信兄(ノブにい)

雨田ゴム長

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桃源郷

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市には、安土城の事を話したが、未だ完成では無かった。
信長は、ひさしぶりに岐阜城へ戻る途中、安土城の普請現場へ立ち寄った。

「権六、新しい城はやはり良いものだのう」

「は、真にそのとおりで御座います」

「ワシは、あの白壁を見ると思い出す
未だ若かりし時分、清州城の壁に落書きをして、父信秀に良く殴られたものよ
懐かしいの、どうだ権六
あの時を思いだして、二言、三言書いてみたいのだが、構わぬか」

「は、勿論で御座います
そういえば、この権六も若かりし頃は、会の名前を良く他所の会の縄張りに書いたのを思い出しました」
「ほう、何と言う会だ」
「はあ、名護屋狂人道化師で」
「お~知っておるわ
わしの所の、清州皇帝と良く揉めておったわ」
「殿、知っておられますか、あの木ノ下藤吉郎は小牧紅薔薇だったそうです」
「なにぃ、やはりのう、あそこは女問題で内紛ばかりしていたのう、あやつらしいわ」
「徳川もああ見えて、三河五十三次の総長よ」
「蘭丸はどうじゃ、岐阜で会などには入っておったのか」
「はあ、兄が岐阜連合の頭を張っておりました
私も入るというと、女達が
みなお前に、なびくからだめだと拒絶されました」
暫しの間、皆の思い出話に花が咲いた。
だが、光秀だけがこの会話に参加出来ずにいた
光秀は、連歌の会や囲碁の会に所属していた。

「え~い、時間がないわ、誰か書くものをもってまいれ、よいな、権六」

「この安土城は、織田信長様のお城で御座います
どうぞ、よしなに、存分と」

付き人、森蘭丸が問う
「さすれば、殿は何とお書きになるので御座いましょう」

「そうよのう、あの頃はワシも只の餓鬼、さして漢字も知らなんだ
例え落書きと言えども、読んだ者の、心を動かす、気持ちが昂る、誰が書き記したか解らねばいかん
そうではないか」

「はは~、仰せのとおりに御座います」
家臣一同、洒落た連歌か、はたまた格調高い漢詩だろうかと各々思いを巡らせた
試し書きの板、そして筆と墨を渡された信長は、嬉々として書き始めた。
「これでどうじゃ、お前達」
興味津々覗き込む家来達が其処に見たものは

『鏖(みなごろし)』『磔(はりつけ)』『屍』『髑髏』『生け贄』『獄門』『打首』『人柱』『晒首』
おどろおどろしい、文字が並んでいた
権六は、もう何回目かの死を覚悟して
「殿、申し上げます
今のお立場であれば、こ、この様な落書きは恐らく通用しないものと思われまする
平に、平に、お考え直しくださいますよう」

「なにい、権六、わしの落書きは、通用せんのか
おう、もうひとつ、極悪と非道があるな、ん、一揃えのほうが良いかの」

「光秀が申し上げます
戦続きの織田の頭領が落書きで書いたにせよ
この様な文言は、最早誰もが、御触れを発せられたと信じ
安土城下には、恐らく人の気配が無くなるかと存じます」

「単刀直入で良いではないか」

「いえ、長刀両断にございます」

お市にやり込められるのとは、またひと味違うくやしさから抜けられない、信長がいた。

暫しの間、書く、書かさないで、今や何万もの兵の頭領と歴戦の武将達が言い争っていた。
「報告いたします、何やら不審な落書きが見つかりました
一益様に検分して頂きたく、参りました」

「なにい、余の城に落書きじゃと
怪しからんにも程がある
一益ではなくわしが行くわ
きっと成敗してくれようぞ」

「え~、どの口がそれ言うかな」

「あ、こら、ばっ、しぃ~」

「どうやら、わしの落書きのとおりになりたい者が居ると見た
選ばせてやる出て来るが良い」

「それよりも、殿、その不届きな落書きの検分をなさいませぬと」

「良かろう、案内せい」

其はすぐ近くの壁に木炭で書いてあった。

『信長に過ぎたるもの三つ有り
怒り過ぎ・壊し過ぎ・殺し過ぎ』

「おお~」

『三七五六四』『夜露死苦』
『悟空門』『針付』『可真油手』『蘭丸命』
等々思い付くままに書かれてあった。
家臣達はひそひそと
「何やら字は違えど、発想は同じであることよ」
「同感じゃ」

『のぶおじの  たちたる まるに  はつかがみ』

『ごみんなさい  たへきれずに  そこでする』

最初の文は、大人の女文字であった。
次は、書いた位置も低く、どう見ても子供の字だ
「う~む、これは」
「もしや、殿が、今立っておられる位置に丸があるのでは」
「コホン、殿そこ少し、湿ってはおりませぬか」
「それがどうしたというのだ、光秀」
「恐らく、そこで何者かが粗相を」
「なるほどのう、察するに
この一番低い位置にある落書きは恐らく
粗相をしながら書いたのかのう」

