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四月九日(水)
保有者の体調管理
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さて、今日は穏円さんの健康診断の日だ。
どういうわけか、うちの会社では保有者の健康診断に担当気質保護員が同行することになっている。
予約だけ入れて健康診断をすっぽかす保有者もいるから、それを防ぐ目的なのだろうけど。
気質保護員は健康診断の会場に立ち入ることができないので、外で待つことになる。
穏円さんの健康診断は彼の自宅近くの病院で八時四五分からだ。
時間の少し前に病院に入っていく穏円さんを見送って、自分は近くをぶらつくことにした。
喫茶店やカフェで待つには時間が長すぎる。
早くて終わるのは一〇時半くらいになるはずだ。
気質保護員は医療の専門家ではないから、体調管理といっても普段の様子を確認するとか、こうやって定期的に健康診断を受けてもらうことしかできない。
穏円さんはまだ三〇代前半だし、しばらくは大丈夫だろうけど油断は禁物だと思う。
ちなみに穏円さんの健康診断の結果は、気質保護員である自分には知らされない。
問題があれば医師を通じて「こういうことに気をつけろ」「これをさせないように」と連絡があるらしい。
そういった連絡が今までないので、今までは穏円さんに健康上の問題はなかったのだろうと思う。
ちなみによその会社のことはわからないが、うちは健康診断について結構うるさい。
自分が今の会社に転職する際、健康診断の結果を提出するように求められた。
三、四ケ月前に前の会社で健康診断を受けていたので、その結果を提出した。
それで問題ないかと思っていたら、項目が不足しているとかで結局再度健康診断を受けなおす羽目になった。
気質保護員も保有者と同等の健康診断を受けるべき、ということらしい。
病院の周辺をぶらぶらするのに飽き始めたころ、スマホが震えた。
この震え方は重要な連絡が入ったときのものだ。
スマホを見てみると、来週に穏円さんがカウンセリングを受けるクリニックからの連絡事項とある。
メッセージの差出人から、うちの会社の総務から転送されたものだとわかる。
内容をじっくり確認する。
どうやら建物への入り方に変更があるようだ。
前回と大幅に変わっているから、これは穏円さんに伝える必要がある。
保有者のスケジュール管理も気質保護員の重要な仕事だ。
穏円さんは約束事を忘れたりするタイプではないので楽だが、確かに秘書みたいだなと思ってしまった。
この前保利に指摘されるまでは意識したことがなかったが、言われてみれば確かにそうだ。
うちの会社で担当している保有者にも色々なタイプがいる。
多くはゆったりとしたスケジュールを好む人のようだけど、事細かに管理してほしいという保有者もいる。
この場合保有者のスケジュールを詳細に把握するだけではなく、頻繁に連絡を入れなければならないから大変だ。
毎朝起こして欲しいと担当気質保護員に頼む保有者もいるが、気質保護員は原則こうした保有者の頼みを断ることができない。
逆にルーズ過ぎる保有者も考えもので、健康診断のような必須イベントをすっぽかさないよう管理しなければならなくなる。
その一方で、気質保護員が担当する保有者の機嫌を損ねるのはご法度というルールもある。
状況を聞いて判断してくれるらしいけど、最悪気質保護員の資格を取り上げられるから気をつけなければならないのはこちらだ。
いろいろと脅かすようなことを言ってしまったが、基本的に保有者は温厚な人がほとんどなので、業務上で問題が発生することは多くない。
うちの会社で担当している保有者にも「問題児」と呼ばれる人がいるけど、実はあまり自分と接点がない。
なので業務上の問題と言われても、ピンとこないところがある。
月一度の部門会議や研修などで報告を受けたり、事例を紹介されることはある。
さすがに「これはちょっと……」というものもあるのだが、半数くらいは苦笑しながら許すことができる程度のものだ。
