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四月一九日(土)
柳河さんの事情とゲーム仲間の在り方
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柳河さんの話はマスターが全員分の飲み物を運び終わるまで続いた。
かいつまんで言えば、こんな感じだ。
周囲からのプレッシャーで仕事に行けなくなった柳河さんは、一年半近く休職することとなった。
一度は復帰したものの、一年ほどでダウンしてしまい、二度目の休職から復帰することなく退職。
その後は通っていたクラフトビールの醸造所でアルバイトをしていたが、マスターの勧めで保護対象の保有者になった。
醸造所での仕事は楽しいらしく、保有者となっても続けているという。
気のいいメンバーが集まっているので向いている、と柳河さん本人は考えているようだ。
ティータイムにマスターがこんな話をしてくれた。
マスター(蓮林さん、というのだけど「マスター」としか呼ばれないので自分も時々名前を忘れてしまう)は、今やっているゲームの集まりを立ち上げた一人だ。
最初はマスター、ヤスさん、柳河さん、穏円さんの四人で始めた。
今から七年くらい前のことだそうだ。
もともと四人とも別のゲームサークルに所属していたらしいのだけど、色々あったらしく四人で新しいグループを立ち上げた。
今の集まりを立ち上げた際、マスターが中心になって次のようなルールを作った。
・知り合いを連れてきても良いが、他のメンバーが嫌がる人は参加させない
・持ってきた、または作ったゲームを批判しない
・作ったゲームについては、作成者が求めない限り外部への公開はしない
「ゲームを作る人には外に広めたい、という人もいるのだとは思いますけど、私は『外からとやかく言われたくない』という価値観を大事にしたいと思っているのですよ」
マスターの言葉を聞いてはっとさせられた。
こういう価値観を大事にしているからこそ、保有者の人とも上手くやっていけるのだなと思ったからだ。
マスターは気質保護員ではないけど、彼の考え方は気質保護員に求められる資質のひとつだ。
マスターによればこの集まりは「批判されたくない」人の居場所だということらしい。
これは自分の解釈でしかないけど、マスターは「生き方」や「考え方」を批判されたり馬鹿にされたりしないですむ場所を提供しているのだと思う。
前にマスターや穏円さんなどが所属していたゲームサークルで何かあったのかもしれないが、マスターがこのような場所を必要だと考えたのだろう。
「さて、おやつの皿を片づけたら続きにしましょうか」
マスターが空になった皿を下げ始めた。
柳河さん、東神さんがそれを手伝う。
三回目のプレイが開始された。
自分のいるグループは本来の難易度でまだプレーヤー側が成功していないので、今回は成功させたいところだ。
今回のプレイが終わるとグループ分けを変えることになっているので、今のグループで成功するチャンスは今回しかない。
「さて、今回は最初から攻めでいきますか……」
その瞬間、柳河さんの目が光ったように思われた。
「ヤスさん、やっちゃわないか?」
「やっちゃいましょうか」
「私も続きますよ、ふふ……」
東神さん、ヤスさん、マスターもノリノリだ。
さすがにこの流れを断ち切るのは申し訳ない。
「自分は……これで」
手持ちのカードから、一番強力な攻撃手段を選んで一気に敵を押し込む。
東神さんのは前に見たけど、他の人たちもいい表情するな、と思った。
自分がほとんどアナログゲームをしなかったのに、この集まりに継続して参加しているのは、この雰囲気が好きだからなのかもしれない。
「いい感じです。ですが、敵を殲滅するには火力が足りないです。ここは距離を稼ぎましょう」
柳河さんはノッてくると話し方が落ち着いた感じになるように思う。
むしろこちらが本来の彼なのかもしれない。
「扉に罠を仕掛けておきます。これで船が来るまでの時間は稼げるでしょう」
三回目のプレイが終盤戦に入ってきた。
中盤の重要な場面で何度かダイスの目が悪かったこともあり、今回のプレイがプレーヤー側の成功になるかは予断を許さない状況だ。
柳河さんは冷静に時間稼ぎを選択した。
テストプレイで気付いたことだが、終盤戦では敵を足止めして自分たちとの距離をとることが有効となるケースが多い。
戦力的には戦えば敵を圧倒できるが、そうすると時間をロスする可能性が高い。
柳河さんが敵の足止めに成功し、貴重な時間を削りだしてくれた。
これでプレーヤー側がやや有利となった。
東神さん、ヤスさんが柳河さんを先に進めて敵との距離の確保に成功する。
対戦型ではなく今回のような協力型のゲームをしていると気付きやすいが、ここの参加者は連係プレーになると力を発揮する。
今回穏円さんが協力型のゲームを作ったのも、自分と同じ印象を持っているからだろうか?
