希少気質の守護者(ガーディアン)

空乃参三

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六月一八日(水)

査定

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 ついにこの日が来た。
 査定の初日だ。
 今年は警告を喰らっている人が多いという情報もあって、嬉経野デベロップサービスうちの会社の希少気質保護課はピリピリとした空気に包まれていた。

 トップバッター、すなわち最初に国より派遣された人からのヒアリングを受けるのが自分だ。
 時間になり、ヒアリング会場となる会議室に呼ばれた。

 今回の査定は一一人の気質保護員を二日かけてヒアリングする。
 一人当たりのヒアリングの時間は一時間半だ。去年のように雑談というわけには行かないだろう。
 ヒアリングは二班に分かれて行われるそうだが、もう一班は午前中が社長に対するものであり、気質保護員に対しては午後からとなる。
 自分のヒアリング担当は伊志岡いしおかさん、富海とみさんという男の二人組だ。 
 ちなみに伊志岡さんは昨年も自分のヒアリングを担当しているので顔は知っている。
 こちらは自分と床井さんだ。

 最初に伊志岡さんからヒアリングの目的や注意事項などが告げられた。
 これはマニュアルにある通りだから初めて聞く内容でもないし、特に問題になることもない。

 「責任者の床井さんに質問します。有触さんが穏円 いずくさんを担当されたことによって穏円さんにどのような良い影響があったと考えられていますか?」
 富海さんが床井さんに質問した。
 想定問答集で予習した際に見かけた質問だが、実際にこうして聞かれると背筋が伸びる思いがする。聞かれているのは床井さんなのだけど。

 「はい。私から見た印象ですが、有触は担当する穏円さんに寄り添うという方針で彼に接していると考えています。穏円さんの趣味に興味を持ち、趣味の活動に参加することで彼の精神的な安定に寄与しています」
 「……カウンセリングの記録からも穏円 寧さんの状態が良好であると判断します。続いては有触さんの活動記録について確認いたします……」
 少し褒められすぎのような気もするが、下手なことを話すとツッコまれるというのでこうしているのだと思う。

 次は国に対して行われた報告について証跡を確認された。
 公共交通手段を使った移動について交通系のICカードの記録をチェックされたり、スマホのGPSの記録をチェックされたりするといった内容だ。
 担当保有者、すなわち穏円さんとの通信記録についてもチェックされた。
 経費についても領収書のチェックが入った。
 これらは報告に不正がないことを確認している。
 とりあえず問題らしい問題は見つからなかったので安心した。
 きちんと処理していたつもりでも、うっかりとかのミスは考えられるからだ。

 ここまでで一時間が経過した。
 今のところは順調だ。

 「では、個別の活動について担当G.T.T(気質保護員の正式な略称)である有触さんに確認いたします」
 また富海さんからの質問だ。最初にあったヒアリングの目的や注意事項の説明以外すべて富海さんが話している。

 「全般的に見てゲームの会合に多く参加されていますが、ここでいうゲームがどのようなものか簡潔に説明していただけますか?」
 「はい。穏円さんは仲間と一緒にゲームを作って遊ぶというサークルのような活動をされています。ここでいう『ゲーム』は、コンピュータやゲーム機を使ったものではなく、アナログのボードゲームやカードゲーム、TRPGなどです」
 自分がそう答えると、富海さんが隣に座っている伊志岡さんに小声で何か尋ねた。
 富海さんはあまりゲームをよく知らないようで、伊志岡さんにどういうものかと聞いているようだ。
 
 「……ゲームの性質についてはある程度理解できました。有触さんが穏円 寧さんの友人たちとのゲームに参加することの目的をお答えください」
 これが最初の難関だと気付いた。
 遊んでいるように思われる(というか実際に遊んでいる)可能性があるので、これが警告の材料となる可能性がある。

 「きっかけは穏円さんたちが自分でゲームを作るという活動をされているのでそれに興味を持ったからです……それと実際にゲームをする場で気付かされたのは平日の参加者を確保するのが難しいことでした。平日に一人参加者が増えることの意義は大きいと思いました」
 実は自分の答えの前半部は失敗だ。
 今回は何度もヒアリングの練習をしていて、この設問も想定にあった。
 平日に参加することの意義を中心に答えた方がいいのではないか、という床井さんや先輩のアドバイスを受け入れたつもりだった。
 しかし、最初にゲームそのものの説明を求められるとは思っておらず、そこで集中力が切れてしまったらしい。
 後半リカバリしたものの、これが査定にどう影響するか?
 床井さんの方をチラっと見たが反応はない。