うちの会社の「問題児」に限れば、担当する先輩の方がそうした問題行動を楽しもうとしているように思える。
まさになるべくして気質保護員になったような人だ。
なりゆきで気質保護員になった自分とはそこが違うのだろう。
それでも務まっているのは、担当する穏円さんが手のかからない保有者だからだ。
自分は穏円さんや、彼の担当にしてくれた床井さんに感謝しなければならないのだろうと思う。
一〇時四〇分、健康診断を終えた穏円さんが病院から出てきた。
「もうちょっと身体を動かせって言われてしまったよ。今日は予定変更して歩いて店まで移動でいいかい?」
「大丈夫です。歩きで行きましょう!」
穏円さんはよく歩く方だと思うのだけど、医師の見解は違うらしい。
ゲームを作っているときも毎日一時間かそこらは歩いていたような気がするのだけど……
もし、問題があればこちらにも何に気をつければよいか連絡が来るだろうから、注意しておこう。
運動のこと以外は特に何も指摘されていないようで、穏円さんも少しは安心したらしい。
「そういえば来週のカウンセリングですが、建物への入り方が変わるみたいです。後で内容を転送します」
「そうなんだ。助かるよ。作業をしているとついついその手の連絡を忘れてしまうのでね」
穏円さんはそう言うが、彼はそのあたり割ときちんとしていると思う。
健康診断と並んで保有者の状態を把握するのに重要なのがこのカウンセリングだ。
やはり気質保護員は専門家ではないので、専門家に判断を任せる。
気質保護員は専門家から連絡を受けて、今後どのように保有者と接するか考えるのだ。
穏円さんは穏やかな気質だし、割と精神面も安定しているように思うので、あまり気を付けることはなさそうなのだけど。
「そういえば、有触さんの査定もそろそろなのじゃないかい? 何か連絡は来ているかい?」
「六月の上旬だとは思うのですけど、まだ何も聞いてないですね……」
査定とは、気質保護員の働きぶりを見るチェックのようなものだ。
これには上司だけではなく国からも審査員と呼ばれる人が来る。
査定だけで気質保護員の資格を取り上げられることはほぼないけど、悪ければ気質保護員の仕事から外される可能性はあるらしい。
原則査定は年一回なのだけど、前回は気質保護員の仕事を初めてから三ヶ月も経っていない時期だった。
そのためか、どちらかというと国の審査員から気質保護員の実務について説明を受ける場になっていたような気がする。
さすがに今回はそのようなことはないだろう。
「……なるほど。日程がわかったら教えてほしい。有触さんが安心して仕事できる状況じゃないと僕も落ち着かないからね」
どうやら穏円さんに気を遣わせてしまったようだ。
「日程については了解ですが、そこは穏円さんが気を遣うところではないですよ」
「……いや、そうじゃないんだ。有触さんが担当を外れてしまうようなことになるとこっちが困るのでね」
そう言われると悪い気はしない。我ながら単純だ。
今回の査定がどのくらい厳しいかわからないけど、穏円さんが気にしているなら何かあるのかもしれない。
「クビにならないよう努力しますよ。制度については穏円さんの方が詳しそうですし、何かあれば連絡しますよ」
「よろしく頼むよ」
何だかよくわからない部分もあるのだが、穏円さんにこの件で心配をかけるのはマズいなぁと思う。
心配をかけるということ自体が精神面の健康を損なうことにつながるからだ。
幸い、この後穏円さんが査定の話を出すことはなかった。
二駅歩いてランチの店へと移動し、そこで来週末に新作ゲームのお披露目会をやると聞かされた。
先日、自分もテストプレイに参加した脱出ゲームだ。
「四月一九日の一三時から、マスターのところでお披露目するよ。有触さんも来られるかい?」
ゲームの話をする穏円さんは、表情こそ穏やかだがどこか楽しそうだ。
「大丈夫です、空けてあります。楽しみにしてますよ」
この日は昼食後、穏円さんと別れた。
正直なところこれで良かったのかはわからないが、穏円さんの精神的安寧につながっていることを願うばかりだ。
