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第三章

102:ハドリ、動かず

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 ウォーリーが作業をしているころ、OP社、ECN社合同の治安改革部隊がホテル「キャピタル・オーシャン」で、治安改革ための演習を行っていた。
 OP社からは、セキュリティ・センターとパトロール・チームの人員一千名、ECN社からは三千名の計四千名が参加している。

「タブーなきエンジニア集団」は武装集団ではないとはいえ、三千名を超える大勢力だ。対抗するためにはそれなりに戦力も必要である。
 また、ハドリはECN社と「タブーなきエンジニア集団」両方に自己の力を見せつけようと考えていた。彼の意思通りに動かない者は力で従わせる必要があるのだ。
 しかし、そう思いながらも彼は冷静である。自社の戦力だけで「タブーなきエンジニア集団」と戦った場合、ECN社に漁夫の利をさらわれる可能性がある。

「タブーなきエンジニア集団のトップ」はECN社のOBであるから、ECN社と「タブーなきエンジニア集団」が手を組む可能性がある。
 これはハドリとしては避けたい事態である。

 したがって、この戦いにECN社を巻き込み「タブーなきエンジニア集団」と敵対関係に置く必要がある。
 戦いの先鋒にECN社を配置すれば傷つくのはECN社であり、自社のダメージは小さい。
 ただし、ECN社がハドリを裏切って「タブーなきエンジニア集団」と手を組まないよう、監視する必要がある。そのために社長と代表代行の身柄を拘束している。
 また、ECN社を管理するとして、実態としてはトップの業務を代行させるために自社のフトシ・ウノを送り込んでいる。このようにハドリの対策は徹底していた。

 どこからともなく「キャピタル・オーシャン」にハドリが姿を現した。
 そして、セキュリティ・センターのセンター長オオカワに声をかける。
「どうだ、訓練の進み具合は?」
 センター長は身体を硬直させて答える。
「概ね順調です。そろそろ出動の準備に入りたいと思います」
「いや、今日の出動はない。今日は反乱者たちに自由にやらせろ」
 ハドリがセンター長を制した。センター長は意外そうな表情をしている。
「今日の出動は必要ないのですか?」
「差し出口を叩くな。俺が無いと言っているのだから、無い」
「わ、わかりましたっ!」
 センター長が慌てて部下を呼び、一言二言指示を与えた。
 センター長は既に出動するつもりで準備を進めていたので、それを止めさせるためだった。

 ハドリは「タブーなきエンジニア集団」に勝利するため、より辛らつな方策を考えていたのだ。
 今すぐ彼らを攻撃するよりも、より大きな勝利を得られる方策を彼は持っていたのだった。

※※

 夕方になる少し前、ウォーリー達は無事通信機器の修理作業を終えた。
 特にOP社治安改革センターなどからの介入もなく、全メンバーが無事に風力エネルギー研究所を後にした。

「何だ。あれだけ警戒しろ、と言われたのに何も起こらなかったじゃないか」
 ウォーリーは事務所に戻ってきてから、ミヤハラとサクライに舌打ちしながらそう愚痴ったのだった。
 この日は土曜日だったから、他のメンバーはほとんど事務所に来ていない。

「何もないに越したことは無いのだから、良かったじゃないですか」
 ミヤハラがウォーリーをなだめながら言った。

「……まあ、そうだが何かだまされたような気がしないでもない」
 ウォーリーは不承不承うなずいた。まだ納得ができていない様子だ。

 ミヤハラとサクライは一通りウォーリーの愚痴を聞かされた後、今後の予定についてウォーリーに質問した。
「……そうだな、今回の研究所にはあと二回行かないとならないだろう。月曜日の動作確認の立会いと、年末くらいに交換した部品のチェックが必要だ。立会いは俺でなくても大丈夫だが、部品チェックは場所が多いからな。俺も行った方がよさそうだ」
「……だったら、自分も行きます。事務所で端末と向き合っているのも飽きたので」
 サクライがウォーリーにそう申し出た。

「経理担当で技術を扱わないお前が行って何をするんだ?」
 ウォーリーが聞き返したが、サクライは意に介さない。
「ポータルの西側ってあまり行ったことないんですよ」
 サクライの言葉にウォーリーは少し考えたが、まあいいだろうと許可を与えた。
 経理といっても、サクライは帳簿の数字とにらめっこをするような仕事をしている訳ではない。
 むしろ、その手の仕事はサクライが大の苦手とするものである。もともと数字の端数など興味が無い人間なのだ。

 サクライが経理担当として行っている業務は、「タブーなきエンジニア集団」の全体の資金戦略である。
 このため必ずしも事務所で端末とにらめっこしながら仕事をする必要は無いのだ。

「じゃ、私は残ってますわ」
 そう宣言する必要も無いのだが、ミヤハラがそう言った。それから少し考え込んだ。
「ミヤハラ、どうかしたか?」
 ウォーリーがミヤハラの様子に気付いて尋ねた。
「……いや、何でもありません」
 そうは答えたものの、ミヤハラの頭の中には何かのモヤモヤが残っていた。
 (本当に何も起こらないのだろうか……?)

 そう疑ってみたが、どう対策して良いものか、ミヤハラに妙案は浮かばなかった。
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