 「そのゲームですが、通常どのくらいの人数が必要なのでしょうか?」
 「だいたい三人から六、七人くらいのことが多いです。ゲームの種類にもよりますが、五人以上でないと遊ぶのが難しいものもあります」
 これはその通りなので、そのまま答えた。

 「ありがとうございます。次の質問ですが、これは本来来年に聞くべき内容ですが今年は特例措置の関係で今年の四月以降の活動について確認します」
 来た、と思った。
 本来査定のヒアリングでは前年度、すなわち去年の四月から今年の三月までの業務について確認する。
 しかし、今年は四月の事件の関係で担当する保有者の安全確保に関する内容は今回のヒアリングでも確認することになった。
 「特例措置」とはこのことだ。東神さんを担当している多桜さんが警告を受けたのもこの「特例措置」に関係していると思う。
 この部分に関しては特に厳しく追及される可能性があるので、身構えてしまう。

 「報告によりますと五月二〇日と六月六日に有触さん同行のもと、穏円さんは長時間外出されています。この件について確認いたします」
 この件について質問されるであろうことは予想していた。

 「まず五月二〇日の件ですが、有触さん自身や穏円さんの安全確保について実施したことを教えてください」
 そう言った直後、富海さんがこちらをじっと見据えた。こちらの答えを一言たりとも聞き漏らすまい、ということなのだろう。
 「はい。弊社を担当する警備会社と相談しまして、この会社が運営するレンタルスペースを使うことを提案されました。警備もされているということでしたので、安全を確保しやすいと判断しました」
 こちらの答えに伊志岡さん、富海さんの表情は変わらなかった。

 「五月二〇日の集まりでは他に二名の保護対象の保有者が参加されていたと聞いています。他の二名の担当G.T.T(気質保護員)はどうされていたのですか?」
 「近くの飲食店に待機していました」
 「どのような理由からそうされていたかご存知ですか?」
 「本人に直接確認をしていないのでわかりません。恐らく何かあった場合にすぐに駆けつけられるように、ということだと思いますが」
 答えがこれでよいかわからないが、把握していない部分なので正直に答えるしかない。

 「ゲームの会場での安全確保については承知しました。会場への行き帰りについてはどうされましたでしょうか?」
 初めて伊志岡さんが質問してきた。
 「予定していたことなので、前日に予定は報告していました。また、行き帰りの移動については報告の通り同行しました」
 自分の答えに伊志岡さんが富海さん何かをメモするよう耳打ちした。
 答えをミスったかもしれないが、今からではもう遅いだろう。

 「では、六月六日の件についても質問させてください。この日はずいぶん長い時間外出されています。この外出の意図を教えてください」
 再び伊志岡さんからの質問だ。
 外出の意図を聞くとはどういうことだろうか?
 「意図、といいますと?」
 「その前にこのような質問をされる目的は何でしょうか?」
 床井さんが割り込んできた。危険を察知したのだろうか?

 「担当される保有者の安全を確保するという目的に対して六月六日の外出がどのような狙いで行われたのかをお答えいただきたいのです」
 「有触さん、その外出が穏円さんの何の役に立つと思ったのか、答えてください」
 伊志岡さんの答えに一応は床井さんが納得したようで、自分に答えるよう促してきた。

 「はい、もともとは穏円さんの友人の保有者の方からの誘いがきっかけです。担当している穏円さんは日常生活でも二、三駅くらいなら歩いてしまう人ですし、普段歩くことを欠かしていない人です。ですが、四月の事件以降、外出に制限が入るようになって歩くことがめっきり減ってしまったという印象を持ちました……」
 マズいことを言っていないか念のため床井さんの方をちらっと見たが、床井さんが口を挟んでくる様子はない。
 「……穏円さんの状態を見ていて、少し気が滅入っているように感じました。友人の誘いに乗って外に出るのは身体を動かすことにもなりますし、よい方向に変化するのではないかと判断しました」
 「お答えいただきありがとうございました。報告を見ると、有触さんも同行されたそうですがその理由は?」
 「警備の方が見てくれているとは思いますが、人数が多い方が危険を減らせると思いました」
 「ありがとうございました」

 ヒアリングでの質問がすべて終わった。
 この後は結果が一週間程度後に報告されることが伝えられ、自分は解放された。

 質問に対する自分の答えはあれで正しかったのかわからない。
 多桜さんにもらったアドバイスは多少活用できたと思うけど……
 東神さんに戸代さんを紹介した件について何も聞かれなかったのは残念だった。

 会議室を後にして、身体中から力が抜けるような感覚を覚えた。
 執務室に戻ると、先輩の気質保護員たちから何を聞かれたかと次々に尋ねられた。
 何らかの答えはしたのだろうけど、何を答えたのかさっぱり覚えていない。
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