終盤の怒涛の好連携により、三回目のプレイはプレーヤー側の成功に終わった。
ここでグループ替えがあり、今度はサワジュンさん、柳河さん、イトシロさん、自分の四人がグループとなった。
サワジュンさんはテストプレイに参加していたから紹介を省略するとして、イトシロさんについて簡単に紹介する。
彼はヤスさんの知り合いだそうで、年は三十代後半。周りをよく見て空いた穴を埋めに行くタイプの人だ。
本人曰く「RPGなら圧倒的に回復役がやりたい」そうだ。
集まりにはよく参加していて、自分も何度も話をしている。
ただ、ここの人たちを見ているとサポート役が得意な人が多いようで、ゲームでは状況に応じて先頭に立つことも少なくない。
このグループは先ほどのグループと異なり、四人の役割分担がきっちり決まった。
サワジュンさんが敵を攻撃し、柳河さんが敵を妨害する。
イトシロさんが行動に必要なリソースを確保し、自分が先頭に立って敵や罠を真っ先に発見する。
先ほどはプレイごとに役割が変わっていたから、役割固定になるのは新鮮だ。
このグループでの三回のプレイはプレーヤー側の二回成功、一回失敗だった。
大体穏円さんが狙った通りの難易度になっている。このあたりの調整力はさすがだと思う。
また、柳河さんに会えたのも気質保護員としていい経験をしたと思う。
自分が接する保護対象の保有者は、担当している穏円さんと東神さんくらいだ。
東神さんは保有者としては例外的なレベルで人懐っこくアクティブだから、自分が他の保有者とどの程度適切に接することができるのかを見極めるのには不向きだと思う。
その点柳河さんは穏円さんとは異なるタイプであるし、保有者には少なくない感じの人なので、失礼だがよい物差しになる。
六回のプレイが終わった後、軽く皆で感想を言い合った。
批判厳禁なので、良かった点を中心に話すことになる。
自分は気付かなかったが、行動の選択肢が多いことを評価する声がいくつも挙がっていた。
全員楽しんでいたように思うし、批判厳禁という縛りを考慮しても上々の評価を得ていたと判断できる。
感想が出尽くしたところでお披露目会は無事に終了した。
今日の感じだとしばらくは穏円さんのゲームを楽しむことになりそうだ。
何というか、この集まりにいるといつも「良い場所にいたな」という気分になる。
マスターの術中にはまっているのかもしれない。
かいつまんで言えば、こんな感じだ。
周囲からのプレッシャーで仕事に行けなくなった柳河さんは、一年半近く休職することとなった。
一度は復帰したものの、一年ほどでダウンしてしまい、二度目の休職から復帰することなく退職。
その後は通っていたクラフトビールの醸造所でアルバイトをしていたが、マスターの勧めで保護対象の保有者になった。
醸造所での仕事は楽しいらしく、保有者となっても続けているという。
気のいいメンバーが集まっているので向いている、と柳河さん本人は考えているようだ。
ティータイムにマスターがこんな話をしてくれた。
マスター(蓮林さん、というのだけど「マスター」としか呼ばれないので自分も時々名前を忘れてしまう)は、今やっているゲームの集まりを立ち上げた一人だ。
最初はマスター、ヤスさん、柳河さん、穏円さんの四人で始めた。
今から七年くらい前のことだそうだ。
もともと四人とも別のゲームサークルに所属していたらしいのだけど、色々あったらしく四人で新しいグループを立ち上げた。
今の集まりを立ち上げた際、マスターが中心になって次のようなルールを作った。
・知り合いを連れてきても良いが、他のメンバーが嫌がる人は参加させない
・持ってきた、または作ったゲームを批判しない
・作ったゲームについては、作成者が求めない限り外部への公開はしない
「ゲームを作る人には外に広めたい、という人もいるのだとは思いますけど、私は『外からとやかく言われたくない』という価値観を大事にしたいと思っているのですよ」
マスターの言葉を聞いてはっとさせられた。
こういう価値観を大事にしているからこそ、保有者の人とも上手くやっていけるのだなと思ったからだ。
マスターは気質保護員ではないけど、彼の考え方は気質保護員に求められる資質のひとつだ。
マスターによればこの集まりは「批判されたくない」人の居場所だということらしい。
これは自分の解釈でしかないけど、マスターは「生き方」や「考え方」を批判されたり馬鹿にされたりしないですむ場所を提供しているのだと思う。
前にマスターや穏円さんなどが所属していたゲームサークルで何かあったのかもしれないが、マスターがこのような場所を必要だと考えたのだろう。
「さて、おやつの皿を片づけたら続きにしましょうか」
マスターが空になった皿を下げ始めた。
