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虫の知らせ
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大津での仕事を終え、十造と楓は、家路についた
思いの外、長い間の旅仕事となり、流石に休息が必要であった
順調に歩いて、二人は甲賀と伊賀の、分かれ道に辿り着いた、仕事終わりの儀式のように、楓がお辞儀をして、十造が軽く手を挙げて答える
十造の意識は、ここまでであった
楓は、十造にお辞儀をして別れ、二三歩、歩き出してから、何気に、振り返って見ると、十造の足取りが覚束ない、真っ直ぐに歩けてはいなかった
楓は、急いで十造に駆け寄り、大丈夫かと言うように、十造の腕をつかんで揺すって見る
何の反応もなく、ただ歩いているだけだ、頭の中が、今の状況を理解出来ない自分に、腹が立って来た
取り敢えず、十造を座らせようと、抱えたが、振り払われた、そして、ふらふらと歩きだす
それならばと、十造の背負子を外しにかかる、それは、上手くいった
言うことを聞かぬ十造を諦めて、楓は、結構な重さがある十造の背負子を持って、十造の家へと急ぎ、自分の荷物も下ろし、家に置いてあった杖を持って、十造の元に駆け戻った
支えながら歩いて、やっとの思いで家に辿り着いた
取り敢えず、囲炉裏端に寝かせ、火をおこす、湯を沸かし、鞋を脱がして足を洗ってやる
十造は、ピクリとも動かなかった、ずっと寝たままだ、もう、日が落ちかけている
楓は今晩ここに泊まることにした
腹は空いてはいないが、十造が何時起きてもいいように、粥を拵え、風呂を沸かす
自分が、毒矢に倒れた時、むぎがしてくれていた事を思い返しながら、楓はするべき事を考えた
押し入れから着替えを出し、苦労しながら十造の着替えを終わらせ、今度は、布団を敷いて本格的に寝かせた
十造に熱はないようだ、恐らく疲れがたまったのだろう
考えても、四郎を失くし、楓を看病し、戦場にも出た、あの最後の分かれ道で其れまでの、溜まりにたまった物全てが、十造の扱う火薬の様に爆発したのだ
楓は、押し入れの中で十造の衣類とは別に、女物の衣類が、何着かあるのを見た、これを借りれば、風呂に入り着替える事が出来る、十造様に叱られるだろうか
楓は、何日ぶりかの、風呂の魅力に負け、着物を借
り身体を洗う事にした
星空を見上げながら入る露天の風呂は、楓を感動させた
楓は、心身ともに綺麗になって囲炉裏端に座っていた、十造は寝たきり、起きる気配もなかった
そう言えば、台所にも、箸や茶碗、湯呑み等に古くはない女物が混じっていた
良く見ると、この借りた着物の柄は、自分と同年代位が選びそうだ
十造様に奥様がいらしたのだろうか、兄達はそんなことは、教えてはくれなかった
まあ、そうであっても、私の十造様に対する、存在感には何の変化もないのだ
、はずだ、そう思う
十造様をもっと知りたい
囲炉裏の火を見つめながら、楓は横になり、十造が良く成るまで、ここにいることにした、長くなるのなら、一度、伊賀に戻り、また来れば良い、そんなことを考えながら、楓も寝むり込んだ
翌日、楓は洗濯を終えて、外から戻ると、十造は未だ寝ていた、作りおいた粥も、水分だけが飛んで行くこれに水を足し、十造の顔を覗き込むと、うっすらと目を開けた、そして、抱き締められた、驚いて十造の顔を見ると、何かを話している、楓には、はっきりと、何を言っているのかわからないが、「しず」それだけは、十造の、口の動きでわかった
十造は嬉しそうだ、何回もその口の動きをしている
楓は十造に、抱き締められたままじっとしている
誰かに、そう多分、以前ここに、いた人と間違えているのだ
十造が、元に戻るなら楓はそれでも良かった
ぎこちなく、十造の胸に抱かれるままにしていると、十造の腕から、力が抜け再び眠りに落ちていった
十造から離れた楓は、複雑な思いだった
十造に抱き締められた嬉さと、「しず」の代わりに抱き締められた事を自分で整理がつかなかった
茫漠とした頭の中で、静が動いた、いや、そんなはずは無い、しかし静の着物を着ている、やはり静だ、帰って来たのだ、手を伸ばして引き寄せて見る、やはり静が帰って来た、この手にこの胸に、覚えている静の薫りとは違うけれど、「静、会いたかった、静
静」
また、記憶が遠くなる
十造は、夜中に目が醒めた今度は意識がはっきりしていた
楓と別れた後の記憶が定かではなかった、それに何故着替えて、布団に寝ているのかも
囲炉裏の側で誰かが、横になっている、静の着物を着ていた、あれはやはり夢ではなかったのだ、起こさぬように、辺りを見回すと、状況が見えて来た、楓が静の着物を着ていたのだ、楓が儂を連れて来て、介抱してくれていたのだな、腹の空き具合からいって、丸二日位のものか、済まぬ事をした、早く家に帰りたかったろうに
十造は少し混乱していた、今、囲炉裏の側で寝ている娘は、静の着物を着ている楓か、それとも、静として見ているのか、わからないでいた
翌日、十造は自分の身体が元に戻った事を、楓に告げて、家に帰っても大丈夫だと伝え、藤六に宛てた書状を持たせた
