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第五章
216:「ウォーリー・トワの部下」ミヤハラ
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ミヤハラがウォーリーの部下となったのは次のような経緯からだった。
話は五年前に遡る。
経営企画室勤務のオイゲンが社長室兼任の主席に昇進すると同時にミヤハラも自らが所属するタスクユニットでサブマネージャーに昇進した。
ECN社では主席とサブマネージャーは同格であり、所属部署や職種によって呼び名が変わるだけである。二人は同期の中での出世頭だった。
オイゲンは現社長の一人息子であったから、実力で地位を勝ち取ったミヤハラが同期の実質的なナンバーワンであるといってよい。
しかし、このときの人事でミヤハラを上回る速度で、ひとつ上の役職であるTM (チームマネージャー)に昇進した社員がいた。ミヤハラよりちょうど一つ年下のウォーリー・トワである。
サブマネージャー昇格から少しして、ミヤハラはウォーリーのチームに所属することとなり、年下の上司を仰ぐことになったのだ。
それだけなら気にいらない部分もあるがまだ我慢できる。
ECN社の大半の従業員はサブマネージャーの地位に到達することなく、従業員生活を終える。
圧倒的に多いのがサブマネージャーの三つ下のサブリーダー職どまりの従業員だ。
その一方でサブマネージャーは部門の責任者の補佐的な立ち位置であるから、当然上司が存在する。
上司がその地位にあるべき者であれば、それが年下だろうと年上だろうと、さらに言えば業務遂行上必要なコミュニケーションが取れれば人間でなくてもミヤハラからすればどうでもよい。そのくらいに物事には無頓着な人間だ。
しかし、ミヤハラの耳に入ってくるウォーリーの評判は必ずしも芳しいものではなかった。
曰く、
職制を飛び越えた言動が目立つ
上司を上司とも思わない傲慢な人物
独断専行が目立ち、チームプレイができない
といった調子である。
これらの評判を聞いたミヤハラはオイゲンに不満をぶちまけた。
一人や二人が言うことなら無視したのだろうが、あまりに多くの人々からこうした悪評を聞かされたため、見過ごすわけにいかなくなったからだ。
また、社長の息子であるオイゲンなら、何かしら上層部の意図を聞かされているのではないか、という期待が含まれていたのは否定できない。
「……お前なぁ、今回の人事、どう考えたらこうなるんだ?
あのトラブルメーカーがTMになって、俺がその部下になるだと?
上は何を考えているんだ?」
すると、オイゲンはすまなそうにミヤハラに答えた。
「その人事は僕が社長に申し出たんだ……
ミヤハラには申し訳ないと思う。ただ、あのウォーリー・トワというのはとてつもないスケールの大きい器だと僕は思うんだ」
「あのトラブルメーカーが?」
ミヤハラの声は不満を隠していなかった。
その一方でオイゲンの顔は真剣そのものだったから、ミヤハラはオイゲンの真意を測りかねていた。
「……うん、そうだね。ただ、彼の仕事を見る限り抜けも目立つから、優秀な部下が必要だと思った。奔放なリーダーを補佐する番頭さんというか、お目付け役みたいな人、と考えたらミヤハラ以上の人間が社内にいなかったんだよ。
それと彼はミヤハラと誕生日が一緒だね。これも何かの偶然かもしれない」
「あのなぁ……」
真面目な顔をして説明した理由のひとつが「誕生日が同じだから」というものでは、さすがにミヤハラも納得できない。前者の理由はミヤハラにも理解できないことはないのだが。
「……本当に申し訳ない。でも、僕としてはこの人事を受けてほしい。ウォーリー・トワは今お世辞にも順調とは言えない会社を変える起爆剤となる人間だと思う。それを補佐するのは相当優秀な人間じゃないとだめなんだ。ミヤハラ以外にこんなこと頼めないよ」
「……しょうがないな……これは貸しだぞ」
親友に近い友人に頭を下げられて、ようやくミヤハラは人事を受け入れた。
オイゲンが人事のことで社長に進言するなどというのは、極めて珍しい。
彼には、社長の息子という立場を利用して差し出口をきくのを避けている節があった。
それにも関わらず、今回の人事について彼は自ら進言した、と言ったのだ。
何か特別な思いがあってのことかもしれない、とミヤハラは考えてオイゲンの考えを尊重したのだった。
当時ミヤハラはこの問題児の上司を追って自分がECN社を飛び出すことになろうとは想像もしていなかった。
当時の社やオイゲンのやり方に多少の不満はあるが、ウォーリーを上司として仰いでいることに対して、現在ミヤハラは不満らしい不満を持っていない。
実はオイゲンが人事に関して社長に進言したのはこのときのウォーリーとミヤハラに関するものが最初で、その後にも一度あっただけある。
このとき、彼は社長である父にミヤハラとウォーリーに関する進言を行った。
そしてこの年の秋、当時経営企画室の事務を担当していた対人恐怖症の女性社員に関する進言を行った。
オイゲン以外と会話すらできないこの女性社員は社員に甘いといわれるECN社内ですら解雇すべき、と考えていたのである。