そうでないと、気質保護員としての意味がないだろう。
来週のカウンセリングで何か指摘されやしないかちょっと心配だ。
どういうわけか、うちの会社では保有者の健康診断に担当気質保護員が同行することになっている。
予約だけ入れて健康診断をすっぽかす保有者もいるから、それを防ぐ目的なのだろうけど。
気質保護員は健康診断の会場に立ち入ることができないので、外で待つことになる。
穏円さんの健康診断は彼の自宅近くの病院で八時四五分からだ。
時間の少し前に病院に入っていく穏円さんを見送って、自分は近くをぶらつくことにした。
喫茶店やカフェで待つには時間が長すぎる。
早くて終わるのは一〇時半くらいになるはずだ。
気質保護員は医療の専門家ではないから、体調管理といっても普段の様子を確認するとか、こうやって定期的に健康診断を受けてもらうことしかできない。
穏円さんはまだ三〇代前半だし、しばらくは大丈夫だろうけど油断は禁物だと思う。
ちなみに穏円さんの健康診断の結果は、気質保護員である自分には知らされない。
問題があれば医師を通じて「こういうことに気をつけろ」「これをさせないように」と連絡があるらしい。
そういった連絡が今までないので、今までは穏円さんに健康上の問題はなかったのだろうと思う。
ちなみによその会社のことはわからないが、うちは健康診断について結構うるさい。
自分が今の会社に転職する際、健康診断の結果を提出するように求められた。
三、四ケ月前に前の会社で健康診断を受けていたので、その結果を提出した。
それで問題ないかと思っていたら、項目が不足しているとかで結局再度健康診断を受けなおす羽目になった。
気質保護員も保有者と同等の健康診断を受けるべき、ということらしい。
病院の周辺をぶらぶらするのに飽き始めたころ、スマホが震えた。
この震え方は重要な連絡が入ったときのものだ。
スマホを見てみると、来週に穏円さんがカウンセリングを受けるクリニックからの連絡事項とある。
メッセージの差出人から、うちの会社の総務から転送されたものだとわかる。
内容をじっくり確認する。
どうやら建物への入り方に変更があるようだ。
前回と大幅に変わっているから、これは穏円さんに伝える必要がある。
保有者のスケジュール管理も気質保護員の重要な仕事だ。
穏円さんは約束事を忘れたりするタイプではないので楽だが、確かに秘書みたいだなと思ってしまった。
この前保利に指摘されるまでは意識したことがなかったが、言われてみれば確かにそうだ。
うちの会社で担当している保有者にも色々なタイプがいる。
多くはゆったりとしたスケジュールを好む人のようだけど、事細かに管理してほしいという保有者もいる。
この場合保有者のスケジュールを詳細に把握するだけではなく、頻繁に連絡を入れなければならないから大変だ。
毎朝起こして欲しいと担当気質保護員に頼む保有者もいるが、気質保護員は原則こうした保有者の頼みを断ることができない。
逆にルーズ過ぎる保有者も考えもので、健康診断のような必須イベントをすっぽかさないよう管理しなければならなくなる。
その一方で、気質保護員が担当する保有者の機嫌を損ねるのはご法度というルールもある。
状況を聞いて判断してくれるらしいけど、最悪気質保護員の資格を取り上げられるから気をつけなければならないのはこちらだ。
いろいろと脅かすようなことを言ってしまったが、基本的に保有者は温厚な人がほとんどなので、業務上で問題が発生することは多くない。
うちの会社で担当している保有者にも「問題児」と呼ばれる人がいるけど、実はあまり自分と接点がない。
なので業務上の問題と言われても、ピンとこないところがある。
月一度の部門会議や研修などで報告を受けたり、事例を紹介されることはある。
さすがに「これはちょっと……」というものもあるのだが、半数くらいは苦笑しながら許すことができる程度のものだ。
うちの会社の「問題児」に限れば、担当する先輩の方がそうした問題行動を楽しもうとしているように思える。