楓は、着替えに借りた静の着物を、洗って畳んでから帰ると言う、楓は、初めて、十造の言うことを聞き入れなかった
二人は楓の作った粥で朝飯を摂る
二人は仕事では、当たり前の様に向かい合わせで何度も飯を食べている
楓は、何故か恥ずかしい様な、照れる様な、そんな気持ちの自分をもてあましていた
朝飯を終えた十造は、土産替わりに持たせる為、煎じ薬を調合し出す、外で洗濯をしていた楓が、風呂を沸かしたから、入れと十造に伝えに来た、十造を指差し、鼻をつまんで手を振った
「なんじゃ、儂がそんなに匂うか」
自分を、フンフンと嗅ぎながら、暫くぶりの湯に浸かる
楓が背中を流すと言うので、任せた十造は、嬉さと、少しの寂しさを感じた
儂の背中を流したおなごは、皆何処かへ行ってしまうのよ、そんな感傷に浸る十造の背中越しに、ふっと、楓が薫った
儂は昨夜、この薫を抱いた、その感触は覚えがある、両腕に抱いた、柔かな感じとこの薫り
楓は、少し顔を紅くしていた、時々背中をながしてやる、父藤六とは違い十造の裸を見るのが恥ずかしかったのだ
昨日着替えさせた時は、必死で何も感じ無かったのに
十造の背中を流し終わった
楓が未だ外にいて、晴れ渡った空を見上げていた
楓が右手を肘から持ち上げ、左手は軽く胸に当てて、柔かな笑みを浮かべていた
何処からともなく、チ、チ、チ、チ、ピ、ピ、ピ、ピと、小鳥達が集まり始めた、十造は、その光景に暫し見とれてしまった
正しく、観世音菩薩のようだ
「何とも、美しいものよ」
十造の視線を感じた楓は、鳥達を追いやり、家の中へと消えた
借りていた着物も畳み、自分の荷物を整えた楓に、十造が背負子を着けてやった
外まで見送った十造に、お辞儀して、楓は伊賀へと帰って行った
その夜、十造は、深いため息を肴に、酒を飲んだ
時勢は、誰にも休息は与えなかった
楓が伊賀に帰って、三日後
三郎が来た
「身体はもう治りましたか、楓が案じておりました」
「ふん、どうせ仕事の話しだろうが」
「ハハ、手厳しいですな、楓を寄越せば良かった」
「抜かせ、用件を早うに」
「比叡山を攻めます、受けてくれる者が、限られまして」
「ほ、だろうの、儂らはこれで罰当たりか」
どんなに堕落していようが、仏教の、本山のひとつである事に変わりは無い
織田信長も随分と、思い切ったものよ
「流石に浅井、朝倉を叡山に匿い、知らんぷりでは、四方八方敵だらけの、織田信長にしてみると、我慢がならぬのでしょうな」
「直ぐに出立か、少し楓と、動きを確かめる必要を感じての、それと、新しい道具が必要だ、刃物でよい
鎌のような、軽くて扱い易い物を頼む
それと、杖に槍を仕込んでくれ刃は五寸位でよいわ」
「解りました、それらを使いこなす鍛練が必要なのですな」
「そう言う事だ、お主と一杯やりたかったが、お預けになるな」
「楓は先に此方へ寄越しましょう、他にも用意が有りましょうから、武器は、出来次第届けましょう」
次の日から楓が、火薬や毒物、薬の調合を手伝いに来た
雑用を、楓が全て引き受けるので、仕事が捗って行く、二日後、三郎に頼んでいた武器が届いた
仕込みの槍と、鎌の反対側に刃が着いた、三日月方の、一尺位の刀だった
刀の打ち合いよりも、切れ味だけに、重きを置いていた
十造の思いどおりの出来であった
「さあ、楓、この刀を使うて、どう攻める、やってみい」
「うむ、それでもよいがな、、、」
三日後に、二人は比叡山を目指し、旅立った
織田の部隊が集結している、これでは儂らは用無しぞ
「もし、十造殿ではありませぬか、蜂須賀の隊、久利孫兵衛と申す、此より西の山門に於いて、雑賀と根来の兵に手こずっております、是非加勢を願いたい」
流石に敵が精鋭揃いだと、織田の兵も足踏みをしているようだ
本願寺の時と同じく、鉄砲の攻めに無駄が無く狙いが正確だ
さて、取り敢えず門の中に入らねば、楓の攻撃も試せぬな
「久利殿はおられますかな」
「は、ここに、何なりと」
「では、いつもの火薬と導火線、鉄砲の玉、竹を二十本ばかり、暗がりを利用しますで、竹の節は抜いて欲しい」
「は、直ちに」
届いた竹の太い方を先にして、火薬と鉄砲玉を固く詰め込み導火線を竹の中にくぐらせ、竹を山門に向かって繋いで行く、そうして、山門に到達したら、同じく三本作る
「それ、火を着けよ」
導火線に火が着いた、竹の中を、火が走るので敵には気づかれない、いきなり、ドドーンと辺りに爆音がこだまする
爆発と同時に、火薬の中の鉄砲玉が弾けて、敵を傷つけた、悲鳴や叫び声が聞こえる
山門からの射撃が止まった、十造は楓に伝えていた、相手に向かって真っ直ぐ走るな、姿勢を低くしろ、仲間が倒れても、助けるな、お前がやられたら、誰が助けられるのか、良く考えるのだ、敵を倒してから、仲間を助けるのが、順序なのだと教えた
十造は、山門からの射撃が止まるのと同時に、駆け出した、楓も、手槍と半月刀を持って続いている、十造は爆薬を仕掛け素早く導火線に火をつけて回る
楓は、その十造を守る役だった、ドーン、ズズーン、ドドーン、爆発音が轟いた、山門が破壊され、織田の軍勢がなだれこんで来るのが見えた
此処まで近付くと、飛び道具よりも、刀や槍が断然有利になって来る
それは、楓の攻撃しやすい間合いだった