柳河さん、東神さんがそれを手伝う。
三回目のプレイが開始された。
自分のいるグループは本来の難易度でまだプレーヤー側が成功していないので、今回は成功させたいところだ。
今回のプレイが終わるとグループ分けを変えることになっているので、今のグループで成功するチャンスは今回しかない。
「さて、今回は最初から攻めでいきますか……」
その瞬間、柳河さんの目が光ったように思われた。
「ヤスさん、やっちゃわないか?」
「やっちゃいましょうか」
「私も続きますよ、ふふ……」
東神さん、ヤスさん、マスターもノリノリだ。
さすがにこの流れを断ち切るのは申し訳ない。
「自分は……これで」
手持ちのカードから、一番強力な攻撃手段を選んで一気に敵を押し込む。
東神さんのは前に見たけど、他の人たちもいい表情するな、と思った。
自分がほとんどアナログゲームをしなかったのに、この集まりに継続して参加しているのは、この雰囲気が好きだからなのかもしれない。
「いい感じです。ですが、敵を殲滅するには火力が足りないです。ここは距離を稼ぎましょう」
柳河さんはノッてくると話し方が落ち着いた感じになるように思う。
むしろこちらが本来の彼なのかもしれない。
「扉に罠を仕掛けておきます。これで船が来るまでの時間は稼げるでしょう」
三回目のプレイが終盤戦に入ってきた。
中盤の重要な場面で何度かダイスの目が悪かったこともあり、今回のプレイがプレーヤー側の成功になるかは予断を許さない状況だ。
柳河さんは冷静に時間稼ぎを選択した。
テストプレイで気付いたことだが、終盤戦では敵を足止めして自分たちとの距離をとることが有効となるケースが多い。
戦力的には戦えば敵を圧倒できるが、そうすると時間をロスする可能性が高い。
柳河さんが敵の足止めに成功し、貴重な時間を削りだしてくれた。
これでプレーヤー側がやや有利となった。
東神さん、ヤスさんが柳河さんを先に進めて敵との距離の確保に成功する。
対戦型ではなく今回のような協力型のゲームをしていると気付きやすいが、ここの参加者は連係プレーになると力を発揮する。
今回穏円さんが協力型のゲームを作ったのも、自分と同じ印象を持っているからだろうか?
終盤の怒涛の好連携により、三回目のプレイはプレーヤー側の成功に終わった。
ここでグループ替えがあり、今度はサワジュンさん、柳河さん、イトシロさん、自分の四人がグループとなった。
サワジュンさんはテストプレイに参加していたから紹介を省略するとして、イトシロさんについて簡単に紹介する。
彼はヤスさんの知り合いだそうで、年は三十代後半。周りをよく見て空いた穴を埋めに行くタイプの人だ。
本人曰く「RPGなら圧倒的に回復役がやりたい」そうだ。
集まりにはよく参加していて、自分も何度も話をしている。
ただ、ここの人たちを見ているとサポート役が得意な人が多いようで、ゲームでは状況に応じて先頭に立つことも少なくない。
このグループは先ほどのグループと異なり、四人の役割分担がきっちり決まった。
サワジュンさんが敵を攻撃し、柳河さんが敵を妨害する。
イトシロさんが行動に必要なリソースを確保し、自分が先頭に立って敵や罠を真っ先に発見する。
先ほどはプレイごとに役割が変わっていたから、役割固定になるのは新鮮だ。
このグループでの三回のプレイはプレーヤー側の二回成功、一回失敗だった。
大体穏円さんが狙った通りの難易度になっている。このあたりの調整力はさすがだと思う。
また、柳河さんに会えたのも気質保護員としていい経験をしたと思う。
自分が接する保護対象の保有者は、担当している穏円さんと東神さんくらいだ。
東神さんは保有者としては例外的なレベルで人懐っこくアクティブだから、自分が他の保有者とどの程度適切に接することができるのかを見極めるのには不向きだと思う。
その点柳河さんは穏円さんとは異なるタイプであるし、保有者には少なくない感じの人なので、失礼だがよい物差しになる。
六回のプレイが終わった後、軽く皆で感想を言い合った。
批判厳禁なので、良かった点を中心に話すことになる。
自分は気付かなかったが、行動の選択肢が多いことを評価する声がいくつも挙がっていた。
全員楽しんでいたように思うし、批判厳禁という縛りを考慮しても上々の評価を得ていたと判断できる。
感想が出尽くしたところでお披露目会は無事に終了した。
今日の感じだとしばらくは穏円さんのゲームを楽しむことになりそうだ。
何というか、この集まりにいるといつも「良い場所にいたな」という気分になる。
マスターの術中にはまっているのかもしれない。
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