希少気質の守護者(ガーディアン)

空乃参三

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三月二七日(木)

希少気質保有者の種の保存

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 今日は月二回の上司との面談だ。
 半分仕事関係、それ以外が半分といった感じだ。
 ちなみに社内での自分の所属は管理部希少気質保護課という。
 うちの会社では部のトップはディレクターという役職になるのだが、うちの部は社長が兼任している。
 課のトップはマネージャーで、うちの課は床井さんだ。
 役職名が実際の役職より上っぽいのだが、これは社長の方針だ。
 自分も役職上は「リーダー」なのだが、部下がいるわけではない。
 担当する保有者がいる気質保護員は「リーダー」以上と社内規程で決められているからそうなっているだけだ。
 ちゃんと役職手当が出るのでありがたい。

 上司との面談は基本オンラインだ。
 「……まずは月曜の研修お疲れさまでした。昨日、受講が認められたと連絡があったわ」
 無事受講が認められてよかった。
 先輩に散々脅されたけど、それが良かったのだと思う。
 確かに予習無しではちょっと厳しい感じだったからだ。

 「それと、そろそろ穏円さんの健康診断の時期だけど、予約はできた?」
 「四月九日の水曜午前の部を取りました。あと、カウンセリングは一七日の一一時からです」
 「なら問題なさそうね。穏円さんならすっぽかしたりもしないでしょうから。敢えて言えば……」
 床井さんの声が重苦しいものになっていく。
 「……『後継者育成プログラム』にもうちょっと参加してもらうのは難しそう?」
 この問いに自分は「厳しい」としか答えられなかった。

 「後継者育成プログラム」は、希少気質保有者保護からは切り離せない重要なものだ。
 その一方で問題視する人も少なくない。

 希少気質保護制度には、希少気質保有者そのものの保護と、希少気質保有者の数を減らさないことのふたつの側面がある。
 人はいつか死ぬものだから、後者を実現するためには新しい希少気質保有者が必要になる。
 新しい希少気質保護者の育成、すなわち彼らの子孫を残すためのしくみ、これこそが「後継者育成プログラム」である。

 プログラムにはいくつか種類がある。
 ひとつ目がもっとも国が力を入ていると思われる保有者同士の婚姻、である。
 しかし、これは実現数がかなり少ない。
 我が国の場合保護対象としている保有者の数が少なすぎる、という指摘が他国からされているそうなのでそれが原因かもしれない。
 ちなみに、うちの会社で担当している保有者に他の保有者と結婚している人はいない。
 ただ、他の保有者との結婚を希望している人は何人かいる。

 ふたつ目は保有者と保有者でない人との婚姻だ。
 こちらはひとつ目より実現数は多いらしいのだけど、それでも少ないらしい。
 うちの会社で担当している保有者に該当する人が一人だけいる。

 みっつ目は精子や卵子を提供するというもの。
 この形で生まれた子供はニ〇名近くおり、三分の一が提供者である保有者の下で、残りの三分の二が里親に育てられている。
 プログラムが批判されるのはこの形を認めているからだと思う。
 ただ、保有者の側からすればハードルが低いようで、この形なら受け入れる、という人が多い。

 希少気質がどの程度遺伝するかについてはまだ結論が出ていないが、両親ともに保有者でない場合、その子供が保有者である可能性は限りなくゼロに近いことがわかっているらしい。
 そのため、保有者が子供を残すことにこだわる必要があるのだろう。

 自分が担当する穏円さんもみっつ目だけ参加している。
 ひとつ目とふたつ目は、「自分には適性が無さそう」と参加を拒否しているのだ。
 自分が同じ選択を迫られたとしても、穏円さんと同じ選択をすると思う。
 何となくだが、穏円さんの気持ちがわかるような気がするのだ。実際はまるでわかっていないのかもしれないけど。