楓の針で点を突く攻撃を、少し間合いを伸ばし、手槍と半月刀に変えてみたのだ
恐らく根来衆なのだろう、無言で攻撃を仕掛けて来る
十造がわざと、相手と対面すると、背後から腰骨に楓の手槍が刺さる、それで既に致命傷なのだが、相手が叫ぶ前に、切れ味鋭い半月刀で、喉を切り裂く、楓にすればそれは、殺しではなく、作業に近かった
楓は、密着するような、超接近戦から、少し間合いが必要な、接近戦もこなせるようになったのだ
楓は十造に教えられながら、何遍も動きを繰り返した、十造もあきれるほどに繰り返した
勝算は既に決していた、最早、忍としての仕事は終わった
それでも、楓は逃げる敵を追い続ける
十造は、それを追いかけ、楓を捕まえ、後ろから、抱えるように、抱き締めた
「楓、もう良い、良いのだ、止めよ、な」
楓は、泣いていた、四郎に対する敵討ちのつもりか、弔いなのかわからないが、十造には楓が何故この新しい武器を、必死に鍛練したのかやっと理解出来た
この山門を攻略し終え、織田勢は、一気呵成に比叡山を焼き払うまで攻めた
動く物は皆切られた、老若男女、猫、犬全て
信長に言わせれば、坊主が武器を持って、政にまで口を出すなら、それは最早、武家か反乱者ではないか、其ならば滅ぼして何が悪いのか
正に戦国の世の倣い、困った時だけ、宗教を持ち出す戯け者達
世上を救わず、経も読まず、救うのは自分達と、仲間だけ、罰を受けるべくして受けておる
この攻撃の総指揮は、知将で名高い、明智光秀だったのが、十造は以外に思った
まあそんな事はどうでも良いわ、楓は、果たして元に戻ってくれたかの、その方が、重要だわ
そんなことを、つらつらと、考えていたところ、
蜂須賀の武将、久利孫兵衛がやって来た
「十造殿、此度の働き、総大将明智光秀様より、格別の称賛を賜りましたぞ、何か望みでもあらばと」
十造は、楓に何か貰おうかと、思案したのだが
「何でもよろしいかの」
「可能なかぎりは、何なりと、申されよ」
「しからば、この叡山の北に、名も無き荒れ地が御座る、朽木様の邪魔立てはせず、領地には決して踏み込まず、街道に於いての悪事もなさず、の約義で、永代安堵を賜りたく存じます」
「何とも解せぬ、儂も知っておるが、あすこは、人外の地ではないか、それが望みとな」
「は、どうか良しなに」
「むう、あすこは、恐らく天領ゆえ、天子様の勅旨が、おお、明智様故おそらくは、、、吉報を待たれよ」
十造は、駄目でもと、取り敢えず頼んでみたのだが、余程要らぬ土地なのだろうか、すんなりと勅旨が降りたのだ
牙蛇のところに行くと言うと、楓は喜んだ
むぎに会いたいと弾んでいた
牙蛇の山賊部落は、そのままだった
よそ者の到来に、部落総出で、遠巻きに見て来る
流石の楓も、その様を見て、ケラ、ケラと笑い始めた
お前は知らんだろうが、もう少し前なら、こいつらに、襲われてたのだ、笑うている場合か
だれかが知らせたのだろう、牙蛇が出て来た、むぎもいた
「十造、楓も元気そうではないか」
「十造、私を抱きに来たのかい、楓は、また綺麗になって
馬鹿だね、十造にだきつきなよ、あはは」
「二人共まあ、中に入れや、ほれ
叡山が山ごと荼毘にふされたとな」
「おう、上手い事言うのう、誠にそのおうりよ」
牙蛇の住まいに入り、十造も楓も驚いた、赤ん坊がいた
楓がすかさず反応して
「わあ~」声にならない声で、十造が今まで見たこともない、満面の笑顔になり、抱きにかかる
「あら悔しいね、あたしより、楓の方が似合うね、何なのさ」
四人は暫し笑いあう
十造が此処に来た訳を牙蛇に伝えた
「ほう、そうかい、気にかけて貰って済まんのう
じゃがの、十造、儂らが土地を安堵されてもよ、
結局、儂らは山賊しか、出来ないぞ、そうなれば儂ら皆逆賊になるわ」
「何か、難しそうな話だ、楓河原に行こうよ」
むぎは、子供を抱いた楓を誘って外へと促した
「何時までも、山賊稼業が続くかの、自分でも気が付いているであろうに、折角自分の土地が手に入ったのだ、開墾して作物を作れば良いではないか
それこそ、あの子が生き残る道ではないか
戦や略奪から逃れてきた百姓、手足を奪われた者達、読み書きは出来無くとも、知識は有るだろうに」
「むう、確かにその方が、死体運びや追い剥ぎよりかはよいがな」
「おう、此だけの人数なれば、開墾は捗る、肥やしも出来る、やって見ても損は無いではないか」
十造は、話し終わると、牙蛇に誓詞を渡し立ち上がった
「なんじゃ、帰るのか、飯でも食うて行かぬか」
「要らぬ、食いぶちが二人分減るでの
此処が、もっと豊かに成ったら、招待せい」
十造は用件を済ませ、遠くにいた、楓に手を振って、帰りの合図を送った
二人は、牙蛇とむぎ、そして赤ん坊に見送られ、部落を後にした
瀬田の辺りを過ぎた頃、川原に腰を下ろして直ぐに、楓が草薮に姿を隠し気配を絶った、珍しく十造も、黙って闘う体制になる
かなりな相手だ、十造は覚悟を決め、相手の気配へと、三歩進んだその時であった
「あ、いや、参りました、姿を現し、ご無礼を御詫びしたいのですが
よろしいか」
「一人だけ現れても、意味無いわ、左手の者も同時に来ねば、闘うまでよ」
十造は、持っていたクナイを握り直した