『あの時に  刺しておけば  我が天下』

その場の全員が無言で立ち竦んでいる。

ここは、やはり、自分よりも年長の或いは、役が上の方にお任せするのが最良と言う視線を、権六は痛い程に感じていた。
権六が、どうしたものかと案じていると
信長が、信じられないくらいの冷静な声で
「利家(前田利家)はおるか」
「はっ、利家ここに」
信長は、振り返らずに壁を向いたまま
「そちに兵一万五千預ける、直ちに清州へ向かい、城に籠る、この一味を引っ捕らえ信長の前へ連れて来るのだ
なお、生死は問わぬ」

「へっ」(目が周囲に助けを乞うていた)

「人手が足りぬと申すか
良かろう、丹羽長秀一万、岐阜より氏家朴全一万をつけよう
その代わり、清州の城を跡形もなく消してしまえ、良いな」

「ひぇっ、どうか御勘弁を、第一あそこは、殿の兄上さまが、おられるお城でも御座います」

「ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、何をごちゃごちゃと、其処に直れ
このわしが、叩き切ってくれるわ」

利家は、逃げる、家臣一同抜刀した信長を抑えにかかる
権六は迂闊にも、お市を見送ったあの日、清州の天守閣を思いだし
お市のいたずらで目の回りに黒く丸がある信長の顔を思いだして、笑いが止まらなくなり、それが全員に伝播した
信長もあの時と同じく益々激昂しだした。

信長が動いたおかげで、壁にもうひとつ落書きが見えた
『ノッブおこりんぼ』

その落書きで、本人以外皆、ど壺に落ちた。

「く、くく、くく、くくく、お止めください、殿、ふ、ふ、ふ、ふ」
「わはははは、出会え~くふ、殿が、はは、はははは、ご乱心である、ぷっ」
家臣達は地獄の時間を過ごした

信長は、落書きによりこの中でも一番に心を、いや、魂さえも揺さぶられてしまった。

ひと悶着あったものの、漸く安土城は完成に近付いた。
信長は京の都で織田の兵を指揮していた
「殿、安土の城に、もうじきお引っ越しですな」

「おう、やっと陽の目を見るというものよ」

そこへ蘭丸が、いそぎ駆けつけた
「珍しいではないか、そちが慌てるのを初めてみるわ」

「申し上げます
岐阜城より早馬にて、帰蝶さまが供廻り数名と行方しれずとなりまして御座います」

「ふん、そんな手は何度もくわんぞ
捨ておけ、どうせ清州に向かったか、既に着いておるわ」
「それが、清州の信長様の兄上、信包(のぶかね)様からも早馬にて、例の五人組(おかるを含む)が遁走の疑いありと」
「何だと、きゃつら、今度は何を企みおるか
光秀はおるか光秀は」
小姓があらわれて
「申し上げます、光秀様の御内儀が所在不明にて
その行方を探索しておりまする」
「何と奇っ怪な、蘭丸、諸将に連絡と問い合わせを致せ
この信長、どうにも嫌な予感しかせぬわ」(そして、絶対に当たる)

「申し上げます、織田家の主だった役職者の御内儀は、その殆んどが、行方知れずとなっておりまする」

「申し上げます、安土城城代、滝川一益様より
今日夕刻に、何者かが天守閣を占拠
これより手出し無用、言うことを聞かずば、天守は見るも無惨な有り様になるであろうと
そしてあろう事か
これは信長公に対するはなむけよ、と言うて
鉄砲を撃ちはじめまして御座います
これにより城内にて作業中の職人全て逃げました」

信長は持っていた刀を杖にして、辛うじて立っていた
そして、蘭丸に命じた
「蘭丸、お前だけが頼りよ
未だ妻を娶っておらぬ
安土に行って、一益達に
伝えよ
乱が鎮まるまで全員に休息せよと
蘭丸は様子を逐一報告せよ」

「はっ、早速向かいまする」

「なあに、これまでもそうよ、一晩経てばおさまろうて」

戦の天才、魔王とまで言われた織田信長もこの時ばかりは完全に読みが外れた。

女達による、何年ぶりかの天守会は、三日三晩続く事となる
一番大きな誤算は蘭丸を向かわせた事にある。

蘭丸を向かわせ、その入れ代わりに光秀が参内してきた
「遅いではないか、同じ京に居るというに」

「はっ、申し訳御座いませぬ、女達が居らぬと着替えすらままなりませぬ」
かつて、市が言うていた言葉を信長は苦々しく噛みしめた

「蘭丸を使わしたそうですな
果たして、、、」

「何じゃ、それがどうしたか、いかんと申すか」

「古くから、甘い菓子と美男子は、女子達の大の大好物で御座います
果たして蘭丸は、無事で居られましょうや」

「案ずるな、たったの一晩じゃ」

この時光秀は思った
(信長様は、時々冷酷になられる。
蘭丸は、狼の群れに放り込まれた小鹿ではないか。
果たしていつまでも、この方にお仕えしていて大丈夫なものか)
不安がよぎる光秀がいた














                              
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