 会社や床井さんとしては、できれば穏円さんにもひとつ目かふたつ目に参加してほしいのだろう。
 しかし無理強いはしたくない。

 幸い、会社も床井さんも嫌がる相手に無理矢理、というタイプではないのでその点は大丈夫だろう。

 「だよねぇ。そもそもそう言っている私が独身だし。うちの会社、独身多いからね……業種のせいなのかな?」
 床井さんもこちらが「参加させます」と返事することをまるで期待していなかったようだ。
 うちの会社に独身が多いのが業種のせいなのかはよくわからない。

 床井さんの言葉を理解するには、自分の勤務する嬉経野デベロップサービスの事業を知っておく必要があるかも知れない。
 もっとも、自分みたいに事業を知っておいても理解できない人もいるけど。

 嬉経野デベロップサービスの主な事業はふたつ。
 ひとつは自分も担当している希少気質保有者保護事業、
 もうひとつは教育サービス事業だ。
 こちらは社会人が自己啓発などで使う通信教育の教材を作る仕事だ。
 もっとも、うちは小さな会社なので自社の名前で教材を売ってはいない。
 大手の教育サービス会社からの依頼で教材を作成したり、逆に自社で作った教材を大手の教育サービス会社に売り込んでいく。
 だからうちで作った教材は大手の会社の名前で売られている。
 教育サービス業界に独身が多いという話は聞いたことがないのだけど、実際どうなのだろう?

 「あら? 脱線しちゃったわね。『後継者育成プログラム』への対応については近いうちにミーティングがあるから、現状について調べておいてね」
 そう言う床井さんは浮かない顔をしている。
 あまり気乗りのしないミーティングなのだろうが、やらざるを得ないというのがよくわかる。
 上司がこういう態度をとることを嫌う人もいるけど、自分にとってはありがたい。
 やりたくてやっているのか、無理矢理他所からの命令でやらされているのかわかった方が自分にとっては動きやすいからだ。

 その後は穏円さんの様子や、自分の業務の状況についていくつか質問された。
 業務上でもプライベートでも困っていることはないかとも聞かれたが、今のところ特に困ったこともない。
 敢えて言えば業務で使っているスマホのバッテリーの持ちが悪い、と答えた。
 四月から経費精算のガイドラインが変わってスマホの交換がしにくくなるためか、床井さんは三一日着で新しいスマホに交換してくれると約束してくれた。
 こういうところは頼りになる。

 床井さんとの面談が終わってから、穏円さんと何度か連絡を取った。
 近いうちにこの前テストプレイに参加したゲームのお披露目をやるので、その日程調整をしているそうだ。
 空いた時間を使って自分は「後継者育成プログラム」について調べることにした。
 床井さんがミーティングの話題にすると言っていたから、事前準備も無しに臨むのは危ないような気がする。

 自分が調べたのは、過去にどのようなパターンで保有者の子供が生まれたかだ。
 去年の年末くらいの研修で説明があったので、その資料を引っ張り出してきた。
 紙の資料じゃないから、ノートパソコンのフォルダからだけど。

 この研修では「後継者育成プログラム」の説明が主だった。
 子供が生まれたケースは参考資料に書かれていただけだ。
 参考資料については「後で読んでおいてください」と説明が省略されていたし、後で読み返すほど自分も律儀ではない。
 まさか、このような形で読み返すことになろうとは……

 ケースとしては圧倒的に精子や卵子の提供からのパターンが多い。
 それはともかくとして、結婚を希望する人が少なくないのは意外だった。
 ただ、相手を見つけるのに苦労しているようだ。
 どういう訳か保有者同士の結婚はほぼないらしい。
 保護対象かどうかにかかわらず、希少気質の保有者同士という組み合わせがないのは不思議だ。
 保護対象の保有者とそれ以外の場合だと、保有者が国、正確には担当気質保護員に管理されているように見えるのが嫌がられるらしい。
 実際に管理がないとは言えないから、こういうのを嫌がる人がいるのは理解できる。
 保護対象の保有者はこういう管理をあまり気にしないタイプなのだろう。
 なかなか難しいものだ。
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