すると、その左手から声が聞こえた
「出て行きたくとも、動けませぬ、背後からの殺気に縛られております」
十造が楓に合図を送り、警戒を解かせた
男二人が姿を現す、それを見てから、楓が草薮から現れた
「失礼致しました、それがし、信州信濃真田の才蔵
同じく、小助と申す、お見知り置きを」
「何故儂らに、何か用件でも、おありかな
儂は甲賀の十造、そして伊賀の楓」
「実を申すと、命により、畿内を見て回っておりました、偶々、叡山の西門に於いての戦を、拝見致し、この策は誰が思いつくのかと、小助と話しておりました
そして、今日其らしき人物を見つけた次第」
苦笑いの小助が続ける
「そして、虎の尾を踏みつけました」
「楓殿は単なる目眩ましで、十造殿だけを目付けて居ればと思うておりました、気軽に近付き危うく死ぬところでした」
いや、闘っていたら、儂か楓のどちらかが、死んでいたはず、生き残っても、忍はできない身体になっていただろう
楓は、まだ警戒していた
その証拠に楓は、仕込み槍が届く範囲の位置を、取り続けていた
「済まんの、楓は口が聞けぬ代わりに、感が鋭いのだ、恐らく、どちらか一人でも、殺気が残っておればこのままよ、慣れてもらうしかないわ」
「儂らはこれで、お暇いたす、十造殿に、仕事を頼むには、どの様にすればよろしいかの」
「ふむ、然らば、伊賀の神戸藤六殿を訪ねよ
じゃが、お主達がおれば、儂らなど必要なかろうに」
「まあ、そうおっしゃらずに、又、縁が有りましょう、其では失礼致しました」
信濃真田か、確か武田方であった筈、詳しくは知らぬが、あの様な手練れを、二人も外へ出せるのだから、侮れんな
楓が、伝えて来る、一人は殺せた、しかし、危険な奴らだと
伊賀と甲賀の別れ道に来た、楓は十造に頭を下げて、歩き出そうとはしなかった、十造は苦笑いを浮かべながら
「なんじゃ、儂なら、大丈夫、ちゃんと帰れるわ、心配いらんぞ」
楓の肩をぽんぽんと軽く叩いて帰りを促した
三日後
珍しく藤六が、楓と共にやって来た
「これは、これは、珍しい、儂の畑に来る鶴よりも珍なる御方が、、、」
「わはは、しばらくしばらく、いつも楓を見ていただき、忝ない
千代(藤六の妻)が、漬け物の片付けを手伝うて暮れと寄越したわ
天気が良いわ、ここで話そうわい」
「どうされました、何か不味い事でも、おありですかな」
「実はのう、お主達に仕事が来たのよ、どうしたものかと、思案しておってのう」
「ははあ、真田ですな、実は、、、」
十造は経緯を藤六に話した
「そうか、そうじゃったか、しかし、お主ら二人が、死を意識する程の手練れならば、加勢等帰って、足手まといではないのか」
「恐らくは、儂の火薬の技を見たい、知りたい、楓の殺し技を知りたい
多分、謀殺ではなく、対等の争いで、くノ一に殺される事など、頭に無かったでしょうし、その手口を知りたいのでは、、、」
「ふーん、そうじゃの、お主の言うとおりかもしれぬ
だが儂の案じておるのは、、、」
「今や反目となった、武田と徳川に御座いましょう、実は儂自身は、一度この目で、真田衆を知りたいと思うております」
「やはりの、儂も武田の忍は手強いと聞いておったのよ、事実そのとおり、じゃが、真田衆は、その上を行くと聞いての、確かめたい気持ちも有るのよ」
「では藤六殿こういたしましょう、五日後に、真田へ断りを入れてください、儂はその前に向こうに着いて、勝手に自分で受けた事に致します
さすれば、何処にも顔が立ちましょう」
「おお、そうしてくれるか、ありがたい、藤六このとおり礼を申す」
「お止め下さい、ところで、此度は楓をいかがしますので」
藤六は、待ってましたとばかりに、ニヤリと笑い
「これは異な事を、楓は既に、十造殿が配下、当人もそのように言うておる、最早、そなたの言う事以外は聞く気がないわ
もし、十造殿お一人で行かれるならば、そなたが、楓に申さねば」
十造は苦笑いしながら、楓に、長旅の仕度と、いつもの道具を持って来るように伝えた
楓が来て、十造は自分が作った化粧水を、試す事を頼んだ
「ほれ、楓、こうして塗るのだ、手でこうやってな、どうだ」
無味無臭の、不思議な水は、楓の右手に塗り、左手と比べさせて見た
楓が目を丸くして驚いた、効果抜群というやつだ
「良し、隠蓑に丁度良い、此を売り歩こう、何しろ簡単に作れるのだ
楓も売れると言うておる」
十造は、火薬を自分で作る事ができた、炭も硫黄も手に入るが、硝酸は、自分で作らねばならない、それが失敗した時にできた、いわば偶然の産物だった
原料さえあれば、無限に作れる、銭もかからない
何しろ粉の状態で持って行って現地で作れるのだ
二人は先ず、三河の浜松方面へ向かう、十造は信濃までの道程を決めかねていた
三河を越え、駿河方面からが良いのか決めかねている
このあたりは、藤六の紹介が有るので、滞在は楽であった
そして、十造の化粧水は、初日から結構な人気を博した、以外にも売り切れたのだ
楓も驚いて、もう一回作り直せと、十造をせかしたりもした
宿に入ろうとしたら、蜂が何匹か飛んでいる、何気に見上げた軒先には、立派な蜂の巣が作られていた
蜂の巣が低い時は、台風が少ない、そんなことを、楓に、身振り手振りで教えた
