パーカーの中のきみのぜんぶ

海花

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居心地の良い人

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「あ……この映画公開になったんだ」

サークルの部室のすぐ隣の席で、ひとつ年上の手塚先輩が雑誌を見ながら誰とも無く声を掛けた。

「え?どの映画ですか?」

「これこれ……結構気になってたんだよね」

隣から雑誌を覗き込むおれに、よく見えるように角度を変えてくれる先輩に思わず笑顔になる。

おれは池田忍。

この大学に入学して、じきに半年になろうとしていた。
何となく面白そうだと思って入ったサークルも、人数が少ない分先輩達も気さくで、それなりに充実した大学生活を送っている。

「あ──おれもこれ、気になってたんですよね」

「ガチで?じゃぁ観に行かね?」

そう言って嬉しそうにおれを見る先輩に

「次の休み……行きますか?」

そう答えた。

この人は手塚光流先輩。

ひとつ年上だが、そうは思えない程小さくて……小柄だ。
どこか……女の子っぽい風貌が性格とちぐはぐで、それもまた面白い。
サークルでも「電車で痴漢にあった」とか「ナンパされた」と言って本気で怒っている姿をよく見かける。
まぁ……確かに……可愛い見た目をしている。
本人には言えないが、サークルで初めて見た時「あ……女の先輩もいるんだな……」と、おれも思った。
しかし、その見た目に反してとにかく短気だし、口が悪い。
ただ…………またそれ以上に優しくて、面倒見がいいと言うか……周りへの気遣いができる人で……。
おれはこの先輩といるのが心地好くて、大好きだった。




「次の休み、買い物行こうよ? 」

「──え…………」

「服買いたいんだぁ」

ベッドから裸のままの結愛がおれに向かって声を掛けた。

「───また?」

思わず返してから“やらかした……”そう思ったが、時すでに遅し……とはよく言ったもんで……

「またじゃないよ!先週は買わなかったもん!」

文句を言い出した結愛を横目に冷蔵庫からペットボトルのお茶を取りだし口に流し込んだ。
その間も「別に忍に買ってもらうわけじゃない」とか「彼女が可愛くしてた方が嬉しいでしょ!」など……次から次へと文句を口にする結愛に内心溜め息を吐いた。

結愛とは大学に入ってすぐ知り合い、言われるままに何となく付き合いだした。
親が会社を経営してるとかで、とにかく甘やかされて育った典型……と言える性格をしている。
おれも決して余裕が無い家で育った訳では無いが……ここまで親の金を当てにもしないし、金遣いも荒くない……。
最初はそれなりに可愛いと思ったワガママにも、少々疲れてきていた。

「……ごめん……次の休みは約束あるから……」

「──はぁ!?……忍こそ『また』じゃん!この間もそう言ってたばっかだよ!?」

「…………そうだけど……」

おれはベッドへ戻り隅に腰掛けると「ごめん」もう一度謝った。

「また“あの”先輩!?」

結愛の顔が本気でおれを睨みつける。
そしておれはさっき「また?」と言ってしまったコトを再び悔やみ始めた。
自分の言ったコトを否定され……その後なだけに結愛が大人しく引き下がらない事くらい手に取るように解ったからだ……。

───余計なこと言わなきゃ良かった……

「ねぇ!彼女より先輩優先ておかしくない!?」

「……別に……結愛より先輩を優先してる訳じゃないよ……。ただ…約束したのが先輩の方が先だったってだけで……」

「じゃぁ断って!」

「──はい!?」

「先輩より私の方が大事なんでしょ!?」

───なんでそうなるの……。

ぐったりする……。
女の子全般そうなのか……おれがそういう子に縁があるのか……
昔から「友達と私どっちが大事」とか「前カノと私どっちが好き」とか…………
意味のわからないコトを聞かれる度にうんざりしていた。
友達も彼女も大事だし、前に付き合ってた子もその時付き合ってた子も……別にどっちも同じ程度に好きだから付き合ってる訳で……。

「……それは出来ないよ……。約束を破るってコトだよ?……そんな簡単に……そんなコト出来ないでしょ……」

溜め息を吐きながら言ったおれを……睨みつける目が一層つり上がって見えた。

「…………それ……本当に………“男の先輩”……?」

───ああ………これは絶対言われるヤツだ………

おれはまた溜め息を吐きそうになるのをグッと堪え

「男だよ……」

一言だけ返した。
何故なら他に何を言ってもこの後の展開が変わらないのを解っていたから……。

「………スマホ見せて……」

───やっぱり…………。

おれはヘッドボードに置きっぱなしだったスマホを手にすると、ロックを外して結愛に差し出した。
別に見られて困ることなんか何も無いし、抵抗した方が面倒なことになるのを過去何度も学んでいる。

───何で女の子って人のスマホ見たがるんだろう……。

時々……彼女達には“個人情報”とか“プライバシー”なんて言葉は存在すらしないのでは……と、不思議に思う。

「………ふーん…………」

散々人のスマホをいじり倒した挙句、結愛は納得したのかしないのか…分からない様に鼻を鳴らした。

「……やましいことなんか何も無いよ…」

しかしおれが大人しくスマホを差し出したことで気が済んだのか

「次は絶対私に付き合ってね!」

そう言って膨れっ面のままスマホを返してくれた……。




公開されたばかりのせいか、混み合う映画館を後にしながら

「めちゃくちゃ面白かったー!」

興奮冷めやらぬ……と言う言葉を思い出してしまう程楽しそうに先輩がおれに笑顔を向けた。

「まさかさ、最後ああなるとは思わなかった!」

微かに顔を高揚させて、制作会社の思惑通りの感想を嬉しそうに話す先輩におれもつられて笑ってしまう。

「忍は!?忍は面白かった!?──最後のどんでん返し分かってた!?」

「──めちゃくちゃ面白かったです。おれも本当、意外な終わりでびっくりしました」

子供みたいにはしゃいでいる先輩が可愛くて……映画のラストがそうなることは、本当は少し気付いていたが……おれは先輩の言葉に同意すると笑顔を返した。

「───だよな!?すげーよなぁ……ああいうの考えられる人ってさ……」

おれの同意にも嬉しそうにする先輩が……本当……可愛くて…………

───ん…………?可愛い…………? 

隣で熱弁を揮う先輩を思わず見つめる……。

──可愛いって…………20歳過ぎた……男に向けて……可愛いって…………

確かに……小さくて女の子みたいな見た目は…可愛くはあるが……
今の『可愛い』とその『可愛い』は違う気がした。
けど……どう違うのか……そう考えてみてもイマイチ解らない……。
でも確実に違った。
なんて言うか…………
『好きな女の子』に向けての『可愛い』に似てる……。

「……のぶ…………忍?……──忍!?」

「───はい!?」

大きな声で名前を呼ばれ、おれは我に返った。

「……大丈夫か?」

どうやら先輩への『可愛い』を必死で考えていたらしく……周りが見えなくなっていた。
先輩が心配そうに

「…………思ってたより混んでたから、人当たりしたか?」

おれの頬に指を伸ばした。
“トクッ”と心臓が小さく跳ねた。
触れる指がひんやりと冷たくて……
鼓動が早くなる……。

「だ……大丈夫です………すみません……ぼーっとしちゃって……」

指から離れるように俯くと、先輩はそれでも心配そうに

「そうか?」

そう言ってゆっくり歩き出した。

「喉乾いたし……少し休もうぜ」

そしてニカッと笑うとすぐ近くのファミレスへ向かって行った。

───あー……気を使わせたな…………

そう思いながらも、おれは先輩の後についてファミレスへと入っていった。
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