希少気質の守護者(ガーディアン)

空乃参三

文字の大きさ
18 / 33
四月二一日(月)

事件

しおりを挟む
 穏円さんの新作ゲームお披露目会の翌日夜遅く、会社からスマホに「明日は九時半に出社せよ」というメッセージが届いた。
 詳しい理由の説明はなかったが、「希少気質保護事業に影響する重大な事件が発生したため」とあった。
 実はメッセージが届いたとき自分は既に寝ていて、今朝になってメッセージの存在に気付いた。
 幸い家から要央もとお区要央東三丁目にある会社のオフィスまではラッシュ時でも四、五〇分で行けるので間に合わないことはない。

 「重大な事件」とあるから何かよくないことが起きたのは間違いない。
 テレビをつけてニュースを見てみる。
 もしかすると、何かの報道があるかも知れない。

 二〇分ほどテレビを見たが、時間帯が悪かったのかスポーツや天気に関する情報ばかりであった。
 朝食の片づけが終わってから穏円さんに「今日は急遽出社になったので連絡に対する返信が遅れる可能性がある」と連絡を入れた。
 担当する保有者への連絡や返信は会議中などであっても優先してやっていいことになっているけど、念のため、だ。

 オフィスに向かう地下鉄の中でネットニュースを検索する。
 事件と言えそうなものがふたつ見つかった。
 ひとつは淀谷よどや市の工場で火事があり、死者が複数出たというもの。
 淀谷市は自分や穏円さんが住む妙木市の北東一〇キロくらいの場所にある。
 もうひとつは蒼丘そうきゅう区で中年男性と女性の二人組が襲われて二人とも重傷を負ったという事件である。
 蒼丘区はうちの会社のオフィスがある要央区の北に隣接している。

 下車駅の要央東二丁目駅が近づいてきたので、ネットニュースをこれ以上探すのを諦める。
 オフィスに到着したのは九時ニ〇分過ぎ。
 既に希少気質保護課の多くのメンバーが集まっていた。
 「有触さん、何が起きたか知ってる?」
 「いえ、何も聞かされていないです」
 先輩たちも状況がわからないらしい。
 課の中で一番経験が少ない自分に尋ねている時点で、そう判断するしかないだろう。

 九時半になってマネージャーの床井さんがメンバーを会議室に集めた。
 メッセージの送信が昨夜の二三時半過ぎであったためか、自分と同じように今朝になって内容を知ったメンバーも三分の一くらいいた。
 そのため、遠方に住んでいるメンバーにはまだ到着していない人もいたが、それには構わず床井さんが会議を始めた。

 「ニュースで見た人もいるかもしれませんが、昨夜、蒼丘区で男女の二人組が暴漢に襲われました。男性が保有者、女性が気質保護員です……」
 床井さんの発表に会議室がざわついた。
 蒼丘区の事件は地下鉄の中で知ったが、被害者が希少気質保護活動に関係する人たちという情報はなかったはずだ。
 恐らく意図的に伏せられたのだと思う。

 「これは口外しないで頂きたいのですが、犯人は希少気質保護制度に恨みを抱いている旨の供述をしていると国から連絡がありました」
 これだけ伝えられた後、気質保護員へは担当する保有者に対し、本日の一三時まで不要不急の外出を控えるよう連絡せよと指示があった。

 穏円さんに連絡を取ると、家に戻る途中だった。
 健康のため散歩中だったのだ。
 「状況がよくわからないけど、早く戻ったほうがいいんだね。わかった。何かわかったら連絡を入れてくれると助かる」
 穏円さんは細かく質問することなく、こちらの要求を受け入れてくれた。

 中には外出を控える理由をしつこく聞いてくる保有者もいて、苦労している気質保護員もいる。
 理由も知らされずに家にいろと言われても納得できないという気持ちは理解できないでもない。