さて、信濃に、いやまずは、甲州にどう入ろうか
十造は、まだ蜂の巣を見上げていた
思いの外、長い間の旅仕事となり、流石に休息が必要であった
順調に歩いて、二人は甲賀と伊賀の、分かれ道に辿り着いた、仕事終わりの儀式のように、楓がお辞儀をして、十造が軽く手を挙げて答える
十造の意識は、ここまでであった
楓は、十造にお辞儀をして別れ、二三歩、歩き出してから、何気に、振り返って見ると、十造の足取りが覚束ない、真っ直ぐに歩けてはいなかった
楓は、急いで十造に駆け寄り、大丈夫かと言うように、十造の腕をつかんで揺すって見る
何の反応もなく、ただ歩いているだけだ、頭の中が、今の状況を理解出来ない自分に、腹が立って来た
取り敢えず、十造を座らせようと、抱えたが、振り払われた、そして、ふらふらと歩きだす
それならばと、十造の背負子を外しにかかる、それは、上手くいった
言うことを聞かぬ十造を諦めて、楓は、結構な重さがある十造の背負子を持って、十造の家へと急ぎ、自分の荷物も下ろし、家に置いてあった杖を持って、十造の元に駆け戻った
支えながら歩いて、やっとの思いで家に辿り着いた
取り敢えず、囲炉裏端に寝かせ、火をおこす、湯を沸かし、鞋を脱がして足を洗ってやる
十造は、ピクリとも動かなかった、ずっと寝たままだ、もう、日が落ちかけている
楓は今晩ここに泊まることにした
腹は空いてはいないが、十造が何時起きてもいいように、粥を拵え、風呂を沸かす
自分が、毒矢に倒れた時、むぎがしてくれていた事を思い返しながら、楓はするべき事を考えた
押し入れから着替えを出し、苦労しながら十造の着替えを終わらせ、今度は、布団を敷いて本格的に寝かせた
十造に熱はないようだ、恐らく疲れがたまったのだろう
考えても、四郎を失くし、楓を看病し、戦場にも出た、あの最後の分かれ道で其れまでの、溜まりにたまった物全てが、十造の扱う火薬の様に爆発したのだ
楓は、押し入れの中で十造の衣類とは別に、女物の衣類が、何着かあるのを見た、これを借りれば、風呂に入り着替える事が出来る、十造様に叱られるだろうか
楓は、何日ぶりかの、風呂の魅力に負け、着物を借
り身体を洗う事にした
星空を見上げながら入る露天の風呂は、楓を感動させた
楓は、心身ともに綺麗になって囲炉裏端に座っていた、十造は寝たきり、起きる気配もなかった
そう言えば、台所にも、箸や茶碗、湯呑み等に古くはない女物が混じっていた
良く見ると、この借りた着物の柄は、自分と同年代位が選びそうだ
十造様に奥様がいらしたのだろうか、兄達はそんなことは、教えてはくれなかった
まあ、そうであっても、私の十造様に対する、存在感には何の変化もないのだ
、はずだ、そう思う
十造様をもっと知りたい
囲炉裏の火を見つめながら、楓は横になり、十造が良く成るまで、ここにいることにした、長くなるのなら、一度、伊賀に戻り、また来れば良い、そんなことを考えながら、楓も寝むり込んだ
翌日、楓は洗濯を終えて、外から戻ると、十造は未だ寝ていた、作りおいた粥も、水分だけが飛んで行くこれに水を足し、十造の顔を覗き込むと、うっすらと目を開けた、そして、抱き締められた、驚いて十造の顔を見ると、何かを話している、楓には、はっきりと、何を言っているのかわからないが、「しず」それだけは、十造の、口の動きでわかった
十造は嬉しそうだ、何回もその口の動きをしている
楓は十造に、抱き締められたままじっとしている
誰かに、そう多分、以前ここに、いた人と間違えているのだ
十造が、元に戻るなら楓はそれでも良かった
ぎこちなく、十造の胸に抱かれるままにしていると、十造の腕から、力が抜け再び眠りに落ちていった
十造から離れた楓は、複雑な思いだった
十造に抱き締められた嬉さと、「しず」の代わりに抱き締められた事を自分で整理がつかなかった
茫漠とした頭の中で、静が動いた、いや、そんなはずは無い、しかし静の着物を着ている、やはり静だ、帰って来たのだ、手を伸ばして引き寄せて見る、やはり静が帰って来た、この手にこの胸に、覚えている静の薫りとは違うけれど、「静、会いたかった、静
静」
また、記憶が遠くなる
十造は、夜中に目が醒めた今度は意識がはっきりしていた
楓と別れた後の記憶が定かではなかった、それに何故着替えて、布団に寝ているのかも
囲炉裏の側で誰かが、横になっている、静の着物を着ていた、あれはやはり夢ではなかったのだ、起こさぬように、辺りを見回すと、状況が見えて来た、楓が静の着物を着ていたのだ、楓が儂を連れて来て、介抱してくれていたのだな、腹の空き具合からいって、丸二日位のものか、済まぬ事をした、早く家に帰りたかったろうに
十造は少し混乱していた、今、囲炉裏の側で寝ている娘は、静の着物を着ている楓か、それとも、静として見ているのか、わからないでいた
翌日、十造は自分の身体が元に戻った事を、楓に告げて、家に帰っても大丈夫だと伝え、藤六に宛てた書状を持たせた
楓は、着替えに借りた静の着物を、洗って畳んでから帰ると言う、楓は、初めて、十造の言うことを聞き入れなかった
二人は楓の作った粥で朝飯を摂る
二人は仕事では、当たり前の様に向かい合わせで何度も飯を食べている