まさになるべくして気質保護員になったような人だ。
なりゆきで気質保護員になった自分とはそこが違うのだろう。
それでも務まっているのは、担当する穏円さんが手のかからない保有者だからだ。
自分は穏円さんや、彼の担当にしてくれた床井さんに感謝しなければならないのだろうと思う。
一〇時四〇分、健康診断を終えた穏円さんが病院から出てきた。
「もうちょっと身体を動かせって言われてしまったよ。今日は予定変更して歩いて店まで移動でいいかい?」
「大丈夫です。歩きで行きましょう!」
穏円さんはよく歩く方だと思うのだけど、医師の見解は違うらしい。
ゲームを作っているときも毎日一時間かそこらは歩いていたような気がするのだけど……
もし、問題があればこちらにも何に気をつければよいか連絡が来るだろうから、注意しておこう。
運動のこと以外は特に何も指摘されていないようで、穏円さんも少しは安心したらしい。
「そういえば来週のカウンセリングですが、建物への入り方が変わるみたいです。後で内容を転送します」
「そうなんだ。助かるよ。作業をしているとついついその手の連絡を忘れてしまうのでね」
穏円さんはそう言うが、彼はそのあたり割ときちんとしていると思う。
健康診断と並んで保有者の状態を把握するのに重要なのがこのカウンセリングだ。
やはり気質保護員は専門家ではないので、専門家に判断を任せる。
気質保護員は専門家から連絡を受けて、今後どのように保有者と接するか考えるのだ。
穏円さんは穏やかな気質だし、割と精神面も安定しているように思うので、あまり気を付けることはなさそうなのだけど。
「そういえば、有触さんの査定もそろそろなのじゃないかい? 何か連絡は来ているかい?」
「六月の上旬だとは思うのですけど、まだ何も聞いてないですね……」
査定とは、気質保護員の働きぶりを見るチェックのようなものだ。
これには上司だけではなく国からも審査員と呼ばれる人が来る。
査定だけで気質保護員の資格を取り上げられることはほぼないけど、悪ければ気質保護員の仕事から外される可能性はあるらしい。
原則査定は年一回なのだけど、前回は気質保護員の仕事を初めてから三ヶ月も経っていない時期だった。
そのためか、どちらかというと国の審査員から気質保護員の実務について説明を受ける場になっていたような気がする。
さすがに今回はそのようなことはないだろう。
「……なるほど。日程がわかったら教えてほしい。有触さんが安心して仕事できる状況じゃないと僕も落ち着かないからね」
どうやら穏円さんに気を遣わせてしまったようだ。
「日程については了解ですが、そこは穏円さんが気を遣うところではないですよ」
「……いや、そうじゃないんだ。有触さんが担当を外れてしまうようなことになるとこっちが困るのでね」
そう言われると悪い気はしない。我ながら単純だ。
今回の査定がどのくらい厳しいかわからないけど、穏円さんが気にしているなら何かあるのかもしれない。
「クビにならないよう努力しますよ。制度については穏円さんの方が詳しそうですし、何かあれば連絡しますよ」
「よろしく頼むよ」
何だかよくわからない部分もあるのだが、穏円さんにこの件で心配をかけるのはマズいなぁと思う。
心配をかけるということ自体が精神面の健康を損なうことにつながるからだ。
幸い、この後穏円さんが査定の話を出すことはなかった。
二駅歩いてランチの店へと移動し、そこで来週末に新作ゲームのお披露目会をやると聞かされた。
先日、自分もテストプレイに参加した脱出ゲームだ。
「四月一九日の一三時から、マスターのところでお披露目するよ。有触さんも来られるかい?」
ゲームの話をする穏円さんは、表情こそ穏やかだがどこか楽しそうだ。
「大丈夫です、空けてあります。楽しみにしてますよ」
この日は昼食後、穏円さんと別れた。
正直なところこれで良かったのかはわからないが、穏円さんの精神的安寧につながっていることを願うばかりだ。
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