しかし、オイゲンはこの女性社員を「天才というより鬼才」と評して、社長秘書に推薦したのだ。現在も彼女はECN社の社長秘書を務めている。
話は五年前に遡る。
経営企画室勤務のオイゲンが社長室兼任の主席に昇進すると同時にミヤハラも自らが所属するタスクユニットでサブマネージャーに昇進した。
ECN社では主席とサブマネージャーは同格であり、所属部署や職種によって呼び名が変わるだけである。二人は同期の中での出世頭だった。
オイゲンは現社長の一人息子であったから、実力で地位を勝ち取ったミヤハラが同期の実質的なナンバーワンであるといってよい。
しかし、このときの人事でミヤハラを上回る速度で、ひとつ上の役職であるTM (チームマネージャー)に昇進した社員がいた。ミヤハラよりちょうど一つ年下のウォーリー・トワである。
サブマネージャー昇格から少しして、ミヤハラはウォーリーのチームに所属することとなり、年下の上司を仰ぐことになったのだ。
それだけなら気にいらない部分もあるがまだ我慢できる。
ECN社の大半の従業員はサブマネージャーの地位に到達することなく、従業員生活を終える。
圧倒的に多いのがサブマネージャーの三つ下のサブリーダー職どまりの従業員だ。
その一方でサブマネージャーは部門の責任者の補佐的な立ち位置であるから、当然上司が存在する。
上司がその地位にあるべき者であれば、それが年下だろうと年上だろうと、さらに言えば業務遂行上必要なコミュニケーションが取れれば人間でなくてもミヤハラからすればどうでもよい。そのくらいに物事には無頓着な人間だ。
しかし、ミヤハラの耳に入ってくるウォーリーの評判は必ずしも芳しいものではなかった。
曰く、
職制を飛び越えた言動が目立つ
上司を上司とも思わない傲慢な人物
独断専行が目立ち、チームプレイができない
といった調子である。
これらの評判を聞いたミヤハラはオイゲンに不満をぶちまけた。
一人や二人が言うことなら無視したのだろうが、あまりに多くの人々からこうした悪評を聞かされたため、見過ごすわけにいかなくなったからだ。
また、社長の息子であるオイゲンなら、何かしら上層部の意図を聞かされているのではないか、という期待が含まれていたのは否定できない。
「……お前なぁ、今回の人事、どう考えたらこうなるんだ?
あのトラブルメーカーがTMになって、俺がその部下になるだと?
上は何を考えているんだ?」
すると、オイゲンはすまなそうにミヤハラに答えた。
「その人事は僕が社長に申し出たんだ……
ミヤハラには申し訳ないと思う。ただ、あのウォーリー・トワというのはとてつもないスケールの大きい器だと僕は思うんだ」
「あのトラブルメーカーが?」
ミヤハラの声は不満を隠していなかった。
その一方でオイゲンの顔は真剣そのものだったから、ミヤハラはオイゲンの真意を測りかねていた。
「……うん、そうだね。ただ、彼の仕事を見る限り抜けも目立つから、優秀な部下が必要だと思った。奔放なリーダーを補佐する番頭さんというか、お目付け役みたいな人、と考えたらミヤハラ以上の人間が社内にいなかったんだよ。
それと彼はミヤハラと誕生日が一緒だね。これも何かの偶然かもしれない」
「あのなぁ……」
真面目な顔をして説明した理由のひとつが「誕生日が同じだから」というものでは、さすがにミヤハラも納得できない。前者の理由はミヤハラにも理解できないことはないのだが。
「……本当に申し訳ない。でも、僕としてはこの人事を受けてほしい。ウォーリー・トワは今お世辞にも順調とは言えない会社を変える起爆剤となる人間だと思う。それを補佐するのは相当優秀な人間じゃないとだめなんだ。ミヤハラ以外にこんなこと頼めないよ」
「……しょうがないな……これは貸しだぞ」
親友に近い友人に頭を下げられて、ようやくミヤハラは人事を受け入れた。
オイゲンが人事のことで社長に進言するなどというのは、極めて珍しい。
彼には、社長の息子という立場を利用して差し出口をきくのを避けている節があった。
それにも関わらず、今回の人事について彼は自ら進言した、と言ったのだ。
何か特別な思いがあってのことかもしれない、とミヤハラは考えてオイゲンの考えを尊重したのだった。
当時ミヤハラはこの問題児の上司を追って自分がECN社を飛び出すことになろうとは想像もしていなかった。
当時の社やオイゲンのやり方に多少の不満はあるが、ウォーリーを上司として仰いでいることに対して、現在ミヤハラは不満らしい不満を持っていない。
実はオイゲンが人事に関して社長に進言したのはこのときのウォーリーとミヤハラに関するものが最初で、その後にも一度あっただけある。
このとき、彼は社長である父にミヤハラとウォーリーに関する進言を行った。
そしてこの年の秋、当時経営企画室の事務を担当していた対人恐怖症の女性社員に関する進言を行った。
オイゲン以外と会話すらできないこの女性社員は社員に甘いといわれるECN社内ですら解雇すべき、と考えていたのである。
しかし、オイゲンはこの女性社員を「天才というより鬼才」と評して、社長秘書に推薦したのだ。現在も彼女はECN社の社長秘書を務めている。
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