楓は、何故か恥ずかしい様な、照れる様な、そんな気持ちの自分をもてあましていた
朝飯を終えた十造は、土産替わりに持たせる為、煎じ薬を調合し出す、外で洗濯をしていた楓が、風呂を沸かしたから、入れと十造に伝えに来た、十造を指差し、鼻をつまんで手を振った
「なんじゃ、儂がそんなに匂うか」
自分を、フンフンと嗅ぎながら、暫くぶりの湯に浸かる
楓が背中を流すと言うので、任せた十造は、嬉さと、少しの寂しさを感じた
儂の背中を流したおなごは、皆何処かへ行ってしまうのよ、そんな感傷に浸る十造の背中越しに、ふっと、楓が薫った
儂は昨夜、この薫を抱いた、その感触は覚えがある、両腕に抱いた、柔かな感じとこの薫り
楓は、少し顔を紅くしていた、時々背中をながしてやる、父藤六とは違い十造の裸を見るのが恥ずかしかったのだ
昨日着替えさせた時は、必死で何も感じ無かったのに
十造の背中を流し終わった
楓が未だ外にいて、晴れ渡った空を見上げていた
楓が右手を肘から持ち上げ、左手は軽く胸に当てて、柔かな笑みを浮かべていた
何処からともなく、チ、チ、チ、チ、ピ、ピ、ピ、ピと、小鳥達が集まり始めた、十造は、その光景に暫し見とれてしまった
正しく、観世音菩薩のようだ
「何とも、美しいものよ」
十造の視線を感じた楓は、鳥達を追いやり、家の中へと消えた
借りていた着物も畳み、自分の荷物を整えた楓に、十造が背負子を着けてやった
外まで見送った十造に、お辞儀して、楓は伊賀へと帰って行った
その夜、十造は、深いため息を肴に、酒を飲んだ
時勢は、誰にも休息は与えなかった
楓が伊賀に帰って、三日後
三郎が来た
「身体はもう治りましたか、楓が案じておりました」
「ふん、どうせ仕事の話しだろうが」
「ハハ、手厳しいですな、楓を寄越せば良かった」
「抜かせ、用件を早うに」
「比叡山を攻めます、受けてくれる者が、限られまして」
「ほ、だろうの、儂らはこれで罰当たりか」
どんなに堕落していようが、仏教の、本山のひとつである事に変わりは無い
織田信長も随分と、思い切ったものよ
「流石に浅井、朝倉を叡山に匿い、知らんぷりでは、四方八方敵だらけの、織田信長にしてみると、我慢がならぬのでしょうな」
「直ぐに出立か、少し楓と、動きを確かめる必要を感じての、それと、新しい道具が必要だ、刃物でよい
鎌のような、軽くて扱い易い物を頼む
それと、杖に槍を仕込んでくれ刃は五寸位でよいわ」
「解りました、それらを使いこなす鍛練が必要なのですな」
「そう言う事だ、お主と一杯やりたかったが、お預けになるな」
「楓は先に此方へ寄越しましょう、他にも用意が有りましょうから、武器は、出来次第届けましょう」
次の日から楓が、火薬や毒物、薬の調合を手伝いに来た
雑用を、楓が全て引き受けるので、仕事が捗って行く、二日後、三郎に頼んでいた武器が届いた
仕込みの槍と、鎌の反対側に刃が着いた、三日月方の、一尺位の刀だった
刀の打ち合いよりも、切れ味だけに、重きを置いていた
十造の思いどおりの出来であった
「さあ、楓、この刀を使うて、どう攻める、やってみい」
「うむ、それでもよいがな、、、」
三日後に、二人は比叡山を目指し、旅立った
織田の部隊が集結している、これでは儂らは用無しぞ
「もし、十造殿ではありませぬか、蜂須賀の隊、久利孫兵衛と申す、此より西の山門に於いて、雑賀と根来の兵に手こずっております、是非加勢を願いたい」
流石に敵が精鋭揃いだと、織田の兵も足踏みをしているようだ
本願寺の時と同じく、鉄砲の攻めに無駄が無く狙いが正確だ
さて、取り敢えず門の中に入らねば、楓の攻撃も試せぬな
「久利殿はおられますかな」
「は、ここに、何なりと」
「では、いつもの火薬と導火線、鉄砲の玉、竹を二十本ばかり、暗がりを利用しますで、竹の節は抜いて欲しい」
「は、直ちに」
届いた竹の太い方を先にして、火薬と鉄砲玉を固く詰め込み導火線を竹の中にくぐらせ、竹を山門に向かって繋いで行く、そうして、山門に到達したら、同じく三本作る
「それ、火を着けよ」
導火線に火が着いた、竹の中を、火が走るので敵には気づかれない、いきなり、ドドーンと辺りに爆音がこだまする
爆発と同時に、火薬の中の鉄砲玉が弾けて、敵を傷つけた、悲鳴や叫び声が聞こえる
山門からの射撃が止まった、十造は楓に伝えていた、相手に向かって真っ直ぐ走るな、姿勢を低くしろ、仲間が倒れても、助けるな、お前がやられたら、誰が助けられるのか、良く考えるのだ、敵を倒してから、仲間を助けるのが、順序なのだと教えた
十造は、山門からの射撃が止まるのと同時に、駆け出した、楓も、手槍と半月刀を持って続いている、十造は爆薬を仕掛け素早く導火線に火をつけて回る
楓は、その十造を守る役だった、ドーン、ズズーン、ドドーン、爆発音が轟いた、山門が破壊され、織田の軍勢がなだれこんで来るのが見えた
此処まで近付くと、飛び道具よりも、刀や槍が断然有利になって来る
それは、楓の攻撃しやすい間合いだった
楓の針で点を突く攻撃を、少し間合いを伸ばし、手槍と半月刀に変えてみたのだ
恐らく根来衆なのだろう、無言で攻撃を仕掛けて来る
