぎ、琵琶湖沿いを北上していた、堅田もとうに過ぎ比良の山の中に入り込む
十造は少し考えを纏めるために、楓と共に休んでいた
不思議な事に楓が座ると何処からか、小鳥が寄って来た、あの無表情の楓が笑みを浮かべて、手に乗せる
十造は、そんな様子を見ながら考えていた
成る程この辺りは、織田と浅井・朝倉がせめぎ合うてからに、危なくて山賊の類いもおらぬと見える
さて比叡山と浅井・朝倉は人以外に何を遣り取りしておるのか、金、武器、食糧、それらは西国からも来るであろう、遮断したところで無駄、ならば坊主か、何処にでもおるな、信長が何処かを攻めると必ず、一揆やら何やら呼応する、それには連絡がいる、連絡、はて、誰からの、首謀者からの、首謀者は、比叡山か、いや、ならば信長が潰しにかかる、そうすると呼応して、、んんん、琵琶湖をぐるりと回って布令を出す、誰もが言うことを聞く、信長が敵、毛利か武田、上杉、いや遠い、近くに、そう京におる、成る程、このじめじめしたやり口は、恐らくあのお方
「成る程、ふに堕ちる、確めてやろうぞ」
いきなり元気を出した十造に、楓に集まっていた鳥が驚いて逃げ出した
「おお、済まぬ楓、出かけるぞ」
十造達は、一山越えて朽ち木街道に出た、何の事はない、静と逃げてきた道を、今度は楓と遡っているのだ
このまま行けば、当然あの山賊達がいる筈だ
朽ち木街道を横切り、川の近くまで辿り着くと、奴らの根城が、そのまま残っていた
山賊の頭目、頭鬼牙蛇の住まいもそのままだ
楓を見張りに立て、家の中を覗く、山賊なだけあって昼間は寝ているようだ
手下達の寝ぐらも、ひっそりとしている
「よお、牙蛇の親分元気かい、儂よ、覚えておるかな」
寝ている牙蛇を棒で突く
「げっ、で、出やがなったな
何しにまた来たのだ」
「おう、儲け話を持って来てやったわ
まあ、儂の話を聞かぬか」
話は終わった、牙蛇の住まいを出ると、楓が居ない
川原の方を見ると人だかりが出来ていた、その中心に小鳥が輪を描くように飛んでいる、輪の中に楓がいた
集まった皆に、鳥を見せている
良く見ると、集まったもの達は、足や腕が無かったり片目だったり、男も女も五体満足な者がいなかった
牙蛇も外に出ていた
「あいつらは、あちこちの戦から逃げてきた、どこにも行く宛のない者達よ、何処かで百姓をするにも、手足が無い、俺達山賊のおこぼれがなきゃ直ぐに烏の餌食よ、誰にも看取られず、誰にも、助けられもせずにな、珍しいではないか俺達以外の者に近寄るなんて、それに、皆穏やかな顔をしておる」
十造は手を振って楓に合図して呼び戻した
楓の行動は慈愛に満ちてみえる、だが、何処か悲しさがある
少なくとも十造には、そうみえてしまう
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