 保有者全員への連絡が終わった後、床井さんが事件の詳しい状況を説明してくれた。
 事件が起きたのは蒼丘区のオフィス街から一本奥に入った路上だった。
 自分や穏円さんが行く場所ではないが、うちの会社で担当している保有者にこの付近によく行く人がいるそうだ。
 時刻はニ〇時少し前で、二人は気質保護員が所属する会社のオフィスを出て駅に向かう途中に刃物で刺されたらしい。
 幸い二人とも生命に別状はないらしい。

 「犯人は既に確保されていますが、他にも仲間がいるという情報もあります。そこで国は保有者と気質保護員に警備をつけることを決定しました」
 予想はされていたことだが、まだ危機が去っていないというのだろう。
 事件の犯人がどうやって保有者や気質保護員を見分けたのかはわからないが、その気になれば調べられないことはない。
 手っ取り早いのは保有者や気質保護員が所属している会社を調べることだ。

 穏円さんはともかく自分に警備がつくというのはあまりピンとこない。
 誰が警備につくのかということも教えてはもらえないそうで、ただ警備されるということを認識してほしいということだ。
 穏円さんにも警備がつくということを伝えなければならない。

 この後は警備会社の人が来て、気質保護員が気をつけなければならないことや、何かあった場合の対処方法の説明があった。
 何度も言っているけど、気質保護員は警備の専門家ではないから、危ない場所に近づかないのが基本となる。
 あと、危険を察知したら逃げるか周囲を巻き込むことだという。

 レクチャーが終わったのが一一時過ぎ。
 この後は可能な者は担当する保有者の自宅を訪れて状況を説明するよう指示があった。
 穏円さんに連絡を取ると、自宅への訪問については快く受け入れてくれた。

 会社から説明用の資料をもらって地下鉄の駅へと向かう。
 このペースだと穏円さん宅に到着するのが正午くらいになるので、昼食を買って行きましょうかと提案した。
 すると妙木市駅前の店の弁当を要望してきた。
 自分も知っている店なので、自分の昼食もここで調達してしまうことにした。

 妙木市駅で下車し、ご要望の弁当を購入して穏円さん宅へと向かう。
 穏円さんの部屋はアパートの一階だから、防犯という意味ではちょっと心配ではある。
 ただ、穏円さんの自宅の周辺は割と人通りが多いし、穏円さんは近所の人とも親しい。
 見知らぬ人が通れば声をかけられるような場所なのだ。
 自分も穏円さんの担当になった直後に彼の自宅へ行こうとしたとき、近所の人に声をかけられまくって慌てたことがある。
 昼間近所を出歩くくらいなら、危険は少ないかもしれない。

 インターホンを鳴らすと穏円さんが出てきて中に入れてくれた。
 買ってきた弁当を広げながら簡単に状況を説明する。

 「……なるほど。外出するなというのはそういうことだったんだ。このあたりは近所付き合いが活発だから夜中でもない限り不審者はすぐわかると思うけど」
 穏円さんがそう考えるのも無理はない。
 「とはいえ、ずっと自宅近辺にいるって訳にもいかないでしょう。外出するときは警備の人が近くにいると思いますが気を付けてください」
 「それもそうだね。普段の買い物はともかくトージやマスターのところにも行ったりするしね。そうだ! 食事が終わったらトージに連絡を取ってみよう」
 トージこと東神さんは、穏円さん同様保護対象の保有者だ。
 彼の担当気質保護員はうちの会社とは別の会社に所属しているから、東神さんにはこちらとは違う情報が入っているかもしれない。
 自分も大して事件について情報を持っているわけではないから、違う会社からの情報があればありがたい。

 昼食を食べ終えてから穏円さんが東神さんにチャットツールでメッセージを入れた。
 「「……」」
 しばらく待ったが既読がつかないので、穏円さんと二人で昨夜の蒼丘区での事件についてネットで調べることにした。
 何か新しい情報があるかも知れない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...