十造がわざと、相手と対面すると、背後から腰骨に楓の手槍が刺さる、それで既に致命傷なのだが、相手が叫ぶ前に、切れ味鋭い半月刀で、喉を切り裂く、楓にすればそれは、殺しではなく、作業に近かった
楓は、密着するような、超接近戦から、少し間合いが必要な、接近戦もこなせるようになったのだ
楓は十造に教えられながら、何遍も動きを繰り返した、十造もあきれるほどに繰り返した
勝算は既に決していた、最早、忍としての仕事は終わった
それでも、楓は逃げる敵を追い続ける
十造は、それを追いかけ、楓を捕まえ、後ろから、抱えるように、抱き締めた
「楓、もう良い、良いのだ、止めよ、な」
楓は、泣いていた、四郎に対する敵討ちのつもりか、弔いなのかわからないが、十造には楓が何故この新しい武器を、必死に鍛練したのかやっと理解出来た
この山門を攻略し終え、織田勢は、一気呵成に比叡山を焼き払うまで攻めた
動く物は皆切られた、老若男女、猫、犬全て
信長に言わせれば、坊主が武器を持って、政にまで口を出すなら、それは最早、武家か反乱者ではないか、其ならば滅ぼして何が悪いのか
正に戦国の世の倣い、困った時だけ、宗教を持ち出す戯け者達
世上を救わず、経も読まず、救うのは自分達と、仲間だけ、罰を受けるべくして受けておる
この攻撃の総指揮は、知将で名高い、明智光秀だったのが、十造は以外に思った
まあそんな事はどうでも良いわ、楓は、果たして元に戻ってくれたかの、その方が、重要だわ
そんなことを、つらつらと、考えていたところ、
蜂須賀の武将、久利孫兵衛がやって来た
「十造殿、此度の働き、総大将明智光秀様より、格別の称賛を賜りましたぞ、何か望みでもあらばと」
十造は、楓に何か貰おうかと、思案したのだが
「何でもよろしいかの」
「可能なかぎりは、何なりと、申されよ」
「しからば、この叡山の北に、名も無き荒れ地が御座る、朽木様の邪魔立てはせず、領地には決して踏み込まず、街道に於いての悪事もなさず、の約義で、永代安堵を賜りたく存じます」
「何とも解せぬ、儂も知っておるが、あすこは、人外の地ではないか、それが望みとな」
「は、どうか良しなに」
「むう、あすこは、恐らく天領ゆえ、天子様の勅旨が、おお、明智様故おそらくは、、、吉報を待たれよ」
十造は、駄目でもと、取り敢えず頼んでみたのだが、余程要らぬ土地なのだろうか、すんなりと勅旨が降りたのだ
牙蛇のところに行くと言うと、楓は喜んだ
むぎに会いたいと弾んでいた
牙蛇の山賊部落は、そのままだった
よそ者の到来に、部落総出で、遠巻きに見て来る
流石の楓も、その様を見て、ケラ、ケラと笑い始めた
お前は知らんだろうが、もう少し前なら、こいつらに、襲われてたのだ、笑うている場合か
だれかが知らせたのだろう、牙蛇が出て来た、むぎもいた
「十造、楓も元気そうではないか」
「十造、私を抱きに来たのかい、楓は、また綺麗になって
馬鹿だね、十造にだきつきなよ、あはは」
「二人共まあ、中に入れや、ほれ
叡山が山ごと荼毘にふされたとな」
「おう、上手い事言うのう、誠にそのおうりよ」
牙蛇の住まいに入り、十造も楓も驚いた、赤ん坊がいた
楓がすかさず反応して
「わあ~」声にならない声で、十造が今まで見たこともない、満面の笑顔になり、抱きにかかる
「あら悔しいね、あたしより、楓の方が似合うね、何なのさ」
四人は暫し笑いあう
十造が此処に来た訳を牙蛇に伝えた
「ほう、そうかい、気にかけて貰って済まんのう
じゃがの、十造、儂らが土地を安堵されてもよ、
結局、儂らは山賊しか、出来ないぞ、そうなれば儂ら皆逆賊になるわ」
「何か、難しそうな話だ、楓河原に行こうよ」
むぎは、子供を抱いた楓を誘って外へと促した
「何時までも、山賊稼業が続くかの、自分でも気が付いているであろうに、折角自分の土地が手に入ったのだ、開墾して作物を作れば良いではないか
それこそ、あの子が生き残る道ではないか
戦や略奪から逃れてきた百姓、手足を奪われた者達、読み書きは出来無くとも、知識は有るだろうに」
「むう、確かにその方が、死体運びや追い剥ぎよりかはよいがな」
「おう、此だけの人数なれば、開墾は捗る、肥やしも出来る、やって見ても損は無いではないか」
十造は、話し終わると、牙蛇に誓詞を渡し立ち上がった
「なんじゃ、帰るのか、飯でも食うて行かぬか」
「要らぬ、食いぶちが二人分減るでの
此処が、もっと豊かに成ったら、招待せい」
十造は用件を済ませ、遠くにいた、楓に手を振って、帰りの合図を送った
二人は、牙蛇とむぎ、そして赤ん坊に見送られ、部落を後にした
瀬田の辺りを過ぎた頃、川原に腰を下ろして直ぐに、楓が草薮に姿を隠し気配を絶った、珍しく十造も、黙って闘う体制になる
かなりな相手だ、十造は覚悟を決め、相手の気配へと、三歩進んだその時であった
「あ、いや、参りました、姿を現し、ご無礼を御詫びしたいのですが
よろしいか」
「一人だけ現れても、意味無いわ、左手の者も同時に来ねば、闘うまでよ」
十造は、持っていたクナイを握り直した
すると、その左手から声が聞こえた
「出て行きたくとも、動けませぬ、背後からの殺気に縛られております」
十造が楓に合図を送り、警戒を解かせた
男二人が姿を現す、それを見てから、楓が草薮から現れた
「失礼致しました、それがし、信州信濃真田の才蔵
同じく、小助と申す、お見知り置きを」
「何故儂らに、何か用件でも、おありかな
儂は甲賀の十造、そして伊賀の楓」
「実を申すと、命により、畿内を見て回っておりました、偶々、叡山の西門に於いての戦を、拝見致し、この策は誰が思いつくのかと、小助と話しておりました
そして、今日其らしき人物を見つけた次第」
苦笑いの小助が続ける
「そして、虎の尾を踏みつけました」
「楓殿は単なる目眩ましで、十造殿だけを目付けて居ればと思うておりました、気軽に近付き危うく死ぬところでした」
いや、闘っていたら、儂か楓のどちらかが、死んでいたはず、生き残っても、忍はできない身体になっていただろう
楓は、まだ警戒していた
その証拠に楓は、仕込み槍が届く範囲の位置を、取り続けていた
「済まんの、楓は口が聞けぬ代わりに、感が鋭いのだ、恐らく、どちらか一人でも、殺気が残っておればこのままよ、慣れてもらうしかないわ」
「儂らはこれで、お暇いたす、十造殿に、仕事を頼むには、どの様にすればよろしいかの」
「ふむ、然らば、伊賀の神戸藤六殿を訪ねよ
じゃが、お主達がおれば、儂らなど必要なかろうに」
「まあ、そうおっしゃらずに、又、縁が有りましょう、其では失礼致しました」
信濃真田か、確か武田方であった筈、詳しくは知らぬが、あの様な手練れを、二人も外へ出せるのだから、侮れんな
楓が、伝えて来る、一人は殺せた、しかし、危険な奴らだと
伊賀と甲賀の別れ道に来た、楓は十造に頭を下げて、歩き出そうとはしなかった、十造は苦笑いを浮かべながら
「なんじゃ、儂なら、大丈夫、ちゃんと帰れるわ、心配いらんぞ」
楓の肩をぽんぽんと軽く叩いて帰りを促した
三日後
珍しく藤六が、楓と共にやって来た
「これは、これは、珍しい、儂の畑に来る鶴よりも珍なる御方が、、、」
「わはは、しばらくしばらく、いつも楓を見ていただき、忝ない
千代(藤六の妻)が、漬け物の片付けを手伝うて暮れと寄越したわ
天気が良いわ、ここで話そうわい」
「どうされました、何か不味い事でも、おありですかな」
「実はのう、お主達に仕事が来たのよ、どうしたものかと、思案しておってのう」
「ははあ、真田ですな、実は、、、」
十造は経緯を藤六に話した
「そうか、そうじゃったか、しかし、お主ら二人が、死を意識する程の手練れならば、加勢等帰って、足手まといではないのか」
「恐らくは、儂の火薬の技を見たい、知りたい、楓の殺し技を知りたい
多分、謀殺ではなく、対等の争いで、くノ一に殺される事など、頭に無かったでしょうし、その手口を知りたいのでは、、、」
「ふーん、そうじゃの、お主の言うとおりかもしれぬ
だが儂の案じておるのは、、、」
「今や反目となった、武田と徳川に御座いましょう、実は儂自身は、一度この目で、真田衆を知りたいと思うております」
「やはりの、儂も武田の忍は手強いと聞いておったのよ、事実そのとおり、じゃが、真田衆は、その上を行くと聞いての、確かめたい気持ちも有るのよ」
「では藤六殿こういたしましょう、五日後に、真田へ断りを入れてください、儂はその前に向こうに着いて、勝手に自分で受けた事に致します
さすれば、何処にも顔が立ちましょう」
「おお、そうしてくれるか、ありがたい、藤六このとおり礼を申す」
「お止め下さい、ところで、此度は楓をいかがしますので」
藤六は、待ってましたとばかりに、ニヤリと笑い
「これは異な事を、楓は既に、十造殿が配下、当人もそのように言うておる、最早、そなたの言う事以外は聞く気がないわ
もし、十造殿お一人で行かれるならば、そなたが、楓に申さねば」
十造は苦笑いしながら、楓に、長旅の仕度と、いつもの道具を持って来るように伝えた
楓が来て、十造は自分が作った化粧水を、試す事を頼んだ
「ほれ、楓、こうして塗るのだ、手でこうやってな、どうだ」
無味無臭の、不思議な水は、楓の右手に塗り、左手と比べさせて見た
楓が目を丸くして驚いた、効果抜群というやつだ
「良し、隠蓑に丁度良い、此を売り歩こう、何しろ簡単に作れるのだ
楓も売れると言うておる」
十造は、火薬を自分で作る事ができた、炭も硫黄も手に入るが、硝酸は、自分で作らねばならない、それが失敗した時にできた、いわば偶然の産物だった
原料さえあれば、無限に作れる、銭もかからない
何しろ粉の状態で持って行って現地で作れるのだ
二人は先ず、三河の浜松方面へ向かう、十造は信濃までの道程を決めかねていた
三河を越え、駿河方面からが良いのか決めかねている
このあたりは、藤六の紹介が有るので、滞在は楽であった
そして、十造の化粧水は、初日から結構な人気を博した、以外にも売り切れたのだ
楓も驚いて、もう一回作り直せと、十造をせかしたりもした
宿に入ろうとしたら、蜂が何匹か飛んでいる、何気に見上げた軒先には、立派な蜂の巣が作られていた
蜂の巣が低い時は、台風が少ない、そんなことを、楓に、身振り手振りで教えた
さて、信濃に、いやまずは、甲州にどう入ろうか
十造は、まだ蜂の巣を見上げていた
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